はっちゃんZのブログ小説

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10.迷い里、道切村での戦い2(第4章:迷い里からの誘い)

遼真は一人で戦う腹を決めた。
大妖怪『囁き女』の力は強い。
今までの様な戦い方では勝てないと思った。

一瞬でも『囁き女』の注意を逸らす必要があった。
遼真はバトルヘルメットからバトルカーへミニミサイル発射を指示した。
このミニミサイルは、戦車程度なら破壊できる能力があった。
バトルカーの側面から格納されていたミサイルの発射ボックスが出てくる。
しかし、照準を合わせるにしてもナビに女の場所は映っていなかった。
コンピューターのRyokoから返事が返ってくる。
「遼真様、敵の姿を把握できません」
「ではヘルメットからの画像で場所を割り出して欲しい」
「わかりました。
 正確にはわかりませんが、何とかその辺りへ着弾させます」
「頼む」
「では発射します」
ミサイルボックスから多数のミニミサイルが発射された。
ミニミサイルは、女の周りへ着弾した。
ドガーン』
ドガーン』
ドガーン』・・・
と女の周りで連続的に爆発が起こった。
「何じゃ、何じゃ、
 これは何が起こったのじゃ?
 わらわはこのような物を初めて見たのじゃ。
 これはどこから来たのじゃ。
 うーむ、あの方向には四角い黒い塊しかないが・・・」
女の注意が遼真から逸れた。
『囁き女』の足元にある旅人の頭蓋骨が
ミサイル爆発の衝撃で吹き飛んで粉々になっている。
そのせいか一瞬黒い槍の攻撃も止まった。
「小僧、これはお前が出した力なのか?
 小癪《こしゃく》なことをするものよのう」
『囁き女』の足元の骨が無くなり、
『囁き女』の全身の姿が目に入る。
無数の節と無数の足のある表面が鈍く灰色に光る、
大きく長い身体がとぐろを巻き地中から突き出ていた。
その身体は両手でも届かないくらい太く、
刀にも傷つけられないくらい硬く、
テラテラと鈍く光る灰色の体節があり、最後尾には鋭い毒の角があった。
その姿から『囁き女』の正体が明らかになった。
彼女は千年を超える甲羅を経た百足《むかで》で、
巨大で無数にある節に人間の魂を貯めこみ妖力を発揮する妖怪だった。

亡霊の黒い槍が飛んで来なくなった一瞬を狙って、
五大明王様、私にお力をお与えください」
五本の弓矢を同時に番《つが》えて、
精神集中して真上に向かって放った。
五本の矢のうち四本は、頂点に達すると下降して、
遼真を中心に東西南北に突き立ち白く丸い光となり、
最後の一本は、遼真の真上で停止し白く丸い光になる。
それら各頂点から全ての光が遼真へ吸い込まれていく。
それに伴い、遼真の身体が白く光り大きくなり始めた。

五大明王とは五人の明王のことで、人々から様々な災難を祓い除け、無事息災、安泰隆昌などを招く存在となっており、不動明王《ふどうみょうおう》・降三世明王《ごうざんぜみょうおう》・軍荼利明王《ぐんだりみょうおう》・大威徳明王《だいいとくみょうおう》・金剛夜叉明王《こんごうやしゃみょうおう》から構成されている。各明王の守護配置としては、不動明王を中心に、東に降三世明王、南に軍荼利明王、西に大威徳明王、北に金剛夜叉明王の五方位となっている。

遼真の瞳が金色に染まり、
見る間に身体も大きくなり始め、
両手両足が伸び太くなり、
額と頭の両側に三本の角が出てくる。
三本の角の上にうっすらと明王の姿が浮き出してきている。
その姿は、六面六臂六脚で、神の使いである水牛にまたがっている大威徳明王だった。
この仏は、夜摩を降ろすものと言われ、閻魔を退治し、毒蛇や悪竜、怨敵を制服するとされています。
遼真は今回の敵に一番力を発揮できる大威徳明王に降臨して頂いたのである。
大威徳明王のお姿で特徴的な6つの顔は、六道(地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界)をくまなく見渡す役目を、6つの腕は矛や長剣等の武器を把持して法を守護し、6本の足は六波羅蜜(布施、自戒、忍辱、精進、禅定、智慧)を怠らず歩み続ける決意を表していると言われている。

