はっちゃんZのブログ小説

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2.多摩湖の桜吹雪(第7章:私の中の誰か)

前回と同じように多摩湖関連の神社へ参拝し、
多摩湖に着くと、以前の様にボートへ乗って二人で湖の真ん中へと進む。
やがて二人の乗ったボートの周りに霧が立ち込め始める。
そっと水面へ日本酒を注ぎ込む。
「おお、遼真に真美、久しぶりだな。うーん、これは美味い酒だ」
「ええ、竜神様のお好みに合えばいいのですが」
「おお、この酒は良い。
 最初は優しい甘さが引き立ち、後の引かない辛口は冷酒には一番だな」
「気に入って貰えたら良かったです」
竜神様、お元気でしたか?
 これは私が作ったおつまみですから食べてみてください」
「おお、これはこれは、たまには酒以外も良いものだ。
 真美、お前は愛い娘じゃ。喜んで頂こうぞ」
真美は、ボートに立って漆塗りの弁当箱へ詰めた精進料理を高い場所へ掲げた。
強い風が吹き弁当箱が持ち上げられ、渦の中へ吸い込まれていき、
しばらくすると綺麗に洗われて渦の中から浮き上がってきた。
「美味いなあ。お前たちも少しは飲め」
「はい、バイクで来ていますから少しだけにします。
 酔いが消えるまでこの湖の周りの桜で花見をしています」
「桜、そうだなあ。少し待ちなさい。よっと」
途端に遠くの山で咲く山桜が風に巻かれ、
桜色に染まった風の一群が二人の方へ向かってくる。
そして二人の周りは、その風が舞い、
桜の花びらに包まれて優しい桜の香りで一杯になった。
竜神様、とても綺麗で優しい風ですね。
 私、元気が出ました。ありがとうございます」
「なあに、簡単なことさ、お前の笑顔が戻るならお安いことさ」
竜神様には、何もかもお見通しなのですね」
「いやそんなことはない。わしはお前の笑顔を気に入っているだけだ」
「ありがとうございます。今日は本当に良い日です」
「まぁ、遼真と一緒にここでゆっくりとしていけばいい」
「じゃあ、遼真様、少しだけお酒をどうぞ」
「えっ?あまり飲むと帰りが遅くなるんだけど・・・
 まあ、真美と一緒なら少々遅くなってもいいか。
 じゃあ、竜神様、ご相伴預かります」
「おうおう、飲め飲め」
「はい、竜神様ももう一杯」
「おお、元気になったな。良き事良き事。うーん、美味い」
しばらく竜神様にお酌をしながらこの前の事件の御礼と顛末を語って過ごした。
「うーん、今日は楽しかった。
 酒もつまみも最高だった。ありがたく思うぞ。
 そろそろ仕事があるかもしれんから帰る。また来いよ」
「はい、竜神様、今日はありがとうございました」
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
竜神様はふっと姿を消した。
途端に周りの霧が晴れて桜色の山々が二人の目に入ってきた。

二人はボートを漕いで多摩湖から見える桜の光景の中を移動した。
やがて真美が『二人で漕ぎたい』と言い出して
二人で並んで漕いだのは良かったが、
タイミングと力が合わず、
まっすぐに思った方向へ進まず、
その場でボートがクルクルと回ってしまい、
それがおかしくて二人は大笑いした。
そして下手に漕いで水がかかるたびに
真美が『きゃあ、冷たーい。私、下手だわ』と叫んでいる。
その若いカップルの様子を周りのカップルも暖かく見ている。
実は二人の邪魔をしない様にと竜神様は早めに姿を消したが、
二人の楽しそうなその光景をじっと嬉しそうに見ているのだった。
十分に光景と船漕ぎと楽しんだ二人はボートから上がると
駐車場に併設されている多摩湖全体を見渡せる公園へ向かった。
ちょうどベンチが一つ空いていたので、
そこに座ると真美がお弁当の荷を解き始めた。
「遼真様、今日は竜神様と同じものを用意しました。
 精進懐石弁当です。如何ですか?」
「おお、身体にも良さそうだし美味しそうだな。本当に真美はすごいよなあ」
「いえいえ、まだまだです。もっと遼真様が喜ぶ物を作りたいです」
「ありがとう。
 でも僕は本当に真美の料理で満足しているよ」
「そうですか?そう言って下さって嬉しいです」
「そういえば本当にこの頃忙しくて、
 二人でこんなゆっくりとした時間って最近無かったな」
「そうですね。
 この頃、本当にお忙しそうでしたものね。
 遼真様、お身体は大丈夫ですか?
 何かあれば私に言って下さいね」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ。
 家に帰って真美が居たらほっとするよ。
 それで疲れは吹っ飛んでいるかな?」
「そうなんですか?
 私は昔から遼真様の足を引っ張ってばかりで・・・」
「真美は昔から僕の足なんか引っ張ってないよ。
 もしかしてあの迷い里のことを気にしてるの?」
「はい、遼真様に危険なことをさせてしまって・・・」
「なんだ、そんなことを気にしてたのか。
 そんなことは気にしなくていいよ。
 ただ大事な真美が怪我をして少し驚いて焦っただけだよ。
 僕もまだまだ修行が足りないということさ」
「そんなことはありません。遼真様の力は最高です」
「いや、真美は勘違いしてるみたいだね。
 僕の力は側に真美が居ないと発揮できない力なんだよ」
「えっ?そうなんですか?」
「そうだよ。
 僕が安心して霊滅の力を出せるのは真美の力があってのことだからね」
「そんな・・・私なんか・・・」
真美は突然瞼に涙が溢れていることに気がついた。
遼真がそっと下を向いた真美の頭を抱きしめた。
「最近の真美が変だったのは、
 そんなことを考えていたからなんだな。
 やっとわかったよ。
 真美、もっと自信を持っていいよ。
 真美はすごいんだからね。
 僕たちは今までずっと一緒だっただろ?
 これからもずっと一緒だ。僕に安心させておくれよ」
「はい、遼真様、すみませんでした。もっとがんばります」
「うん、お互いに頑張ろうね。
 僕たちはまだまだ若いからゆっくりと行こうよ」
「はい、遼真様にずっと付いて行きます」
「頼むよ。そうじゃないと僕も困るからね。
 じゃあご飯を食べようよ。
 真美の作った出し巻き卵は最高だからね。
 小さい時から真美が僕に進めてくれていた僕な好きな味だからね」
「はい、真美もお腹が空きました。どうぞ召し上がれ」
「うん、いただきます。
 ・・・さすが竜神様が満足した筈だね。
 美味しいよ真美、いつもありがとう」
そっと差し出された遼真からのハンカチで、
真美は頬に流れた涙を拭うと、輝く様な笑顔でにっこりと笑った。
それを見ていた竜神様が、『その笑顔、良きかな、良きかな』と笑っている。

遅めのお昼ご飯を食べ終わって
東京へ帰る前にこの前刑事さん達と入った喫茶店に入って、
真美はケーキをまろやかなマスカルポーネチーズを使った濃厚ティラミス
とフレッシュオレンジジュース、
遼真はホットコーヒーを飲んで時間を過ごした。
真美の瞳に輝きと力が宿ったのを確認した遼真はバイクへと向かった。
帰り道の真美は、もう最初の様に恥ずかしがらず遼真にピタリとくっ付いて、
その頬をしっかりと遼真の背中に当てていた。
遼真からは見えないが、その表情は頬を赤らめて幸せに溢れていた。
家に着くとウメさんも智朗さんも
ここ最近見なかった明るい真美の表情を見てほっと安心したようだった。