はっちゃんZのブログ小説

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8.すみれ、決別の涙、そして(第5章:真美を救え)

自縛陣に横たわるマリコの側に、
すみれの霊魂が心配そうに立っている。
母親の元に行きたくとも自縛陣の中へは入れなかった。
じっと母親の姿を見ている。
「ママ、どうしたの?」
「・・・?」
「わたしは、すみれよ、ママ、ママ・・・」
すみれはすでに気付いていた。
それは自分自身が死ぬ前から気付いていたのかもしれない。
母親マリコが娘のすみれの姿を見ても
まるで知らない子を見る様に表情を変えていないことに・・・。

すみれには物心ついてから母親から笑いかけられた記憶は殆どなかった。
常にすみれが母親に近づき必死で話しかけ笑いかけてその顔を見つめた。
ママはすみれと目と目が合うとすぐに逸らしてスマホを見た。
興味無さそうに
「ああ、なに?なんかあったの?」
と答えて、すみれの顔もほとんど見ていない時も多かった。
でもすみれはママの笑顔を見たかった。
すみれが生きていた頃に一度だけ笑ってくれたことがあった。
公園に一緒に行って一人で鉄棒をして遊んでいる時、
「ママ、見てえ。こんなの出来たよ」
「へえ、すごいね。がんばったね」
ほんの一言だけだったが、
その時はいつもと違ってスマホから目を離して笑ってすみれを見てくれた。
すみれはすごく嬉しかったから、今もその時の笑顔が目に焼き付いている。

その時、すみれの心に声が聞こえた。
『このママの姿をした女の人は、
 もうすみれのママでは無いのよ。
 もう人間でさえないのよ。
 そこに居るのは|亡者《もうじゃ》なのよ』
その声は、すみれの魂が発した声の様だった。
「ちがうよ、すみれのママよ。
 どうしてそんなひどいことを言うの。
 いま、ママは疲れているだけなのよ」
『本当は気付いているんだろ?』
「なにに?」
『その女がもうお前の記憶さえないことに』
「・・・やめて、ひどいことを言うのはやめて・・・」
『このままでは、お前があの世に行けないから言ってるんだよ』
「あなたは誰?お顔を見せて」
『私はお前の心の中にいるよ。だからお前は知ってるはず』
「もしかしていつも私の夢に出て来ていた桃ちゃん?」
『そう、私は昔のあなた、桃よ。
 あなたが今までずっと今の母親の魂を心配して、
 何度もその親や兄弟姉妹や子供として生まれ変わったのを見ていたわ』
「そうなの?
 私はママの周りに何度も生まれてきているの?」
『そう、もうあなたはその人の側に7度も生まれ変わっているわ。
 あなたが初めてその人に出会ったのは、
 そこにいる猿野花さんの子供として受胎した時よ』
「そうなの?じゃあ、ママは?その人なの?」
『違うよ、今のママの前世は昔盗賊で酷い事をした人だったのよ。
 あなたは、その時に身籠った子供なの。
 私はあなたへ『猿野花さんに付いていてあげなさい』と言ったのに、
 猿野花さんの傍にはシロがいるけど、
 この人には誰もいないから私がこの人の魂を人に戻してあげたいと言って
 その後、何度もその人の周りに生まれたのよ。
 そのたびに、あなたは大切な物を盗まれたり、女郎として売られたり、
 ご飯もたべさせてもらえなくて餓死したり、酷く殴られ蹴られて死んだわ。
 もうその人にあなたが付いている必要はないのよ。
 その人は過去から何代も人じゃない事をしてきている人間だから
 その人の魂はもう人間に戻ることはないわ。
 すみれ、あなたは優し過ぎるのよ。もうあなたは十分に尽くしたわ』
「そういえば、昔のことを思い出した。
 このたびもそうだったけど一度だけは優しくされたことはあるわ。
 もう駄目なのかな。私では駄目なのかな・・・」
『ううん、あなたでは駄目、と言うことではないの。
 その人の魂はこの世に生まれた時から自身の魂に亡者の魂を刻んでいるのよ』
「そんなのかわいそうよ」
『そうね、でもその人の魂は亡者の魂を必要としたの。
 理由はその人しかわからないの。
 だからこれからもその人は永遠に亡者として地獄の中を生きていくの。
 それがその人の魂が選んだ道なの。
 でもその道をその人は苦しいだとか悲しいだとかは全く感じないのよ。
 ただ誰かに抱かれ、美味しい物を食べることだけが喜びなの。
 その人の魂にあなたを思う気持ちは昔から一片たりとも無かったわ。
 もうそろそろあなたは猿野花さんの元へ戻るべきよ。
 長い間、猿野花さんはシロと一緒に、あなたをずっと待っていたわ』
「そう・・・もうこの人に私の願いは聞いてもらえないのね。
 何とか地獄の様な世界から出て欲しかったけれど・・・わかったわ。
 私は猿野花ママの元へ行くわ」
『それがいいわ。あなたを待ち望んでいた人なのよ。行ってあげて』
「はい、悲しいけれどマリコママのことはもう諦めます。さようなら」
すみれの真っ黒なつぶらな瞳に涙が溢れて頬を伝った。
その涙を見てもマリコの目には何もその姿が入っていないのか
ずっと陰部を触って涎を垂らして色摩の様に喜びの声を上げている。

すみれは、その浅ましい姿を辛そうな目で見つめながら、
やがて視線を猿野花の封印された石像へ向けて近づいてきた。
「お母さん?」
「すみれかい?本当に久しぶりだね。
 でも私はお前の母だという権利はないわね。
 さらった時からお前が私を怖がっているのは知っていました。
 私は悪い母でした。シロにお前の命を奪わせました」
「お母さん、

 それはあの坊様の術で黒く変わった魂の一部がしたことよね?
 もうそれはいいのよ。
 死ぬのは痛くも無かったし、
 私自身が死ぬことを望んでいたかもしれない・・・」
「そうなのかい?
 そんな、お前は、まだそんなに小さいのになぜそんなことに・・・」
「きっと疲れたのだと思うの。
 長い間、ずっとずっと話しかけて来たけれど、
 とうとうあの人は最後まで変わらなかったの。
 ねえ、これからはずっとお母さんの所に居ていい?」
「当然よ。私のすみれ、やっと帰って来たのね。
 お前を抱かせておくれ、ささ、こちらへおいで」
すみれは笑顔で石像へ入った。
母猿の瞳とその胸に抱かれた子猿の像の瞳に涙が浮かんでいる。
「せっかくお前が戻ってきたのに・・・
 私は多くの人の命を奪ってしまった。
 これは償わなければいけないわね」
「ここにいるおじさんにお願いすればいいんじゃないかしら」
すみれは、桐生一族京丹波家狐派頭領の令一を縋る様に見つめる。

「それはそうとお母さん、シロはどうしたの?」
「実はずっと探しているのだけれど見つからないの。
 シロの大きな悲鳴と悲痛な声が聞こえてから
 どこに行ったのかわからなくて、
 心配でずっと探しているのだけれど・・・」
「この辺りにシロの魂は見えないわ。
 桃ちゃんはシロの場所がわからない?」
『ううん、私にもわからないの・・・』
「えっ?シロは天国に行ったんじゃないの?」
『どうかしら?それならいいんだけど・・・』
「どこに行ったのかしら。すみれと遊ぼうよ。
 シロ!シロ!いるんでしょ?顔を出して・・・」
いくらすみれが呼んでも、とうとうシロの声は聞こえなかった。