はっちゃんZのブログ小説

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15.帰省、遠い記憶

さざなみで蟹三昧を満喫した翌日は、

早々に掃除をして神戸の実家への帰路についた。

ルートとしては何通りかあるが、慎一は以下ルートを選んだ。

米子市から米子道を通り、中国自動車道に突き当たる落合JCTを左折し、

岡山県を通過し兵庫県に入り、福崎ICで下り山陽自動車道へ向かい、

姫路東ICから山陽自動車道に入り、

三木JCTで神戸西ICの方向へ向かえば神戸は目の前だった。

ざっと休憩時間を入れても4時間の行程である。

妹夫婦の子供は3歳で可愛い盛りだった。

母はどこに行くにも付いて行っては

『はあ疲れる』『もうバアちゃんは疲れた』とこぼしている。

その割にはずっと笑顔なので本音でないことはよくわかった。

妹夫婦もその姿を微笑んで見ている。

久しぶりに出た大学の同窓会では、

慎一が以前付き合っていた夏美と偶然姫路市内でばったりと会った話を聞いた。

5年前に結婚して子供が生まれて幸せそうだったと聞かされて、

ほっと安心している自分と彼女を幸せに出来なかった苦い思い出が浮かんだが、

『それは良かった』との笑いと共にビールで飲み干した。

 

慎一は、昭和34年(1959年)生まれ。37歳。神戸市生まれ。

本家は和歌山県で、日下姓は『ひのもとのくさか』から来ているらしい。

現在の家族構成は母親、妹(教師、結婚後夫婦で母親と同居)である。

同じ会社でだらしなかった父を事務職だった年上の母が放っておけないと思い、

世話していくうちに、慎一を身ごもり結婚に至ったらしい。

仕事を少し失敗するとすぐに嫌になって辞めてしまう父、

色々と転職してタクシードライバーとなった父は、

一切家へお金を入れず酒に全て使う毎日だった。

母親の給料だけの生活は苦しかった。

やがて妹も生まれ、『今度こそやりなおす』と約束して、

一時期がんばったみたいだが、結局は何も変わらなかった。

慎一の脳裏には、いつも真っ赤な顔をして睨み付ける父の目、

母親を殴る鬼のような父の姿しか残っていない。

父親を見て泣き出す幼い妹まで足蹴にされる事態となり母親は離婚を決意した。

現在も父は生きているようだが全く興味が無かった。

 

貧しかった慎一は、小学校・中学校と猛勉強して進学率の高い高校へ入学した。

高校のクラブは水泳部にした。理由は水泳パンツだけでできると考えたからだ。

高校時代は貧しかったが楽しかった。水泳も県で上位まで記録を出す事ができた。

地元の国立大学の経済学部に入学し奨学金制度を使い、

家庭教師のアルバイトをしながら無事卒業した。

 大学3年の夏頃に短大に入学したばかりの2歳下の夏美と付き合い始めた。

須磨海岸で溺れた夏美を助けた縁だった。

関西ではまだ新顔に近い銀行とは言え、関西中央銀行に就職できた慎一は嬉しかった。

そして上司の期待に応えるため必死で仕事をした。

夏美は事務職で就職して、夕方5時が来れば退社する気楽な職場で楽しんでいる。

そんな時、夏美の発案で二人は結婚を前提に同棲を始めることとした。

夜討ち朝駆けで仕事をしていく慎一と事務職の夏美との生活に全く接点は無かった。

それでも最初のうちは慎一も夏美も二人っきりの生活を楽しんだ。

時が過ぎた今でも、慎一を受け入れる時の可愛い笑顔の夏美が脳裏に残っている。

いつしか、ただ風呂やご飯だけのための帰宅、

ただ関係を確認するための貪るような愛の行為、

そんな日々が夏美に慎一との結婚生活への不安を与え、

慎一に辛くあたるようになった。

慎一も最初のうちは、がんばって仕事も夏美も両立していたが、

だんだんと仕事が面白くなってきて、実力を認められポストが上がってくると、

『仕事と私のどっち』などと聞いてくる夏美を疎ましく感じるようになり、

帰るのも遅くなりあまり話さなくなった。

慎一を待つ生活に夏美は耐えられなくなり、二人の『プレ結婚生活』は破綻した。

それ以降も仕事にのめりこみ、

たまに女性を紹介されるも気になった女性も居らず現在にいたっている。

その後、大阪支店、神戸支店、名古屋支店、高松支店と多くの支店へ転勤し、

新規開拓要員の実力社員として期待されて山陰支店に赴任した。

 

毎年帰省すると口うるさいほどに結婚を聞いてくる母も慎一が35歳になり、

妹夫婦と住むようになると回数が減り、とうとう今回は結婚の話も出なかった。

 ただ母親から久しぶりに父親の話が出た時には驚きを隠せなかった。

現在、父親は大阪のアパートで一人暮らし。

『アルコール性肝硬変』と診断され『肝癌』へ進展する可能性が高く、

医師からの勧めでここ数年『断酒』を続けているらしい。

少し前、家に来て『元気にしてますか?』と挨拶をして昔を謝ったようだ。

『今更、何?』という慎一の言葉に、母は言葉を失いそれ以上は話さなかった。

 

母が眠ってから妹と父親の件で話しあった。

母は子供たちが独立しているのでそろそろ父と復縁を考えているとのことだった。

昔から酒の入っていない父親は、気弱で優しい人で子供たちをすごく可愛がった。

母親の父親への思いは今も変わっておらず、

離婚したのは子供たちへの影響を考えて決断したのだと言っていたらしい。

妹も久しぶり会った父親には昔の面影は全く無く、

ガリガリに痩せてあまり良い服も着ておらず気弱な優しそうな顔つきだったようだ。

妹も慎一同様に父親のDVの記憶は残っているはずだが、

不思議なことに酷いことをされた人という印象を受けていない様子だった。

 

30年という月日が、

人の悲しい記憶を風化させているのか・・・

楽しかった思い出だけを残していくのか・・・

その年月が与えた心への影響を不思議に感じた。

 

ただ慎一は、あの時母親や妹を守れなかった自らの無力さを思い出して、

胸に無念や父親への憎しみが湧き出てきて落ち着かなかった。

むしゃくしゃしたので仕事が始まる2日前に米子へ戻った。

米子道を通って大山を通り過ぎると真っ白い米子市が眼前に広がっている。

(つづく)