はっちゃんZのブログ小説

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30.湯呑

『今日はちょっと眠いなあ、久しぶりの休みやから外でコーヒーでも飲むか』

と考えてマンション前の喫茶店へ向かった。

美波ちゃんや静香さんからのメールを読みながら部屋を出た。

エレベーターよりも、たまには歩こうと考えて階段へ向かった。

 

慎一はこのまま京都での仕事がうまく行き始めて米子へ帰ることを考えた。

そして、米子へ戻った自分を想像してみた。

いつかきっと静香さんと結婚するであろうことは想像できた。

しかし、ここである事に気が付いた。

転勤族の慎一は同じ場所に3年と居ないのが普通で米子にずっといることはできない。

『山陰の人は地元から離れることを嫌うことが多い』と得意先からも聞いている。

仮に静香さんと結婚し転勤した場合、美波ちゃんは米子で1人になってしまう。

今までは2人だったから耐えてこられたことも多かったであろうことは感じている。

きっと美波ちゃんを1人にすることは静香さんも望まないだろう。

だからと言って慎一の頻繁な転勤に学生の美波ちゃんを連れて行くことはできない。

慎一は自分の幸せと彼女達の幸せの形が違っていることに気が付いた。

このまま行って一緒になっても3人は幸せになれないかも・・・

二人の笑顔が浮かんだ。

どうすれば・・・

ふと上を見上げた。

その時、二人の笑顔が歪んで視界がグラリと揺れた。

 

12月の最初の土曜日朝、静香はいつものように洗い物をしていた。

昨夜、彼からのメールで

『明日、久しぶりに休めそう。仕事がうまく行き始めた。良かった』

『それはおめでとう、ゆっくりと休んでね』

静香が鼻歌を歌いながら彼の笑顔を脳裏に描いた。

その時、食器棚の中から異音が聞こえた。

扉を開けてみると

出雲へのドライブの帰り松江で買った彼専用の『出西窯』の湯呑が割れている。

静香は嫌な予感がしたので彼へすぐにメールを打った。

いくら待ってもメールを返信されることはなかった。

 

その頃、慎一の実家へ病院からの連絡が入った。

頭蓋骨と左肩の骨折及び全身打撲。

現在、左肩骨折手術中だった。

慎一の両親と妹は京都の救急指定病院へ急いで向かった。

手術は5時間以上かかる大手術で

その日、慎一の意識は戻らなかった。

主治医から

幸いにも頭蓋骨は線状骨折とのことで、

画像所見上、今のところ脳組織へのダメージはない状況だが

しばらく経過観察が必要と言われている。

肩の骨は金属板と骨接合材のネジで固定されている。

 

顔や肩に包帯を巻かれ、手足に絆創膏を貼った慎一が眠っている。

枕元には画面が割れて機械部が破損している携帯電話が置かれている。

電源を入れてみたが全く作動しなかった。

その日は一度帰って、翌日の日曜日から母親が看病することとなった。

月曜日になっても眠ったままだった。

医師もそろそろ目を覚ましてもいいのですがねえと話している。

(つづく)