はっちゃんZのブログ小説

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9.迷い里、道切村での戦い1(第4章:迷い里からの誘い)

今までこの世で彷徨《さまよ》う魂や悪霊を
あの世や神界へ送ってきた遼真と真美だが、
今回は魂の所在が見つからないため、その技、送霊術を使えなかった。
ただ黒い魔物がいつ出てくるかわからないので
先ずは、いつもの様に真美が人骨の山全体を『銀環力(自縛印)』で固めようとした。
だが、月の魔力で無理矢理に生理を起こされたまだ若い女性の真美は、
絶え間なく続く激しい痛みや身体から流れ出る血の喪失感で集中力が欠いていた。
そのせいもあって、
いつも発揮する『銀環力(自縛印)』は、不完全なものとなった。

池の底にある人骨の山を中心に“逆三角形の白い自縛印”が現れた。
しかし、その瞬間、人骨の山が大きく揺れた。
その多くの人骨の山が崩れて、
その中から長い髪を垂らしたきれいな晴れ着を着た女が出てきた。
血を塗った様な真っ赤な唇、
怪しく黄色に光る瞳孔を持つ切れ長な目、
両側に太く大きな二本の牙が生えた裂けた口が見える。
「ははは、小娘が、
 このような中途半端な力で我《われ》を止めようとは、笑止よな。
 何だ?この脆《もろ》い結界は?
 ふふふ、このようなものはすぐに砕け散れ!」
女の両手が大きく左右に振られると
真美の張った“逆三角形の白い自縛印”が粉々に砕け散った。
「あっ・・・まさか私の“自縛印”が・・・そんなばか・・・」
真美の身体は、自らの術『自縛印』が、
破られたその衝撃で大きく吹き飛ばされ、
背後に立っていた太い木の幹へ身体を強くぶつけて気を失った。
頭も強く打って切ったためか、額から血が流れ落ちている。
夢乃さんが急いで真美の元へ走り寄る。
そして、胸元から白布を出して傷を塞いでいる。
真美の危機を感じた管狐のクイン(苦印)が急いで
胸元から出ると真美の身を守る態勢で敵に牙を剥いた。

吹き飛ばされた真美を見て驚いた遼真が走り寄ろうとした。
「小僧、お前は我と戦っているのではないか?
 その様によそ見をしていて我には勝てないぞよ。小僧、死ね」
遼真が走り寄ろうとした瞬間、女はその隙を身逃さなかった。
女の足元の影から何本もの鋭く黒い槍が飛ばされた。
遼真は、スラリと金弧刀を抜くと女から飛ばされた槍を弾いた。
だが、弾いた槍は下に落ちる訳ではなく、
弾《はじ》かれても異なる方向から遼真を襲ってくる。
女からの無数の槍を弾くのに精一杯で倒れた真美の元へ行けなかった。
その代わりに遼真は管狐のキイン(忌印)を真美の元へ送った。
夢乃さんが、急いで封印砂を真美と自分の周りに撒いて結界を張った。
そして、物理的攻撃には『壊れない番傘』で二人の身を守った。
この『壊れない番傘』は、葉山館林家、科学者館林京一郎作で
骨部分は細いにも関わらず折れない上に反発力のある素材で作られており、
傘部分は伸びて破れない不燃素材で作られており物理的攻撃にはとても強かった。

この敵の女は強かった。
まさかあれほど強い真美がやられることを遼真は考えたことは無かった。
真美の身が危なくなったのは、遼真と真美が幼かった時代以来のことであった。
それ以来、それほど危ない目にも会わず今まで来ていたので遼真は焦っていた。
当初の予定では、いつもの様に、
事前に十分な調査・霊査をして、
相手に合わせて魔法陣や武器などの準備をし、
この事件の黒幕を見つけ、
霊魂の所有者を見つけ、
黒幕を退治し憐れな魂を霊界へ送る予定だった。

しかし、今回は十分に準備もできない内に敵の攻撃が始まり、
あの強い筈の真美が倒れて、
強力な自縛印も破られ、
強い夢乃さんも倒れた真美を守るために戦線離脱している。
竜神様を呼んで助力を請うにも、
無数に襲い掛かってくる黒い槍を防ぐのに必死だった。
遼真は、それらを刀で弾いていたが、キリが無いと考え、
刀へ胸から出した呪符《じゅふ》を巻き付けた。
その刀で切り付けられた黒い槍は、
力を失った様に地面へ落ちて泥に変わっていく。

