はっちゃんZのブログ小説

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『武闘派!』なのに、実は超能力探偵の物語

あらすじ

桐生 翔(きりゅうしょう)は新宿の片隅で私立探偵業を営む。困った人を助けたいと思う正義感あふれる若い探偵が、この小さな探偵社を訪れるクライアントから持ち込まれるさまざまな依頼を真摯に解決していく。

ある日突然超能力(テレポーテーション)に目覚めるが、本人もその能力をあまり信用しておらず発現頻度も曖昧で使い方もよくわかっていないまま物語は進んでいく。

翔の高い格闘技術と最新探偵道具を使い事件の核心を掴み解決していく姿と恋人百合とのラブラブな場面を楽しんで欲しい探偵小説。 

~もくじ~

1.絶体絶命のはずなのに?       2.翔、帰還?! 

3.京(狂)一郎、見参!        4.『葉山館林研究所』到着 

5.いつ出るの?超能力!                       6.葉山館林邸1

7.葉山館林邸2                           8.テロ教団から都民を救え!1

9.テロ教団から都民を救え!2     10.テロ教団から都民を救え!3

11.「目黒館林研究所」完成        12.臓器売買組織を壊滅せよ

13.ストーカー事件を解決せよ!1  14.ストーカー事件を解決せよ!2

15.ストーカー事件を解決せよ!3  16.ストーカー事件を解決せよ!4

17.百合との出会い1                     18.百合との出会い2

19.百合との出会い3           20.百合との出会い4

21.幼い兄妹を救え1                           22.幼い兄妹を救え2

23.幼い兄妹を救え3           24.幼い兄妹を救え4

25.幼い兄妹を救え5        26.翔とミーアと百合1

27.翔とミーアと百合2                       28.局アナ盗撮事件を解明せよ1

29.局アナ盗撮事件を解明せよ2   30.局アナ盗撮事件を解明せよ3

31.局アナ盗撮事件を解明せよ4   32.局アナ盗撮事件を解明せよ5

33.未知の物質は?         34.桐生事務所ビル改築

35.オレオレ詐欺団を壊滅せよ1      36.オレオレ詐欺団を壊滅せよ2

37.オレオレ詐欺団を壊滅せよ3      38.オレオレ詐欺団を壊滅せよ4

39.オレオレ詐欺団を壊滅せよ5   40.お化けアパートの怪1

41.お化けアパートの怪2              42.お化けアパートの怪3

43.お化けアパートの怪4              44.お化けアパートの怪5 

45.お化けアパートの怪6      46.初めてのくちづけ

47.百合、実家で相談する      48.翔、久々に実家へ帰る1

49.翔、久々に実家へ帰る2     50.百合、初めて桐生家へ

51.翔、初めて葉山館林家へ1    52.翔、初めて葉山館林家へ2

53.翔、初めて葉山館林家へ3    54.翔、初めて葉山館林家へ4

55.新宿探偵事務所スタート1    56.新宿探偵事務所スタート2

57.新宿探偵事務所スタート3    58.新宿探偵事務所スタート4

59.逆恨み1            60.逆恨み2

61.逆恨み3               62.消された記憶1

63.消された記憶2            64.消された記憶3

65.怪しいクライアント       66.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ1

67.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ2  68.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ3

69.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ4  70.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ5

71.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ6  72.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ7

73.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ8  74.痴漢冤罪ビジネスの闇を照らせ9

75.遺族の恨みは晴れるのか1      76.遺族の恨みは晴れるのか2

77.遺族の恨みは晴れるのか3              78.遺族の恨みは晴れるのか4

79.遺族の恨みは晴れるのか5              80.遺族の恨みは晴れるのか6

81.遺族の恨みは晴れるのか7              82.遺族の恨みは晴れるのか8

83.遺族の恨みは晴れるのか9              84.遺族の恨みは晴れるのか10

85.遺族の恨みは晴れるのか11            86.遺族の恨みは晴れるのか12

87.遺族の恨みは晴れるのか13            88.遺族の恨みは晴れるのか14

89.遺族の恨みは晴れるのか15            90.遺族の恨みは晴れるのか16

91.遺族の恨みは晴れるのか17    92.特訓1 (浅間別荘編1)     

93.特訓2(浅間別荘編2)                   94.特訓3(浅間別荘編3)

95.特訓4(浅間別荘編4)                     96.特訓5(浅間別荘編5)

97.特訓6(浅間別荘編6)        98.特訓7(浅間別荘編7)

99.特訓8(葉山編1)         100.特訓9(葉山編2)

101.特訓10(葉山編3)                    102.特訓11(葉山編4)

103.特訓12(葉山編5)       104.行方不明事件の謎を解け1

105.行方不明事件の謎を解け2          106.行方不明事件の謎を解け3

107.行方不明事件の謎を解け4     108.行方不明事件の謎を解け5

109.行方不明事件の謎を解け6          110.行方不明事件の謎を解け7

111.行方不明事件の謎を解け8     112.行方不明事件の謎を解け9

113.行方不明事件の謎を解け10   114.

 

さざなみにゆられて-北海道編-

小説期間:2000年平成12年4月1日~

あらすじ:

さざなみにゆられて-山陰編-の続編です。

山陰地方で生まれた美波は写真集で見た富良野などの北海道の雄大な風景に憧れ、

自分のことを全く知らない人の街で一人で暮らしてみたいと北海道の大学を受験。

小樽商科大学に無事合格し義父の影響で銀行員を目差す。

両親は米子市にいたが、2000年に義父の勤務する銀行の合併に伴い、

偶然札幌市へ異動となる。

北の都『札幌』を中心に各季節ごとに趣きを変える北海道内の自然や観光名所を含めて

慎一、静香、美波、雄樹、夏姫の生活が始まる。

悲しい事件は起りません。おだやかに時間が過ぎていくだけです。

 

登場人物

日下慎一 現在41歳、1999年静香と再婚。山陰支店では預金課で勤務している。

     2000年4月より関西中央銀行と札幌振興銀行が合併し「六花銀行」となる。

     2000年に北海道札幌市へ再度融資課員(支店長代理)として異動。

日下静香 現在39歳、17年前に夫と死別し娘(美波)を一人で育てた。

                  1999年5月に日下慎一と再婚。現在妊娠中。

日下美波 現在19歳、鳥取県米子東高から北海道小樽商科大学へ入学し青春を満喫中。

日下雄樹 2000年夏に生まれる男の子。

日下夏姫 2000年夏に生まれる女の子。

 

もくじ

1.札幌へ              2.初めての胎動

3.美波の戸惑い           4.慎一の自覚と不安

5.初出勤              6.二人でコーヒー

7.美波の誕生日           8.YOSAKOIソーラン祭り

9.美波、学生生活スタート        10.独立への一歩

11.母の再婚と強がり娘        12.サークル

13.ゲレンデ             14.雪のイベント

15.誕生               16.子供たちのお披露目

17.お宮参りと育児への参加              18.銀杏の下で

19.シシャモ祭りとラムジンギスカン     20.お食い初め

21.美波の憂鬱                                         22.流氷観光1

23.流氷観光2            24.流氷観光3

25.桃の節句                                            26.静香始動            

27.支笏湖とオコタンペ湖1                   28.支笏湖とオコタンペ湖2     

29.端午の節句                                         30.美瑛と富良野1         

31.美瑛と富良野2                                  32.すながわスウィーツロード1   

33.すながわスウィーツロード2             34.美波、YOSAKOIへ出場1

35.美波、YOSAKOIへ出場2    36.子供達の誕生日

37.函館港まつりへ1-地球岬-         38.函館港まつり2-森駅-

39.函館港まつり3-ホテルにて-      40.函館港まつり4-花火大会-

41.函館港まつり5-ホテルの朝食-     42.ねぶた祭り1-青森へ移動-

43.ねぶた祭り2-青森観光1-           44.ねぶた祭り3-青森観光2-

45.ねぶた祭り4-祭り本番-        46.青森から函館へ-竜飛海底駅-

47.函館観光1                       48.函館観光2

49.函館観光3-恵山岬-          50.洞爺観光-有珠山・昭和新山-

51.洞爺から札幌-昭和新山牧場-      52.偶然の再会-望羊中山-

53.美波の恋?            54.ドライブへの誘い

55.彼とドライブ1-小樽から帯広へ-     56.彼とドライブ2-幸福駅-

57.彼とドライブ3-然別湖・東雲湖-  58.

