はっちゃんZのブログ小説

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11.迷い里、道切村での戦い3(第4章:迷い里からの誘い)

その時、
「自縛印」
いつもの真美の声が響き渡った。
妖怪の身体を巻き付けた遼真の身体を中心に白い逆三角形が浮かび上がった。
「真美、大丈夫なのか?無理はするな」
「いえ、さきほどは私の未熟な技のため、ご迷惑をお掛けました。
 遼真様、真美はもう大丈夫です・・・。
 ああ、その姿は・・・
 遼真様・・・お身体は・・・大丈夫なのですか?」
驚きの表情で真美が唱える。
「護身陣」
遼真の身体を白い網で包むように白光の円陣が浮かび、その白い光が遼真へ吸い込まれた。

真美は、額へ血を滲ませた白い包帯を巻いて
夢乃さんに肩を抱きかかえられながら立っていた。
しかし、貧血によるものか顔色も白く少しふらついている。
真美の胸元へは、
師匠が用意したであろう秘石 “吸魔石”があり夢乃さんの手が置かれている。
この石は、術者の身に及ぼす魔の力を吸収するお祓い道具の一つで
真美の身体へ強力に及ぼしていた月の魔力を吸引しその力を軽減している。
真美の目が、太い銀色の縁取りの真っ赤な瞳に変わっている。
普段の真美は、ややブルーがかったレンズの眼鏡をかけており、
猫のような丸い眼を持ち銀色の輪郭の深い暗赤色の瞳を持っているが、
この瞳の状態となった真美は、100%の『銀環力』を出すことができる。
足元にはキインとクインが並んで二人を守っている。
「ふう・・・
 真美、夢乃さん、ありがとう。助かったよ」
「遼真様、もう真美がいますから、ご無理はなさらないで下さい」
「ああ、そうだな」
『囁き女』の繋がった身体は、
自縛印で自縛されているため、今度はバラバラになれなかった。
次の瞬間、遼真は大きく息を吸い込むと
全身の筋肉を大きくし、両腕を大きく広げた。
「おりゃあ」
閻魔さえも退治し、毒蛇や悪竜、怨敵を征服するとされる大威徳明王の力を
その身に宿している遼真は、身体を一気に大きくして
『囁き女』の太い胴体をバラバラに吹き飛ばした。
バラバラになった体節の接合部からは紫色の体液を撒き散らしている。
「お前たち、戻って来よ」
『囁き女』は、身体を元に戻そうと呼んだが
自縛印のために動けないことに気が付き、自縛印のエリアへ近寄ってきた。
『囁き女』は、一度自縛印を破っているため自信があるのだろう。

遼真は自縛印のエリアから出るとバトルカーのRyokoへ指示を出す。
バトルカーから再び多数のミニミサイルが発射された。
『囁き女』』は、
今度は弾道から逃れようと避けたが、
今度のミサイルは熱で自動追尾されているため、
避けられずその身に直撃を受けた。
ドガーン』
「ぎゃあ、今度は追いかけてくる・・・ぐっ・・・
 まだまだ、この身の千年を越える齢を重ねた鎧は貫けぬわ」
だが、体節の表面には細かいヒビが入り始めており、
傷ついた体節を妖力で修復しようとしているのか動きが鈍くなった。
「はっ」
その瞬間、
遼真は両手から複数の“気弾”を、その長い身体を走る霊脈へと打ち込んだ。
「ぐっ」
『囁き女』の目が苦しそうに歪められた。
「むむ、身体が思うように動かぬ。修復が進まぬ。小僧、何をやった」
遼真は動きが鈍くなっている鋭い毒の角のある尾の部分を”金狐丸”で切り離した。
「ギャア、ぐっ・・・」
切り離した尾の毒の角のある部分は、最初ピクピクと動いていたが
その真ん中を突き刺して切り裂くと、
やがてその動きも止まり、その体節から黒い霧の様な物が立ちのぼった。
それはしばらくその場にフワフワと漂っていたが、
遼真の作った矢の四角い光のエリア(明王陣)を見つけるとその中へ入っていった。
遼真は自縛印の中で、呪文を唱えながら胸元から出して呪符を出した。
まだなお動こうとするヒビの入っている多くの体節へ向かって”爆砕”と唱えた。
この札は“霊的に呪縛されていた結界を消失させる呪符”で、
その札から一気に爆発が起こった。
体節がバラバラに吹き飛んでいく。
『囁き女』は、その爆風で自縛陣から吹き飛ばされた。
これにより『囁き女』の力で、

