はっちゃんZのブログ小説

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4.霊査2 7月25日事件犯人浜口の場合(第4章:迷い里からの誘い)

浜口 厚(35歳、無職)の調査は、
ユーチューブ画像があるわけではないので調べられなかった。
そこで犯人の生前に住んでいた部屋を調べることとした。
長い間部屋に住んでいると、その住人の残留思念が残っているからだった。
その残留思念から何かを探ることはできないかと考えたのだった。
7月25日に車を運転し赤信号を無視でフルスピードの上、
ノーブレーキにて横断歩道を歩いていた歩行者へ突っ込み、
その後、街路樹に衝突し死亡した浜口 厚の家に向かった。
まだ昼間ではあるが、カーテンは閉められておりひっそりとしている。
インターフォンを鳴らすとオズオズとした様子で母親の貴子が顔を出した。
遼真は玄関に入ると
「こんにちは、僕は桐生と言います。
 以前、厚さんと仲良くしていた者です。
 お線香でもと思い参りました」
「厚と?・・・」
遼真は胸からそっとお札を取り出すと怪訝な風情の貴子の額へ貼った。
フッと意識を失う貴子。
倒れないように遼真が貴子をそっと抱き上げて居間へ向かう。
居間のソファへ横たえるとすぐさま夢乃さんが母親の貴子の夢の中へ入って行った。
真美はクインと共に夢乃さんの隣で待機している。

夢乃さんは厚の母親貴子の夢の中に入っている。
厚の生まれた時の喜び。
大きくなっていく我が子への愛情。
我が子が商社へ無事就職した時の喜びと安堵感。
仕事で苦しむ我が子への心配。
とうとう我が子が退職した日の悲しみと不安。
毎日引き籠る我が子への心配と焦燥と悲しみ。
事件を起こした我が子への悲しみと世間からの目の冷たさ。
昔から家庭に一切協力しない夫への不満と怒り。
母親の貴子の心は、昔から何度も深く傷つき壊れかけていた。
夢乃さんは、母親貴子の傷ついた心を何とか修復しようと努めた。
やがて現在の苦しみを過去のものと思える様に誘導した。
やっと貴子の表情は、少し柔らかいものへと変わっていった。
眠ってまでこれ以上深く傷つき苦しむのは可哀そうだから何とかしたかった。

遼真と夢花は、急いで2階の厚の部屋に向かう。
厚の部屋は生前の状態そのままにしている様だった。
先ずは、遼真が部屋の物を触り、サイコメトリーを行った。
その後、遼真が部屋から出て夢乃さんの隣にいる真美が交代した。
真美と夢花の膝にはクインとキインが座っている。
夢花がその部屋に漂う残留思念に意識を向ける。
本当は横にさせた方が身体への負担は少ないのだが、
夢花をまさか厚のベッドへ横たわらせる訳にはいかないので床に座らせた。
真美がベッドの側面へ|凭《もた》れて、夢花を後ろからそっと抱きしめる。
ふいに夢花の身体の力が抜けてくる。
厚の部屋の漂う残留思念への夢花の侵入が始まった。

夢花へこの部屋の住人だった厚の心象風景が流れ込んできた。
厚は、今日もイライラしていた。
朝早く出勤する前の父親がドアの前でいつもの様に煩く言ってくる。
厚はいつものように昨夜も遅くまでゲームやネットサーフィンをしている。
色々と掲示板に書き込んで時間を潰して眠り始めたのは朝の4時頃だった。
お金は貯金を元にFXや投資で稼いでおり、
家にはきちんと生活費を入れているので問題はないと思っていた。
「厚、お前はいつになったら働くんだ?
 もうずっと何もしないで遊んで暮らしているが、どうするつもりだ?
 いくら以前働いた時の貯金があると言っても今のままで何も感じないのか?
 お父さんもお母さんもいつまでも働ける訳ではないからもっとしっかりしなさい。
 厚、聞いているのか?返事しなさい」
「あなた、もう時間ですよ」
「わかっている。ここ数カ月、厚と話もしていないから気になっているんだ。
 厚、もうお父さんもお母さんも仕事に出るけどじっくりと話し合いたいんだ。
 厚、わかったな、お前のために話をするんだぞ、わかったら返事くらいしなさい」
「あなた、もう出ましょうよ。厚、わかっているわよ。ね?厚」
「お前がそう言うならならいいが、まあ仕方ない。じゃあ行くか」
「ええ、帰ってきたらまた話をすればいいわよ。厚も頭の良い子だから」
「まあ、成績は良かったのは知ってるが・・・」
「この子は少し傷ついているだけ。
 この子がその気になれば大丈夫よ。待ちましょうよ。あなた」
「まあ、そうだな。じゃあもう仕事に行こう」