    

 

さざなみにゆられて-山陰編ー

*あらすじ*

山陰地方の町、米子市で小料理屋「さざなみ」を営む静香・美波親子と

関西生まれの銀行マンの慎一とのふれあいを描く。

山陰地方の豊かな四季の中で三人三様の心の傷が癒される時間を描く。

読者の対象年齢は20歳以上に設定しています。

*登場人物*

後藤静香 小料理屋「さざなみ」の店主。

                  地の食材を美味しく食べさせてくれる店。

     店ではいつも弓浜絣を着ておりおだやかな笑顔の女性。

                  娘と二人暮らし。

後藤美波 静香の娘。高校一年生。明るく人懐こいところがある。

日下慎一 春に米子へ新規開拓を目的に赴任してきた独身の銀行マン。 

*改訂について*

内容は数年単位で徐々に見直しを行っています。

目次の後に(改)となっているものは見直して内容を若干変えています。 

~もくじ~

1.赴任(改)      2.「さざなみ」初来店 (改)

3.秀峰大山へ(改)   4.静香のまなざし、美波のまなざし(改)

5.面影(改)             6.追憶1(改)

7.追憶2(改)            8.美波の秘密

9.がいな祭りと境港         10.がいな大花火大会

11.美波、秋の県大会新人選へ出場  12.帰途の二人

13.とまどい            14.師走、三人で

15.帰省、遠い記憶         16.初詣

17.移り変わる記憶         18.桜街道

19.二人で出雲へ          20.母の再婚

21.彼との距離           22.浴衣1

22.浴衣2             24.突然の辞令

25.それぞれの思い         26.いつもの音

27.美波のがまん          28.慎一の約束、静香の願い

29.異動の朝            30.湯呑

31.壊れた携帯           32.霧と痛みの世界

33.間違い電話           34.幸恵の疑問

35.静香親子、神戸へ        36.春の息吹

37.再赴任             38.再び『さざなみ』へ

39.美波の受験           40.美波の言葉

41.旅立ちの日           42.広すぎる家

43.最初の夜            44.相性

45.新婚旅行、娘と1        46.新婚旅行、娘と2   

47.業界再編への動き、そして

51.洞爺から札幌へ-昭和新山熊牧場-

熊牧場としては「登別市の熊牧場」を知っていたが、

今回は近道の豊浦から札幌市へ向かう道を予定しているため

こちらの「昭和新山熊牧場」を見ることにしていた。

牧場の構成は、

「こぐま牧場」

「若くま牧場」

「大牧場」

「くまのアパート」

「あらいぐま牧場」

「人の檻」となっている。

先ずは入り口で販売されているクマ用の野菜やクッキーを買って、

「こぐま牧場」へ行く。

今年生まれの仔熊の紹介があって、

じゃれ合ったり、木登りの練習をしたり遊んでいる。

餌をやると小熊達が急いで食べに来る。

まだ子供なので小さくて可愛いが、

食べている様子を見るとやはり鋭い牙と爪が見えて怖かった。

次に「若くま牧場」へ近寄っていくと、

人間の持っている野菜などを発見し、

クマ達は立ち上がり、声を上げている。

少し先では手招きするクマもいる。

面白がってクッキーを投げると

急いでその場所へ走るクマ達の姿が見える。

そのほかグループで遊んだり、

のんびり寝転がったり、

じゃれ合ってお相撲(喧嘩?)をとっていたりしている。

そのクマのひょうきんな姿に静香も美波も笑っている。

 

「大牧場」は大人のクマばかりで、

そのエリアに突き出されて作られた「人の檻(特別観察室)」に入ると、

鉄格子以外遮るものがないため目の前にクマの姿が見える。

クマは慎一達の持ってる食べ物の匂いに誘われて近寄って来る。

とたんに強い野生の匂いと共に

ゴシゴシした毛並み、

開かれた手には大人の中指ほどの長さの太い爪、

開けられた口には人間の親指くらいの太さの鋭い牙が目に入った。

そして、クマ同士が餌を求めて喧嘩を始めた。

『グワッ』『ブホッ』『ガウッ』などの叫び声やその息遣いが聞こえてくる。

さすがに静香も美波も怖くなったようで子供達と共に急いで檻から出ている。

北海道では結構頻繁に民家付近へのクマ出没の新聞報道がされているが、

もし本当に目の前にこのクマが出てきたらと考えると絶望的な気持ちになると感じた。

 

実家や仙台に住む義母へのメロンとトウモロコシの配送手続きも済ませ出発する。

熊牧場を出発し、北上し洞爺湖畔へ突き当たりを左折し

洞爺湖温泉、壮瞥温泉を過ぎて洞爺湖南岸を走る。

洞爺国道230号線に合流し、札幌へと向かう。

途中、東側に大きなルスツリゾートの遊園地が見える。

子供達がもう少し大きくなったら来たいものだと皆で話し合う。

羊蹄山の美しい形に惹かれながら喜茂別町内を走り一路「望羊中山」へ向かう。

「望羊中山」は、『峠の揚げ芋』が有名で、

その揚げ芋を一度食べてから何度かドライブで訪れている。

(つづく)

101.特訓10(葉山編3)

翌朝はいつものように準備運動をして筋肉をほぐしてから朝食を採り、

小休憩の後、太極拳の修行に入った。

師匠はもちろん『館林隆一郎翁』。

百合も翔の隣で一緒に修行するつもりでならんでいる。

「では、これから太極拳の修行に入る。

 先ずは姿勢。

 これは全ての太極拳に共通する姿勢の注意点と要領だから見ていなさい」

 

隆一郎翁が、最初の姿勢(起勢:チーシー)となる。

「二人とも向かい合わせになりなさい。そして私のこの姿勢になりなさい」

二人の間に入り、姿勢を模範し説明しながら細かく一つ一つ姿勢を直していく。

 

一、虚領頂勁(きょれいちょうけい)

  首をまっすぐに立てること。

  顎を引き首すじの力を抜いて頭頂部が吊り上げられているよう意識を持つ。

二、尾閭中正(びろちゅうせい)

  尾閭は、尾てい骨の先にある経穴のことで、お尻をやや前に出し、尾閭と頭頂部が

  一直線になるような姿勢となる。

三、立身中正(りっしんちゅうせい)

  頭頂部と尾閭が一直線にすることにより、頚椎、脊椎、腰椎の関節に余裕ができ、

  勁の流れがなめらかになる。この直線が運動の軸となる。

四、円襠(えんとう)

  襠とは、股のことであり、内股のラインを円形にすること。

五、含胸抜背(がんきょうばっぱい)

  勁を胸に溜め、背中へ流す事に意識し、胸を張らずに背中を張る姿勢。

六、沈肩(ちんけん)

  肩を沈めること。肩があがることによる勁の遮断を防ぐ姿勢。

七、墜肘(ついちゅう)

  肘をあげないこと。肘が上がることによる肘での勁の遮断を防ぐ姿勢。

八、二目平視(にもくへいし)

  両目を水平にすること。左右に傾くことによる勁の流れの偏りを防ぐ姿勢。

九、全身鬆開(ぜんしんしょうかい)

  リラックスさせること。身体中に勁がなめらかに流れ、身体のいたるところへ勁を

  集中させることができるようになる姿勢。

十、鬆腰(しょうよう)

 『人体の要』といわれる腰を柔らかくすることである。

 

この10の注意点は、太極拳の姿勢への基本中の基本であるが、

今まで習ってきた格闘技とは異なる筋肉や骨の使い方で

姿勢一つでも集中していないと完全なものになっていないことに気がついた。

先ず、色々と身体を動かす前に全身の姿勢に意識を配り完全に覚えることとした。

しかし二人とも元々格闘技を習得している身なので徐々に自然体として立つようになった。

※この陳式太極拳の動きは老架式及び陳式太極拳36式を参考にしています。

(つづく)

