はっちゃんZのブログ小説

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7.霊査5 天山 聡氏の場合3(第4章:迷い里からの誘い)

新妻のエリとの夢のような日々がしばらく続いた。
最初のうちは痛がっていたエリも、
毎日の様に身体を合わせたこともあり
だんだんと感じるようになり、
身体も気のせいかふっくらとしてきている。
身体を合わせた後は、エリの瞳にはなぜか涙が溢れている。

月の形が新月へと痩せていき、
再び満月へと膨らみ新月へと進んでいく。
ある夜、寝床の中でエリから子供を身ごもったことを告げられた。
天山は、子供を欲しがった妻めぐみのことを思い出し、
それに重ね合わせることで父親となった喜びを感じた。
やがてエリに|悪阻《つわり》が始まった。
そのことを村長に伝わると村中の人間が集まって祝宴が始まった。
新妻のエリは切なそうに天山を見つめている。
村人からお酒を勧められ、意識が無くなるほど飲まされた。

頬に冷たい風が当たり、
ふと気が付くと東郷は池の畔で寝かされていた。
起き上がろうとすると、
身体は縄で固く括られて身動きが取れなかった。
何が起こっているのか天山は理解できなかった。
夜空には新月になる前の細く弱弱しい月が昇ってきている。
やがて松明を挙げて各家から出てきた村人達が天山を囲む。
「おい、みんな、早くこの縄をほどいてくれよ。
 おお、道中の亭主、僕だ、天山です。
 何が起こったのか、驚いています」
村人はじっと天山を睨んでいるだけで声を発しない。
「おい、エリはどこにいる?僕の妻のエリだよ」
遠くから村長の道主が現れた。
「おう、村長、早くこの縄をほどいてくれ。
 これは何かの間違いでしょ?」
「いえ、間違いではないです。
 これからあなたは村の守り神になって貰います」
「えっ?僕が守り神?
 僕にそんな大層なことはできませんよ。
 勘違いしているみたいですよ」
「いえ、遥か昔、この村ができた時からの風習です。
 あなたがこの村を訪れた時にお話ししましたね?
 周りの村は水不足で作物が取れず飢饉なのにこの村は違うと」
「ああ、それはその祠、姫神様のお力なのでしょ?」
「そうです。ただし、姫神様は生贄が必要な神様なのです」
「生贄ならそこにいる牛でも馬でもできるでしょう?
 何も人間でしなくても、それに僕はエリの亭主ですよ。
 それに子供も身ごもったばかりだし・・・」
「牛や馬は畑仕事に役立ちますが、旅人は役立ちません。
 それにあなたをここしばらく夢の様な生活をして十分に満足したと思います。
 あんな綺麗な若い娘をあなたの妻として差し出したのです」
「差し出した?エリは僕を好きだと言ったけど」
「初めて会ってそれは無いでしょ?
 エリもそう思わないとあなたと夫婦関係には成れなかった筈です」
「いや、僕はエリを愛した。
 エリも同じ筈だ。エリをここに呼んでくれ」

その時、エリが零れる涙を拭いもせず村人の中から姿を現した。
「ああ、エリ、僕だ。助けてくれ」
「あなた、エリはあなたのことが好きでした。
 初めて見た時から好きでした。
 とても優しくて、あなたが私の夫で良かったと思いました。
 何度もこのことをあなたに話したいと思いましたが、
 話すときっとあなたはこの村から逃げ出してしまうし、
 それがわかれば、私の家の人間が他の村の人から殺されます。
 それ以上に私の初めて受け入れた男の人であり夫であるあなたが
 この村から居なくなることが悲しくて言えませんでした。
 この村に生まれた人間は村の掟には逆らえないのです。ごめんなさい。
 私はあなたの寝顔を見るたび、溢れる涙を止めることはできませんでした。
 どうぞこの子供、そして村のためにお願いします。
 あなたとの子供は私が、いや村がきちんと育てます。
 私はこの子と一緒に毎朝祠にお参りしてあなたに会いたいと思っています」
「?!」
「テンザン様、実はこの村の娘だけでなく我々もですが、
 全員がすべて旅人から生まれた人間なのです。
 この様な小さな村ですから、
 村人同士では血が濃くなるため、なかなか結婚できないのです。
 それを回避する意味もあって、
 何年か毎に満月の時に訪れた旅人の子種を貰い、
 村の娘に子供を授けて頂き、
 姫神様の生贄になって村を守り神になって頂いています。
 なぜ、この村の名前が “道止村”となっているのかわかりますか?
 あなた達旅人は、長い道をずっと歩き続けますが、
 この村から先の道は人としては途切れて、今後はこの村のために
 守り神としてずっとこの村の道を歩いて頂くという意味から付けられました。
 そのことから、この村は近親結婚も避けられる上に
 あなた方のおかげでずっと飢饉にも合わずに幸せに暮らしてきているのです」
「それはおかしい」
「いえ、姫神様は絶対なのです。この村の守り神なのです」
「生贄を欲しい神は、良い神ではない。目を覚まして下さい」
「いや、あなたも守り神様に成られればわかると思います。
 では何卒今後この村や我々をお救い下さい」
村長は手慣れた仕草で天山の口を手拭いで固く縛って声を出なくさせた。
エリは悲しみに染まる瞳から流れる涙を拭おうともせずにじっと天山を見つめている。
『ウーウーウー・・・』
天山は村人達に抱え上げられると池の中へと投げ込まれた。
『これは夢だ、夢に違いない』と思いながらも、
肺から最後の空気が無くなるまでの痛いほどの苦しみの中で、
のたうち回ってとうとう意識は無くなった。
意識の無くなる直前まで天山の心は、
この世に残してしまった乳がん末期の妻への心配で一杯になり
「めぐみ、いつも優しい笑顔をありがとう。
 僕は君と一緒にいる時間が人生で一番幸せでした。
 君を幸せにしたかったけど、
 もう死んでしまう僕を許してほしい。
 君は君が好きだった海の見える景色の良い場所で
 最後の最後まで穏やかな生活を送ってほしい。
 君の最後には僕が必ず迎えに行く」と叫んでいた。
ここからは後は、天山の魂の記憶が途切れている。

