はっちゃんZのブログ小説

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。ブログトップから掲載されています作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

1.絶体絶命のはずなのに?

 今、『新宿探偵事務所所長桐生 翔』は、

尾行に失敗し新宿虎志会所属のヤクザに捕まり、

千葉県の寂れた小さな漁港の波止に連れて来られている。

口にはガムテープ、後手に括られ、椅子に座らされ、

両足をセメントの入ったバケツに入れられている。

ヤクザ達は探偵の翔が何かを知っているものと考え、

仲間の情報などを聞きだそうとしたが、翔は一切しゃべらなかった。

彼らに用のない人間は死ぬ世界だった。

「お前ももうじき魚の餌になるよ。

 知っていることを謳ったら助けてあげるよ」

「・・・・・!!!!!」

『口にガムテープをしていて話せる訳がない』と必死で話すも、

ヤクザも最初から助ける気がないのでニタニタ笑っている。

 実はネタばらしすると、この場所に関しては

尻のポケットのボタンに付いているGPS

警察が追跡しているはずなので都倉警部の到着を待つだけである。

この場所で取引されることを知り、一味を一網打尽にする手筈だったが、

もし到着が遅かったり、殺されるのが早まったら

本当に魚の餌になってしまう不安もあった。

 最初、都倉警部はこの作戦に大いに反対したが、

大量の覚せい剤取引が絡み多くの一般人が犠牲となって

社会問題となっている事件であり、

依頼してきた老婆の孫娘を思う姿に翔は

強く解決を誓ったことや危なくなる前に逃げ出す事を約束し

何とか説得した。

 

 ここで時間は1週間前に遡る。

大都会新宿でも秋の訪れは感じられる。

街路樹の銀杏に下りてきている。

翔が秋色の木々を眺めながら寝覚めのコーヒーを飲んでいる時に

ひとりの老婆が事務所を訪れた。

最初は翔があまりに若過ぎるため、迷っているようだったが、

過去の実績を説明し話を続けさせた。

 依頼内容は、

『孫娘の恋人の正志に覚醒剤の売人が近づいているようで心配なので、

 何とか孫娘にわからないように無事に収まらないか』とのことだった。

「気のせいでは?」と小さな声で質問をしたが、大変よく聞こえていて、

「証拠はこの耳」と強い口調で話す。

老婆は聞こえないふりをして

孫の恋人の携帯電話での会話内容を聞いたとのこと。

 実に食えない婆さんである。この事件がなければ、

孫娘はずっと騙されていることになる。

ふと翔は、このかくしゃくとした依頼人を見ていて、

実家の婆さんや何度か会ったことのある百合の婆さんを思い出した。

やはりあの婆さん二人にも注意した方がよさそうだと納得した。

 

「初めて覚醒剤を買うのだからもっと安くして欲しい。

 それともっと早くくれよ」

正志のひとりごとから、売人は

「すぐは無理。

 お前が信用できるかどうかを調べてからだ」と言っていたらしい。

正志は誰にも聞こえないものと安心している。

しかし、老婆にははっきりと場所も時間も小さな独り言さえも聞こえていた。

警察へ話すにも事件は起っていない上に、

聞いただけでは証拠にはならないし、

もし孫娘の身に何かあれば大変と悩んで歩いていたところ、

偶然ここに探偵事務所があったので入ったらしい。

 