7.追憶2(改)

柔らかい桜色の風が神戸の街を包んだある日、

突然、

夢は覚め、

時は止まり、

世界がモノクロームに変わった。

 

「静ちゃん。落ち着いて聞いてね」

「はい、何があったのですか?」

「勇二君が・・・」と言って事務所の皆が泣き始めた。

社長が涙を流しながら、苦しい声で静香へ伝えた。

「勇二君が今朝早く発生した高波で海に転落し、まだ見つかっていない」

「えっ?・・・」

 

それからの日々は、静香にとっては

胸に抱きしめた美波の体温と息遣いしか感じない時間だった。

勇二の実家で葬儀は営まれた。

多くの人間が焼香をしていく。

静香は、美波をそっと抱きしめたまま、焼香に訪れた客へ頭を下げるだけだった。

時折、美波が『とーたんは?』と聞いくる。

そんな時は、ふと現実に戻り涙が止まらなかった。

勇二の兄優一へ嫁いできた玲子さんとは、

年も近く美波をよく可愛がってくれた。

『私も心強いし一緒に住みましょう』と言ってくれている。

静香は勇二が両親を深く愛していたことを知っている。

静香は、とうとう勇二が愛した両親を愛し続けるために実家への引越を決意した。

いつか私や美波を勇二さんのように愛してくれるはずという願いがあった。

しかし、勇二の両親は静香だけでなく孫の美波をも邪見にしていく日々が続いた。

 

勇二と静香の勤務していた会社からは、社長の温情で多目の退職金が支払われ、

勇二が偶然入っていた生命保険も支払われた。

「お金は手に入ったのだから、もうここに用はないでしょ?出て行って欲しい」

可愛い勇二を盗り、殺したと思っている静香と住むことは

勇二の両親には耐えられなかった。

いつしか美波は、勇二の両親の姿を見れば泣くようになり、

『うるさい』と叱られてはまた泣くの連続で、

「バアバがいい」と静香の母親を慕い続ける。

勇二の両親がいつかは変わると信じ願っていたが、

孫の娘美波さえも近づけさせない。

このままでは、美波がかわいそうと思い、とうとう実家を出る決心を固めた。

一周忌法要が終わった翌日、勇二の両親の希望通り、後藤家へ戻ることを伝えた。

勇二の新たに位牌を作り、住職さんに位牌分けをお願いした。

 

この日から静香、美波、静香の母親の3人だけの生活が始まった。

美波が小学校に入る前までの4年間、穏やかな日々が流れ、

静香も美波も実家の農業を手伝って、土の香りを思いっきり楽しんだ。

その間、勇二の月命日翌日には必ずお墓へお参りをした。

本命日は自宅でお祈りし、翌日にお参りした。

それは足立家の人間が静香と会うと先方が不愉快になるだろうとの考えからだった。

やがて足立家長男優一の嫁の玲子さんにも無事、長男、長女と年子で子供を授かった。

足立の両親は大いに喜び、二人の孫を下にも置かない可愛がりようで、

美波への態度を見て不安に思っていた玲子さんからは

『あまりの変貌に驚いたし呆れた』と連絡があった。

 

ある時、玲子さんから、足立の家に来てもらえないかとの連絡があった。

不安を感じながら足立家を訪問すると、足立の両親と兄の優一が客間で座っている。

静香がそっと座布団に座ると、優一より

「静香さん、父と母が今までの事を謝りたいと言い出しましたので、

 今日は来てもらいました。

 わざわざありがとうございます。さあ父さん、母さん」

 

足立の両親は下を向いて神妙な面持ちで

「静香さん、あなただけでなくあなたの家にも美波ちゃんにも

 今まですごくひどいことをしてきました。許してください。

 私達はあなたの優しさに甘え過ぎたのかもしれません。

 この前の命日のおり、住職さんところに伺い、

 あなたの話をお聞きして、きつく叱られました。

 静香さんが毎月の月命日にも欠かさず墓参りをしていること。

 そして、私達の事を考えて本命日の翌日に墓参りをしていることを聞きました。

『あんなに若い娘がここまであなた達に心を配っているにも関わらず

 いい歳してあなた達は何をしているのか?

 こんなことをしていて死んだ勇二君が喜ぶと思っているのか?

 仮にも人の親ならば、子や孫を可愛いと思う気持ちがあるならば

 その気持ちを静香さん親子にも感じるのが当然でしょ』と、

 そこで初めて目が覚めました。今まで本当に申し訳ありませんでした。

 そして今まで本当にありがとうございました」

 

静香はやっと足立の両親への思いが通じたことを知りそのうれしさに涙した。

墓参りした時必ず住職に挨拶した。

その姿をずっと住職は見てきた。

住職の耳には色々な噂も入ってきている。

住職は静香親子の行く末を心配しながら見つめていたようだ。

足立の両親からは、

『困ったことがあれば何でも言ってほしい。ぜひ美波ちゃんも遊びに来てほしい』と言われたが、幼い美波は怖がってしまって無理だった。

 

やがて美波が小学校へ通う年齢になった。

兄が仙台へ転勤したのを機会に母親へ

『一緒に暮らさないか』と言って来ている。

美波も大きくなったので安心して母親を仙台へ見送ることとした。

後藤家の農地は農業会社から多くの引手があり、年間契約で貸すことにした。

賃貸料は母の口座に入るように勧めたが、静香親子を心配な母は頑として受け取らない。

そろそろ働こうと考えていた静香は、仕方なく将来の美波へ渡すことで納得させた。

その後、静香は美波と二人だけで第二の人生を歩く事を決め、

足立家の口利きで、『荒波!日本海』という大型海鮮料理店で

半年近く修行させてもらい、

やっと角盤町の一角に『さざなみ』を新規開店させた。

 その名前は、『世の中は荒波ばかり、その荒波に揉まれ疲れている人の心へ、

さざなみのようなひとときを与えることができれば』との静香の願いから命名された。

(つづく)

100.特訓9(葉山編2)

隆一郎翁と翔の攻防を見ていた京一郎が

「翔君、筋肉の痺れとスピード低下が無ければ大丈夫だな?」

「はい、その通りなのですが、これがうまく行かないのです」

「わかった。

 現在、一定時間だけ筋肉の疲労を感じなくして、

 反射神経を数段高める作用のある薬を研究中だ。

 この前、君が捕まえた獣人化薬の応用薬だ。

 もちろん、毛や牙が生えたりする副作用はない。

 ただ30分間しか使えない薬で、

 その時間を過ぎると骨格筋が一切動かなくなる」

「京一郎や、それでは何も役に立たない。

 もっと持続時間の長いものを研究しなさい。

 それならば、翔君、

 やはり元々の力を高めるしかなさそうじゃな」

「はい、そうなのですが、何かいいアイデアはありますか?」

「いや、すぐには無い。

 だが、太極拳の中で内気功を回すことにより体力を高めることのできる技や

 仙道で気の力を高める方法もある」

「内気功?仙道?」

「そうじゃ、気を体内で回すことにより、まあこれは気を練るというがな、

 戦いながら体力を維持しスタミナの上限を高めることのできる技で、

 仙道は元々の気の力を高める方法じゃ」

「そんな都合の良い技が!早く教えてください」

「まあ、焦るな。

 大変難しい技で簡単には出来ないから、まずは明日から修行を始めよう」

「ありがとうございます」

「それはそうと、もう膝が笑っておるようだが、大丈夫なのか?」

「実はもう限界で、フラフラです」

「今日は、ここまでにしておこう」

「ありがとうございます」

 

