はっちゃんZのブログ小説

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4.捜査開始(第1章:記憶喪失の男)

目黒の自宅(社務所)へ帰った遼真と真美は、
家政婦のウメさんが作った晩御飯を食べて居間でゆっくりとした。
このウメさんは、桐生一族の人間で霊感が強く、
卓抜した家政婦能力の女性で、
実は薙刀や棒術の名人の腕前で今まで泥棒を何度も捕まえた事がある。
遼真や真美は、小さい時からウメさんにお世話になっており、
幼い時から実の両親と殆ど会えない二人にとってはお母さん代わりだった。
彼女の淹れたてのお茶を飲みながら、パソコンを開いた。
遼真は、当時の事件のニュースについて調査した。
真美は、スマホで念写した写真を印刷している。
群馬にある桐生一族のコンピュータからもデータが送られてきている。

現金輸送車強盗事件は、3年前の冬に起こった。
盗まれた金額は約1億2千万円。
当時盗まれた札束は、まだ世の中に出回っていない。
海外で資金洗浄されたのではないかと噂されている。
容疑者として「佐々木伸彦」は
警察から聴取を受ける前に死体で発見されたのだった。

明らかになっている事件の概要としては、
事件当日、その現金輸送車は人通りのない道を通っていた。
そのルートは、以前銀行担当者と打ち合わせた中の一つのルートであったが、
通常は使われないルートで交通事故で渋滞などが発生した場合の臨時ルートであった。
当時そのルート上の人通りのない細い道を女性が一人歩いていた。
現金輸送車がその女性の横を通った瞬間、
『あっ』と叫んで、女性が道端に倒れた。
『もしかして車でひっかけてしまったかもしれない』
と考えた運転手が車を停めて、
車から降りて
「大丈夫ですか?」
と声を掛けて近づいたところ、
突然倒れていた女性が、
隠し持っていたスタンガンを押し付け運転手を失神させた。
それを見て驚いた他の警備の者が、
女性を助けようと開いた助手席のドアを急いで閉めようとした時、
近づいたフードとマスクで顔を隠した男が車内へ催涙ガスを噴射した。
催涙ガスで警備員全員が涙を流して咳き込んで苦しんでいる間に
一人一人の首筋へスタンガンを押し付けて全員が気絶させられた。
その後、現金がトランクごと盗難されたらしい。
この襲撃された場所は、
監視カメラの無いエリアで犯人の人相も明らかになっていない。
路面のタイヤ痕から乗用車へ乗って逃げたと推測されている。
警察は可能な限りその場所に近づく監視カメラ情報を調査し、
その時間帯にその場所から離れる車情報を徹底的に調べたが
ローラー捜査をしてもとうとう怪しい車は見つからなかった。

警察はそれと並行し、そのルートを指示した行員を捜査した。
その行員は最近子供が生まれたばかりで
奥さんが子供ばかりに掛かり切りになり
妻が夫である自分を全く見なくなったと文句を言い始めた。
偶然入った場末の安いスナックの女と仲良くなり、
だんだん夜中にしか家に帰らなくなり、
とうとう妻が実家へ帰ったとの噂を聞いたからだった。
事情聴取の結果、
男はスナックの女に|美人局《つつもたせ》で引っかかり、
その夫と名乗る男に脅迫されて、ルート情報を漏らした事が判明した。
その男の名は「佐々木」で女は「|香穂里《かおり》」と言ったが
化粧があまりに濃過ぎて素顔の全くわからなかったが、
まだ若いせいかスタイルだけは綺麗な女だったらしい。

催涙ガスを噴射した男の左足が悪いのか少し引きずっていたとの証言や
普段は見ない乗用車が現場近くに止まっていたとの証言などあり、
近隣に刑事全員が聞き込みを掛けた結果、
やっと「佐々木延彦」が捜査の俎上に上がったのだった。
地道な捜査や捜査令状の申請などで遅れて、
警察は被疑者「佐々木延彦」が死んでから部屋へ踏み込むこととなった。