遼真は、元々虹彩部分に細い金色の輪郭に縁どられた暗褐色の瞳を持っているが、
この状態になり瞳孔全てが金色に輝く時には、100%の『金環力』を発揮する。
そして、この力はいつものように霊魂を『送霊する力』ではなく、
『霊滅《れいめつ》させる力』になるのである。
普段の戦いでは、真美の『銀環力(自縛印)』で霊をその場へ固定し、
遼真が『金環力(昇霊印)』を使い、
二人で六芒星の光の柱を作り霊界へ霊を送っているのだが、
この『霊滅《れいめつ》という力』は、
送霊では対処できないほど強い悪霊相手の時や
真美が戦闘不能となり遼真一人だけで戦う時に使用される。
その威力は『送霊』よりも格段に強い力であり、
霊体を組成している物質自体そのものを分解してしまう力だった。
分解された物質は、意識活動のできない、
小さな霊粒子(又は弦のような波)へ分解され、
霊界はもとよりどの世界にも存在できなくなり、
個の霊魂としてその存在自身を消滅させる力だった。
なお、現在まで霊魂の組成に関しては、科学的に何も解明されていない。
霊粒子自身が何で出来ており、それが粒子なのか弦のような波なのかも不明である。
この場合は、一つの構成成分という意味で“霊粒子”と記載しています。
ただこの力は遼真という人間の身に、神や仏に近い力を降臨させているため
肉体的にも精神的にも破壊される可能性が高い非常に危険な力だった。
しかし、遼真一人でこの強力な敵と戦う方法はこの方法しかなかった。
そうでなければこの大妖怪『|囁《ささや》き|女《め》』の力で
今後もこの世で毎日を精一杯生きている無数の無辜の命が失われることとなるからだった。

「『囁き女』さん、
 僕はあなたの悲しい過去を聞いてしまったので、
 本当はあなたと敵対したいと思っていませんが、
 これ以上、その過去の魂、あなたがその力を使い操り、
 憎しみと悲しみしかない魂を使い、
 この世の多くの罪の無い命を無差別に奪っていくならば、
 今の人間社会を混乱させるならば、
 あなたを倒してでも阻止するしかないと思っています」
「私の話や殺された旅人たちの声を聞いても、お前は人間に味方をするのか。
 人間の愚かさ、身勝手さ、醜さ、浅ましさを知っても味方するのか。
 なぜお前は突然殺された者たちの怒りや悲しみがわからないのか。
 己たちの都合で良い思いをさせたからと勝手に同じ人間を殺しているのじゃぞ」
「はい、あなたがおっしゃった様に、

 人間はあなたほど長く生きることは出来ません。
 人間はその短い一生の間に
 あなたが感じた愚かさや身勝手さなど罪深さの中で足掻きます。
 それこそ最後の最後、死ぬ直前まで足掻き続ける生き物です。
 だからこそ、人間の毎日はその一瞬一瞬が輝いているのです。
 今日よりも明日、明日よりも明後日と