翔は何とか部屋まで歩いて戻り、ドアを閉めた途端にベッドへ倒れ込んだ。

百合が心配そうに見ている。

「やはり、百合んところの爺さんは化け物だな。全く歯が立たない」

「まあ、お爺様は戦い慣れている人だから仕方ないわよ」

「うちの爺さんもそうなんだよなあ。まだまだひよっ子ということか」

「私は、あなたのことをすごい人と思ってるわ。

 そして、あなたのフィアンセで幸せと思っているわ」

「それは僕もそうなんだけど、くやしくてさあ」

「大丈夫、あなたならきっと勝てるようになるわ」

「そうなれるように、力づけて

 ね?、ねえ、百合」

「ふふふ、今日も甘えん坊さん」

翔は全身が殆ど動かせなくなってるため、目でせがんでいる。

百合がそっとその唇へキスをした。

 

同じ時間、隆一郎翁は悠香とお茶を飲んでいた。

「あなた、このたびは驚きましたね。

 あの子にあんな力が宿るなんて。

 さすがのあなたも少し慌てたように見えました」

「さすがにあんなに早く一瞬で跳んでこようとは思っていなかったからのう。

 ただ跳んでくる方向はわかったので何とかそれには備えられたがな」

「あれで以前のスピードなら大変な技になりますね」

「そうじゃなあ。跳ぶ前のスピードを維持できれば誰もかわせないであろうなあ」

「これでしばらく、百合の可愛い笑顔を見えるし、

 一緒に修行する私達も若返りますね」

「そうじゃのう、今回も楽しみが多い。

 ちょうど翔君にも太極拳や大陸の奥地で獲得した仙道を伝授できるいい機会じゃ」 

 

(つづく)

6.追憶1(改)

静香はタクシーに乗ってしばらく経って目を覚ました。

美波が静香の背中をさすりながら心配そうに見つめている。

「はっ、お母さん、眠ってた?」

「うん、私、びっくりしたよ。今日みたいなお母さん、初めて」

「ごめんなさい。嫌なことがあって少し飲み過ぎたのかなあ。あっ、日下さんは?」

「疲れているみたいだから気をつけてくださいって言ってたよ」

「日下さんに悪いことしちゃったわねえ。私からお願いしたのに」

「またお店には来ますって」

「良かった。今度はお詫びしないと」

「また寝ちゃったりして・・・」

「もう、美波、勘弁して、今度から気をつけるから。

 これからお母さん、もうお酒を飲みません」

「お母さん、いいよ、いいよ、飲みなよ。飲み過ぎなければいいじゃない。

 でもお母さん、安心している寝顔だったよ。あのおじさんなら安心するよね」

「えっ?何を言ってるの?日下さんはお客さんよ」

「そう?初めて会ったけど、実は2度目だけど、あの人、好きだよ。

 今日なんてまるで、お父さんといるみたいに優しくてすごく楽しかったよ」

「そう?それは良かった。でも日下さんにはあまり無理言わないでよ」

そんな話をしている間にタクシーは自宅へと着いた。

 

静香はお風呂に入って、テレビのニュースを流しながらお茶を飲んでいた。

今日は、最悪の日だった。

初めて来た客から酔いに任せて、噂だと断りながらも過去のことを悪し様に言われた。

自分のことは我慢するが、

亡き夫の家や娘のことを言われるとその言葉が心に刺さった。

今まで必死で生きてきて、今や亡き夫の実家とも仲の良い関係にあり、

鳥取県でも有数の進学校の米子東高校へ入学した娘は

自分にとっての自慢でもあり宝物でもあった。

今日はそれらすべてを汚される言葉を聞かされた。

 

静香は、昭和36年(1961年)生まれ。米子市旗ヶ崎で農家の娘として生まれた。

子供の頃から誰からも好かれる活発で利発な娘だった。

中学校から勉強やテニスに打ち込み、鳥取県で有数の難関高の米子東高校へ入学した。

夫となる勇二とは、高校時代テニス部の1年先輩で夏休みの合宿の時に、

一緒にペアを組んで模擬試合をしたことから急速に仲良くなり付き合うようになった。

 勇二の実家である足立家は、弓ヶ浜でも有数の網元で地元の名士であった。

近海漁業だけでなく観光漁船や釣り船を展開する実業家だった。

農家の静香の家とは格が違うと、勇二の両親は静香との付き合いを嫌がっていた。

その時に勇二の両親が、静香を悪し様に罵った噂が今日まで生きている。

この時の二人には勇二の卒業までの一年間しかなかった。

学校帰りに湊山公園や神田神社や弓ヶ浜などで二人の時間を過ごし幼い恋を育んだ。

 

勇二を溺愛していた母親は県外の大学に行くことを嫌い、

勇二が四国にある海上技術短期大学校を受けたいと言っても一切聞き入れなかった。

しかし、海洋技術に興味があった勇二は、親に無断で受験し合格し入学した。

後でわかったことだが、

勇二の味方となったのは兄の優一だけで両親を説得したらしい。

 

勇二が入学して米子にいなくなったため勇二の両親は、

何かと後藤家に来ては付き合っている静香をさんざん貶して帰って行った。

自分達のいう事を聞かなかったのは静香のせいだとも取れる言い振りだった。

静香自身は聞いていないが、兄が後で教えてくれた。

「勇二の嫁は他のいいお嬢さんを考えている。邪魔だからいなくなって欲しい」

「お前ところみたいな貧乏農家の娘など、うちには絶対無理だ」

「お金を期待して付き合っているのか」など散々悪口を言われたらしい。

しかし父にとっては、自分の可愛い娘を、宝物に近い娘を、

ここまで悪し様に言われ始めると我慢出来なくなった。

 

それから父は勇二を憎み、

勇二からの電話を一切取りつがなくなって、

揚句に付き合いも止めるよう静香に強く言い始めた。

兄の純一は色々ととりなしたが父は一切譲らなかった。

「あのような家の人間とは、まかり間違っても付き合いたくない」との言葉以降、

この話題で兄とは一切話さなくなったらしい。

 

勇二と一切連絡が取れなくなっても静香は、夜にこっそりと公衆電話で話した。

そして、夏休みなどの長い休みの時には、日帰りで途中の岡山市で逢瀬を重ねた。

やがてそれも父にばれて、とうとう一切会うことはまかりならんと厳命された。

それを伝えられた勇二は、泣きながら両親の行動を静香に謝った。

静香ももう会えなくなった悲しみに心が張り裂けそうになった。

『無事大学を卒業して就職したら静香と暮らしたい』

という勇二の言葉だけを静香は信じた。

 

高校の卒業式を控えたある日、

勇二から神戸市にある商船会社に無事就職が決まったとの連絡が兄へあった。

兄から連絡をもらった静香は、その夜、父へ勇二と結婚したいと告げた。

「絶対に許さない、そんなことすれば、お前はもう娘ではない」との言葉。

一晩考えに考えた静香は、

翌日早朝、静香は父が締め切っている襖に向かって

「お父さん、長い間育ててくれてありがとうございました。

 静香は勇二さんの下へ行きます。

 きっと幸せになります」

と挨拶し、勇二の待つ神戸市へ向かった。

大学の春休みに帰省していた兄の純一も

『もっと冷静に話そうよ』と、話しかけてくるが静香に耳を傾ける気持ちはなかった。

静香も高校を卒業するまでは親の言う事を聞くしかないと思って、

勇二が就職するまでの2年間ずっと我慢していたからだった。

その時の静香にとっては、愛する勇二との生活が全てだった。

 

勇二との神戸の新婚生活は夢のようだった。

勇二も静香もお互いがお互いを想いあい深く愛しあった。

休日には二人で六甲山に登って『神戸の夜景』を見て、三宮などを散策した。

幸運にも夫と同じ会社へ内勤社員で就職できた静香は、

『しっかり者の静ちゃん』と職場の皆から可愛がられた。

社長も最初はどんな不良娘かと色眼鏡で見ていたが、

実際の仕事の正確さと早さを知り、

娘と同い年の静香を本当の娘のように心配し可愛がった。

 そんな二人の間に『美波』が出来た。

静香はツワリもひどくないので生まれる直前まで仕事をして、19歳で若い母となった。

美波を溺愛している勇二は、帰宅後は美波が眠るまでずっと胸に抱いたまま過ごした。

そこからの2年間も夢の続きが待っていた。

親子3人だけの慎ましやかで穏やかな時間。

親子3人だけの楽しい未来を話し合った時間。

親子3人だけの濃密な愛の時間だった。

 就職した兄の純一が時々来ては、美波を抱き上げては可愛がっている。

実家の野菜や美波のお祝いと称して多目のお金を置いて行った。

どうやら父からの言伝であることは薄々気づいていたが言葉にしなかった。

 

