はっちゃんZのブログ小説

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10.和馬と美緒の道行き(第3章:みいつけた)

少し前から美緒は、過去に己の心が壊れたことを少しずつ思い出し、
つい己が生まれたての子供を誘拐するという罪を犯したことを悔いていた。
これほど子供を愛しながら、母の悲しみをわからなかった己を責めた。
しかしそれを元に戻す方法もわからなかったし、
心が壊れているこの女の知識の中にもその方法は無かった。
心の半分は赤子を育てる時間を喜び、半分は実の母親の悲しみを思い後悔した。
このままでは己の心もこの女のように壊れてしまうかもしれないと恐れもした。
このまま再び石碑へ戻る事は簡単だが、それではこの女を罪人にしてしまうし、
どうにもならない歯がゆさに悩み、己の犯した罪の重さに耐えかねていた。

悔やむ美緒の話を聞いた遼真は美緒へ伝えた。
子供は誰を罪人にすることなく元の母親に戻せること、
現在茉緒の夫には和馬の魂が入っていること、
過去世において、和馬さんは亡くなった美緒さんへ
もし来世に美緒と結婚する事があれば必ず添い遂げ子供を育てると誓ったこと、
美緒の魂を持った今生の茉緒はもうじき懐妊すること、

夕方になる頃、美緒の胸の中で眠る胎児の魂が目を覚ました。
そして胎児の魂は、美緒の身体から出てお礼を言う様に周りを回ってから、
1001号室の壁へと向かい吸い込まれていった。
驚いている美緒に遼真が告げた。
「あなたがずっと抱き締めていたお子さんは、隣の部屋で愛し合った二人、つまり
 あなたの魂を持つ茉緒さんと和馬さんの魂を持つ一馬さんとの間の子供として
 ほんの今、お子さんとして入りましたよ。良かったですね。
 |時《とき》こそかかりましたが、あなたと和馬さんのお子さんですよ。
 今度こそあなたの願い通り、
 柄島一族の子供として生まれて大きく育ちますから安心して下さい」
「はい、美緒は罪深い女です。
 だけど死んだあの子には罪は無かったのでずっと抱きしめていました。
 そうですか・・・やっとあの子がこの世に生まれることができるのですね。
 嬉しいです。これ以上の喜びはありません」と美緒は涙した。
時を同じくして、
1001号室の壁から一馬の魂に居た和馬の霊魂が現れた。
「美緒、やっと会えたな。元気にしてたか?
 わしはお前が逝ってからずっと後悔していた。
 死んだ後、仏様にお願いしてそのお慈悲で
 柄島一族の血脈に潜んでお前を待つ事を許して貰ったのじゃ。
 本当に会いたかった。ずっとお前に謝ろうと思っていた」
「和馬様、いえ、悪いのは、美緒でございました。
 和馬様には側室として何の役目も果たせず申し訳ありませんでした。
 年上の私がもっと茉優様への心遣いができていたらと悔やんでおります。
 ただあの時、私は和馬様と一緒になり舞い上がっていたと思っています。
 和馬様と茉優様との間にお子様は出来たのですね?
 柄島家が続かせる事こそが武家の妻の役目ですから良かったです」
「いや、わしが悪かったのだと思っている。
 茉優にもお前にも寂しい思いをさせた。
 美緒と茉優二人を大切に出来ないのに夫とは言えぬな」
「そんなことはありません。
 江島家が今まで続いてきたということは、
 あなた様は立派な後継ぎだったという事でございます」
「それとお前に知らせておきたいことがある。
 お前も知っての通りお前とずっと食べて来た『金平糖』は知っておるな」
「あなたと幼き頃から並んでずっと一緒に食べてきましたね」
「そう、金平糖があったから今のわしがあったのじゃ。
 父と兄が急に亡くなり、若いわしが父の跡を継いだが
 初めての仕事だしすべてがやった事も無くて大変だった。
 でもどんな苦しい時でも、金平糖さえあれば、
 お前の励ましてくれる笑顔を思い出して頑張れたのじゃ」
「それはよろしゅうございました。
 そう言えば側室にお迎え頂いた後も
 部屋の縁側に座って二人で金平糖を食べながら庭や星を見たものでしたね」
「そうだったな。あの時は楽しかったな。
 しかし実はお前が逝ってしまってから
 お前を思い出すのが辛くなって金平糖を食べられなくなったのじゃ。
 その後、茉優との間に出来た姫に婿を迎え後継ぎもでき、
 わしも御役目御免をした後、
 茉優と二人でゆっくりとした余生を暮らしていた時、
 ふと茉優から金平糖の話が出て、
 『私は金平糖の和馬というあだ名を父から聞いてあなたを知りました。
  父はあなたがどんな大変な時でも金平糖を舐めて笑っていたと
  おっしゃっていました。
 そういえば最近食べる所を見たことがないですね』
 と話し始めたので、わしの金平糖の由来を話したところ、
 茉優が『私は凛々しくて清々しいあなたを好きになりましたが、
 そのようにあなたがお育ちになったのは、
 幼き頃からのあの人があなたへ優しく尽くしてきたからなのですね。
 なのに私はそれも知らず、いやわかろうとともせずに・・・」と
 茉優がお前を流産させ狂わせたことを告白し後悔し始めたのじゃ。
 そして、わしが死んだ後は『わしとお前の菩提を弔いたい』と尼寺に入った。
 年を取り我が子が生まれ必死で育てたその喜びを知った時、
 ようやくお前にした所業の罪深さ、己の業に恐れ|戦《おのの》いたようじゃ。
 無理かもしれんが、茉優の事は許してやってくれんか?」
「はい、許すも許さぬも・・・
 美緒はあの時は狂うておりましたので覚えておりませぬ。
 ただひたすら己の至らなさに己を責める毎日でございましたゆえ」
「そうか、幼い頃からの美緒のその優しさは変わらぬな。
 それを聞いた茉優も今は安堵している事と思う。ありがとう」
「あの子が生まれることを知った私にもう未練はありません。
 今後は犯した罪で地獄に参っても悔いはございませぬ」
「美緒、お前だけでそこには行かせぬ。わしも一緒に行く。
 それがために仏様のお慈悲で長い時を待っていたのじゃ」
「地獄はあなたが行くところではありませぬ。
 和馬様にお会いできて美緒は幸せでございました。
 私はあなたの幸せを地獄でお祈りしております」
「そんな寂しいことを申すでない。
 美緒は昔からわしの心を照らしてくれた光であったのだ。
 今度こそ一緒にわしと夫婦生活を送ろうではないか、
 お前とならたとえ地獄であっても極楽に変わるであろう」
「和馬様、ありがたきお言葉、感謝いたします」
「美緒、もうそんな他人行儀な言葉は止めよ。夫婦だからな」
「はい、わかりました。あなたでよろしいですか?」
「おう、それでいい。相変わらず美緒は綺麗だな」
「ありがとうございます。あなたもあの頃と同じで凛々しいです」
「お前に会うために精一杯着飾ってきたのじゃ。じゃあ行こうか」
「はい、その前に遼真様、あなた様にお願いがございます」
「ええ、石碑に居られる方々のことですね?」
「はい、彼女達とはずっと一緒にあの場所で生きて来たゆえ、
 私が帰らないと心配していると思います。それが気がかりです」
「そうおっしゃると思い、あなた方をお送りした後に、
 あの石碑の場所の方々はキチンとあの世にお送りするつもりでした」
「あなた様は我々の様な者に本当にお優しい方でございますね」
「いえ、私達はあなた方と交流できる力を持って生まれた身であるため、
 あなた方を心安らかなる場所へお送りするのが使命なのです」
「みんなも喜ぶと思います。
 みんなに『美緒は先に行って待っている』とお伝え下さい」

