はっちゃんZのブログ小説

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9.霊査4 中島茉緒・美緒の物語(第3章:みいつけた)

夢花から一馬の夢への伝言が終わった後、
遼真と真美と夢花はすぐに茉緒のマンションへ向かった。
途中、車中で真美が作って来たサンドイッチを食べて体力を戻し、
コーヒーやジュースを飲んで気持ちを穏やかにさせた。
「やっぱり、真美姉様のお弁当って最高」
「夢ちゃんよく頑張ったわね。
 それは良かった。作った甲斐があるわ。ゆっくりと召し上がれ」
「モグモグ、姉様がいるから安心して潜れるわ。
 今度の茉緒さんの世界は少し不安なのでお願いしますね。クインも」
クインはくすぐったそうに首を振ると夢花の肩へ駆け上ると頬に頬を寄せた。
茉緒は子育て中なので寝ている時間が短くあまり潜れない可能性が高いが
茉緒の過去世を探る時間は十分にあった。
やがてマンションが近づいてきた。
マンション近くの有料駐車場へ車を停めて”夢見術”に入った。
夢花が茉緒の夢の世界へ入って行く。
やはり過去世の中に中島美緒の存在があった。
幸いなことに悪霊化していないことが分かって三人は安心した。

中島茉緒《なかじままお》の物語
1987年浅草で駄菓子屋を営む両親の娘として生まれた。
幼少時代より両親に深く愛され明るく活動的な少女ですくすくと大きくなった。
22歳の時、両親が茉緒の就職祝いを買って家へ帰る時、
逆走してきた高齢者の乗った小型トラックが、
とっさにブレーキとアクセルを踏み間違えフルスピードのまま正面衝突された。
運転席と助手席にいた両親は逃げることも出来ずに二人とも亡くなった。
茉緒は何とか一人で葬式を行い、悲しみを隠して就職した。
そして男社会の証券会社でバリバリ業績を上げて昇格していった。
そんな時、『上場したい』と言う柄島不動産の若社長の柄島一馬と出会う。
茉緒は一馬のようなマザコン男は昔から嫌いで相手にしなかったが、
なぜかこの時の一馬には母性本能か何かはわからないが
彼を守ってあげたい気持ちにかられ彼からのプロポーズを受けてしまっていた。

