はっちゃんZのブログ小説

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。ブログトップから掲載されています作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

8.迷い里、道切村へ侵入(第4章:迷い里からの誘い)

道切《みちきり》村の情報をある程度集めた遼真達は、
次の満月の夜に合わせて準備を整えた。
いよいよ1月18日、今夜は満月『ウルフムーン』と言われている。
ウルフムーンとは地球から最も遠く見た目も小さい満月のことである。
月の力としては一番弱い時期ではないかと話し合った結果だったが、
一日でも早く、無残な事件事故を防ぎたかったから一番近い満月の日にした。
この日の満月の時間は朝の8時49分であり、星座的にはカニ座の満月となるらしい。
今晩は、満月になって初めての夜で、敵が最高の力に満ちている可能性が高く
村にある大きな池の存在と言い、星座的にもカニ座であることから
水の力の加護が考えられるので注意が必要だった。

夕方となり“月命盤”を車に備えて、遼真と真美と夢乃さんが乗り込む。
そして月命盤の上に”天山氏の入っていた人型”を置いた。
この人型は、”道切村”に入るためには、
過去に村へ呼ばれた者の魂が必要と考えられ、
実際に天山氏本人の魂の痕跡を残した符のため、
これを魂として村が判断すると考えたからだった。
智朗さんが、午前中から
戦闘用武器をトランクルームへ入れて、バトルカーの武器の整備もしている。
そして『今回は今までで一番大変な戦いになるので注意するよう』に言われている。
出発前に夢乃さんが真美の耳元で小さな声で何かを話している。
真美は一瞬驚いた顔になったが、急いで家に戻るとしばらくして戻ってきた。
「あれっ?真美、何か忘れ物でもしたの?」
真美は真っ赤な顔になりシドロモドロだったが、夢乃さんが
「遼真坊っちゃん、心配は不要です。さあ、参りましょう」
真美は、『もう遼真様ったら、女の子に無神経なんだから・・・』と含羞んでいる。
やがて、量子コンピュータのryokoが、自動運転を開始した。

真美が昼過ぎからはりきって作ったお弁当が広げられた。
「さあ、夢乃さん、遼真様、
 村に着く前に腹ごしらえをいたしましょうよ。
 腹を減っては何とやらですからね。
 今日は私特性のお寿司の『十色太巻き』『大稲荷』にしました。
 さあ召し上がれ」
真美のお寿司、
『十色太巻き』は、直径10センチくらいの太さで、
具は、出汁巻き卵、塩味の蒸海老、煮アナゴ、キュウリ、ニンジン、ホウレンソウ、甘辛い干し椎茸、甘い桜デンブ、マヨコーン、チーズで栄養的にも満点な物だった。
いつもはマグロなどの短冊も使っているが今夜の巻きに生ものは使っていない。
『大稲荷』は、刻んだニンジン、ゴボウ、ゴマ、甘辛い挽肉炒め、グリンピース、錦糸卵が入っている。
「おや、ごちそうだねえ。
 本当に真美ちゃん、もう本当に立派なお嬢さんだね。
 こんな綺麗なお寿司を作れるなんて驚いたよ。
 ではいただきます」
「うーん、真美のお寿司はいつも美味しいな。
 見るだけで食欲が湧いてくる。
 刑事の小橋さんが、やたらうちに来たがるはずだ」
夢乃さん、遼真様、大袈裟です。
 私はウメさんに教えて貰っているだけです」
「じゃあ、うちの夢花にもこんな美味しい料理を教えてあげて下さいね」
「はい、でも夢花ちゃんはスウィーツとかはすごく上手ですよ」
「そうですか。それなら安心かねえ。
 私は夢花にはあなたの様に美味しい料理の出来る娘になって欲しいね。
 料理するのが女とは決めているわけではないけど、
 美味しい料理は、良いお嫁さんの条件の一つですからねえ。
 もう真美さんはいつでも大丈夫ですね」
「・・・そんな・・・まだ早過ぎます」
「遼真坊っちゃんも真美さんをそう思うでしょ?」
「真美?
 真美はまだ高校生だし、お嫁さんとか全然早いでしょ」
「そ、そうですよ。夢乃さん」
「はあ、驚いたねえ。
 遼真坊っちゃんもとんだ朴念仁《ぼくねんじん》だねえ。
 まあ、この話はここまでにしましょう。
 そろそろ近づいているんじゃないだろうかねえ」
「そうですね。真美、美味しかったよ。ありがとう」
「はい、また作りますね。喜んでくれて良かったです」
夢乃さんがそっと真美へ耳打ちした。
「こりゃあ、真美ちゃんもこれから苦労するね」
真美はそっと答えた。
「・・・はい、私はいつまで経っても幼馴染で妹ですから・・・」
「・・・?
 真美、何かあったの?」
「いえ、何も・・・」