体節に閉じ込められていた多くの霊魂が自由になった。
固い各体節も割れて黒い霧の様に立ちのぼり、
尾の部分と同様に、白い光となると
遼真の作った矢の四角い光(明王印)の中へ入っていった。

「小僧、人間にしては強いな。今日は退散することにする。
 わらわは大妖怪、妖怪というものは死ぬことはないのじゃ。
 いつの日か、力を戻して、
 ふたたびお前と会うことを楽しみにしておるぞ」
「いや、ふたたびあなたと会うことはないです。ご覚悟を。
 あなたが妖怪であっても、
 僕にはあなたを殺すことができる力があります」
「妖怪の我を殺す力?
 恐ろしや、そんな力がこの世にはあるのか・・・」
 『囁き女』は、急いで地中へ逃げようとしている。
「自縛印」
再び『囁き女』の場所に白い逆三角形が浮かび上がる。
しかし、自縛印が張られているため地中へ逃げることができない。
遼真は、キッと睨むと
金狐丸を前へ突きだし、
『囁き女』の方へ歩き始める。
『囁き女』は、怯えた顔になっている。
遼真はその時、気が付いた。
彼女が無意識に腹部を両手で庇っていることに。
遼真が霊眼でよく見ると『白い二つの小さな光』が見えてくる。
彼女の身体の腹部の節の部分だけが、他と違い白い光を放っている。
「わらわは負けぬ。わらわは必ずや生き残る。そうじゃないと・・・」
「いや、真美の力が戻った今、あなたはその自縛印から逃れることは出来ません」

遼真が現在その肉体に宿す五大明王の力は、
人間の身で強大な神仏の力を揮う力である。
通常、肉体が健康な場合には、
それに宿る霊体も健全な防御作用が発揮されているものである。
だが、仮に人外の力を揮い身体的負荷が限界を超えた場合、
その副作用として、霊的な防御機構が弱くなる。
本来、遼真自身が備えているその霊的な防御能力が消え、
弱い悪霊にさえも簡単に憑依され心身を乗っ取られてしまい、
遼真自身が、悪霊に操られる異能の力と驚異の身体能力を持つ、
魔人『霊魔(りょうま)』と変わってしまう可能性があるのだった。
それに対して真美の『護身陣』は、
器となる遼真の心身を守る霊的バリアーとして働くため、
『囁き女』を過去に封印した僧のようにはならないのだった。

『囁き女』は、
素早い動きで遼真の身体を上下に両断できる大きく鋭い牙で襲ってきた。
遼真は両手でその牙を掴んで防いだ。
『囁き女』の目は、必死で周りを見ている。
何とか逃げようとしているのがわかった。
遼真は、力で『囁き女』の身体を投げつけた。
『囁き女』の身体が自縛印の中に入っている。
その一瞬に
背中の矢筒から五本の矢を掴みだすとその身体に向けて一気に放った。
『囁き女』を中心に“五芒星”の白い光が描き出される。
『囁き女』の身体が “五芒星の白い光の筒”に封じ込まれている。

「霊滅」
“五芒星の白い光の筒”が、ゆっくりと回り始める。
その筒の回転が徐々に早くなり、遠心分離機に様にすごいスピードで回り始める。
しばらくすると『囁き女』の身体の先端部分から黒い粒子が吹き出してきた。
その黒い粒子は、白い壁に触れると雲散霧消していく。
苦しみに歪む『囁き女』の顔が見える。
齢千年を越える大妖怪『囁き女』の大きな身体が徐々に小さくなり始める。
髪の毛や足や手の先から消え始め、それが徐々に全身へと広がる。
やがて腹部を大事に守っていた両手も消えていき、
諦めた様な悲しい目から涙が腹部へ滴る。
“五芒星の白い光の筒”の中には腹部の節だけが最後まで残った。
それも徐々に腹部の節組織が少しずつ消えていく。
その周りを一つの白い光が、
遠心力に抗う様に飛ばされそうになりながらも腹部へくっ付いている。
とうとう腹部組織が分解され、中に閉じ込めていた二つの白い光が現れた。
そこへもう一つの飛ばされず抗っていた小さな光が近寄っていく。