夢乃さんは、これ以上の情報は、
今度は天山の魂の表面意識そのものに潜り込むことで
その魂が|辿《たど》った環境や行動が刻み込まれた記憶を探ろうとした。
これは天山本人も意識していない魂そのものが見た周りの世界を見る技で、
夢花が部屋の残留意識を読むことが出来たことにも通じることだが非常に高度な技だった。

この技により、
本人も意識しない前世の光景や記憶まで|遡《さかのぼ》ることが可能になる
ただこの技は、術者本人がどんな環境に引き込まれるか予想もできないため
仮に地獄に居た場合には、その魂と同じ痛みや苦しみを味わいその光景を見ることになる。
本人も知らない物が出てくる可能性も高く、何がでてくるかわからないので危険だった。
夢乃さんほどになれば、どんな場所に行っても焦らずに
入った瞬間に感じる痛みや苦しみを瞬時に遮断して光景のみ見ていられるのだが
まだまだ修行中の中学生の夢花にはできない技だった。

夢乃さんは天山の魂の|辿《たど》った光景を見た。
窒息死し黒ずみ歪んだ顔の天山は静かに池の底へと沈んでいく。
池の底には数え切れないくらいの数の骨が積み重なって転がっている。
道切村が、その時代までずっと捧げてきた生贄の数だった。

堆く積もった骨の間を何やら様々な虫が蠢いている。
その中で一際目立つのは大きな百足だった。
夢乃さんは、その中の多くの頭蓋骨へ入った。
彼らの記憶は、
ある時は、天山の様に縄で縛られ水に投げ込まれた。
ある時は、その場で村長に木切れで何度も頭を叩かれ殺された。
ある時は、すぐに村長に鎌で首を切られて殺された。

殺された彼らの声とその声に重なる声が響いてくる。

(お前たちをこんなにした、この村の人間を憎くないのか?)

(このままにしてお前たちの恨みは晴れるのか?)

「この村の人間はみんな殺せ。我々の苦しみを思い知らせろ」

(こんな村の人間をこのままにしていていいのか?)

「この村の人間の子孫も含めてみんな殺せ。見つけ次第殺せ」

(この村の掟を覚えているか?)

(お前たちの子供もお前達の苦しみは何も知らずに育っているぞ)
(お前たちは、裏切った妻や子供を憎くは無いのか?)

「こんな村は滅んでしまえばいい。我らの子供も許さぬ」

多くの頭蓋骨は深い怨嗟の声で満ちていた。
守り神にされた男達の憎しみを増幅させるかの様な声が重なっている。
しかし、その声を聴きその光景は見えても彼らの魂は見つからなかった。
彼らの声とは別に

『ふふふ、苦しみ抜いて憎しみで染まった魂は甘露じゃ。
我に強い力を与えてくれる。
お前達、もっともっと苦しみ、もっともっと強く憎むのじゃ』

と喜びを隠しきれない女の声が聞こえてくる。

翌日、天山氏の魂の夢を視た遼真と夢乃さんは、
再び天山氏のアパートへ行き、
彼がまだ成仏出来ていない旨を伝えた。
めぐみは驚いて、そして警戒した目付きで遼真達を見た。
確かに俄かには信じられないだろうし、
何か目的があるのでは?と疑っても仕方ないからだ。
夢乃さんが、おだやかな顔つきでめぐみを見つめ、
我々にはあなたが警戒し心配することはないこと、
我々はあなたのお金などとは一切無関係な人間であること、
彼があなたへどうしても伝えたかった言葉があること、
それゆえ彼がまだ成仏していなかったことを伝えた。
めぐみさんは夢乃さんからの話でやっと警戒心を解いた。

