はっちゃんZのブログ小説

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1.公園にて(第3章:みいつけた)

季節はもう晩秋だが、今日は初秋の様な陽射しで気持ち良い日だった。
都内のとある公園、さして広くもないが遊具の種類も多く、
近くにマンションも多くあって、土日以外にもたくさんの親子の姿がある。
その公園の片隅には
刻まれた文字が削れてわからない上に、
その由来もわからない古ぼけた石碑が建っている。
その石碑の前のベンチに一人の女が座って子供達の遊んでいる姿をじっと見ている。
午後の太陽の柔らかいの陽射しがその女の顔を照らしている。
その眼差しは、眩しさと切なさが宿っている様に見える。
この公園には天気の良い日は多くのママ友達が集まり笑顔で子供達を見つめている。
ある妊婦は、走り回る子供達の姿を見ながら幸せそうに編み物をしている。
ある妊婦は、その大きなお腹の擦りながら談笑している。

『・・・みいつけた・・・』

ふと冷たい風がその女の頬を撫ぜた時、
女は突然寒さを感じた様にブルッと震えた。
その時から女の目に悲しみと憎しみの炎が灯った。
『なぜ私には子供がいないの?』
『なぜ私には子供が出来なかったの?あんなに苦しい思いで妊活したのに』
『なぜあの人をこんなに愛しているのに、私は別れなければならなかったの?』
『なぜ私だけこんな思いをしないといけないの?』
『なぜ女の私だけ悪いと言われるの?』
『なぜあの子達の母親は私に子供を見せつけるの?』
『なぜあの妊婦達は私にその大きなお腹を見せつけるの?』

隣のベンチでは今度生まれてくる我が子のために
幸せそうな表情で編み物をしていた妊婦がママ友と座っている。
ふと時計を見ると思い出した様に立ち上がった。
「じゃあ、私、検診の時間が来たから言ってくるね。またね」
その妊婦に続いてある女が立ち上がり、同じ方向へゆるゆると歩いて行く。
その妊婦は公園から近い場所に立つ「トウキョウマタニティクリニック」へ入っていった。
その女はじっとそのクリニックを見上げ、そしてゆるゆると歩き去った。

女は夢遊病者のようにゆるゆると近くのタワーマンションに入って行く。
エントランスに入るとコンシェルジュ
「柄島様、良い天気でございますね。
 お部屋をお使い頂いている上で何か気になる事がございますか?」
「特にはありません。
 ただこのマンションは壁が厚いと聞いたけれど
 たまに赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて気になりますね」
「そうでございますか?
 それは大変申し訳ありません。
 このマンションには多くのご家族様が御住みになっておりますので
 少しの鳴き声などは仕方のないところもございます。何卒ご容赦願います」
「そうね、確かにそうだったわね。ごめんなさいね」
|柄島茉緒《えじままお》はエレベータホールへ向かい10階ボタンを押した。
コンシェルジュ同士が、
「おかしいなあ、柄島さんの階には赤ちゃんの家族はいないのにねえ。
 それに隣の部屋は売りに出てるし、
 声って聞こえないと思うんだけどなあ」
「そうよねえ。でも友達とか家族が来て
 その時に一緒に赤ちゃんも連れて来てるから、その時の声なんじゃないかな」
「そうよね。確か柄島さんはまだ34歳だし独身みたいだから気になるのかな?」
「私なんかは、まだ未婚だし若いから赤ちゃんの泣き声って可愛いな、
 『私も結婚したらあんな赤ちゃんが欲しいなあ』とか思ってしまいますもの。
 でも赤ちゃんがいない人にとっては、あの泣き声って苦痛な時があるかもね。
 以前ニュースでお年寄りが昼間の公園で子供の遊んでる声が|煩《うるさ》いとかで
 公園の建設を反対したと言う話もあるし、
 今までそういう生活をしていなかった人にはあまり良い様に聞こえないかもねえ」
「でも柄島さんは、書類上では独身になってるわ。
 でも左指に深い指輪の跡もあるし最近まで結婚してたのかもね」
「へえ、そうなんだ。さすが良く見てますね。
 でもこんな高いマンションを買えるなんてすごいなあ」
「そうね。お仕事もされていないみたいだし、
 買い物も全てネットだからきっとお金がたくさんあるのでしょうね」
「良いなあ。羨ましいなあ」
「そう思うんだけど、何かいつも不幸そうな顔をしてるのよねえ」
「お金持ちにはお金持ちの、我々普通の人間にはわからない悩みがあるのかもね」

柄島茉緒は、1001号室の自室へ入った。
「うーんと今日の晩御飯は何にしようかな?」
「そうだ、今日は和食にしようっと」
献立は、
甘塩鮭の焼き物、豆腐と若布の味噌汁、出汁巻き卵、茸ご飯、糠漬けだった。
『久しぶりのご飯、美味しいね』
「今日も美味しくできた。
 あの人の好きな献立だったわ、今頃どうしてるかな?」
その時、スマホを手に取った。
「はい、|茉緒《まお》です。あなた?」
「はい、元気にやってるわ。あなたは?」
「それならいいわ。晩御飯は食べた?」
「私は今食べたところ、あなたの好きな献立にしちゃった。
 もし時間が出来たら、こっちへご飯でも食べて泊まったら?
 そしたらもしかして・・・うん、待ってるわ」
「でもあなたには難しいのかな・・・
 まあね、お母様がねえ・・・うん、わかった」
「ねえ、あなた、お母様がまだ・・・あの事言ってる?」
「そう、ごめんなさいね。私に子供が出来なくて・・・」
「ううん、あなたが悪い訳じゃないのよ。
 江島家の跡継ぎが出来ないといけないのよね?
 でも私はまだ諦めた訳で無いからもう少し待ってね。
 何とか体調を1日でも早く元に戻すからそれまで待っててね」
柄島茉緒はスマホを切った。
そして独り言が出て来る。
「何よ、いつまでもママママって、
 いつになったら私だけの夫になってくれるのよ。
 いつも家の為、ママの為とかあなたは自分が無いの?
 私はあなたを愛しているからあんな家でも我慢してるのに。
 子供を作る予定の日をいちいちお母様に伝えるっておかしいでしょ?
 それがわかった日から排卵はあったのかとか体温表を見せろとか
 翌朝には私に充分に感じたのかだとか充分に濡れたのかだとか
 |一馬《かずま》がもっとその気になるようにできないのかとか
 私はあなたが初めてであなたしか知らないからそんなことわからないわよ。
 それに予定日の夜は、いつもお母様が隣の部屋で寝て確認してるし、
 だから私自身それが気になってあなたとのことに集中出来ないのよ」
『それはひどい母親でありんすねえ・・・』
「うん?・・・またいつもの薬飲まないといけないわ。幻聴が聞こえたわ」