“月命盤”が方向を指し示す、その方向へバトルカーを走らせる。
空には明るく小さなウルフムーンが静かに輝いている。
“月命盤”の指し示す光が強くなってきた。
迷い里、道切《みちきり》村の場所は近いようだ。
白く輝くウルフムーンからの光が、ある場所を強く照らしている。
“月命盤”の指し示す方向はそこだった。
天山氏の魂の痕跡を残した人型も立ち上がりその方向を向いている。
はたして・・・
真っ白い霧にバトルカーが包まれた。
浜口や天山氏から情報通りに、
やがて古い赤いレンガで出来たトンネルが現れた。
そのトンネルへ通りすぎると古い村落が現れた。
現在の場所をナビで確認してみても、
東京都内の住宅街の中を指し示しており実在の場所では無かった。

遼真達三人は車から出た。
三人は各々の装備を付けて準備に入った。
やがて準備も終わり村の奥へと向かう。
試しに古びた家を調べても誰も住んでいなかった。
長年の埃を被った夜具や食器があるだけだった。
ここからは慎重に進むことになる。
大きな池には、まだ近づかないことにした。
池や祠の周りにも村の家にも死んだ人の魂は居なかった。
普通は、どこにでも必ず何者かが居るはずなのに居なかった。
この遼真達が居る空間に、魂は欠片もなく、霊的に無の空間だった。
ただどこかにザワザワと閉じ込められている雰囲気は感じている。

先ずは祠の扉をそっと開ける。
ユーチューバーの木村が壊して無理矢理はめ込んだ扉は左右に外れて落ちた。
遼真はそっとその扉を大切に横に置いた。
祠の中には二つに割れた石がある筈だった。
中を覗くと果たしてその石があった。
お札は外れており何が書かれているはわからなかった。
石を丁寧に調べると、
割れたその断面には何か丸い物が入っていた様な窪みがあった。
お札はもうボロボロで触っているうちにバラバラに細かくなって風に散ってしまった。
やはり何かが封印されており、それをユーチューバー木村が解き放ったようだ。

空には小さなウルフムーンが輝いている。
その月に黒い雲がかかり始めた。
雲が月の輝きを隠した。
雲が去ったその後には、真っ赤な月に変わっていた。
遼真達は見ていなかったが、
水を打ったように静かな池の水面へ水底からプクプクと小さな泡が立ち上り始めた。
何かが水底で動き始めているようだ。

「うっ」
遼真から少し離れた場所に居た真美が突然腹部を手で押さえた。
お腹の奥がいつもより強くぎゅっと絞られるような痛みが起こり、
そこから毎月訪れる不快な感覚が始まった。
量もいつもよりも多い感覚があった。
急激に体中から大量の血液が子宮と集まり始め、
すぐさまその内壁から剥がれ落ち、
無理矢理子宮口から排出される感覚だった。
夢乃さんが心配そうに見つめ、
そっと真美の腰辺りに手を当てている。
真美は『大丈夫』と首を振って、急な痛みに堪えている。
急いでポケットから痛み止めの錠剤を出して飲んでいる。
どうやら早くも月の魔力が力を発揮し始めているようだ。
その力は女性の肉体を支配していると言われている。
真美の生理が今日始まることは無い筈だったが、
なぜかすぐに始まってしまっていた。
『もしかして生理が始まるかも』と出発前に夢乃さんから
真美は注意を受けていたのでその準備はしていたのだった。
ただ生理が始まると霊力が極端に落ちてしまうことが真美の懸念材料だった。

遼真は真美の異変には気付かず石や祠を調べている。
二つに割れた石を丹念に調べ、それを白い布に包み、そっと木箱へ入れた。
祠の中を調べると、
石の置いてあった場所の床には小さな丸い穴が開いており
その床板を外すと地面には丸く大きな穴がありそれは地中へと繋がっている。
ふと遼真が村の雰囲気が変わったことに気付いた。
空を見上げると、真っ赤な月に変わっている。
「真美、夢乃さん、何か変だ、気を付けてください」
「はい、さきほど気が付きました」
「すみません。祠を調べていて気付くのが遅れました」
「遼真様、池の水面が大きく変わり始めました」
「えっ?・・・そうみたいだな。
 何かが我々に気付いて動き始めたのかもしれない。
 この池の底にはたくさんの人の骨が眠っている。
 しかし不思議なことだが、彼らの魂もこの場には居ない」
「どういうことなのでしょうか」
「遼真坊っちゃん、彼らの魂が何者かに囚われている可能性がありますね」
夢乃さん、その直感は正しいと思います。
 何者か、人間を殺す様な悪霊みたいな危険なモノがこの池に潜んでいる。
 真美、今からいつもの様に封印の準備に入る。二人とも注意して下さい」
「はい」