その時・・・
赤ちゃんが泣き始めたためか、夢が破られたので夢花と真美は戻って来た。
そこからは茉緒は眠る事も無かったため夢花は入ることが出来なかった。

朝早くマンションのフロントで待っていると一馬が入って来た。
一馬は夢花のことを覚えていて近寄って来た。
「あっ、その白いスズランのブローチは・・・
 あなたが夢でお会いした夢花さんですね?
 ありがとうございました。
 ところで茉緒に何があったのですか?」
遼真は自己紹介をし、茉緒さんの過去世についての簡単な説明をした。
もし憑依した中島美緒が悪霊と化していたらすぐに除霊する必要があることを伝えた。
一馬は驚きながらもその話を信じ、『早く茉緒を救いたい』と願った。
みんなでこれからの行動を打ち合わせして、
フロントの玄関から柄島茉緒の部屋のインタフォンを一馬が押した。
「はーい、あれっ?・・・
 あなた、今日が帰国する日だったかしら。
 日を勘違いしていたわ。ごめんなさいね。すぐに開けます」
「ただいま茉緒、よろしく頼むよ」
マンションのドアが開かれて、エレベーターで1001号室へ向かった。
『ピンポーン』
「はーい、あなた、お帰りなさい」
と柄島茉緒がドアを開けて顔を出した。
茉緒は後ろに立っている遼真へ不思議そうに顔を向けた。
「あらっ?お客様ですか?}
遼真は手に持っていた御札をそっと茉緒の額へ貼った。
その瞬間、茉緒は力が抜けた様に倒れそうになったが一馬が抱き抱えた。
部屋に入ると遼真は、1001号室の1002号室方向の壁以外の壁へ御札を貼り始め、
真美は1002号室へ入って行くと1001号室方向の壁以外の壁へ御札を貼った。
これで無事1001号室と1002号室だけに結界が張られ、
霊としてはこのエリア以外は出られなくなった。
霊魂は物理的法則に影響されないので間の壁は障害にならない。
1002号室では誘拐されたであろう赤ちゃんが、
大切にされたのがわかるほど丸々と太って気持ち良さそうに眠っている。
真美は赤ちゃんを抱き抱えて1001号室へ入って来た。
夢花は1002号室へ遼真や真美が持ってきた荷物を運び始めた。
一馬が驚いた様に
「その子は誰ですか?・・・まさかあの事件の?・・・」
「そうです。だけど茉緒さんを責めないで下さい。
 茉緒さんには夢花があなたの夢で伝えた女性が憑依しているのです。
 茉緒さんはこの子をあなたとの子供と思い込んでいるのです」
「そうなのですか、彼女には可哀想なことをさせました。
 このままで大丈夫なのでしょうか・・・・」
「そうならない様に我々がいるのです。安心してください。
 茉緒さんは過去世を忘れればいつでも元に戻ります」
「私はどうすればいいのですか?」
「あなたはここで茉緒さんと結婚生活を送って下さい。
 それが彼女を元に戻す一番の近道です」
「わかりました。赤ちゃんのことはあなたに任せます。よろしくお願いします」
「では、今から始めますからあなたは彼女と一緒にいてください」
真美は「自縛印」と唱え茉緒の眠るベッドを包んだ。
見る人が見れば白い逆三角形の光が茉緒を包んでいるのが見える筈だ。
遼真は人型《ひとがた》を胸のポケットから取り出すと横たわる茉緒の腹部へ置いた。
そして呪文を唱え始めた。
その時、何かが人型に入るかの様な動きがあって
茉緒の腹部に置かれた人型は、みずから立ち上がった。
遼真は優しくそっと人型を両手で挟み込むとそれを白い布に包んだ。
すぐに遼真と真美と夢花は1001号室を出て行った。
もうこの部屋の中には今まで赤ちゃんがいた痕跡は一切無くなっていた。

遼真達が出て行った途端に茉緒の瞼が開かれた。
「あれっ?・・・私、眠っていたのかな?あなたごめんなさい」
「いや、疲れているみたいだからゆっくりとしなよ」
「大丈夫よ、ねえ、あなたの好きなコーヒーを淹れるわ」
「うん、頼むよ。しかしこの度の海外出張はうまくいったよ」
「それは良かった。あなたは本当に仕事のできる人だから安心してるわ」
「ありがとう、しばらくここで住むのは楽しみだな」
「家の方はいいの?」
「うん、この前、君が言った様に
 家とは別の所で二人だけで過ごすことにしたから」
「そうだったわね、良かった。
 もう新婚じゃないけど、新婚みたいでドキドキしちゃうわね」
「そうだね。相変わらず茉緒リンは綺麗だ」
「いやあ、恥ずかしいわ。
 ほんの少し出張してただけで大袈裟よ。でも嬉しい、ありがとう」
「じゃあコーヒー淹れたら隣においで」
茉緒が一馬の隣に座るとそっと茉緒へ口づけした。
茉緒は突然で驚いたが、そっと瞼を閉じて深い口づけを受けた。
一馬の腕が茉緒の身体に回されて、
茉緒は喜びに溢れた笑顔で一馬の身体を抱きしめる。
実は一馬には教えていないが、茉緒を運び込んだ時からこの部屋は、
『子供と安産の仏様である鬼子母神様』にその加護の光が溢れるようにお願いしている。

1002号室では、眠る赤ちゃんの胸の上へ美緒の魂の入った人型が置かれた。
しばらくするとオムツが汚れたのかお腹が空いたのか目を覚ました。
人型から美緒が出て心配そうに赤ちゃんへ近づいていく。
真美はそっと赤ちゃんを抱っこして美緒へ語りかけた。
「美緒さん、安心して私へ入って来て下さい。
 濡れた赤ちゃんのオムツを替えて、
 赤ちゃんを抱っこしてあげて下さい。
 ただし、私は母乳は出ませんので哺乳瓶で飲ませてあげて下さい」
美緒は喜びの表情で真美の身体へ入ると一生懸命に世話をした。
授乳に関しては夢花がキッチンで哺乳瓶へ分量の粉ミルクを入れて温度は人肌で作った。
それを美緒へ渡すと、美緒はお礼を言いながら飲ませている。
その眼差しは母としての優しさに溢れ輝いている。
遼真は赤ちゃんの魂の構造を見たが、美緒の子供の魂との二重構造は見えなかった。
美緒の魂を詳しく見ると子供の魂はまだ胸の中にそっと守られている。
この赤ちゃんの身体に美緒の子供の魂が憑依していないことがわかり遼真は安心した。
もし仮に憑依していて無理矢理引き離した場合、
この赤ちゃん本来の魂が傷つく可能性があり、将来への影響がわからないからだった。
やがて赤ちゃんはお腹が一杯になりスヤスヤと眠り始めた。
ここから夢花が、やっと落ち着いた美緒の魂へ入って行く。

