はっちゃんZのブログ小説

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9.遼真の後悔(第5章:真美を救え)

桐生一族京丹波家狐派頭領の令一は、
石像とその根元の悪心坊が埋めた木片を共に京丹波家の方へ持って帰った。
萩原マリコは、事件に関する記憶を消して部屋まで送って行った。
マリコの部屋の中は、既に子供のいた痕跡は無かった。
その後、風の噂で萩原マリコは、多くの男に溺れ多剤耐性梅毒と言う性病に罹り、アル中になり子宮癌にも罹り、最後は末期がんと脳梅毒に苦しみながら死んだらしい。
死後は衆合地獄で永遠の責め苦に合い、この世に再び亡者として生まれ変わったという。

桐生一族京丹波家に戻った遼真と真美はお風呂に入ってスッキリしてご飯を食べた。
「遼真様、お腹空いたね。たくさん食べましょう」
「うん」
「今日、真美はすごく嬉しかった。だって遼真様が来てくれたから」
「うん」
「遼真様って本当にすごかったわ」
「う、うん」
「真美ももっともっと頑張って修行するね」
「うん」
「遼真様、どうしたの?どこか痛いの?」
「ううん、違うよ。どこも痛くないよ。安心して」
「うん・・・?・・・ほんとに良かった」
「そうだね。真美が無事で良かった」
「この卵焼き美味しいよ。遼真様も食べてみて」
「うん、そうだね。美味しいね」
令一は遼真の表情が暗く元気がないことに気が付いた。
一通り食事が終わった後、令一は遼真を部屋へ呼んだ。

「遼真、今日は本当によくがんばったな」
「はい、真美が無事で良かったです」
「お前の情報が無ければ真美を取り戻すことは出来なかった。助かったよ」
「はい、普段、じい様が教えてくれた事をしただけです」
「あの獣道のお札と言い、よく色々と準備していったものだな。
 一族の者もお前の探索の準備内容を知って驚いていたぞ。
 小さいながらそんな風に育ったお前を誇らしく思う」
「はい、あの時は必死で考えて動きました。
 あの場所も近くまで真美の気配を探りながら来ました。
 あの場所へ近づいた時、猿の群れが多かったので少ない方から近づきました。
 近づいて、真美と話が出来たのでじい様へ連絡しました」
「話?」
「はい、真美と私は伝心通ができるのです」
「ほう、それはお前もそうだが真美もすごいな」
「真美は3歳の誕生日過ぎてしばらくするとできるようになりました」
「それで真美を安心させたんだな?」
「はい、真美が元気だったので私も安心しました」
「お前は本当に真美を可愛がってるな」
「はい、真美は私の可愛い妹ですから」
「まあ兄弟姉妹《きょうだい》のいないお前にはそうだろうな」
「ええ、ただあの怨霊の女性が真美に憑依しようとしたので焦りました」
「そんなことがあったのか・・・それは焦ったな」
「ええ、それでじい様を待てずに助けに行きました」
「それであの大猿と戦った訳か」
「はい、最悪あの力を使うと考えて、
 どうなるかわからないけど咄嗟に『護身符』を飲みました。
 おかげで憑依もされず無事でした」
「『護身符』では守れない悪霊もいるから、それは運が良かったな」
「そうか・・・やはり賭けだったのですね」
「そうだな。山中には思いのほか強い霊がいることがあるから今後は気を付けなさい」
「はい、今後はそのようなことはしないようにします」
「そうだ。呪符と言っても万能ではないからな」
「無我夢中でした。あの白い大猿は本当に強かったです。
 こちらが殺されそうになりました。
 最初倒したのですが、すぐに違う猿に憑依して襲ってきたのです」
「そんな化け物だったのか・・・」
「はい、このままでは私の体力がもたないと思いました。それで・・・」
「そうか・・・そんな事態だったのか・・・それは仕方なかったな。
 お前の龍尾についた幾筋もの傷を見てもそうだろうな。
 よくお前があのスピードを躱すことができたことに驚いたよ」
「一刻も早く真美を取り返すにはあの大猿を倒すしかなかったのです。
 早く取り返さないと真美が憑依されると思ったのです」
「それで最後の技の『霊滅』を使ったのだな?」
「はい、必死でした・・・」
「それで大猿を倒したのだな・・・」
「はい、でも大猿を倒したあと、しばらく経って、
 以前じい様が私に話されたことを思い出したのです」
「ふーん、そうか・・・」
「あの悪霊だった女性も、あのすみれという女の子も
 あの大猿を『シロ』と親し気に呼んでいました」
「そうだな」
「あの大猿は、石像に入っている女性の魂を子猿の像に入って
 子供だったすみれちゃんの代わりに長い間一緒にいて慰めていたのですよね」
「そうらしいな」
「彼女たちは探していましたが、もう『シロ』には会えませんよね・・・」
「そうだな」
「ふと彼女たちと一緒に遊ばせてあげたらどんなにいいかと考えました」
「そうだな」
「私は彼女たちにもシロにも酷い事をしたのですね」
「・・・」
「じい様が話されていた言葉が蘇ります・・・」
「遼真、ちょうど良い機会だからこの度の事を覚えておきなさい。
 お前のあの力は、このような結果を伴うことを・・・
 まだ小さいお前にはきつい話とは思うが・・・」
「はい、あの『霊滅』と言う強い力には、私の身への危険と
 相手の魂を消滅させると言う無慈悲さも併せ持つことを知りました」
「何か行動を起こした時には、己に結果と責任が伴うことを覚えておきなさい。
 もしお前が将来狐派を率いる事になった時に心掛けておくことの一つだな」
「はい、今度この力を使う時には心得て使います」
「わかればいい。
 あの二人には何も教えないでシロは安心して遠くへ旅立ったとだけ伝えよう」
「じい様、お願いがあります。魂の悪い部分だけを消滅させる方法を教えてください」
「わかった。それはおいおい考えよう。ではそろそろ護摩壇へ行こうか」
「はい、わかりました」