美波が生まれた1年後、急に父に血液のガンが急に発症し危篤状態となった。

急いで静香が美波を連れて帰省し、入院する父へ初めて美波を見せた。

その時、奇跡的に意識を取り戻した父は、

涙ながらに美波の頬をそっとさわり、

「可愛い孫をありがとう。幸せになるのだよ」と伝え、

そっと目を閉じ、そして逝った。

 

 その夜、兄から静香が出て行ってからのことを聞いた。

出て行った当初は言う事を聞かない娘に怒っていた父だったが、

やがて『静香を追い詰めたのは自分だった』と

原因は自分への悔しさだったと話し始めたらしい。

『娘にこんなことをした父親にもう会う資格はない』とずっと自分を責めていた。

そして『もう二度と静香には顔を合せられない』と悲しがっていた。

父が死ぬ前に自分達の幸せの結晶を見せることができて良かったと静香は涙した。

(つづく)

99.特訓8(葉山編1)

翌日早々にバトルバイクで葉山の館林邸へと急いだ。

アスカとロビンは新宿の事務所までバトルカーで帰って行った。

翔は背中に触れる百合の感触から昨晩のことを思い出しては密かに喜んでいる。

百合は百合で大きな背中に頬をつけて昨晩の幸せをかみ締めていた。

彼に抱かれはじめてから、昨夜初めて意識が遠くなった経験をしたからだった。

週刊誌の情報や友達からは色々と聞いていたがあまりよくわからなかったし

今のままでも十分に幸せで特に不満もなかった。

そういうものは人それぞれだと思っていたが、

本当にそんな風になることを知ったのだった。

 

身体の奥深いところに彼の熱さを感じた瞬間、

その奥深いところから全身へ痺れに似た感覚がひろがり、

身体が空中に浮かぶような浮遊感があった。

その時に必死で彼に抱きつきながら何かを叫んだようだが覚えていなかった。

その時、目の前が白くなり急に全身に力が抜けてしまったのだった。

全身がポカポカして気だるくて幸せな気持ちが続いている。

百合は少し恥ずかしかったけれど

愛する彼と一緒に今までより

もっと深い関係になれたような気がして嬉しかった。

真っ白い富士山から吹いてくる冷たい風も二人には何も感じていなかった。

 

河口湖を出発し東富士五湖バイパスを南下し、御殿場、箱根、小田原を越え、

西湘バイパスへと走ると湘南の海が広がっている。

もう湘南の海も冬の色となり始めている。

浜風も強く、細かい砂をヘルメットへ飛ばしてくる。

打ち寄せる波も大きくなり、

サーフィンやウィンドサーフィンを楽しむ姿もちらほら見える。

江ノ電線沿いにある湘南鎌倉高校を通り過ぎるともう館林葉山邸は目の前である。

 

館林葉山邸に着くと二人は隆一郎翁に挨拶をした。

しばらく翔の話を聞いていたが、

「とりあえず道場でその能力とやらを見せて貰おう。

 道着を用意しているのでそれを来て道場へ来なさい。

 今日は京一郎も呼んでいるので、一緒に来なさい」

 

翔は道着に着替えて道場へ向かった。

京一郎はいつものように白衣を着て壁際で座っている。

翔が神棚に参拝して正座して待っていると隆一郎翁が現れた。

百合は悠香婆と一緒に心配そうに翔を見ている。

 

「では、翔君、始めよう」

「はい」

その瞬間に、隆一郎翁の横へ『跳んで』攻撃をした。

「・・・」

隆一郎翁は予想していたように軽く裁いて翔を壁板へ叩きつけた。

一瞬で勝負がついた。

「翔君、この力は全く攻撃技には使えない。

 君の目の動きで君の跳んでいく方向がわかるので次の攻撃を予想しやすいね。

 それに君が危惧しているように攻撃スピードが遅くなる」

「そうなのです。せっかくの力なのですがあまり意味がないのです」

「意味がない訳ではない。

 例えば遠距離の敵の背後へ跳んで攻撃するとかは大丈夫と思う。

 敵は君がいる筈がないと思って油断しているのでそのスピードでも可能だな」

 

次は、隆一郎翁が道場の隅へ行き、目を閉じて立っている。

翔が反対側の道場の隅で待機している。

「では、始めよう」

翔は隆一郎翁の背後へ跳んだ。

翔が攻撃しようとした瞬間、またもや壁板へ叩きつけられた。

「ほう、気配が背後に一気に湧いてくる。

 確かにこれはいい技になる。ただスピードが話にならない」

「これが精一杯のスピードなのですが、やはり駄目ですね」

何度か同じ場所から跳んで攻撃したが全てかわされて壁板へ叩きつけられた。

(つづく)

5.面影(改)

6月中旬を目標としていた大きな融資案件がやっと決まり、融資課開設後、

初めて月目標が達成する目処が着いた。

9月までの目処としては、

徐々に決まりつつある他の案件もスムーズな様子で安心できた。

誕生日の6月21日は、久しぶりに『さざなみ』でゆっくりとできそうだった。

仕事を早く仕上げて、帰宅しラフな服装に着替えた。

「いらっしゃい。

 あら?今日はいつもと違ってゆったりとした格好ですね」

「こんばんは。うん、大きな山が一段落したから」

「それはおめでとうございます」

「うん、ほんまにきつい3ヶ月やった。

 でもここのご飯で体力が持ったみたいや」

「いえいえ、日下さんがずっとがんばっていたから、

 本当におめでとうございます」

静香は、いつもの日下さんが戻ってきたことをうれしく感じた。

 

「はい、まずはビールを一杯、どうぞ」

慎一はコップに注がれたビールを口に含み飲んだ。

『ゴクリ』

いつものように目が閉じられた。

眉毛が寄る。

『ふう』

ここから寄った眉毛が広がっていく。

次には目が開けられて

「うまいなあ」

静香はこの仕草をじっと見ている。

やがて柔らかな笑顔に変わった。

『やはり勇二さんと同じだった』

 

慎一は自分をじっと見ている女将に気が付いた。

『うん?』

『ううん、ふふふ』

二人は笑った。

「女将さん、今日のお奨めをよろしく」

「はい、そうねえ。

 今日はタイ、アジ、スズキ、沖メバル、ハマチくらいかしら」

「今日はゆっくりと飲みたいので刺身からよろしく」

「はい、わかりました」

いつものように手際よく魚が裁かれた。

 

「タイ、アジのタタキ、スズキの洗いの盛り合わせよ。

 どうぞたっぷり召し上がれ」

「おう、こりゃあ、うまそうや。いただきます」

アジのタタキ

刻みネギがかかっており、コリコリした新鮮な歯ごたえとアジ特有の旨味が引き立っている。

スズキ

洗いにされており磯の香りが口一杯に広がり鼻から抜けてくる。

タイ

皮付きと身だけの2種類ある。

皮付きは湯引きされており皮の旨さを加味された甘さが、

皮を削いだ方は、コリコリした身の触感と鯛そのものの甘さが、

噛めば噛むほど湧き出てくる。

やはり魚の王様だけあると感心した。

 

ふと慎一は日本酒が欲しくなった。

「女将さん、日本酒飲みたいなあ。冷やして飲めるお酒はある?」

「うちでは、地元のお酒で『稲田姫』と『トップ水雷』がお奨めです」

「じゃあ、初めて聞いた『トップ水雷』をお願い」

「はい、わかりました」

冷酒がコップから零れるほどに注がれた。

慎一は受け皿へこぼれたお酒をそっと一口、そしてコップから一口。

『トップ水雷』は、舌触りが柔らかで、やや甘めの割に舌に残らずすっきりしている。

これはいくらでも飲めそうで、ある意味非常に危険なお酒であった。

脳裏に一升瓶を抱いたまま眠っている自分を想像し苦笑いをした。

 