中島美緒の思い(過去世と今生)
彼女の生きていた時代は、江戸時代。
生まれた家は、父はある西国の小大名に仕える江戸勤番の中島家。
中島家は女の子供が二人おり美緒は長女であった。
ある時、父の仕える大名家の後継ぎ問題が原因の御家騒動が幕閣に知られ
大事になった責任を取らされその大名家は改易となった。
その結果、中島家が住んでいた屋敷も取り上げられ、一家は路頭に迷い
何とか安い長屋を借り日雇い仕事と内職の浪人として暮らす事となった。
更に運の悪い事に、父親がその頃流行った病に罹り、
高価な薬を贖うもその甲斐もなく亡くなり、
母親はその心痛が原因でほどなく父の後を追った。
後に残されたのは、
多額の借金と14歳の美緒《みお》と10歳の紗世《さよ》姉妹だけだった。
当然、高利貸しから借りた借金を返せなくなり、
14歳の美緒は借金の形《かた》として吉原の廓《くるわ》へ身売りすることとなった。
そして妹の紗世《さよ》は、商家へ奉公となってその後二度と会う事は無かった。
遊女としての名前は、父の故郷の名前を取って”志摩《しま》”と名乗った。
美緒《みお》は幼少の頃より、武家奉公の教育を全て受けており、
当時の武士階級では常識となっている、読み書き算盤は当然のこと
舞踊、華道、茶道、琴の嗜《たしな》みもあった。
その上、非常に美形であったため、
町民が憧れる武家出身のお姫様と喧伝《けんでん》されその物珍しさも手伝って、
とうとう錦絵にも描かれ大量に売られ、一躍吉原の遊女として有名になった。
美緒は瞬く間に吉原一の花魁《おいらん》”絵志摩《えしま》”まで駆け上った。
絵志摩の名前は、”絵になるほど美しい志摩”という意味で付けたが、
本当は、許嫁だった柄島和馬の事を忘れまいとするつもりで付けた名前でもあった。
この廓に入った当初から美緒は妊娠しないように常に気を付けていて、
堕胎専門の医者にも色々と聞いて予防処置していたため
幸いなことに望まぬ子は出来なかったし客筋も良く選んでいたため病気にも罹らなかった。
そんな中で「柄島和馬」という武士が客になった。
”花魁絵志摩”は、まさか和馬が客になるとは思っていなかったので驚いたが、
今の己の身を恨み、世の無常に悲しみ、零れ落ちそうになる涙を堪えて
そこは『世間にはよくある事として』プロの花魁として和馬を接待した。
彼は折に触れ美緒と幼い頃から許嫁の間柄だった事を
ずっと覚えており可愛かった美緒のことを忘れる事が出来なかったと話した。
そしてとうとう和馬と初めて床を同じくする夜が来た。
和馬はまだ女の肌を知らない様だったため、美緒が悟られない様にリードして経験させた。
その後一馬は何度も美緒へ会いに来た。
”花魁絵志摩”も心待ちにしてその時だけは、
美緒に戻りほんの一夜でも妻として和馬を受け入れて本気で相手をした。
籠の鳥で自分ではここから出ることも叶わない美緒が和馬へ捧げる深い愛情だった。
和馬の話を聞いているうちに
美緒自身も密偵の代わりとなり客の情報を聞き出しては和馬へ伝えた。
その甲斐もあって、ある夜大商人の寝物語で聞いた情報で
幕閣の大物の贈収賄が明らかになり老中により粛清が行われたそうだ。
和馬の大活躍で老中からお褒めを頂き、目付全体への誉れとなり、
その原動力となった和馬は徒目付の中でも組頭の右腕の地位まで上り詰めたと聞かされた。
美緒としては少しでも和馬のために力になれたことが嬉しかった。
そのうち和馬は出世し上司の娘を妻に貰ったが、
その後も何も変わることなく廓《くるわ》へ何度も足を運んできた。
美緒としてはすでに決められた年季奉公も終わっており、
お金持ちの客からは妾として美緒を引き受けてくれる人も何人かいたが断っていた。
そんな時、和馬が美緒の身を引き取りたいと言ってくれた。
美緒はたとえ遊女出身の側室ではあっても和馬の傍に居る事は嬉しかった。
美緒は廓を出ていく前に、
感謝の気持ちで今まで貯めたお金の一部を廓の店主へ、
一部を同じ廓に働く遊女全員へ彼女達が少しでも助かる様にと分け与えた。
ただ側室とは言え、武家の家に入るには武家の子供であることが必要だったため、
和馬は知り合いの武士にお願いして、美緒を養女として入れて貰い、
その後、その家の娘として輿入れをすることとなり、その準備金は美緒が用意した。
柄島家へ輿入れしてからの毎日は美緒にとって幸せな日々が続いた。
和馬はいつも仕事が終わると部屋へ来てじっと空を見て庭の鳥を見て、
何気ない風景を喜び、傍にはいつも金平糖があって二人で昔を懐かしがった。
そんな日々が続いて、とうとう美緒が念願の和馬の子を身籠った。
しかし、和馬の正妻の真優《まゆ》には、まだ子供がいなかった。
美緒は正妻真優の気持ちを考えると和馬になかなか言い出せずにいた。
美緒にとっては初めて身籠った可愛い我が子であった。
しかし、ついに真優に妊娠を気付かれ、
偶然、廊下ですれ違った時に
『身売り女だった分際で小癪な、本当は誰の子じゃ?』
と足を引っかけられ、倒れた所で腹を蹴られ流産させられた。
美緒はそれが元で歩くことが出来なくなり身体を壊して寝たきりとなった。
そのうち心が壊れてしまい、まだ手の平くらいの大きさの
カサカサのミイラとなった和馬との子供を胸に抱きながら一人で納屋の中で息を引き取った。
それからの美緒は最初子供と無縁墓に入っていたが、
妹の紗世《さよ》が呼んでくれたので丸い石のお墓に入った。
そこにいると和馬様が会いに来てくれたのでとても嬉しかったことを覚えている。
それ以降は今の石碑のある場所でずっと生きて来た。

