はっちゃんZのブログ小説

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1.遼真の背中(第7章:私の中の誰か)

迷い里事件で受けた真美の額の傷も癒え、
よく見ないとわからない様な小さな痕だけになった。
毎日徐々に陽射しが暖かくなり、神社の木々にも若芽が芽吹き、
街の花壇の中にも小さな花々が顔を出し、道路沿いの桜も芽吹き始めている。
そんな春の日々、遼真はこのところ真美の表情が冴えないことが気になっていた。
いつもキラキラ光る猫のような可愛い丸い眼が、
心ここにあらずのような雰囲気で少し曇っているのだった。
真美が何も言わないのにこちらから聞くこともできず、
かといって勝手に伝心通を使うわけには行かなかった。
偶然、掃除している家政婦のウメさんに聞くと
「真美ちゃんはお友達のことで悩んでいるみたいですよ」
「そうか、少し元気がないから気になってね」
「何やらお友達の妹さんのことで相談に乗っているみたいです」
「ふーん、一人で大丈夫なのかなあ」
「まあ、もし困れば遼真坊ちゃんにお願いがあるんじゃないでしょうかねえ」
「女の子の悩みなら、僕には無理だな。まあ気をつけてあげてね」
「はい、わかりました。真美ちゃんにはそれとなく言っておきましょうか?」
「うーん、真美が僕を気にしてもいけないからいいです。待ってるよ」
「それがいいかもしれませんね。あの子も一人で何かするはずないですからねえ」
「そうですね。まあ真美が落ち着くのを待ってます。
 京都からの依頼も終わったし、最近時間が出来たし、
 せっかくだから二人で桜でも見に行こうかなと思ってね」
「それは真美ちゃんも喜びますよ。早速お誘いになったらどうでしょう」
「そうだな。真美の気分転換になるかもしれないし、わかった、今夜誘ってみるよ」
「きっとあの子、大喜びでお弁当を作ると思いますよ」
「それは楽しみだな。じゃあ、ウメさんありがとうね」
遼真が歩いていく姿をじっと見ながら
「遼真坊ちゃんが女の子の気持ちを気にするなんて珍しい話だねえ。
 少しはあの朴念仁も変わりつつあるかねえ。
 しかしあの子も気持ちを表に出してしまうなんて、
 戦いの場に弱点を晒してしまう場合もあるからまだまだ修行が足りないね」

遼真の普段の仕事の一つとしては、除霊などの依頼仕事以外にも
定期的に都内に数多くある結界を守る要となる場所の封印の劣化を確認し、
仮に劣化している場合、その原因を調査し、原因を取り除き、
再封印を施し、結界を維持させるという仕事がある。
都内の封印と言ってもその封印へ影響させる範囲は非常に広く、
場所によってはその範囲が関東4県に及ぶケースもあり、
その広い範囲を狐派の一族の者で分担しあって再封印作業を行っている。
年初のその仕事が昨夜やっと終わったところだったのだった。

その夜の夕食後に遼真は真美へ
「久しぶりに今度の土曜日、
 多摩湖竜神様に挨拶がてら行って花見でもしないか」と誘った。
途端に少し元気の無かった真美の眼がパッと輝き、
「遼真様、本当ですか?
 嬉しいです。喜んでご一緒します。
 私、頑張ってお弁当を作りますね」
「うん、よろしく頼むよ。
 もうそんなに寒くないけど、車とバイクはどっちがいい?」
「遼真様と二人きりは久しぶりなのでバイクでお願いします」
「わかったよ。じゃあバイクの用意しておくね」
「はい、よろしくお願いします。
 それはそうと竜神様もお元気にされてますかねえ」
「そうだね。
 そうなると美味しい日本酒も用意しないといけないな。
 そういえばこの前京都から美味しいお酒を送って来てたよね?
 その中から何本か出せたらいいな。智朗さん大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。
 昨夜それが観えたのでもうあの竜神様が好みそうなお酒を用意していますよ」
「智朗さんにはいつもお世話になります。やはりすごい力ですね」
「いえいえ、偶然ですよ」
「いやあ偶然でも普通こんな思い付きを観えないですからねえ。本当に驚きます」
「恐縮です。ただ夢で観るだけですから大したことはないですよ」
「これからも色々とよろしくお願いします」
「はい、承知しました。
 ついでに事故の心配もないと観ていますが気を付けてくださいね」
「はい、慢心せずに十分に注意します」

土曜日の朝、前の晩から準備して朝早く起きてお弁当を作った真美は、
ピタリとフィットした黒いライダースーツを着込んで居間で待っている。
このスーツは、新宿で探偵事務所を開業している従兄の桐生 翔の婚約者である館林百合の兄の京一郎が作ったバトルスーツで、最高の防御力を含め様々な機能を備えている。
禰宜の智朗さんの「明日見の力」を信じてはいるが、

