はっちゃんZのブログ小説

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7.記憶の世界へ1(第1章:記憶喪失の男)

金曜日午前中に管理人さんへ土曜日の除霊の旨を連絡したが、
『通いのため土日は休み』とのことで金曜日の夜に鍵を預かった。
遼真は管理人さんがいないので何も気にせず十分に準備などができると安心した。
土曜日9時に204号室へ入り、
8畳間からトイレや風呂場までの通路にも結界用御札を貼り、
霊体からはその通路は見えない上に侵入できないように準備をした。
浴槽には水垢離用にたっぷりと冷水を張ってある。
しばらく天丸にて304号室の二人が眠っていることを確認しながら待っていると
真美と夢美が来た。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「遼真様、夢ちゃんを連れてきました」
「真美、ありがとう。
 夢ちゃん、今日はありがとうね」
「いいえ、遼真様にお声を掛けて頂くのは光栄です」
「絶対に君たちを守るから安心してね」
「はい、真美姉様もいるし安心しています。
 ただ霊の記憶に入るのは初めてなのでうまくいくかどうかが心配です」
「まあうまく行かなかったら行かなかったで別にいいから、
 気楽に考えてやってくれればいいよ」
「そうですね。
 でも何とかお父さんと沙智ちゃんを引き合わせたいですね。
 そうじゃないと沙智ちゃんがかわいそう」
「そうだね。近くにいる沙智ちゃんを知らないって
 お父さんの佐々木さんもかわいそうだし、何とか成仏させたいものだよね」
「そうですね。では今から準備に入りますね」
「頼むよ。
 とりあえずいつもの様に
 風呂場やトイレやこの部屋は結界を張ってるから安心してね。
 飲み物や食べ物はこの部屋にあるからね。
 君たちが好きなケーキもたっぷりと用意してるから」
「わあ、あーん、嬉しい。でも太っちゃうかも。
 ありがとうございます。無事に終わった後で食べます」

二人は浴室で精神統一して呪文を唱えながら水垢離をしている。
やがて二人は白衣に赤い袴を着て厳粛な顔をして部屋へ入って来た。
部屋の真ん中には布団が一組敷いてある。
枕は二つで夢花と真美が並んで仰向けになり、
真美のお使いの管狐のクインが枕の間に丸まり目を閉じた。
二人が胸に両手を置き、同時に二人の目が閉じられた。
二人の静かな呼吸が一緒になり規則正しく長く続いていく。
夢花の口から
「観自在菩薩様、何卒、夢見の術をお助け下さい。
 そして、この哀れな魂をお救い下さい」
夢花の身体から霊体が起き上がり二重写しになる。
やがて夢花は霊体のみとなり、
身体から出て行くと佐々木と佐智の霊を呼び出す。
二人の魂はこの8畳間に現れた。
佐々木は布団の傍に、佐智は部屋の隅に佇む。
夢美は佐々木の霊に近づくと今から眠る様に話している。
佐々木の霊も素直に言う事を聞いてその場に横たわり目を瞑った。