その時、
池の中から水しぶきを上げて、
何本もの細い黒い腕の様な影が三人を襲った。
遼真と真美は、とっさにそれを俊敏に避けた。
夢乃さんは手に持っていた番傘を広げた。
番傘表面にその黒く濡れた影の様なモノは
『ベチャッ』と貼り付いたが、
スルスルと池へと戻っていく。
敵の本体は水の中にいるようだ。
人間の遼真達では水の中で戦うことはできない。
陸地で何度も攻撃を受けている間に、全員が体力を奪われて負ける可能性もあった。
敵を池から外へ出す必要があった。
遼真は村の井戸へ向かうと、昨日から用意していた竹筒のお酒を井戸へ垂らした。
竜神様、どうぞお越し下さい」
途端に井戸から水柱が立って、
以前の事件『いつまでも美しい女』でお世話になった多摩湖竜神様が顔を出した。
「おう遼真、久しいな。息災か?
 ふーむ、ここは・・・
 今日のお前たち、少し変わった場所にいる様じゃなあ。
 我らがいた世界の中にある、
 普通は見えない意図的に隠されている場所で、ちょうど壺の中の様な世界じゃ。
 昔どこかで聞いたことはあるが、わしさえもこの様な場所は初めてじゃ」
「はい、おかげさまで元気にしています。
 ここは“迷い里”と呼ばれている場所と思います。
 変なところへお呼び立てしてしまいすみません。
竜神様はご機嫌如何ですか?」
「まあ、わしは元気にやっているが、
 最近、あのマイクロプラスチックというのか小さなやっかい奴が、
 水の中にたくさん溶け込んでしまって困っておる。
 わしが何とかそのマイクロプラスチックという奴を食べる細菌を作って

 少なくしているがなかなかきれいに無くならなくてなあ」
「それはお困りですね。それは世界中が困っている物です。
 人間は大変な物を作り出してしまいましたね。すみません。
 それはそうとお願いがあります。よろしいですか?」
「なんだ?この前の様に水から何かを出すのか?」
「いえ、この池の水全てをどこかへ引き上げてもらえませんか?」
「ふーん、この池の水なあ・・・
 この池の水には邪悪で臭いし嫌な気配が混じりこんでいるな」
「やはり、そうですか。
 この池に潜むモノが人間に害をなしているのです」
「わかった。さすがのお前も水の中では戦えないであろうからなあ。
 すぐにこの池の全ての水を天へ引き上げて浄化してから戻す」
竜神様は、じっと池を睨んだ。
途端に池の水面に竜巻が起こり太い水柱が立った。
そして、瞬く間に池の全ての水は天へと吸い上げられて行った。
後に残ったのは、黒い泥に埋もれた多くの人骨の山だった。
竜神様の力に真美も夢乃さんも驚いてポカンとしている。
「遼真、これで良いか?
 ふーむ、少し性《しょう》の悪い奴が棲んでいるみたいだな。
 また何かあればわしを呼べよ。じゃあな」
竜神様、ありがとうございます」

井戸から竜神様の姿が消えた途端に
すぐさま池の泥の中から黒い影の様なモノが三人へ襲ってくる。
夢乃さんは、敵の攻撃を番傘で守って、手元の袋から砂を出して掛けている。
魔物は夢乃さんの砂を掛けられると悲鳴を上げながら、
その黒い身体が白い砂に吸い込まれる様に消えパラパラと地面落ちていく。
この砂は、魔物を浄化する力を持つ砂で結界にも使用できる優れモノだった。
真美は、素早く襲い掛かる魔物を守り刀の小太刀で迎え撃つ。
鋭い小太刀に切られた黒い魔物は、
『ギャア』と悲鳴を上げながら|雲散霧消《うんさんむしょう》していく。
この小太刀は、真美専用の霊刀で、遼真の持つ日本刀と同時に作られた武器だった。

遼真の武器は日本刀と弓、真美は小太刀と鋲である。
これらの武器は、二人が生まれた一族、
桐生一族の中で闇に隠れてきた狐派が、
昔より日本中を探し回り、
見つけ出した霊石(隕石)から作られた武器で、
生身の人間の力では傷が与えられない悪霊などの霊体へ傷を与える能力を持つ。
遼真の武器は、隕石の金色に輝く金属部分から、
真美の武器は、隕石の銀色に輝く金属部分から製錬され特殊な技術で作られた。
一族の伝承では、安倍晴明の系譜の中に狐派の血脈はあり、
稀代の陰陽師安倍晴明の母親が、|葛の葉《くずのは》と呼ばれる、
”稲荷の狐の化”であったことから、その『狐』の一字を貰い、
その色合いも含め遼真の武器は『金狐刀』、真美の武器は『銀狐刀』と呼ばれた。
そして、彼らが悪霊退治の時に使う力も同様に
遼真の力は『金環力』、真美の力は『銀環力』と名付けられた。
『金環力』は、昇霊印を結ぶことで霊を昇霊(霊界へ送る)する力。
『銀環力』は、自縛印を結ぶことで霊をその場から動けなくする力。
その他、二人とも色々と特殊な能力を持つがそれらは今後少しずつ明らかになります。