想像もしない異常な力が突発的に働き、
もし何かの拍子で事故にでも遭ったら大変なので、遼真は真美へ
ヘルメット、手袋を含めてバトルスーツ一式を着る様にお願いしたのだった。
やがて遼真が居間へ顔を出す。
「真美、待たせたね。じゃあ、ゆっくりと行こうか」
「はい、今日は天気も良くて最高のツーリング日和ですよ」
「そうみたいだね。本当に良かった。
 じゃあ、みんな後はよろしくお願いします。いってきます」
玄関ではウメさんと智朗さんが、ニコニコしながら見送っている。
遼真がバトルバイクにまたがると真美は後ろに座った。
そして、嬉しそうにそっと遼真の腰の両方へ手を置いている。
ウメさんが真美に近づき、そっと耳打ちをする。
「真美ちゃん、しっかりと掴まらないと危ないわよ。もっと強くしなさい」
「は、はい、でも・・・」
「遼真坊ちゃん、真美ちゃんはしっかりと掴まらないと危ないわよね?」
「そうだよ。真美、もし振り落とされたら大変だからな。しっかりと掴まれよ」
「そ、そうおっしゃるなら、失礼します」
真美は真っ赤になって、遼真の腹の前までしっかりと両手を回して、
恥ずかしそうにそっと遼真の広い背中へ頬を当てた。
ウメさんはにっこりと笑って、真美だけに向けてウインクをして見送った。
「行ってらっしゃい。楽しんできてね」
「遼真様も少しは進歩したのかな?」
「そうみたいだね。この前の迷い里の一件以来、少し変わった様に見えるね」
「まあ、まだまだ二人は若いですからねえ」
「そうだね。真美ちゃんの嬉しそうな顔はやっぱり良いねえ」
「ええ、輝いていましたね」

二人の乗ったバイクは、目黒通りを走り大島神社前を右折して首都高速中央環状線へ入る。
大橋JCTを越え西新宿JCTから首都高4号新宿線に乗り、途中から中央自動車道はただひたすら道なりに進み、調布ICから府中街道へ入り、小平市を越えて東村山市へ入る。
その途中、二人は流れる風景を見ながらヘルメットについている無線で会話をした。
遼真からは最近の再封印の仕事の話や大学での講義の話、
真美からは今年から3年生になった学校の事や友達と今流行っている事やお買い物などの話をした。
真美のまだ若く固いが柔らかな身体の感触が遼真の背中にある。
遼真には幼い頃からの真美しか意識に無かったので、
一瞬、ドキリとしたが、真美に悪いと思い、その意識を無意識の彼方へ追いやった。
実は伝心通を使ってもいいのだが、二人は緊急時以外は使わないと決めている。

真美は久しぶりに遼真に甘えることができて最近の気持ちの沈みを振り払った。
それを確認するかのようにそっと遼真の身体を抱きしめている。
この逞しい背中に守られている自分を確認するかのようにそっと抱きしめている。
最近、何かの拍子に昔の自分を思い出すことがあった。
小さい時は、何も考えずにずっと大好きな遼真様の後を追っていたのに、
いつの間にか昔の様に出来なくなっていることに気がついた。
真美が小学生になった日のある夜、
両親が自分が魔物に誘拐されたあの事件のことを話してくれた。
まだ幼かった遼真様が私のために、
魔人になることも厭わず戦ってくれたことを後で知った時、
嬉しかった以上に最悪の事態の可能性もあったことを知ったショックは大きかった。
その時、運悪く強力な悪霊にでも憑依されていれば、
遼真様は魔人として一族の者に退治された可能性もあったというのだ。
そうなれば二度と大好きな遼真様に会う事は出来なかった可能性を知った時、
真美は心から遼真様を失うことの深い悲しみに震えそして怯えた。
その上に、相手の猿の魔物を遼真様が、例の『霊滅の力』で葬り去ったが、
そのことをずっと悔やんでいることを知ってその優しさを守りたいとも思った。
それから真美は必死に修行して現在に至り、二人で数々の依頼事件を解決し、
遼真様の最良のパートナーとして一族に認知されるようになった。
しかし、この前の迷い里事件で
自信のあった強力な筈の自縛印を無様にも破られ吹き飛ばされて傷を負わされた。
非情に強い妖怪であったことは遼真を始め一族の者も認めているが、
遼真様の隣に立つには自分にまだまだ実力が足りないことを自覚したのだった。
女の身なれば『月の魔力』に影響されることはわかってはいるが口惜しかった。
あの妖怪の勝ち誇った様な目で自分を見ていたことに自分が許せなかった。
そして将来に遼真様に協力できる自分よりも力の強い者が現れた時が、
遼真様との別れになる時になるのではないかと真美は心は千地に乱れていたのだった。