はっちゃんZのブログ小説

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2.怪事の始まり(第6章:母と共に)

最近日本中で地震が増えて来ている。
以前の阪神淡路大震災東日本大震災ほどではないが、
毎日の様に日本のどこかでグラグラと揺れており、
地震についてテレビで報道しない日は少なかった。
今まで少なかった北海道西部や青森県西部、京都付近もたびたび揺れることがある。

そんな時、街にあるニュースが流れた。
最近川縁で水遊びや泳ぐ子供、時に大人までもが浅瀬にも関わらず
川の流れの深い所へ引き込まれて亡くなっている事件だった。
八重はいつもの散策コースの近くなので気になっていた。
散策の時に何気なく霊糸を飛ばしては辺りの様子を伺っている。
確かに川の畔に磁場の乱れている場所があった。
頭領の令一へそれを告げると早速に調査に入った。
磁場が乱れている場所は、石碑と祠がある場所だった。
その祠は、『河童』の霊を祀っていると言われている祠だった。
その辺りの霊的磁場は、
獣の鋭い爪で深く抉られた様な大きな傷が残されていた。

ちょうどこの時、狐派頭首の桐生令一は、
東北及び北海道の広範囲に霊的に深刻な事件が起こり、
その事件を解決するために京都の本家には長期間不在であった。
その上、その事件のために一族の多くの者も令一に従っていた。
八重がその異常性に気付いた祠、
深く抉られた霊的磁場となったその祠を残りの一族の者が調べたが、
河童の霊が解放された理由や方法は不明だったが、
そこに封印されていた河童の霊が全て解放されていることが判明した。
解放された河童の霊は、
街の片隅に溜まり淀み積み重なる人間の魂の汚れから生まれた瘴気に触れ、
すぐさま次々と実体化しているようだった。
河童達は、霊体から実体となりいまや街中に広がり様々な場所で棲み始めている。
このまま行けば街中が河童に占領されてしまう可能性があった。
河童の好物はキュウリとされているが、実はもうひとつ大好物がある。
それは”尻子玉”と言って、
人間の肛門のところにあると伝えられる架空の臓器のことで
人間の生気の元と言われている臓器で、これをもし河童に食べられると
その人間は力が抜けて溺れたり寝たきりになってずっと引き籠る人間になるそうだ。
闇に潜む多くの河童を一匹ずつ封印していくのも手間がかかるが、
なぜこの祠が壊され封印が解かれたのかが判明しなかった。

ある日、遼真がいつもと違うお散歩コースを望んだ。
そのコースは八重はよく知っているが、遼真には初めてのコースだった。
そのコースの途中には小さな神社があって、奥にはこんもりとした小さな森がある。
その神社は夏でも涼しい風が吹いている気持ちの良い森の中にあることを思い出した。
八重と遼真が鳥居の手前でご挨拶をして鳥居を潜り参道を進み神社へ近づいていく。
八重の記憶では静謐(せいひつ)だった筈の神域が千々に乱れていることに気がついた。
遼真は嬉しそうにお社へ走っていく。
「遼真、走っては危ないわ。転ぶわよ」
「うん、母様、私は大丈夫です」
静かな境内には珍しいことに参拝客は誰も居なかった。
八重は不思議に思いながらも更に進んでいく。
同時に二人の足が止まる。
「・・・!?」
嫌な予感を感じた八重は一瞬に霊糸を遼真と己の周りに張り巡らせた。
やはり境内の雰囲気が荒んでいる・・・
遼真も何か嫌な雰囲気を感じているようで八重の手を強く握ってくる。
嫌な気配が波動の様に奥の森の中から強く流れてくる。

八重は幼い遼真を抱きしめながらその気配を探っていく。
どうやら森の奥からその嫌な波動は流れて来ている。
ただその嫌な波動そのものは、ちょうど匂いの様なもので
過去に何かがいたことを示すもので現在その何かがいる訳ではないことがわかった。
八重は霊糸を広く伸ばしながら注意して森へと入って行った。
遼真をその場に置いてはいけないので、八重の身体の後ろを歩かせた。
徐々にその嫌な波動の気配が強くなってくる。
奥の一番大きな木の方からだった。