それらは、『囁き女』サーヤと夫のショウヘイ、娘のトキの魂であった。
『囁き女』のその白い光は、二人が殺された時から
二人の魂だけは他の恨みを持った魂から汚されぬように必死にお腹で守っていたのだった。
その『囁き女』の白い光は、彼女の二人への愛情だったのだろう。
『囁き女』の魂の構造は二重構造となっていたと思われる。
彼女の黒く染まった魂の世界の中で、
その胸の節は次元が異なるように小さく丸まり折りたたまれた領域だった。
彼女は、憎しみで黒く染まっていく自分の心、
人間の憎しみや悲しみに染まった魂を味わい喜悦の声を上げ、
醜悪な大妖怪としての心を止めることができなかった、
しかし、そのことを悲しむ心があった。
それが夫と我が子を愛する心だった。
その心は
『このまま行っては、私の愛する二人の魂が汚れてしまう。
 私は二人の魂を綺麗なままで守りたい』と思った。
そこで彼女の心の一部は、
自らを強固な殻としてその身を変え、
二人の魂を一つの領域へ本人に気付かれない様に閉じ込めた。
その姿が霊滅によりとうとう露わとなった。
その白い三つの光は、寄り添いじっとしている。
霊滅は、
魂を構成する霊分子を霊原子まで分解する技ではあるが、
原子核の中の“強い力で結びついている素粒子”の様に
“愛情という強い力”で結ばれた魂をそれ以上分解することはできなかった。
遼真は、霊滅の力を解除し、五芒星の白い光の柱を消した。
『囁き女』を構成していた霊細胞は、彼女の愛情を除いて消滅していた。
白い三つの光は、遼真の作った光の四角錘(明王印)へ入っていった。

空に鎮座する月の色が、
ゆっくりと赤からいつもの柔らかい白い月に変わり、
道止村の風景が遠くから少しずつぼやけてくる。
よく見ると村の外れから徐々に消え始めている。
やがて道も村の家も朽ち果てて粒子と変わり、池も粒子と変わり始めた。
気が付くと遼真と真美と夢乃さんは、都内の小さな公園の中で立っていた。
三人は公園の脇の道路に停められたバトルカーに乗りこんだ。
戦いが終わった遼真と真美は、緊張が解けたのか、
全身の力が入らなくなったかのように後部シートへ倒れこんだ。
真美は苦しそうに目を閉じている。
遼真が心配そうに頭に包帯を巻いた真美の肩を抱いて胸へもたれさせた。
「真美、無理させてすまなかった。今はゆっくりとね。今日もありがとう」
「いえ、大丈夫です。でも遼真様が無事で良かった」
「僕こそ真美が無事で良かった。お疲れ様」
運転席に座った夢乃さんはにこやかにバトルカーへ伝えた。
「なるべく二人を起こさない様に静かに家へお願いね」
「はい、了解しました」
夢乃さんは、気遣うように遼真と真美の頭をそっと撫でていた。

しばらくして、
天山の妻めぐみさんからの“お知らせ”が夢乃さんにあった。
夢乃さんと遼真と真美は、乳がんで亡くなる直前のめぐみの病室を訪れた。
めぐみさんは、もう全身にがん細胞が広がり、
痛みが強いため強い麻薬が処方されている。
麻薬の鎮痛作用のせいか、
眠っているのか表情にあまり変化はなく、
うっすら開けた目でベッドに横たわっている。
その目は、天井へ向けられており、
焦点は合っていないが、
口元におだやかな笑みが浮かんでいる。
夢乃さんが、枕元に近づくと
めぐみさんの目に光が戻り、
焦点が合わされた。
「めぐみさん、夢乃です。
 お呼び頂きましたので参りましたよ。
 よく今まで一人でがんばりましたね」
「いえ、一人ではありませんでした。
 隣にはいつも夫が居ましたから寂しくなかったですよ」
夫の聡は、既に愛妻のめぐみの隣に立っている。
彼は願い通り、生前の約束通りに妻のめぐみを迎えに来たらしい。
めぐみの容体が急変したため、アラームが鳴って、
医師と看護師が急いで部屋へ入ってきた。
そして、慌ただしく手の脈、呼吸、瞳孔を調べて
「ただいま、天山さんは旅立たれました。ご臨終です」
夢乃達へ告げられた。
めぐみさんの身体から霊魂が抜けてベッドから起き上がる。
そして、ベッドから降りて夫の方へ歩いていく。
夫婦は出会った頃と思われる若い姿に戻って固く手を繋いだ。
二人は穏やかな笑顔で夢乃たちを見つめている。
二人はお辞儀をして二つの白い光となって病室から消えていった。