はっちゃんZのブログ小説

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1.新生活(第1章:記憶喪失の男)

「うん、お母さん、わかったよ。きちんとご飯作るから心配しないで。
 うん、うん、わかってる。変な男には気を付けるから。
 わたしもう大学生だよ。もう大人なんだから心配しないで。
 まあね、確かにまだ子供な所もあるけどがんばるから。
 こんなに安く良い部屋を借りられて良かった。
 そんなに心配なら今度おかあちゃんも遊びにおいでよ。
 うん、わかった。待ってるよ。
 じゃあね、これからも色々と片付けあるからじゃあね」
琴美は札幌に住む母親の理恵からの電話を切った。

今年の春から東京都内の私立女子大に入学することになりこの部屋を借りた。
東京はどこも家賃が高くて途方に暮れていたところ、
偶然小さな不動産屋を見かけて何気なく入り
家賃の希望を話したところ、この部屋を紹介された。
この家賃は一年間だけという条件の
格安の掘り出し物だとの物件で駅にもスーパーも近い部屋で相場の半分だった。

ふと気になったのはこの部屋を紹介してもらった時、
不動産屋の社員が部屋に入ってすぐに、
なぜか表情が硬くなり部屋中を見回している事だった。
「どうかしましたか?」
「いえ、今日は肌寒いですね」
「そうですか?結構暖かいと思いますが・・・」
札幌育ちの琴美にとっては、東京は暖かく全く寒さは感じなかった。
窓から明るい日差しが差し込む部屋は素敵だった。
東京の人はこれくらいの温度を寒く感じるのだと不思議に思ったものだった。

大学でも新しい友達が出来て、授業も一緒で席も隣同士で受けている。
友人の景子は、神戸の生まれでおしゃれに敏感な女の子だった。
札幌っ子の琴美も東京のおしゃれに敏感な友達が多かった。
景子の部屋は分譲マンションの1LDKで結構なお嬢様のようだった。
景子が部屋でタコ焼きパーティ(タコパ―)をするというので
夜も遅くなったためお泊りをしたが、
分譲マンションで壁が厚いためなのか物音もせず静かだった。
琴美の部屋は、壁の薄い賃貸マンションのせいか
たまに夜中に「トントン」とDIYの作業をしている様な音の響く事があった。
右隣のOLのお姉さんに偶然会った時、その事を話すと
「私もここに越してきてすぐなんだけど、あの音には困ってるの。
 本当に誰が夜中にあんな音を立ててるのかしら。
 今度、不動産屋へ文句を言ってやろうと思ってるの。
 寝不足はお肌への天敵なのに・・・」
左隣の中年の女性へ挨拶した時、
「ねえ、夜中に隣で変な音を立てないでくれる?
 うるさくて眠れないわ。
 あなたの前の人もそうだったわ。
 だけど自分じゃないって言い張ってたけど・・・
 えっ?
 あなたじゃない?
 あなたも困ってる?
 そう?
 じゃあ・・・誰・・・かしらねえ」

大学生生活で忙しく楽しい毎日は瞬く間に過ぎ春の連休週間が訪れた。
さっそく母親が娘に会いたくて札幌から飛んできた。
夫のDVが酷いため、
生まれたばかりの琴美を心配し離婚した母親はシングルマザーとなり、
乳飲み子の琴美を育てながら特技の洋裁で寝る間も惜しんで働いた。
その結果、今ではブティックを経営するまで成功したのだった。
琴美も将来は洋服デザイナーになりたくて東京へ出てきたのだった。
「ピンポン」
「はーい」
「いらっしゃい、お母さん」
「ふー、やっと着いたわ」
「羽田から結構乗り継いで疲れたでしょ?」
「まあね、でもたまに東京には来てるから慣れてるわ」
「そうだったね」
「それはそうとあなた、キチンとご飯食べてる?よく眠ってる?」
「うん、キチンと食べて眠ってるよ」