その時、八重の脳裏に遼真の見ている風景が流れ込んで来た。
大きな木の根元に割れた大きな卵の様な石が転がっている。
その割れた石はダチョウの卵程度の大きさで
割れた断面には、1センチほどの厚みの殻が見え、
殻の内部は爪痕の様な深い傷が刻まれており何かがそこにいたことを示している。
その物の表面と内側には不思議な文様が草花から抽出したであろう液で描かれている。
その描かれた文様は古く掠れてはいるが「古代中華文字」の様に見える。
八重はその石を一族の者に調べさせようと白い布に包むとそっと手提げへ入れた。
急いで家に帰ろうとして鎮守の森を出る。
神社の参道へ戻り、ほっとして展開していた霊糸を解いた。
その時、八重はどこかから二人を見つめる纏わりつく様な視線に気がついたが
それがどこからかははっきりとはわからなかった。
八重は釈然としないものを感じながら遼真と家へと急いで戻った。

家に帰ると何か落ち着きのない雰囲気が漂っている。
一族の者に何事かと聞いてみると、不思議な現象が起こっていた。
お使いの管狐《くだぎつね》の”カイン:禍印”が、子供を産むとの話だった。
管狐は本来霊獣であるため、雌雄の番《つが》いで子供を作るわけではない。
管狐が多くの悪霊など霊体を喰うことで徐々に自身の霊体が成熟し始める。
そして魂が個体としての限界の大きさまで育つと分裂して子供を作るらしい。
そして産んだ後は、元の霊体は若い成熟前の状態に戻ると言われている。
霊獣である管狐が子供を産むのは百年に1度と言われている。
カインは狐派のここ数代の頭首のお使いとなった管狐で今回が初めてのことである。

いま真っ白い毛並みの管狐カインの成熟した魂が限界となり分裂し始めている。
八重と遼真は悪霊が近寄って来ない様にそっとカインを見守っている。

『クーン、クーン、クーン』

苦しそうにカインが鳴いている。

しばらくすると
カインの身体から金色の光と銀色の光が飛び出てきた。

その二つの光は、もう既に小さな子狐になっている。

二匹はフワフワと親のカインの元へと近づいていき、
カインの胸の中で蹲《うずくま》っている。
そして八重と遼真の方をそっと見ている。

「カイン、おめでとう。
 こんにちは、双子のチビちゃんたち。
 良く元気に生まれて来てくれたね。僕は遼真だよ」
「カイン、おめでとう。良くがんばったわね。
 この子たち、本当に可愛いわ」
「この子達の名前も付けないといけないよね」
「そうね。きっともう爺様が名前をお付けになってるわよ」
「それはそうと|母様《かあさま》、
 どうして『カイン』なのですか?」
「ああ、カインの『カ』は『わざわい』の『禍』、
 『イン』は『しるし』の『印』なの。
 そしてその理由なのだけれど、
 カインは悪霊や妖怪に対して、
 禍を為す力を持つお使いであるという意味で付けられた名前なのよ」
「悪霊や妖怪にとって『 禍を為す力』か・・・。
 カインってすごいお使いなのですね」
「そう、代々の頭首に仕えて多くの悪霊や妖怪を葬ってきたのよ。
 カインの性《しょう》、属性ともいうけれども、『風』よ」
「『風』の力を持つお使いなのですか?」
「そう、だからカインは霊体を真空波、かまいたちとも言うけれど切り裂くのよ」
「実体の無い霊体を切り裂くのですか?それはすごいですね」
「そう、お母さんもお父さんも今までカインに何度も助けて貰っているわ」
「私も助けて貰えるのかなあ」
「当然よ。我が一族のお使いのだからお前が危ない時には助けてくれるわ」
「良かった。でもこの子達はどうなるのかなあ」
「さあどうでしょう、爺様がもう考えていると思うわ。
 今、お前は戦う力を蓄えている時だから焦っては駄目よ。
 今のままで大丈夫だから母様と一緒に修行をしましょうね」
「母様、わかりました。私はもっと頑張ります」
「遼真、お前はとっても頑張ってるわよ。えらいわよ」
霊獣である管狐の寿命は人の数倍であるため成体まで育つスピードは非常に遅かった。
カインの産んだ双子が一族の戦力として育つまでは最低10年以上はかかるのだった。
そしてこの子達の持つ能力が明らかになるのも数年が必要だった。