はっちゃんZのブログ小説

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1.遼真と母(第6章:母と共に)

桐生遼真は、2002年春、東京都目黒区にある神社の長男として生まれた。
父の名前は、桐生龍司《りゅうじ》、母の名前は八重《やえ》。
父は狐派次期頭首候補であり、父母ともに多くの特殊能力を持っていた。

遼真は生まれた時から身体も大きく母八重の母乳をたくさん飲んだ。
そして大きな病気をすることもなく順調にすくすくと育っていった。
ただ遼真は生まれた時から相手をじっと見つめることが多かった。
子供ながら大人の心の何かを知ろうとしているのか、
好意を持って近づいて来る相手には可愛い輝くような笑顔を向け、
悪意を持った相手には抱かれる前から泣いて抱かれることはなかった。

母親八重の能力の一つは”霊糸”を出すことだった。
母となり子供を守り育てようとする意識がそうさせるのか、
より一層集中力が増し、霊糸能力も以前より高まっている。
遼真が這い這いを始めた時期には、
どこにでも元気に突進してそのまま縁側から庭に落ちそうになったりしたが、
八重は遼真が地面に落ちる前に空中で身体を霊糸に絡めて怪我から守った。
一族の者でも八重の能力のことを知らない者が見ると
何もない空間に笑っている遼真がフワフワと浮かんでいる様に見えた。
また遼真に蜂や虻など危険な生物が近寄って来た時には、
霊糸を編んで網の様にして刺されるのを防いだ。

遼真が1歳となった頃、
桐生一族と館林一族の造反勢力との苛烈な戦いが始まった。
当時『桐生一族には2匹の龍がいる』と言われていた。
うち1匹が遼真の父龍司で、もう1匹が鬼派の翔の父龍一だった。
龍司は戦いの前に京都に住む祖父令一の元へ幼い遼真を預けて戦いへ出て行った。
しかし、その戦いにおいて、龍司は仲間を守るため命を落とし、
八重は、視力を失い重い心臓病を患い京丹波家へ戻ってきた。
※この戦いの一部は、小著の『武闘派なのに実は超能力探偵』で記載されています。

それから遼真は病弱な母と共に一族に見守られながら祖父令一の元で育った。
八重は常に”霊糸”を己と遼真の周辺へ広げ常に辺りを探り、
遼真は色々なモノが見えるのか、何にでも興味を持ち、
目についた場所ならどこにでもヨチヨチと歩いて行ってしまう我が子を見守った。
そのため実際は盲目であっても普段の生活では全く困ることがなかった。
遼真も2歳になるまで母が盲目であることに気が付かなかったほどだった。
遼真はいつも自分を見つめていてくれる母の優しい目が好きだった。

八重の隣にはいつも補助として美桜《みお》が付いている。
八重と美桜は幼馴染で八重が2歳年上だった。
美桜はここから少し未来に真美の母となる女性である。
八重は病弱だったが、
身体の調子の良い日にはまだ小さい遼真を抱っこしたり、
ベビーカーに乗せてゆっくりと遠くまで散策するのが日課だった。
晴れの日、雨の日、雪の日などのすべての日に自然の輝きがあった。
八重には何も見えなくても、
小さな頃から育った町があり川があり山があった。
それらの思い出は色褪せることはなかった。
季節季節、どの場所に何がありどのように美しいかを全て知っていた。
遼真へ草木や花や虫を見せては名前や効能や危険の度合いを教えた。

やがて年齢が上がるにつれて遼真のすむ世界が少しずつ大きくなり、
たくさんの一族以外の人間とも顔を合わせる様になってきた。
多くの子供達とも一緒に遊び笑ったり、喧嘩をして泣いたりして育った。
身体も一族の中では大きな方の遼真だったが、遊びは格闘系よりもチャンバラ系を好んだ。

そうこうしているうちに遼真に力が現れ始めた。
まず最初に現れたのは『伝心通《でんしんつう》(テレパシー)』だった。
遼真が3歳の誕生日を迎える前のある日、それは突然に八重の脳裏へ伝えられた。
普通、『伝心通(テレパシー)』は声だけの場合が殆どであるが、
遼真の場合は、単なる声だけでなく、
遼真自身がその目で見ている映像も八重の脳裏へ一緒に入ってくる。
戦いで視覚を失った八重には、
可愛い我が子の見ている景色や花などの映像を一緒に見えるため、
『これは私とこの子への神様からのプレゼントだわ』と大層に喜んだ。