そこからは夢花へ『佐々木の一生』が夢となり紡ぎだされていく。
佐々木は、山形県の海沿いの貧しい町で漁師の次男に生まれた。
3歳年下の妹智美が生まれたが、生まれつき心臓が悪く走る事もままならなかった。
父は漁に出ているし、母も町の工場で働いており、頭の良い兄は塾に忙しかった。
父も母も智美の身体のことはどこか諦めている様子があった。
ある夜、夫婦の会話が偶然耳に入って来たのだった。
「あの子は小学校も上がれないかもしれないって先生が・・・」
「そうか・・・なら仕方ないな。手術するお金も無いし・・・」
「あんた、もっとあの子のそばに居てあげてよ」
「延彦が付きっきりで見てるだろ?
 俺には漁があるから無理だな。それに俺が居ても病気は良くならない」
「そんなこと言わないでおくれよ。あんたの娘でしょ?」
「そうだよ。だけど俺の家系に心臓が悪い人は居なかった。お前の方の家系には?」
「何を言いたいの?
 私が悪かったから智美の心臓が弱くなったって言いたいの?」
「いや、そういうことでなく」
「じゃあ、どういう意味よ」
と最後にはいつもの様に夫婦で大喧嘩を始めるのだった。
父と母にとっては、頭の良い兄が一番で、智美は違ったようだった。
そんな生活で智美の世話をするのは佐々木しかいなかった。
そんな不憫な妹を佐々木は可愛がった。
妹が行きたいところがあると聞けば、背中に背負ってどこまでも歩いた。
妹が美味しかったと言った物は少ない小遣いから必ず買ってきた。
そんな妹智美が5歳と言う幼さで亡くなった時は、声を嗄らして泣いた。
父母はと言うと葬式当時は悲しそうな顔をしていたが、
少しするとそれを忘れたかのように笑様が増えていった。
毎日上げていた仏壇へのお経もなおざりになり、とうとう月命日だけになった。
中学に入ると兄と違って勉強が嫌いな佐々木は卒業後就職することに決めた。
智美との辛い思い出がある実家、父母の智美への本当の気持ちを知っている佐々木にとって家に居たくなかったからだった。
ちょうど兄貴が有名な公立高校へ入学し前途洋々で
父母もそちらに掛かりっきりで出来の悪い弟には興味が無かった。
親へ強引に出て行く事を伝え、東京に出て大工の見習いとして働いた。
元々手先が器用で真面目な性格の上に
職人としての勘に恵まれていたため棟梁から認められるのも早かった。
そして現場でも少しずつ実力が認められ責任者の立場もこなすようになり
同じ建設会社の事務員だった幸代と恋人同士となり、幸代のお腹には愛娘の佐智を身籠った。
元々それほどお金も無かった二人だったし、
妻の幸代が父母も居らず祖父母に育てられた事もあり結婚式は地味なものだった。
若い二人は慎ましやかな結婚生活を送っていた。
日に日に大きくなる妻のお腹を見ながら、早く帰宅して家庭を助ける良き夫だった。
そんな時、待望の佐智が生まれた。
少し鳴き声が小さかったが、女の子だからだろうと思った。
ふと5歳の時に亡くなった妹の智美を思い出したがその悲しい予感を振り払った。
しかし誕生後の定期検診で、心臓の検査を受ける様に言われ、
嫌な予感を振り払いながら、
急いで小児科クリニックへ行くと今度は大学病院の小児循環器科を紹介された。
精密検査の結果、佐智の心臓は先天性の疾患で移植以外の道は無いと言われた。
臓器移植の希望に一縷の望みを掛けて移植の登録をした。
そこから夫婦にとっての長い戦いが始まった。
佐々木は、妹の智美に続いて娘の佐智までが同じ病気だったという衝撃に驚いた。
実は日本国内で待つよりも外国でドナーを待つ方法もあるのだがそれには大金が必要だった。
知り合いの発案でネットで資金援助のホームページを立ち上げるも不景気な日本ではほとんど集まらなかった。
妻と今後の話をしていても、以前の妹の死を思い起こす様になり
何も進まない現実に耐え切れなくなり酒に溺れて生活が乱れていった。
いつしか夫婦は一切話す事も無くなり、ほとんど家へ帰らなくなった。
とうとう不安になった妻は実家の祖父母の元へ帰ってしまった。
ガランとしたこの部屋のちゃぶ台の上には
妻の名前と印鑑が押された「離婚届」が置かれてあった。
そんな時、飲んだくれている場末のスナックで梨奈と懇ろになり
佐々木の暗い雰囲気に惚れた彼女は、
佐々木がどんなことをしても早急にお金が必要である事を知り、
彼女の弟の萌斗男を紹介されて、銀行強盗の話を聞くことになった。
襲撃方法と武器の調達を弟の萌斗男が担当し
佐々木は梨奈と当日の襲撃実行とお金の保管を担当し、
梨奈は都内の銀行の男を篭絡して深い肉体関係となった。
その男が充分に梨奈に溺れてから佐々木がその男と梨奈の現場へ踏み込んで脅した。
既に萌斗男と佐々木はその男の銀行と家族の情報を集めており襲撃へ協力させた。
銀行としても保険というものがあるので大きく損はしないと知ってその男は協力した。