護摩壇の備え付けられた場所では、既に多くの一族の者が座っている。
頭領の令一が護摩壇へ座る。
先に座って遼真へおいでおいでしている真美の隣へ座った。
真美がニッコリと笑って遼真の手をそっと握ってくる。
遼真も笑って、その小さな可愛い手をそっと握り返した。

令一が『除霊の儀式』を開始すると護摩壇の炎が大きく小さく揺れ始める。
壇上には、
石像の足元の地中へ埋め込まれていた朽ち果てた木片と
母猿の刻まれた石像と子猿の像が置かれている。
それらへ護摩壇からの紅い炎が強く弱く照らされている。
やがて地中へ埋め込まれていた木片が浮き上がり黒紫色の、
次に石像からは黒色の、
特に子猿の像から黒紫色の霧の様な物が浮き上がってきた。
そしてそれらの上の空間で一つになり始めた。
それはどんどん大きくなり暗紫色の|拳大《こぶしだい》の塊となった。
「えーい」
令一の前の祭壇に置かれていた呪符は、生きているかのように飛んでいく。
呪符が宙に浮かぶ暗紫色の拳大《こぶしだい》の塊に絡みつく。
途端に暗紫色の拳大の塊は
呪符に吸収されたかのように目の前から無くなった。
呪符と木片がその場に浮かんでいる。
徐々に呪符と木片が護摩壇の炎へと移動していく。
呪符と木片は炎の上に止まるが燃えなかった。
令一の読経が続く。
しばらくすると炎は大きく揺れ始めた。
とうとう呪符と木片に端から煙が上がり始めた。
『グオー、負けんぞ。この女と猿は許さない』
と恨み声が漏れ始め抵抗していたが、
『くそ―、わしの術が負けるとは・・・無念・・・』
と声が漏れて、呪符と木片は一気に燃え上がった。
『グオー、わしは地獄には行きたくない・・・』
護摩壇の炎の中に燃え落ちた呪符と木片は炭と変わった。

子猿を抱いた母猿の表情が柔らかくなり子猿の表情も笑顔に変わった。
悪心坊の怨念が、
猿野花やシロの荒魂《あらみたま》に滲み込み
大きくバランスが崩れて悪霊となってしまっていたが、
魂に滲み込んでいた悪心坊の怨念を祓ったため、元の穏やかな魂となった。
そして、長い間一緒にいたシロの代わりにすみれの魂が子猿に入ることにより
猿野花と共にすみれの魂も安定したのだった。
ずっと長い間何度も生まれ変わっても愛情を受けなかったすみれの魂も
やっと我が子を胸に抱くことができた喜びに溢れる猿野花の魂も
固く結びついて和魂《にぎみたま》となった。
この母子の石像は、
桐生京丹波家の敷地の中で丁寧に祀られこの家を守る力の一つとなった。