「小僧、人間にしては、なかなかやるな。
 お前は我の知っている人間の男によく似ている。
 確かお前の様に心根がまっすぐで素直な男であったわ。
 だが、小僧、この攻撃をいつまでかわし続けることができるかな?
 それにさきほどお前が呼んだ竜神は、
 相手するのも邪魔くさいので奴の通路となる井戸の水脈は封鎖した。
 お前がいくら奴を呼んでもこの村に来ることは出来ないぞ」
確かにこのままではいずれ体力も無くなり、
戦うことは出来なくなってしまうことは明らかだった。

遼真は戦いながら疑問に感じたことがあった。
なぜか彼女の瞳の輝きに
今まで遭った数々の悪霊ほどの邪悪さが感じられなかったからだ。
不思議に思えたので「あなたの名前は?」と聞いた。
女は怪訝な表情となり、一端攻撃を止めると遼真の顔を見た。
「名前?
 我の名前は『囁き女《ささやめ》』じゃ。
 齢《よわい》千年を超す大妖怪じゃ。
 小僧、我の話を聞きたいのか?
 お前の様な人間と話すのは久しぶりじゃ。
 まだまだ弱いが、お前からは、
 遠い昔に我をここに閉じ込めた憎い坊主の力とよく似た力を感じる」
「あなたの名前は『囁き女《ささやめ》』というのですか。
 あなたは、なぜこの村にいたのですか?」
「大昔、この村にはショウヘイという人間の男が住んでいた。
 ある時、初めて人間の旅人に化けて日の浅かった我は、
 人間の様に二つ足で歩きなれていなかったため、
 崖から足を踏み外して転げ落ちて怪我をしてしまったのじゃ。
 別に元の姿に戻れば何も問題なかったのじゃが、
 偶然、そこへこのショウヘイという若い人間の男が通りかかった。
 そして歩けない我を負ぶってこの村で我の怪我が治るまで世話をしてくれたのじゃ。
 そのうちにショウヘイから嫁にならないかと言われたので夫婦になった。
 人間の夫婦とはどのようなものか興味があったからなあ。
 この着物はショウヘイが我と所帯を持った時に買ってくれたものじゃ。
 せっかく買いに行った正月祝いの食べ物も買わずに、

 我に似合うと買ってくれたものじゃ。
 おかげでその正月は二人とも正月の料理は食べることは出来なかったがなあ。
 二人で餅も入っていない塩汁を飲みながら
 その汁に映る自分の目を見て
 どちらからともなく『黒豆雑煮』だと言って笑ったものだった。
 ショウヘイとの生活は貧しく何も無かったが毎日笑顔で暮らしたものだ。
 あの時は、本当に楽しかった。
 やがて子供もできた。
 可愛い女の子だった。
 あの暮らしがいつまでも続けばいいなと思っていたものだった」
「その生活は続かなかったのですか?」
「ああ、お前達人間の寿命は短い、我から見れば、瞬きにも思えるくらい短い」
「ええ、そうでしょうね」
「ある年のこと、長い間、雨が降らずここ一帯に飢饉が起こった。
 この村も他の村と同じように凶作となり全員餓死寸前まで追い込まれた。
 翌年も雨が殆ど降らず凶作となり、
 村に残っていた種もみも食べて尽くしてしまった。
 ある法師が来て、こいつは偽坊主で、村長の耳へ
 『不要な人間を人柱にすれば、この池に水が湧き出て一杯になる』と嘘を囁いた。
 そんな時、娘のトキが村長の牛の近くで遊んでいた。
 突然暴れ始めた牛から娘を守ろうと父親のショウヘイが庇って、
 二人とも牛の角に引っ掛けられて大怪我を負った。
 我は、何日も夜も寝ずに怪我を負ったショウヘイと娘のトキを看病した。
 いつしか我も看病に疲れ果てて、ふと眠ってしまった。
 人間に|変化《へんげ》すると力まで人間になってしまって、
 目覚めるともう夜になっている。
 家にはショウヘイと娘の姿が無かった。
 急いで村を探すと、
 もう既にショウヘイと娘のトキは縄に縛られこの池に沈められていた。
 我は二人を亡くした悲しみのあまりその村を飛び出した。
 そして、疲れて眠ってしまった己を悔い、
 この村人の馬鹿さ加減を憎み、
 それを知らなかった己を責め、
 近くの山の中で幾日も泣き続けた。
 気が付けば、この村の池は我の涙で一杯になっていた。
 『預言通りだ』と村長は喜んで偽法師を崇めたが、我は決して許さなかった。
 我は人間から元の姿に戻り、
 偽法師を肉片になるまで嚙み潰してこの池にばら撒いた。
 でも残念ながら坊主を殺しても、ショウヘイとトキの命は戻ることはなかった。
 その時から我のこの身に二人の魂は閉じ込めている。
 そんな時、強い法力を持つ『キリュウ』と言ったか、
 そんな名前の坊主がこの村を訪れた。
 我とその坊主との戦いは長い時間がかかり、
 とうとう池の中の夫と娘の骨を守ろうとした我が負けて祠に入れられた。
 『村の守り神としてならここで夫と娘の魂とともに居ても良い』