 正志が売人と会う8日目にはまだ時間があるので、

取引場所付近から調査を始めた。

朝から夜まで取引場所が広く見える喫茶店やコンビニから何度も見張り、

浮浪者に変装し、他の浮浪者とも知り合いになり情報を探っていった。

 3日間の調査後ようやくある一人の売人にターゲットを絞った。

売人の名前は、周金雷という名前の中国人、

日本にはもう15年ほど住んでいる。

新宿虎志会とは仲が良く、翔自身も何度も一緒にいる姿を見かけている。

周の棲家はCHINA人組織が集まっているエリアの中にあり部外者は入れない。

入れないならば、取引現場を写真で撮るしかなかったが、

なかなかそのチャンスは訪れなかった。

 正志との取引の日が迫ってきているため、

都倉警部へ今までの経緯と情報を伝えた。

警部からはすぐさま調査を止めるように言われたが翔は譲らなかった。

まだまだ若いとは言え、

過去に何度も警察の捜査に協力してきた実力を持つ翔を袖には出来なかった。

ましてやこのたびの全ての情報は翔が調べたものだったし、

刑事の中には翔と格闘技を一緒に習っていた刑事もいて

翔は捜査員から信頼されてもいた。

 警察としては一般人を捜査に入れることはできないと

何度も強く言ったが聞き入れない翔に、

『絶対に危ない事はするな』との約束で捜査に入ることを

警部はしぶしぶ認めた。

覚醒剤を追っているもう一つの捜査班から

『場所不明、3日後夜7時に取引』の情報が流れてきた。

依頼された老婆の孫娘の恋人との取引日よりも1日早い。

うまくいけば何とか老婆の依頼はこなせそうだった。

 この作戦名は『トラの首に鈴作戦』。

翔が鈴となり取引場所を特定し、

仮に捕まっても骨を外して縄から脱出し、

捜査班全員で一味を一網打尽にするという作戦だった。

翌日からやや目立つように売人の取引現場を写真に収めるように尾行を始めた。

翔はある時突然、

背後から銃を突きつけられ後頭部を殴られて意識を失くした。

後頭部と首元の傷みで意識が戻った時、

予想通り縄に縛られていたが、

まさか両足をセメントに突っ込まれているとは思いもしなかった。

そしてセメントはすでに固まっている。

 最初に打ち合わせていた作戦、海に飛び込んで逃げる事は不可能だった。

警部は翔ならばきっと縄を解いて脱出してくれていると思っているだろう。

 現在ではマインドフルネスと言われているが、

幼い頃から瞑想などをトレーニングさせられてきた翔は数呼吸で冷静になれた。

この窮地の脱出法を考えた。

縄からの脱出は簡単だが、そこからが問題だった。

青竜刀や拳銃を持った周の部下が周りに何人もいる。

この動かない足でそれら武器をどれだけ避けることができるのか。

どんな体術をもってしても不可能と思えた。

でも最後まで諦めなかった。

 太陽が地平線に近づいて来た。取引時間まであと1時間ほどだろう、

部下達の動きが慌ただしくなってきている。

警部達も近くで待機しているはずであった。

 

ちょうどこの瞬間、

地球近辺を通りかかった半径5メートルの隕石が、

地球と言う天体の強大な重力に捕らえられ

フラフラと地表へ向かい始めた。

そこからスピードが増し

隕石の表面は大気圏の摩擦で真っ赤に燃えて光り輝いた。

本体はどんどん燃えて小さくなっていく。

それと共に隕石に含まれていた金属が溶けて固まり、

小さく細くなっていく。

最後は針のような形状となり

地表へ猛スピードで落ちていった。

 

翔は急に明るくなった空をふと見上げた。

夕方の空を焦がすほどの大火球だった。

その炎がこちらに近づいて来るように感じた。

眉間の間に『ズン』と痛みが走り、

脳の中が熱くなり鼻の奥が焦げ臭く感じた。

動悸が一気に早くなり、めまい、吐き気が連続して襲ってくる。

あまりの気持ち悪さに意識を失いそうになったが何とか耐えた。

何が起こったかはわからないがそれを気にしている時間はなかった。

 

約束の時間だ。今夜の取引相手の船が近づいて来る。

波止に船首を乗り上げた。

警察も一斉にサイレンを鳴らして現場へ急行する。

三下は逃げているが、翔の近くにいるヤクザ達は動こうとしない。

警察隊へわざわざ見えるように、

縛られた翔を盾にしてズルズルと引っ張りながら船に乗り込んでいく。

頭に拳銃を当てられている。

人質にされている翔を見て、都倉警部に焦りの色が見える。

その瞬間、

翔はすっと屈み、

骨を外して縄を解くと、

拳銃を持つ手を持った。

逆関節に決めて投げるつもりだったが、

足が固められ揃っているためそのまま転がった。

兄貴分から「この野郎」の言葉と共に翔は海へ蹴り落とされた。

海中へ落ちる時、急いで口のガムテープを剥がした。

その時、

水中にいる翔へ「ドーン」と強烈な衝撃が伝わってきた。

海中が一気に濁り、

上下がわからなくなるくらい無茶苦茶にかき回された。

肺の空気が少なくなり目の前が赤く染まる。

まだ足は抜けない・・・

視界が歪み、意識が遠くなってくる・・・

血液が酸素を求めて全身を駆け巡っている・・・

視界が周りから暗くなってきている。

脳裏には恋人の百合の笑顔と泣き顔が交互に浮かぶ。

以前、寝物語で

「あなたが危険な目に合う夢を見たの」と言われたことを思い出した。

「ブクブクブク・・・・・・」

(まさか正夢になるなんて、百合ごめんね。もう一度会いたかった)と叫んだ。

(つづく)