ある時、なぜか誰かに呼ばれた様な気がして出てみると
目の前の椅子に自分とよく似た魂の色の女が座っているのが見えた。
美緒はその女の面影に妹だった紗世を重ね合わせ、
懐かしさのあまりついその身体へ入ってしまった。
その女がしばらく立ち止まって見つめている白い四角い家からは
生まれたての元気な子供達の声が聞こえてくる。
女は寂しそうに見上げ、とぼとぼと歩いて戻っていく。
その女の壊れた心の声がずっと美緒に響いてくる。
その声が己の魂の奥の声である声に同調し始めると美緒はその女となった。
そして気がついたら己の手には可愛い赤ちゃんが抱かれていた。
美緒は死んだ子供のことを思い出しその女と一緒に育て始めた。
この女はお金がたくさんあったので隣の部屋を買わせ、妹として住むことにした。
美緒にとって子供といる時間は至福の時間で、和馬様との時間を追憶した。

ただすでに美緒は、この子が自分の子では無いこと、
愛しい和馬様との子供は死んでしまったことに気付いてしまっていた。
しかし、我が子と間違えて嬉しそうに赤ちゃんを抱きしめる、
この心の壊れた女の喜んでいる姿を見ていると
昔の自分を見ている様で元に戻すのもあまりに可哀想で不憫にも思っていた。
この女の魂の中の一部が己の魂の一部と同じであることを理解した。
そして、今までこの女の脳裏に浮かぶ男の顔は和馬様に生き写しであること、
今日初めて会ったこの女の夫らしき男の魂の一部に愛しい和馬様の魂を感じた。