浜口 厚は、父親が高校の英語教師、母親も小学校教師を務める厳格な教育者の家庭に生まれた。
子供は厚一人で、幼い頃から常に『先生の息子』呼ばれ、
教育者の父母の世間体を常に気にして行動する毎日だった。
両親が教育者だから当然教育者になるだろうとの周りや両親の思惑と異なり
大学こそ教育学部を出たが、世界を夢見て総合商社へ就職した。
教育者の両親は若いうちから『先生』と呼ばれ、
生徒の年上の父兄にもペコペコされて驕って育ってきている。
常に他人へ教える事を普通と考える上目線の両親に育てられた影響から
厚は一般の社会とその人間関係の複雑さをあまり理解できていなかった。
軽く流せば良い様な些細なことに対しても譲らずむきになり反論し、
法律的にグレーゾーンの物事に関しても倫理観を説き、
常に上司や同僚とぶつかり始めた。
そうなれば職場全体との関係も悪くなり、
職場でみんなに敬遠され、
誰にも相談出来ず誰からも協力を得られず
会社から与えられた仕事もうまく行かなくなった。
やがて会社から大した仕事も与えられなくなり、
とうとう後輩社員にも馬鹿にされる様になり、
結局最後にはその環境に耐えられなくなり退職した。
彼の感性では『悪いのは世間であり自分は間違っていない』のだった。
厚の両親も彼のその感性に対して間違っているとは言わなかった。
ただ彼の両親は、彼が引き籠った事への世間体を気にした。
元々優秀でもあるし
何か才能を生かして仕事でもしてくれれば
世間にはそれなりに言い訳ができると考えていた。
それを敏感に感じ取る厚は、他の商社にも魅力が感じられず
他業種を選ぶにも現在の自分を受け入れる会社は無いと感じていた。
ただしばらく今の様に休んでいれば
自分には他の人間より能力も学歴もあるのだから
それ似合う世間から賞賛されるような仕事が必ず見つかると無条件に信じていた。
それまでは最低限のお金は、FXや株式投資で稼いでいればいいと思っていた。
だから両親との会話は、
単なる彼らの世間体や虚栄心のための会話と感じており、
特に話す必要性も感じていなかった。
ただ毎日無為に過ごす内に、
世間の喧騒から遠く離れていく自分への焦りや虚無感、
誰にぶつけて良いのかわからない、
なかなか良い仕事が無い己の境遇への怒りが、自然と湧きあがって来るのだった。

遼真が厚の車のキーの束を触った時、ある風景が流れ込んできている。
時間はもう夕方薄暮の頃、
もうじき父親が帰って来るので相手するのが邪魔くさかったため
厚は車に乗って都高速を走り適当に高速を降りた。
その道は初めての場所だったが、
近くに高速道路も見えるし高層ビルも見えている。
突然、車が白い霧に包まれた。
不思議に思いながらその霧の中を突き切ると目の前にトンネルが現れた。
そのトンネルはユーチューバー木村の作品に出てきた物と同じだった。
作品と同様に真っ暗な灯りもない古い村がヘッドライトに照らされている。
見上げるとこの日も空には大きく赤い満月が輝いている。

浜口は村の突き当りの祠の前まで進むと車から降りた。
そして、月光に照らされた池のほとりに座った。
「ここってどこなのだろう?
 都内にこんな古い村があるなんて不思議だな。
 しかし、こんな静かな場所もいいな。
 帰ったら今日も親父がうるさく言ってくるだろうなあ。
 嫌だなあ。帰りたくない」
その時、水面が大きく揺れた。
黒い手が浜口の足を掴んだ。
だが、浜口は何も感じないのかじっと水面を見つめている。

帰り道に浜口が運転しながら、
まるで誰かと話し合っているように独り言を聞こえてくる。
「サヤは、可愛い奥さんだな。サヤは今も元気にしているのだろうか」
「そう、なぜ村のために犠牲にならなければならないのか」
「そうだな。
 この|道切《みちきり》村って最悪の村だな。
 あんなことをずっと続けてきたのか。
 この村の人間は呪われている。
 いくら旅人は客神だといっても・・・
 いくら十分に接待したからといっても・・・
 これは許される筈がない。
 この村の人間は彼らから罰を受けるべきだ」
「そうだよね?
 たとえ今、彼らの子孫が村から出ていてもその罪は許されないよ。
 彼らに殺されて当然だよね?」
「本当に苦しかったよ。水の底で・・・」