はっちゃんZのブログ小説

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8.霊査3 多摩湖周辺(第2章:いつまでも美しい女)

遼真は多摩湖龍神様に教えられた建物に移動した。
その場所は『クレオパトラグループ研修センター』と看板がある。
白亜の豪勢な大きな建物で西洋の中世の趣を醸し出す研修センターだった。
敷地も広く高い塀と高い木で囲まれている。
建物の周りには芝生と遊歩道や休憩場所もあり、
天気の良い日には散歩したり座って過ごせるようになっている。
バトルヘルメットのゴーグルからの画像データを、
新宿にある桐生探偵事務所の量子コンピュータ「Ryoko」へ送信し
監視カメラの存在を調査してもらったが、どうやら複数か所あるようだ。
遼真はそれら監視カメラの死角を選び、バイクの荷物入れからドローンを出した。
そのドローンは黒色の10センチ位の小さな物で光を反射させない塗装がされている。
カメラも高性能でズームレンズが取り付けてある。
ドローンからの画像はヘルメットのゴーグルへ送信されており、
新宿にある量子コンピュータの「Ryoko」にも送られて解析が始まっている。
敷地内には大きなプールがあり、その近くに真っ白のクルーザーが停められている。
そのクルーザーの舳先の側面には金色で船名が書かれている。
『Κλεοπάτρα Ζ' Φιλοπάτωρ』
その文字はギリシャ語で「クレオパトラ」と言う意味だった。
これは遼真と真美が念写したクルーザーの姿と名前に一致した。

「Ryoko」からゴーグルに映る画像へ丸印や矢印で連絡がある。
敷地の林の奥に古井戸跡らしきものやその付近に小屋も見える。
古井戸跡は鍵の掛った鉄製の扉を付けられ中を見る事はできなかった。
遼真の目には、そこら一帯に何か薄黒く蠢(うごめ)くものが映っている。
嫌な予感が遼真の脳裏を掠める。
遼真はすぐに胸ポケットのキインへ建物に侵入する様に指示した。
機械の目ではわからない何かを感じとった。
遼真は左胸のポケットから1枚の人形(ひとがた)を手の平に乗せる。
キインはその人形(ひとがた)を咥えると、
遼真の片目にそっと口づけをし、
すばやく塀を登り敷地内へ入っていった。
これにより
霊獣であるキインの目に映ったものが遼真の目にも同じように映るのだった。
しばらくすると、キインの霊眼から視える風景が遼真の目に入ってくる。
やはり嫌な予感通り、
古井戸と小屋付近に彷徨(さまよ)う多くの霊が見え始めた。
キインは人の言葉を話せないため、彼らから話を聞くことはできない。
そこで遼真が用意した人形へ彼らを憑依させることにした。
キインはその強力な霊力を使い、
辺り一帯に彷徨う霊を全て人形へ封じた。
そしてキインは急いで遼真の元へと戻った。
キインから人形を受け取った遼真は、
呪文を唱えながら用意していた白い紙に挟み左胸のポケットへ戻した。
遼真はキインの頭や背中を手の平で喉元を手の甲で撫でた。
「キイン、ありがとう。助かったよ」
キインは嬉しそうに瞼を細くしてじっとしている。

遼真は、更にドローンを小屋まで進めた。
小屋の周りを回ると換気口があり小屋の中が見える。
薄暗い小屋の中にはタンクらしきものが二つ並んでいる。
タンクには「危」マークがあり、
棚には「水酸化ナトリウム」の大袋と
「赤土」の大袋と「塩酸」の瓶が並んでいる。
植物栽培用の土を作るのにはあまりに危ない物が保管されている。
その時、研修センターの職員らしき男が小屋のドアを開けて入って来た。
「やはり臭いなあ、何がここに入ってるのかねえ。
 庭師の藤原さんの専用小屋だから文句を言えないけど、
 ここに入るのは夏でも寒気するし嫌なんだけどねえ・・・」
ブツブツ文句を言いながら、
ドアをそのままにして小屋から草刈り道具を持って出て行った。
遼真は急いで換気口からドローンを回して小屋に入るとタンクの上空へ移動させた。
タンクのずれた蓋から中身が少し見えおりズーム撮影した。
一つのタンクは赤土が入っており、
もう一つは赤紫色や黒色が混じった様な色の液体が入っている。
遼真は職員らしき男が帰ってくるまでに小屋の中を全て撮影してドローンを回収した。

遼真が帰宅すると真美が玄関へ出て来て
「遼真様、今日一日お疲れさまでした。捜査の方はうまく行きましたか?」
「ああ、うまくいったよ。ただ今夜はやることがあるんだ」
「多くの彷徨う霊を成仏させるのですよね?」
「えっ?・・・
 そうか、智朗(ともろう)さんが視たんだな。それは助かる」
「はい、朝から準備されていましたよ」
「わかった。智朗さんありがとうございました」
「いえ、昨夜視ましたので、
 帰ってきたらきっとお疲れでしょうから準備だけしようと」
「智朗(ともろ)》さんの『明日視(あすみ)の力』はすごいね。
 今まで僕と真美は何度も助けて貰ってるから感謝しています」
権禰宜の智朗の『明日視(あすみ)の力』とは
俗に言う「予知能力」のことであり、稀にこの力が無意識に夢に出てくるらしい。
「いえいえ、大したことはないです。
 それよりもご飯を食べて下さい。
 真美さんがウメさんと腕によりを掛けて作ったみたいですよ」
「いつも美味しいけど、楽しみです。では食堂へ参ります」
「ええ、では人形をお渡し下さい。祈祷所に安置しておきます」
「はい、智朗さん、どうぞ」
遼真は権禰宜の智朗へ胸ポケットから人形を挟み込んだ白い紙を手渡した。
智朗は両手でそっと愛おしそうに挟み込み祈祷所へ歩いて行った。

