はっちゃんZのブログ小説

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36.春の息吹

2月も半ばを過ぎとなると暖かい陽射しの日が増えてくる。

慎一はその陽射しを受けながら徐々に活性化していく身体に気がついた。

頭蓋骨の線状骨折も接合し、肩の固定していたネジを外すと

身体は完全に元に戻りつつあることがわかった。

脳波測定からも異常なものはでていないが記憶だけが完全ではなかった。

医師からは

記憶には短期と長期があって、事故などの記憶喪失は短期のものが多く、

長期記憶まで障害を受けるのは、心的外傷の可能性が高いと言われている。

記憶はまだ完全には戻っていないが高松支店の頃までは戻って来つつある。

携帯のマニュアルも読める意欲が戻り

以前来ていた静香さんや美波ちゃんからの溜まっていたメール全て読んだが

心が何かを察知しているのか、その時の光景が浮かんでこない。

 

そんな時、人事部から電話があり、

京都で慎一が手掛けた仕事は先方も喜んでおり成功しているので、

京都にいるよりも元の米子に戻ってゆっくりと体調を戻して欲しいと言われた。

米子で『預金業務』の異動が発令された。

 

幸恵は静香へ異動でそちらにいくことを連絡し、兄のことを頼もうとしたが、

静香の返事は、以前と違いあまりにそっけないように感じた。

幸恵は、もしかしたら彼女はそっけない風を装って、

自らを落ち着かせているのかもしれないとも感じた。

この前の兄の反応を見ていれば、

わかる気もするが妹としては兄が心配だった。

以前の兄に戻ることへの心配と体調管理のことだった。

 

静香は幸恵さんからの連絡を聞いて、喜び半分、戸惑い半分だった。

彼のあの時の様子では元に戻ることは難しいと感じてのことだった。

彼が米子に来る日は待ち遠しいが、期待し過ぎることへの警戒心もあった。

美波にはいらない希望を抱かせないようにこのことは話さなかった。

もし美波が偶然それを知ってもそれはそれまでと考えていた。

 

あの時、『もう会わないと決めた心』が早くも揺らぎ始めている。

神戸から帰ってからは、1人になるといつも涙がにじんでくる毎日だったが、

美波のためにも元の母親に戻らなければならないと心を説得し続けていた。

そんな心の悲鳴を神様が聞いていてくれたのだろうか・・・

静香は『縁』へ感謝した。

そして、あの時の彼の言葉を信じて、ただ待つこととした。

(つづく)