リビングの真ん中に和馬と美緒の二人が並んで立っている。
二人に向かって
真美が両手で逆三角形を作り『自縛印』を結ぶ。
遼真は両手で三角形を作り『昇霊印』を結ぶ。
二人の足元から六芒星の白い枠が回り始め白い円柱となる。
”オンマカラギャ・バゾロシュニシャ・バザラサトバ・ジャク・ウン・バン・コク”
愛染明王様、この長き時を待ち続け、
 このたびやっと夫婦として出会えた魂にご加護をお願いします」
六芒星の白い円柱の中が、明るい赤い光で満ち、
憤怒相で一面六臂で頭には獅子の冠、宝瓶の上に咲いた蓮の華の上に結跏趺坐で座るお姿で現れた。そのお顔は髪の毛は逆立ち、眼が3つ、体色は真紅で、背後には太陽の光背を背負っており、6本の腕にはそれぞれ五鈷鈴、五鈷杵、蓮の花、弓と矢を持ち、残りの1本の腕は金剛拳愛染明王様が二人の魂を迎えた。二人の魂は一つになり愛染明王様の光背に吸い込まれていった。

遼真と真美と夢花は、1001号室をノックした。
『はーい』と一馬と茉緒が顔を出す。
茉緒の表情が明るくなり愛する人と一緒にいるため笑顔が輝いている。
茉緒の魂から美緒が居なくなったため、
以前はバランスの崩れていた茉緒の魂が安定を取り戻している。
それは一馬も同じで自信のない雰囲気は無くなり自信に溢れた表情となっている。
遼真は二人の魂にずっと潜んで待っていたご先祖の和馬と美緒の物語を伝え、
無事二人を霊界へ送り届けられたことを報告した。
そして、鬼子母神様のご加護で茉緒さんは現在無事受胎していることを二人に伝えた。
最初、特に茉緒は驚いていたが、遼真からの話を聞くと納得し
不幸だったご先祖様の和馬と美緒が夫婦として無事成仏したことを聞いて喜んだ。
一馬は明日に母親へ茉緒との再婚の意思を伝えることを約束した。
もう茉緒のお腹には二人の愛の結晶が宿っているのがわかっているので
今度こそ自信をもって母親へキチンと話すことを誓っている。
今後は、1001号室を二人の新居に、1002号室を一馬の仕事部屋にすることで
二人とも実家にはしばらく帰らない事を決めた。
子供が生まれてもこのマンションで育てるつもりのようだった。
遼真は桐生一族の経営する運送会社へ連絡して、1002号室内の対象物の撤去をお願いした。
ほんの1時間くらいで子供用ベッドなど新生児に関する物を含めて全て撤去された。