 夢見て生きている儚くも小さく尊い生き物なのです。
 そのように毎日一生懸命に生きている儚い命を、
 現在生きている人間とは無関係の
 大昔の亡霊の恨みだけで壊していいものではないのです。
 人間の魂の足掻きは、今後死んでからも生まれ変わってからも永遠に続きます。
 その間に経験した素晴らしさや喜びが徐々に魂を輝かせていくのです。
 それが人間という生き物なのです。
 あなたは大妖怪で命そのものは確かに長いですが、
 人間の様に死んだあと、生まれ変わって新しい人生を歩むことはできません。
 だからいつまでも昔の苦しみや悲しみを忘れることができないのです。
 それよりも、残念ですが、あなたは人の霊魂の味を知ってしまいました。
 それは野生の動物が人間の肉の味を覚えるのと同様に
 あなたが知ってはいけなかったことだったと思っています。
 しかし、あなたはその初めて知った霊魂の味に喜びを感じてしまった。
 そして次々とそれを長い間、喜び味わい続けた。
 その喜びがあなたの心から人への愛情を奪ってしまったのだと思います。
 普通、人間が感じている憎しみや悲しみの味は甘い筈がないのです。
 あなたがショウヘイさんやトキちゃんを亡くした時の気持ちを思い出して下さい。
 甘かったですか?
 涙が止まらないほど苦かったはずです。
 長い憎しみの時が、あなたから人間の心を忘れさせてしまいました。
 あまりに多くの憎しみや悲しみで染まった魂をその身体に入れてしまったため
 あなたが元々持っていた人間への愛情そのものまで
 憎しみや悲しみで黒く染め抜いてしまったのです。
 あなたは自らの意思で自身の綺麗な心を醜く染め抜いてしまったのです。
 あなたがその身体に閉じ込めているショウヘイさんやトキちゃんはわかりませんが」
遼真の口から夫のショウヘイや娘のトキの名前が出た時、
『囁き女』の表情に何か気付いた様な変化があった。
「あなたが身体に取り込んだという、
 過去から多くの苦しみや悲しみに染まり死んでいった魂は、
 あなたの声の力で憎しみと悲しみを増幅していっただけの哀れな存在なのです。
 その魂たちもそれを望んでいたとは思えないのです。
 もちろん彼らにも悲しみや憎しみはあったはずです。
 ですが、それに囚われて、これほどの長い間憎んでいるはずはないのです。
 もう過去に囚われたくない、人を恨むことを忘れたいと思う魂もいる筈です」
「うるさい、我に人間がした仕打ちは忘れぬ。人間は滅ぶべき生き物なのじゃ」
「『囁き女』さん、あなたとは戦うしかないようです」
「それは我の言葉じゃ」

『囁き女』は、太く硬い身体をくねらせて襲ってきた。
その身体は大木の幹をも圧し折る力を秘めている。
遼真の身体を真っ二つにしようと真っ赤な口の大きな牙が開かれて襲ってくる。
遼真は、素早く避けると高くジャンプして
上空から落ちる勢いで手にある”金狐丸”でその太い節の身体を根元から両断した。
「おりゃあ」
『ブツン』
『囁き女』の太く長い尾が地面へと落ちる。

「ギャア、小僧やるな。だがまだまだ」
だが、切り落とした筈の尾の部分だけが襲ってくる。
ただ切り離した部分に近い体節部分からは黒い霧のようなものが漏れている。
そして、その黒い霧の様なものはその場で固まると
そっと遼真が作った矢の四角い光のエリア(明王陣)へ近づくと小さな光となり入り消えていく。
各節ごとに魂は封じられており、その魂の力を使って身体を動かしているようだ。
今度は、その無数の節が、一つ一つ離れ、鉄球の様になり遼真へ襲ってきた。

その鉄球の攻撃を避ける遼真の身体から
『バリッ、バリッ』
と微《かす》かな音が聞こえてくる。
強大な神仏の力を降ろしている遼真の人間としての肉体が悲鳴を上げ始めている。
桐生一族狐派の人間でも神仏の力を生身の肉体に降ろして長時間活動できる人間はそう居ない。
遼真は一族の中でもそれが可能な数少ない人間の一人だったがまだまだ完全ではない。
この力は頭首クラスになるとその絶大な力に振り回されることなく、
うまくコントロールできる様に修行しているが、今の遼真では無理だった。
『くっ、もう・・・なのか・・・』
「小僧、どうした?
 苦しそうな顔をしているぞ。
 確か昔、我を封印した坊主も戦いの途中でその様になったが、
 そのすごい法力で爆発しそうな身体を抑え込んでいたな。
 だが、我は封じられた石から見ていたのじゃ。
 封印した後に、その強かった筈の坊主が、なぜか弱い悪霊に簡単に憑依された。
 その力はきっと人の身には過ぎた力だったようじゃな。
 だが、その坊主は悪霊にその身を完全に支配される前に、

 自ら首を切って死んだのじゃ。
 『恐ろしいまでの決意じゃわい』と驚いたことを我は思い出した。
 もしかして小僧、お前も同じ最後になるのかもなあ」
「そうなる前に、お前を封ずる・・・くっ」
だが、容赦なく遼真へ無数の鉄球の様な節が襲ってくる。
しばらくすると、空中でそれらは繋がって遼真の身体へ巻き付けてきた。
『ギリギリ』
大木の幹をも圧し折る力で遼真の身体を締め上げてくる。
遼真は『囁き女』に近づくことができなかった。