女将さんの話では、『純米酒トップ水雷』の醸造元は、江戸時代より続く米子市の老舗酒蔵「稲田本店」で、昭和の初めに全国に先駆け「冷やして飲む」ためのお酒として発売した。『水雷』と言う名称は明治時代に天皇陛下が山陰行幸随行した時、東郷平八郎元帥が蔵元へ立ち寄り、そのお酒に『水雷』と命名したらしい。『トップ』は日本一になるという思いを込めて『トップ水雷』と改名したとの話だった。

このすばらしい美味しさならば、東郷元帥を陶然とさせたのもわかる気がした。

 

しばらくすると慎一以外のお客さん数人が席を立った。

「女将さん、そろそろ勘定ごしない」

「はい、今日はありがとうございました。またいつでもお越しください」

「女将さん、今日はだんだん」

「そうそう、女将さん、昔」(声が小さく聞こえなかった)

「それはそれは、ありがとうござ・・・」と頭を下げてお礼を言っている。

そのお客さん達が出ていくと、女将さんは足早に厨房奥に引っ込んだ。

慎一の前を通る時、一瞬横顔が見えた。

目頭が少し赤かったようだった。

女将さんは厨房の奥からしばらく出て来なかった。

 

手元の日本酒が無くなる前に女将さんが厨房奥から出てきた。

まだほんのりと目頭が赤く、心なしか声も少し震えている。

「日下さん、すみませんでした。少し嫌なことがあって」

「別にいいよ、美味しい刺身を食べて、

 美味しいお酒を飲んでるから幸せ」

「日下さんは、まだ帰らないで下さいね。

 少し早いけど暖簾を下ろします」

「大丈夫なん?」

「ええ、大丈夫です。今日は気が乗らないので閉めます」

「うん。それがいいよ。もし良かったら帰るよ」

「違うんです。

 女だてら一人でお酒飲むのは飲んだくれみたいで嫌だから、

 日下さんさえ良かったらご一緒してください」

「それは大歓迎です。ラッキー」

 

女将さんは暖簾を下ろして、「さざなみ」の看板の電気を消した。

「ちょうど娘の美波ももうじき晩御飯を取りにくるので一気に作っていいですか?

 それとここからはお金要りませんから安心してください」

「別にええよ。お金は払うから」

「いいえ、では今、今日のお勘定を頂きますのでそれでいいかしら?」

「女将さんがいいならいいけど。ではお言葉に甘えて」

女将さんが、娘さんや慎一のおかずを作り始めた。

慎一の手元のコップには、なみなみと『トップ水雷』が入っている。

お酒のアテには『ヒラマサの塩焼き』が置かれている。

少しずつ飲みながら女将さんの手元を見ていた。

女将さんの表情から暗さが少し消えて目に光が戻ってきている。

カウンターにはどんどん料理が並べられていく。

『沖メバルの煮付け』『鯛のお頭煮付け』『真子と野菜のあっさり煮』

『大山地鶏の塩焼き』『野菜サラダ』『ラッキョウの塩漬け』

 

「あれっ?もう終わってるの?お母さん?あっ、いらっしゃいませ」

「ああ、美波、今日は早く終わったの。カウンターの人は日下さん。

 お母さんがいつもお世話になっている常連のお客さんよ」

美波は、ニコッと笑いあいさつをした。

「ただいま、紹介に預かりました美波です。いつもさざなみをありがとうございます」

「ああ、日下です。いつもお母さんにはお世話になってます」

「もしかして、おじさん、関西の人ですか?イントネーションが関西風なので」

「美波、何を失礼なこと聞いているの。ダメよ」

「はーい。でもどこかで聞いたことある感じなんだよねえ」

慎一はやっと思い出した。

「美波ちゃん。3月31日に元町サンロードの小物を売る店にいたよね?」

「3月31日?あまり覚えていないけど土日はよく友達と行くわよ」

「ちょうど、その日、米子に赴任してきて、そのサンロードを歩いた時、

 誰かにぶつかったこと覚えてる?まあ昔だし覚えてないか」

「あっ、あの時ぶつかって謝った時、『別にええよ』とか言ったおじさん?

 コテコテでない柔らかい関西弁って米子では珍しいから覚えていたの」

「いやあ、奇遇やねえ。あの可愛いお嬢さんが美波ちゃんか」

「かわいいだなんて、おじさん正直者。ありがとうございます」

「美波、何を騒いでいるの?今日は店で一緒に食べましょう。準備して」

「はーい、じゃあおじさんゆっくりと飲んでてね」

 

それから慎一はしばらく女将さん親子と楽しい時を過ごした。

昔、結婚していればきっとこれくらいの娘がいたのだと思うと、

美波ちゃんの顔が眩しく見えて、一緒にいる自分が面映ゆかった。

美波ちゃんはご飯が終わった後はテレビを見てゆっくりとしている。

ただ冷酒のせいかアルコールのまわりが思ったより急で、

女将さんも珍しく酔って眠そうな感じになっている。

美波ちゃんはいつも一人で食べているようで

「今日は3人なのですごく嬉しい」と喜んでいる。

 

その楽しい時間も女将さんがいよいよ船をこぎ始めると

「今日の母さん珍しいな」と美波が焦り、後片付けや店じまいを始めた。

女将さん小上がりにすわり、そっと柱に持たれて眠っている。

美波ちゃんが鍵を持って、女将さんの腕を肩に回して立ち上がった。

「お母さん、帰るよ。お客さんもいるのに失礼だよ。おじさん、今日はありがとう。

 今日みたいなお母さんは初めてで私も焦りました。

 これに懲りずまたのご来店をお待ちしています」

「うん、お母さん、疲れているみたいだから気をつけてくださいと。

 心配せんでもいいよ。

 こんな美味しい料理の店は米子ではここだけやからねえ」

女将さんと美波ちゃんはタクシーを拾って帰って行った。

慎一は心地よい酔いに身を任せて、ゆっくりと歩いてマンションに帰った。

(つづく)

50.洞爺観光-有珠山・昭和新山-

恵山岬からは北上して内浦湾を右手に見ながらひたすら進む。

ネットでは、この内浦湾は渡島半島の基部東岸、室蘭市のチキウ岬及び駒ヶ岳北東麓の岬に囲まれた、直径約50kmのほぼ円形の海域で湾口の長さは約30kmである。別名として噴火湾ともいわれる。この「噴火湾」という別名は、1796年に当地を訪れた英国の調査スループプロビデンス号のブロートン海尉が、内浦湾がほぼ円形な事と、周囲を取り囲む北海道駒ヶ岳有珠山などの火山を見て「これは Volcano Bay だ」と語ったことに由来するといわれている。しかし、その後の調査で内浦湾にはその陥没に見合うだけの噴出物が分布していないので、カルデラに海水が進入してできた地形ではないかと言われている。遠浅の湾であるため、サケ、イカ、カレイなどがよく獲れるほか、ホタテガイの養殖が盛んらしい。地図やチキウ岬から見ても綺麗な円形の湾だったので本当に噴火後のものだと考えていた慎一だったが、自然に出来た地形であることに逆に驚いた。

駅弁のイカ飯の森町を過ぎ、カニ飯で有名な長万部町を過ぎ、洞爺湖町を目指す。

洞爺湖方向へ左折し、有珠山ロープウェイの駐車場に停める。

ロープウェイに乗っている時間は、昭和新山山麓駅から有珠山山頂駅までの6分間だった。

 

説明板には、有珠山の形成などについて記載されている。

有珠山は、標高737mの活火山で山頂は有珠郡壮瞥町にあり、山体は虻田郡洞爺湖町伊達市にまたがっている。支笏洞爺国立公園内にあり、周辺地域が洞爺湖有珠山ジオパークとして「日本ジオパーク」「世界ジオパーク」に認定されている。