遼真は真美が念写した男女二人の生霊の写真から
桐生一族のコンピューターでネット情報などから二人の身元調査をした。
すぐに対象者は出てきた。
SNSの写真を見ると、スナックっぽい背景の写真で
その女性は『後藤梨奈』、なんと佐々木延彦と一緒に映っている。
もう一人は男性で、『後藤|萌斗男《モトオ》』でその女性の弟だった。
最近の二人の写っている画像の位置を調べると
一つはスナック、
もう一つはあの依頼されたマンションと同じ位置だった。
真美はスマホに取り込んだ「住人一覧」を取り出した。
304号室の入室者は、後藤梨奈、後藤萌斗男の二人だった。
遼真は、最初マンションの周りを回って調べている時に
304号室窓から感じた粘りつく様な視線を思い出した。
204号室を睨み続け、恨みを撒き散らす生霊は真上の部屋から来ていた。

「佐々木さんですが、何とか記憶を戻す方法がないものですかねえ。
 本か何かで読んだことがあるのですが、
 催眠療法とかを試してみてはいかがでしょうか?」
「そうだね。良い案だよ。さすが真美だな」
「夢に世界へ入れる夢ちゃんにお願いしますか」
「それがいいね。確か君の妹分と言おうか昔から仲が良かったよね」
「そう、あの子が夢に潜る時は必ず私が付いていました。
 夢の世界では、相手の思い、願望の影響が強くて
 潜った人間の霊体が傷付けられる可能性が高いですから、
 私とクインが守る者としていつも一緒に居ます」
「今回は心配ないと思うけど、
 もし以前みたいに強力な悪霊がいる場合には
 常に僕がスタンバイして入る準備をしてるから安心して」
「遼真様が隣にいるなら真美は安心して潜れます。
 昔から遼真様はいつもそう、ありがとうございます」
「心配性なだけだよ。
 じゃあ、彼女が学校の無い日を聞いてお願いしようよ」
「そうですね。彼女に聞いておきます。
 候補日として今度の土日はいかがですか?」
「夢ちゃんの体調の良い日を選んであげてね。
 たぶん悪霊ではないから心配無いけど
 翌日が大変だから翌日に休憩を取れる日がいい。
 急だけど今度か来週の土曜日でどうかと聞いてみて」
「わかりました。確かに翌日に体力を戻せる時間がある方がいいですね。
 彼女が若いとは言っても、まだ中学生ですからねえ」
「決まり次第、|権禰宜《ごんねぎ》の敏夫さんにそっちへ回って貰うから迎えに行ってね。
 僕は京一郎さんから貰ったバイクで行くから」
「はい、そうだ、バイクと言えば、翔様と百合様のタンデムってかっこいいですね」
「そうだね。僕ではあそこまでかっこよくできないなあ」
「いえ、そんなことないです。遼真様もかっこいいですよ」
「そう?まあお愛想でも嬉しいや、ありがとう」
「そんなことないです。本当にそう思っています」
「まあその話はここまでにして、夢ちゃんに聞いてみて。
 幽霊の夢と言おうか記憶に入るなんて、たぶん経験無いだろうからねえ」
「今までの一族の歴史の中でもあまり聞いたことがないですね」
「そうなんだ。なんせ記憶喪失の霊なんて初めてだから」
「そう言えば、そうですね。
 霊が記憶喪失になることを今回初めて知りました」
「この記録はきっと今後の一族の宝の一つになるよ。
 海外でもこんな事例は、聞いたことがないらしいから。
 長老に相談したら、解決方法はよく考えろと言われてるんだ」
「先ずは佐々木さんの記憶を戻す事ですね」
「そうだね。うまくいくといいんだけどね。夢ちゃんと真美に任せるよ」
「はい、夢ちゃんと二人でがんばります。
 今回もクイン(苦印)を連れて行きます」
「そうだね。僕もキイン(忌印)は連れて行くよ」
ちなみにキイン(忌印)、クイン(苦印)とは、

遼真と真美が使役する|管狐《くだぎつね》である。
夢花ちゃんからは、『今度の土曜日なら大丈夫』との連絡があった。