ここで桐生一族狐派のことであるが、この派は安倍晴明の血脈から生まれており、館林家陰陽派は、役の小角の血脈から生まれていると文献には記されている。
ただその力の根本は、古代日本国においてヤマタイコクと隣国から言われた国の支配者であったヒミコ・トヨの鬼道から始まり、大陸から道教や原始キリスト教など様々なものが日本へ渡ってきた時にそれらを取り入れながら現在まで発達してきているとされている。
これら一族の者に発現するとされる異能の力の源は、
この世とは隣り合っているが、通常我々が感知できない異なる世界に存在し、
その世界から力を我が身に宿らせる行為は、その世界に近いとされる「魔の領域」と繋がる可能性も高いと言われている。その力を持つ者と、|奢《おご》りや他人への見下し、また|僻《ひが》み|嫉《そね》み、恨み憎しみに染まった心、これらの「負の感情」と親和性が高いとも言われている。過去において修験者など修行した者でこの「負の感情」に支配され、「魔道の者」として人に仇なす存在となった者も多く存在したし、一族の者にもその様な者が現れた事はあったが、密かに狐派一族が全力を挙げてその魔道の者を成敗している。
先ずその力を持つ者は魔道の者とならない様に、心を静め相手への思いやりの心を持つ必要があった。
その冷静で優しいままでいる心の置き所が”守り神仏の存在”と言われている。
そのため異能の力を行使する時は、その守り神仏の御真影を常に心に描き、祓う相手への憐憫(れんびん)と慈愛(じあい)の心を持ち、決して「負の感情」を持たない様にしなければならないとされている。

他の一族の者より早く遼真へ力が発現した事を八重から伝えられ、
祖父令一より遼真の「守り神仏の儀式」を行うことが一族へ伝えられた。
この儀式は神仏より授かった力を発現する時に、
魔に心を染められないために神仏に帰依する儀式である。
云わば本人の心に宿る「精神的な核(要《かなめ》)」を明確化することで
その力の暴走と魔の世界と繋がる可能性のある心を守ることになるのだった。
古来からのしきたりに従い、多くの読経が流れる中で
遼真は曼荼羅を背に座り、その手に持つ人型を額へ当てる。

「私の守り神仏様、何卒そのお姿をお示し下さい」と唱える。

額にあった人型がすうっと空中へ浮かび曼荼羅の方へと移動し
そこへ描かれた神仏のお姿の上へと落ちて行く。

そのお姿の神仏が「守り神仏」と言われている。

遼真の「守り神仏」は、
不動明王を中心とする全ての明王様」であることが判明した。
不動明王様を中心に人型が立ち上がり円を描く様に全ての明王様を指し示したのだ。
周りの者は一様に驚いている。
通常、人型が立ち上がりその様な動きをすることないが、
歴代で一部の頭首の人型は、そのような動きをしたと文献には残されている。
相当にその人物が「守り神仏」に愛されていることを示すとされている。
その後、遼真は常に明王様の御姿を常に心に刻むことになる。

遼真は寝る前、よく母へ色々なお話をせがんだ。
最初のうちは、桃太郎や金太郎や浦島太郎など日本昔話だったが、
だんだんと鬼や妖怪やお化けとの戦いの話を喜ぶようになって、
やがて両親、特に父龍司のことや父や母の活躍した話を聞きたがった。
八重は父龍司との出会いから二人でした仕事のことや父龍司や母八重の力を話した。
遼真は目を輝かせてその話に聞き入り色々と質問をしてそして眠りに落ちた。
遼真は優しい母の胸に抱かれながらその暖かさの中でぐっすりと眠った。
八重の脳裏に遼真の見ている夢が入ってくることもあり、
とうとう叶わなかった3歳の遼真と親子3人で笑い楽しく遊ぶ夢の世界を楽しんだ。
夫によく似た遼真の目を見るたび、八重の脳裏には時折、
夫の優しい笑顔や照れ屋さんだった表情などが思い出されて悲しくも嬉しくもあった。

この頃から遼真の力が突然出ることもあり八重は常に注意していた。
遼真が戦いなどの夢を見ている時に時々発現する
『観念動力《かんねんどうりき》、念力』は、
常に側にいて発現にいち早く気づいた八重が、
霊糸ですばやく遼真を繭の様に包み、その力の外部への放散を抑えた。
そうしないと突然の扉の開け閉めだけでなく、
壁に掛かった重い額や床の間の大きな花瓶が飛んだりするので危険だった。
八重の本来の能力は、
己の魂から作り出される霊糸で相手の霊魂を縛ったり切断することであったが、
その力は母となり盲目となって、以前より強くなり発揮できる霊糸の種類も増えた。
そのおかげで遼真の力が周りの人達に危害を加えないよう防ぐことができた。
この霊糸の繭の力は、その力を縛ることにも守ることにも使えた。
ただその力を発揮するたびに八重の命の炎は大きく揺れ始めるのだった。

その頃、美桜は臨月となりとうとう真美が生まれた。
八重と遼真は朝に晩に美桜の元へ訪れ真美を可愛がった。
丸い顔、白い肌、大きな黒い瞳、真っ黒の綺麗な髪の赤ちゃんだった。
真美もよく母乳を飲み、お話をしてはよく笑う女の子で
やがてハイハイをし始め、よちよち歩きをしている。
真美は遼真を兄と慕い、遼真も真美を本当の妹の様に可愛がった。
何処に行くにも遼真の隣にはいつも真美が居て、
何かあればいつも遼真が真美を守るという関係だった。
そんな穏やかな日々が流れて、遼真が5歳の誕生日を迎えた。