 と許してくれたからじゃ。
 やがて、村人は我を恐れ『姫神様』として、この村の守り神として崇められた。
 この池には、夫のショウヘイと娘のトキの骨があるので我には苦痛ではなかった。
 その後、この村の人間は、何か村に不都合なことが起こると
 旅人を生贄するようになって、
 ついつい我もその殺された旅人の魂の味を知るようになったのじゃ。
 村人もそうだが、今では『我も妖怪、浅ましいものよ』と笑ってしまっている。
 しかし、そういう自虐の気持ちがあっても
 魂を一度味わってしまえば
 その苦しみ抜いた魂、
 悲しみ抜いた魂の甘さを知ってしまえば
 他に比べるものも無いくらい本当に美味かった。
 この村に来た旅人達は、
 腹一杯御馳走を食べて、夜は若い女をあてがわれて喜んでいる。
 ある日、子供が出来たことがわかれば守り神としてすぐに生贄にされて殺された。
 誰でも普通に考えれば、最初からそんなことはおかしいと気付く筈であろう。
 本当に何も考えていないのだ。
 その時、我は人間とは信じられないくらい愚かな生き物だと知った。
 特に我は満月の夜に力が一番強くなるから魂を|喰《くら》うには都合が良かった。
 ある時、
 魂をこの身の節に閉じ込めておけば、我の力は強くなることに気が付いた。
 まあ我の力で地中の水脈を呼べば、この村の池の水を満たすことは簡単だった。
 しばらくは、普通の日々が続いたが、やがて櫛の歯が欠けるように
 この村の人間も少しずつ居なくなって、今の様に誰もいない村となったのじゃ。
 今まで長い間、我の世話になりながらも、
 我には何も言わずに居なくなって、のうのうと別の土地に行った様だった」
「そんな悲しいことがあったのですね。
 でもここ最近殺された人間はこの村と関係ないのではないですか?」
「いや、殺された人間の中には、我の夫と娘を殺した憎い村人の子孫がいる。
 我はずっと考えた。
 この村をこの土地から離すことはできないかと・・・。
 満月の力が強い時に、
 この村へ旅人を呼び込めば我の力の補充もできると・・・
 呼び込んだ旅人の心の悲しみや苦しみの声に
 そっと“囁く”だけで、
 彼らの心はたやすく黒く染まり怒りに震えた。
 その魂へ悪霊と化した過去の旅人の霊魂が憑依した。
 彼らには己の末裔がわかるからすぐに見つけられるだろうし、
 よその土地へ逃げて生きているこの村の子孫にも復讐ができると考えた。
 ある満月の夜、今まで蓄えた魂の力を使ってこの世からこの村を隠した。
 そして、最初に呼び込んだ旅人には、我を閉じ込めている石を壊させた。
 そうなれば、今まで以上の力が出るので都合が良かった」
「その骨の数を見ればわかります。
 もう十分に復讐をされたのではないですか?」
「我はそうかもしれんが、この足元の魍魎となった者は違うぞ。
 己を殺した村人への憎しみと己への悲しみしかわからない魂じゃ。
 赤黒く、あの月の様な色に染まっておるわ。
 今は、我が、黒き槍として使っておるがのう。
 我は今後もこの村の子孫は殺していく。
 それがこの魍魎となった者達と我との約束じゃ」