約2万年前に洞爺湖をかたちづくる洞爺カルデラの南麓に有珠山が形成され、その後噴火を繰り返し年月かけて成層火山となったが、約7千年前に山体崩壊が発生し、南側に口を開けた直径約1.8 kmの馬蹄形カルデラが形成された。 その結果としてカルデラ外輪山の中に、大有珠(海抜737 m)、小有珠などの溶岩円頂丘や、オガリ山、有珠新山(669 m)などの潜在円頂丘が形成されている。20世紀の100年間で4度も噴火活動が観測されたほどの世界的に見ても活発な活火山である。

有珠山山頂駅からは複雑な形の山頂を持つ多くの円柱丘が林立する有珠山、今にも噴火しそうな赤茶けた山肌の昭和新山、静かな洞爺湖の湖面、蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山の一望できた。

 

ロープウェイを降りて、昭和新山へ向かう。

その観光エリアにあるレストランで昼食を取る。

目の前に迫る白い煙らしきものを纏うまだ若い火山を見ながらの食事だが

慎一は山の情報が非常に気になった。

この火山は、昭和18年のある日、青い麦畑から地震と爆発音とともにふくれ上がり、4ヶ月の爆発、その間刻々と隆起する大地、地球のエネルギーは地底で固まった粘性の強いデイサイト溶岩を押し上げ、398mのベロニーテ型(現在では「隆起型」と言われている)火山を出現させたらしい。

熊牧場に入る前に、買い物コーナーを見ていると『生で食べるトウモロコシ』と幟が上がっている。トレイに置かれている白いトウモロコシの試供品を食べると、非常に糖分量が高く、柔らかく繊維も気にならなかった。

慎一は初めて生でも可能な白いトウモロコシを食べたため、感心して神戸の実家と仙台の義母用にそのトウモロコシと夕張メロンの詰め合わせを贈ろうと考えた。

(つづく)

4.静香のまなざし、美波のまなざし(改)

静香は最近ふとお客さんの一人が気になっていることに気が付いた。

それは連休直前に来店した『日下さん』だった。

関西弁で静香の料理を美味しい美味しいとたくさん食べてくれる人。

連休明けは特に仕事が忙しいみたいで週に2、3度は来るが、

まだ仕事が残っているからとお酒も飲まずご飯を食べて帰っていく。

日下さん用に味付けも関西風にして、

肉・魚・野菜・味噌汁とバランスを考えた定食を提供している。

いつしか常連客もそれを注文するようになり、看板料理になりつつある。

そして、何よりも育ちざかりの美波が気に入ってくれたことがうれしかった。

静香がずっと気になっていることは、

来店するたび日下さんの背中に疲れが蓄積してきているのがわかることだった。

 

慣れない山陰に初めて来て、新規融資案件を取る事は大変難しいことはわかっていた。

米子も含めて田舎は一般にそうだが、山陰地方は特に排他的で山陰以外から来た人間への視線は厳しく、人間関係の構築がなかなかできない地域だった。

地元の銀行でさえなかなか新規事業は殆ど望めない地域のため、確実に集金できる公共料金の口座作りに邁進している。そして誰かが何かを新しく始めることへの批判も強かった。

静香がこの店を始めるときにも色々と噂され大変だったことを昨日のことのように思い出すのだった。

彼の仕事への情熱の高さと責任感の強さには感心させられるが身体が心配だった。

 

一日の仕事を終えて、

ゆったりとした気持ちでお風呂に入っている時や

お茶を飲んでいる時にふと彼を思い出すことがあった。

お店に彼が来ている時は、ついつい彼の仕草を追いかけている。

 

その理由はわかっていた。

彼が亡き夫ととても良く似ているからだった。

ビールの飲んでいる表情や食べている仕草が、

どこか夫と重なるところがあった。

年齢も顔つきも体型もすべて夫とは違っているが、

食事をする時の雰囲気はそっくりだった。

『亡き夫と同じところで飲み、笑い、舌鼓を打つ』

 

静香はそのことに気付いた時、

夫が亡くなってから今まで娘と二人で暮らした時間の長さに気付き、

感慨深さと共に今更のように驚きと悲しみそして寂しさを感じた。

夫が亡くなりもう13年、ずっと美波と二人で生きてきた。

ずっと美波を育てることに精一杯でそんなことを振り返る時間もなかった。

そうにも関わらず、彼を知ったがために生じた最近の感情だったからだ。

仏壇にお祈りする時や月命日の墓参りの時にはいつも亡き夫と会話をしているが、

普段の生活ではそういう意識は全くなかった筈だった。

でもそれは静香の心が、その感情を無意識に抑えていることに気付いた。

 

二階から娘の美波が降りてきて

「ねえ、お母さん、この頃料理方法を変えたの?最近出してるあの定食、とても好き」

「そう?ありがとう。そう言ってくれると母さんうれしい」

「でも、どちらかと言うと美波のために作ったという感じがしないんだよね」

静香は一瞬ドキッとしたが、表情を変えずに

「それは気のせいよ。素材の味を生かした薄味で美味しいでしょ?

 育ちざかりのあなたのためにバランス良く作っているのよ」

「まあ、美味しいからいいんだけどね。少し気になってね」

「なにが?」

「お母さん、時々だけど、思い出し笑いのような感じと言っていいのか、

 楽しいことを思い出していると言っていいのか、

 そんな時があって、何か今までと違うんだよね。

 楽しいことあるなら美波にも教えてよ」

静香は娘の勘の鋭さに驚き、美波も難しい年頃になってきたことを感じた。

「そんなのあなたの気のせいよ。そんなことがあるならあなたに一番に話してるわ」

「だったらいいけど、約束だよ」

「はいはい、わかりました」

静香は『これでは、おちおち家でゆっくりとお茶も飲めないわ』と心でつぶやいた。

(つづく)

98.特訓7(浅間別荘編7)

翌朝からのランニングは、熊の出現を警戒して滝へのコースは避けた。

警察にも連絡し間違って観光客が立ち入らないように注意を喚起した。

万が一に備えて、優子の指示で

アスカが警備犬のロビンをバトルカーに乗せてこちらへ向かっている。

熊の出現に備えてロビンを別荘周りの警備をさせるつもりだった。

アスカは別荘駐車場のバトルカー内で待機させることとした。

 

ランニングコースは、より体力を付けるため河口湖畔1周コースとした。

早朝の山間部特有の清浄な冷たい空気が肺を刺激し気持ちよかった。

湖面は淡い靄が漂っている。

太陽の光が湖面を照らし始めると、靄が次第に動き始めいつの間にか消えた。

鍛錬の時間は、長距離ランニングを追加し3時間に変更した。

 

テレポーテーションの訓練は、

観光客や地元民の目を避けるため別荘敷地内でしている。

太い杭を何本も打ち、それを敵に想定しながら『跳ぶ』訓練であった。

短距離(数メートル)の跳躍ならば2回でも動きが止まることはなかった。

ただ使えば使うほど動きが鈍くなることはどうしても避けられなかった。

最初はただひたすら走って体力を付けて、数メートルの短距離移動の回数を増やし、

跳ぶ感覚に慣れることと筋肉や反射神経の低下の程度を身体へ覚えこませた。

 

『跳んで』は、拳の連打(正面からの顔面と腹部への連続突き、側面からも同様)

『跳んで』は、蹴りの連続(正面から顔面と腹部への連続攻撃、側面からも同様)

『跳んで』は、手刀の連続(後背部からの後頚部又は頚動脈への連続攻撃)

徐々に跳ぶ感覚も身体が覚えて来ている。

そして跳んだ後の脱力感で倒れこむことは無くなってきた。

最終的には跳んだ後も通常の動きが出来るようにすることが必要だった。

しかし、一朝一夕では簡単には出来ることではなかった。

それから2週間経ったが、残念ながら大きい変化は見られなかった。

どうしても体力が大幅に削がれ動きが鈍くなることは避けられなかった。

跳んだ後の筋肉の痺れと倦怠感が残る弱い戦闘力では敵と戦うことは出来なかった。

 