しばらくして、
放心した風でめぐみからポツポツと今までの身の上が話された。
めぐみは田舎の高校を卒業してから東京の小さな工場で働いていた。
病弱だった両親を田舎から呼び寄せ三人で住んでいた。
給料も安かったが、貧しいながら親子で和やかに過ごす毎日だった。
そんな時、その工場の社長が証券会社の営業マンの甘言に引っ掛かり、
慣れない株に手を出して失敗し大きな損失を出した。
損失補填のために工場を他の会社へ売ることとなったが、
足もとを見られ二束三文で買い叩かれ、
それでも足りない分は社長の生命保険で補填された。
その工場は壊され、その跡地に大型のショッピングモールが建つこととなった。
結局、そこで働く社員は、
雀の涙ほどの退職金を渡され、泣く泣く辞めさせられた。
めぐみの両親は不運にも父親が大腸がん、母親が乳がんとなってしまい、
たくさんの医療費がかかる上、
毎月の生活費も見ていためぐみは給料の高い夜の世界で稼ぐしかなかった。
幼い時から顔つきも大人しく目立たないし、
話すこともあまり得意ではないめぐみには向かない世界だったが我慢するしかなかった。
そんなめぐみは、男と付き合うこともなく長い時が流れた。

めぐみの口から天山氏との話が出て来る。
彼と知り合ったのはめぐみが40歳の時で、かれは5歳年上だった。
彼の最初の印象は、
いつも静かな人でなぜわざわざ煩い店に来ているのか不思議に感じたらしい。
そんな彼が珍しく深酒をして寝込んだ時心配になって部屋へ送って行った時、
膝で泣いている彼を見て、放っておけないと感じたし、
その姿を見て胸が痛くなることを知って、自分が彼を好きなことに気が付いたらしい。
最初天山から誘う形で深い仲になり二人は一緒に住み始めた。
それまで男性経験の無かっためぐみを優しくリードしてくれる彼を愛した。
ぎこちない無骨な愛撫ではあったが、
初めてのめぐみに痛みをなるべく与えない様にしている様だった。
天山を初めて受け入れためぐみはその幸せな痛みに涙を流した。
初めての相手が優しい天山で良かったとめぐみは思っていた。
そして一日でも早く彼との子供を欲しいとも願った。
しかし、末期がんとなった両親の世話をしなければならないめぐみには無理だった。
そんな中、めぐみの両親はお互いで示し合わせたかのように同時に亡くなった。
もう両親にかかる高額の医療費のことを考える必要も無くなり、
無理して肌に合わないスナックにいる必要は無くなったためすぐに辞めた。
『今度こそ彼との子供を』と夢見ていたが、年齢的にもなかなか出来ず、
やがて自分の身にも母親と同じ病気が潜んでいて牙を剝き始めたことを知った。
それからは、彼に励まして貰い一緒に病気と闘う日々だったが、
とうとう全身へがん細胞が牙を剝き始めると心が折れていた。
そんな時、彼が悲惨な事故を起こし、もう二度と彼の声も聞けなくなった。
もうめぐみの心から、生きていこうとする力が失われていた。
夢乃さんは、彼が仏壇の横に立っていることをめぐみへ伝えた。
そして彼が最後にめぐみへ送った言葉を伝えた。
「めぐみ、いつも優しい笑顔をありがとう。
 僕は君と一緒にいる時間が人生で一番幸せでした。
 君を幸せにしたかったけど、
 もう死んでしまう僕を許してほしい。
 君は君が好きだった海の見える景色の良い場所で
 最後の最後まで穏やかな生活を送ってほしい。
 君の最後には僕が必ず迎えに行く」
めぐみの目から涙が零れ落ちた。
仏壇の隣に佇む彼の姿を見つめるように
「私はあなたをずっと愛しています。
 本当はすぐにでもあなたのところに行きたいけれど、
 そんなに慌てて行ったらあなたが驚くわね。
 もう少し今のまま頑張ってみるね。
 でもこの病気の進行では、思ったよりあなたに早く会えそうよ。
 約束よ、私がそちらに行く前に必ずあなたが私を迎えに来てね。
 それまで私はあなたを待っているわ。あなた、ありがとう」
とめぐみが最後に呟いた。
その場に佇んでいた天山は、その言葉を聞き終えると、
安心したような顔つきで笑顔のまま位牌へ入って行った。