母親の理恵は、久しぶりに見た琴美の顔色が悪く、
目の下に隈ができている事に気がついた。
「そう?顔色が少し悪いけど」
「大学の授業も忙しくなってきてるし少し疲れてるのかもね。
 でも大丈夫。せっかく夢の東京に出て来たんだから」
「そうだね。あまり無理をするんじゃないよ」
「うん、わかってる」
「それはそうと、この部屋はどう?」
「うん、まあまあいいよ」
「ねえ、あなたは何も感じない?」
「何を?」
「うーん、何も今まで変な事は無かった?」
「別に無かったよ。お母さん、変だよ。
 まあ札幌からだから疲れてるのね。お茶でも入れるね」
台所へ立った娘の後ろ姿を見ながら母親の理恵は部屋を何度も見回した。

娘にも誰にも言ってはいないが、
理恵には昔から霊感があり見えない世界が見えることがあった。
直接的に娘に危害が加えられる悪意ではないが、何者かが潜んでいる気配がわかった。
それ以上に娘の体調の変化も気になった。
「ねえ、琴美、お母さんと一緒に外に出ない?」
「うん、近所を見てみる?いいよ。今晩のご飯の準備もあるしね」
「そうね」
二人はお茶を飲んでしばらくゆっくりとして外へ出た。
部屋の中では聞かれる可能性が高いからだった。

「そうそう、琴美、引っ越した後、神社とかお参りしたの?」
「あっ、色々と忙しくて忘れてた。
 それに近くにあるからいつでも行けると思って忘れてた」
「まあ、じゃあ、とりあえず今から行きましょう」
「そうね。お母さんと一緒で良かった」
「ふふふ、やっぱり、琴美はまだまだね」
「へへ、ごめんなさい」
「その神社はどこなの?」
「近くだよ。こっち」

その神社は、目黒にあって皇居の裏鬼門の方向になり
江戸が出来る前から関東の守護として
安倍清明系列の京都と関係の深い由緒ある神社だった。
偶然にもこの神社は、
この物語の主人公の桐生遼真の実家であった。
母娘は手水舎で心身を清め、拝殿前にて手を合わせた。
帰りに社務所に寄り「御札」などを見た。
理恵は「学業守」と「健康守」を購入した。

その時、社務所で巫女をしていた桐生真美は、
隣にいる娘さんの身体に黒い霧の様な物が纏わりついているのが見えた。
それが彼女の生気を吸い取っているように見える。
真美はお守りをこのまま渡すのはいけないと思い、
「少々お待ちください」
と断った上で、急いで遼真の方へ向かった。
真美の顔つきに異変を感じた遼真はその状況を聞き、社務所の窓口で待つ母娘を視た。
遼真はすぐさま、白い人形(ひとがた)へ印を結び、健康守の中へ入れた。

理恵は神社からの帰り道に喫茶店へ入り、ネットで事故物件の検索を始めた。
珈琲とオレンジジュースを頼んでる内に見つかった。
やはり琴美のマンション、

それも琴美の部屋で不審な死体の見つかった事件が発生していた。
「琴美、おかしいと思ったらあの部屋は事故物件よ」
「えっ?事故物件って何?」
「ネットで調べると、不審な死体がお前の部屋で見つかってるわ」
「えっ?嘘?」
「だから相場の半分の家賃だったのよ」
「お母さん、どうしよう」
「お前の借りた不動産屋の電話番号を教えて」
理恵が電話を掛けると『もうその電話は使われていない』とアナウンスされている。
コーヒーとジュースを急いで飲んで不動産屋へ行くと閉店していた。
契約書に載ってる大家さんに電話を入れて状況を話すと
大家も『それは借りる時に不動産屋が言ってる筈』と言い張っている。
不動産屋が無くなった今となっては「言った言わない」に意味はなかった。
途方に暮れた理恵の目の前に
神社の付近で偶然見つかった不動産屋「桐生建物」が現れた。
母親の理恵は、現在住んでる娘のマンションの部屋を再度聞くと
やはりネット情報の通りに死体が見つかった部屋だった。
幸いにもこの部屋は
最近ある潰れた不動産屋から物件管理の権利を引き継いだとの事だった。
理恵の話から桐生建物は、同じ業界としてのお詫びとして
同じマンションで階数の異なる部屋を同じ家賃で賃貸契約を進めた。
引越も同じグループの桐生運輸で何と翌日にすることとなった。
そして、その夜、桐生一族から
桐生遼真へ除霊の依頼があった。

(つづく)