百合から『葉山のお爺様に聞けば何か突破口があるかもしれないわ』の提案があった。

翔としても賛成するしかなかった。

それ以上の方法が全く思いつかなかったからだ。

館林家頭首の館林隆一郎翁は、

興味深げに百合の話を聞き、『すぐに来るように』と答えた。

とうとう今夜が二人きりの最後の夜になる。

ついつい二人はいつもより深く、いつもより長く愛し合った。

(つづく)

49.函館観光3-恵山岬-

翌朝、早く目覚めた慎一は、一人で露天風呂へ入り朝日の昇る津軽海峡を見つめた。

しみじみと露天風呂が部屋に付いている良さが感じられる。

温泉につかってさわやかな海風に吹かれながら

昇る太陽の光を受けていると今日一日のエネルギーが湧いてくる。

しばらくしていると子供達の声が聞こえてきたので部屋へ戻った。

それと交代に美波が露天風呂へと入っていく。

静香は、子供達に服を着せて慎一へ任せながら部屋を片付けていく。

 

朝ご飯はバイキングコース。

イカコーナーでは朝採れの『イカソーメン肝和え』が目の前で作られていく。

半透明の細い切り身がまだ少し動いている。

心地良い歯応えと肝の甘さに生姜醤油が良く合っている。

ついついお酒を飲みたくなる程の美味しさだった。

その他和食としては、甘辛い地魚のアラ煮にアラの味噌汁などが盛り沢山だった。

みんなお腹いっぱいになったのでホテルを出発した。

 

ドライブ好きの慎一は、こちらへの異動命令が出てから、

ずっと『北海道の岬巡り』を考えていて、札幌への帰り道に

たぶんなかなか来ることはないであろう恵山岬を今回は目指すつもりだった。

函館近隣のもう一つの岬である白神岬へは別の機会に回ることとした。

白神岬は北海道南部の大部分を占める渡島(おしま)半島の北海道最南端の岬である。

函館市から津軽海峡沿いに西へ走り日本海側へ回るコース上にあり、

江戸時代から長い歴史のある松前町、日本海に浮かぶ奥尻島を横目に見ながら江差寿都、岩内、余市、小樽へ向かうことになる。

途中から八雲町やせたな町から内浦湾へ向かい高速道路に乗って帰ることもできる。

 

函館市内を抜けて国道278号線を海岸沿いに走ると

途中に「道の駅 なとわ・えさん」がある。

ネットの説明では、この駅名の中の「なとわ」は、道南地方の方言で「あなたとわたし」を意味している。目の前には津軽海峡、遠方には活火山の恵山を望むことができ、物産館には、ホッケ、タラ、ウニなどの魚介類や、黒口浜真昆布を使ったコンブ巻などの特産品が並んでいると記載されている。

この駅は函館と主要都市を結ぶ幹線道路からは離れているため、

客は少ないのではないかと思っていたが意外に駐車場には車が多く停められていた。

物産館に入って先ず目に入るのは、

「大量の名産品の昆布」の棚と「昆布ソフトクリーム」の幟。

ここしかないとの事で、早速ソフトクリームを頼む。

そっと口に含んでみると、昆布の粒入りで少し塩気が効いていて、

ベースとなるミルクも濃厚で甘味と塩味がバランスの取れたスウィーツだった。

お土産の昆布を買って車に乗り込んだところ、

突然駐車場の隣の車の老夫婦から声を掛けられた。

こちらの車のナンバープレートは神戸となっているため、関西出身の老夫婦は懐かしくなって声を掛けてきたらしい。老夫婦は数年前に夫の定年を機に、函館市へ定年後移住してきたそうで、清清しい空気、美しい自然や新鮮な海産物の好きな夫婦には格好の街と映っているようで、自治体としても移住に関しては積極的な対策をうっている。

 

しばらく海岸線を進んでいくと、活火山恵山のある恵山岬の看板が出てくる。

恵山は、ネット情報では標高が618mの気象庁による常時観測対象の活火山で、

その荒々しい山容や溶岩、噴気の様子から古くから信仰の対象となっており、

下北半島の恐山と並ぶ霊場ともなっているらしい。

函館からつながる278号線を北上して西側から回りこみ、

函館市新浜町椴法華から右折し231号線へ向かい、

太平洋を左に見ながら南下していくと「恵山灯台公園」の看板が見えてくる。

278号線を北上して西側から回りこみ、函館市新浜町椴法華から231号線へ向かい、

太平洋を左に見ながら南下していくと「恵山灯台公園」の看板が見えてくる。

近くには太平洋を望むカジュアルな温泉ホテル「ホテル恵風」があり

突き当りには、開放感満開の景色抜群の干潮時のみの入浴可能な温泉「水無海浜温泉」がある。

やがて恵山灯台公園の入り口が見え、駐車場から灯台へと向かった。

絨毯のような綺麗な芝生に囲まれた真っ白の灯台で、真っ青な太平洋が眼下に広がっている。

併設されている公園には子供が遊べる遊具もいくつかあったため子供達を遊ばせている間、慎一は灯台周辺を散策した。

夏の強い日差しは感じるが、頬へ吹き付ける風が涼しく気持ちよかった。

崖の上に立つと今はおだやかな津軽海峡の蒼さが目に入ってくる。

公園内に「函館市灯台資料館」があったが、今は閉館されているようで残念だった。

しばらくして、札幌への帰路に着いた。

(つづく)

97.特訓6(浅間別荘編6)

反対側の崖へ跳んだ二人は恐る恐る足元を見て、

お互い顔を見つめて、

抱き合った姿勢のまま

しばらく反対側の滝つぼの崖の上に佇んでいた。

「翔さん?もしかしてこれがテレポーテーション?」

「うん、そうみたい」

「熊ってこんな近くにいたのね。

 すごく怖くて、

 頭が真っ白になって身体が動かなかったわ」

「うん。

 百合が危ないと思って必死になったら出来ちゃった」

「翔さん、助けてくれてありがとう」

「百合に何かあったら嫌だから」

「とにかく二人とも無事で良かった」

二人はじっと見詰め合ってキスをして相手の身体を再確認した。

 

「翔さん、私も一緒に移動したけど」

「怖かった?」

「いいえ。翔さんに抱きしめられていたから怖くなかった」

「二回連続で出来たのはこれで二回目だ」

「それで、身体はどんな感じなの?」

「実は立っても居られないくらい身体中がだるいんだ」

「それは大変、しばらくここで休んでましょう」

「うん」

「翔さん、はい、どうぞ」

「うん、ありがとう」

と翔は百合のひざまくらに甘えた。

 

形の良い膝を枕にして休憩していたら、

身体中のだるさが少しずつ良くなってきている。

百合が翔の髪や肩をずっと撫でている。

やっと立てるようになってそっと起きた。

流れ落ちる水の支流は太くて向こう岸に渡ることは出来なかった。

それに滝壺に落ちた熊がいつ上がってくるかわからなかった。

 

翔は百合を後ろからそっと抱きしめながら、

今度は、別荘への分かれ道を見つめた。

あの時と同じような感覚が身体に蘇ってくる。

次の瞬間、

二人は別荘への分かれ道に立っていた。

「翔さん、すごい・・・でも身体は大丈夫?」

「少しだるいけど大丈夫。じゃあ別荘へ戻ろう」

「そうね。よく考えたら朝ご飯がまだだったわね」

「お腹すいたよ。よろしくね」

「はーい、あなたはシャワーを浴びて疲れを取ってね」

 

翔はシャワーで軽く汗を流し、

朝ご飯を食べてコーヒーを飲んでゆっくりとした。

後はこの能力を自由自在に使えるようにするだけだった。

しかし、この能力は体力を根こそぎ奪うため、

それほど頻繁に使えるようになるかどうかはわからなかった。

二回発動させると手足が十分に動かせなくなるのだった。

このままでは戦いに使えない事は確かだった。

(つづく)