今夜のメニューは
真美の『ワラジシリーズ』の一つ「ワラジハンバーグ」だった。
熱々の鉄板に赤ちゃんの顔程の大きさのハンバーグが乗せられ、
そのハンバーグの上にはトロトロに溶けたチーズが掛かっている。
『ジュウジュウ』と鉄板で蒸発する肉汁が空っぽの腹を直撃する。
ソースは「和風オニオンソース」と「ケチャップソーズ」の2種類だった。
「ウメさん、真美、いただきます。お腹空いたよ」
「どうぞお召し上がりください」
食後のコーヒーが出されて、ゆっくりとしていると真美から
「時間が来たらお声を掛けて下さいね。お手伝いします」
「ああ、ありがとう。
 今晩はどれほど多くの人を成仏させるのか想像がつかないから助かるよ」
「そんなに多くの人がいたのですか?」
「ああ、今日の建物で多くの人が犠牲になってる。惨いものだった。
 キインが頑張ってくれたから助かったよ。
 彼らから色々と聞いてから送ろうと思う」
キインは自分を呼ばれたのがわかったのか、
胸ポケットからその可愛い顔を出すと
遼真の肩に駆け上がり目を細めて頬に顔を寄せている。
「キイン、すごかったね。ありがとう」
と真美がキインの頬をそっと撫でると
クインが走って来て、キインの横に座った。

遼真の食事中に真美が水垢離をして、その後に遼真が水垢離をした。
真美はすでに祈祷所に入り、隅に控えている。
遼真はあの場に彷徨っていた多くの霊達を人形へ閉じ込めている。
彼らは初めてこの場に来ている訳で
急に人形からこの場へ出すと混乱して暴れる可能性があるため
先ずは結界内へ『仮屋(かりおく)の術』にて元の場所を再現する。
そして、彼らを落ち着かせて十分に話を聞き、彼らを本来の世界へ帰す予定だった。
彼らからの情報は驚くべき内容だった。

都内の色々な場所で無料診察を受けて高価なお礼を貰える献血へ勧誘され
その場所で意識を無くし、気が付いたらあの研修センター内で彷徨っている。
彼らの元の肉体は、30年ほど前に殺されており、
あの小屋の中に設置された水酸化ナトリウムのアルカリ溶液のタンクで軟骨も溶かされ、
タンクの底に残った骨は細かく潰され赤土へ埋められて、
その上から薄めた塩酸を掛けられ骨ますべて溶かされた。
その後、溶けた骨の混じった赤土はPHを調整されて植物栽培に使われる。
毛髪や皮膚、内臓などの蛋白質が溶かされてドロドロに濁ったアルカリ液は、中性まで調整されて今は水もない枯れた古い空井戸へ捨てられていた。

彼らの話をすべて聞き取ってから彼ら全てをしかるべき場所へ送る準備に入った。
彼ら一人一人の魂は様々な色彩を放っている。
同じ色彩のものは無かった。
また霊能者から見て、仮に集団で視えたとしても、
各魂一人一人は自分だけの世界で彷徨っており、
隣同士であってもお互いが会話をすることはないし、
自分以外の存在に気がついていない。
一人一人が自分だけの地獄世界を彷徨っているのである。
彼らはなぜこの世とあの世の境にいたのかを知らないまま長い間彷徨っていた。
彼らの魂は、誰も弔って貰っていないため深く傷付けられている。
彼らの魂を癒し、新しい世界へ旅立つ力を持たせる必要があった。
特に妊婦だった女性はずっと子供を探しており途方に暮れている。
薬師瑠璃光如来様、この憐れな魂達を癒し、無事あの世へ旅立たせてください」
真美が自縛印を、遼真が昇霊印を彼らに向ける。
彼らすべてを包む六芒星の柱が輝き、
その中から強い虹の様な光が漏れてくる。
その薄く大きな光は優しく彼らを包む。
その光の中から、小さい光が分かれる。
それは彼らの魂へ魂と同じ色の光が近づいていく。
その光は彼らの望みそのものであり、
彼らは光を見つめ安らぎや喜びの表情を浮かべている。
たった一人だけ妊婦だった女性は、
子供が見つからないと悲しんでいたが、
薬師瑠璃光如来様がその子の居る場所を探し当てた。
なぜか賽の河原に閉じ込められている。
この子はこの子でずっと母親を待っていたようだ。
すぐさま薬師瑠璃光如来様のお慈悲でこの世の母の元に連れ戻された。
初めてその胸に抱いた我が子を慈しむ母親と甘える子供の姿が見える。
彼らの魂はその光とひとつになり、光の柱を昇っていく。
古井戸の周りを彷徨っていた13名の魂は無事霊界へ送られた。
須田さんもお誘いしたが
『私はこの事件の最後までいます』と断られた。
これ以降は須田さんは人形に入って遼真か真美と一緒に行動している。

彼らを殺した犯人は明確になったが、
霊の証言では証拠にならないため、もっと証拠が必要だった。
宮尾警部へ知り得た情報を伝え、翌日夜に今後の打ち合わせをする事とした。