はっちゃんZのブログ小説

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6.追憶1(改)

静香はタクシーに乗ってしばらく経って目を覚ました。

美波が静香の背中をさすりながら心配そうに見つめている。

「はっ、お母さん、眠ってた?」

「うん、私、びっくりしたよ。今日みたいなお母さん、初めて」

「ごめんなさい。嫌なことがあって少し飲み過ぎたのかなあ。あっ、日下さんは?」

「疲れているみたいだから気をつけてくださいって言ってたよ」

「日下さんに悪いことしちゃったわねえ。私からお願いしたのに」

「またお店には来ますって」

「良かった。今度はお詫びしないと」

「また寝ちゃったりして・・・」

「もう、美波、勘弁して、今度から気をつけるから。

 これからお母さん、もうお酒を飲みません」

「お母さん、いいよ、いいよ、飲みなよ。飲み過ぎなければいいじゃない。

 でもお母さん、安心している寝顔だったよ。あのおじさんなら安心するよね」

「えっ?何を言ってるの?日下さんはお客さんよ」

「そう?初めて会ったけど、実は2度目だけど、あの人、好きだよ。

 今日なんてまるで、お父さんといるみたいに優しくてすごく楽しかったよ」

「そう?それは良かった。でも日下さんにはあまり無理言わないでよ」

そんな話をしている間にタクシーは自宅へと着いた。

 

静香はお風呂に入って、テレビのニュースを流しながらお茶を飲んでいた。

今日は、最悪の日だった。

初めて来た客から酔いに任せて、噂だと断りながらも過去のことを悪し様に言われた。

自分のことは我慢するが、

亡き夫の家や娘のことを言われるとその言葉が心に刺さった。

今まで必死で生きてきて、今や亡き夫の実家とも仲の良い関係にあり、

鳥取県でも有数の進学校の米子東高校へ入学した娘は

自分にとっての自慢でもあり宝物でもあった。

今日はそれらすべてを汚される言葉を聞かされた。

 

静香は、昭和36年(1961年)生まれ。米子市旗ヶ崎で農家の娘として生まれた。

子供の頃から誰からも好かれる活発で利発な娘だった。

中学校から勉強やテニスに打ち込み、鳥取県で有数の難関高の米子東高校へ入学した。

夫となる勇二とは、高校時代テニス部の1年先輩で夏休みの合宿の時に、

一緒にペアを組んで模擬試合をしたことから急速に仲良くなり付き合うようになった。

 勇二の実家である足立家は、弓ヶ浜でも有数の網元で地元の名士であった。

近海漁業だけでなく観光漁船や釣り船を展開する実業家だった。

農家の静香の家とは格が違うと、勇二の両親は静香との付き合いを嫌がっていた。

その時に勇二の両親が、静香を悪し様に罵った噂が今日まで生きている。

この時の二人には勇二の卒業までの一年間しかなかった。

学校帰りに湊山公園や神田神社や弓ヶ浜などで二人の時間を過ごし幼い恋を育んだ。

 

勇二を溺愛していた母親は県外の大学に行くことを嫌い、

勇二が四国にある海上技術短期大学校を受けたいと言っても一切聞き入れなかった。

しかし、海洋技術に興味があった勇二は、親に無断で受験し合格し入学した。

後でわかったことだが、

勇二の味方となったのは兄の優一だけで両親を説得したらしい。

 

勇二が入学して米子にいなくなったため勇二の両親は、

何かと後藤家に来ては付き合っている静香をさんざん貶して帰って行った。

自分達のいう事を聞かなかったのは静香のせいだとも取れる言い振りだった。

静香自身は聞いていないが、兄が後で教えてくれた。

「勇二の嫁は他のいいお嬢さんを考えている。邪魔だからいなくなって欲しい」

「お前ところみたいな貧乏農家の娘など、うちには絶対無理だ」

「お金を期待して付き合っているのか」など散々悪口を言われたらしい。

しかし父にとっては、自分の可愛い娘を、宝物に近い娘を、

ここまで悪し様に言われ始めると我慢出来なくなった。

 

それから父は勇二を憎み、

勇二からの電話を一切取りつがなくなって、

揚句に付き合いも止めるよう静香に強く言い始めた。

兄の純一は色々ととりなしたが父は一切譲らなかった。

「あのような家の人間とは、まかり間違っても付き合いたくない」との言葉以降、

この話題で兄とは一切話さなくなったらしい。

 

勇二と一切連絡が取れなくなっても静香は、夜にこっそりと公衆電話で話した。

そして、夏休みなどの長い休みの時には、日帰りで途中の岡山市で逢瀬を重ねた。

やがてそれも父にばれて、とうとう一切会うことはまかりならんと厳命された。

それを伝えられた勇二は、泣きながら両親の行動を静香に謝った。

静香ももう会えなくなった悲しみに心が張り裂けそうになった。

『無事大学を卒業して就職したら静香と暮らしたい』

という勇二の言葉だけを静香は信じた。

 

高校の卒業式を控えたある日、

勇二から神戸市にある商船会社に無事就職が決まったとの連絡が兄へあった。

兄から連絡をもらった静香は、その夜、父へ勇二と結婚したいと告げた。

「絶対に許さない、そんなことすれば、お前はもう娘ではない」との言葉。

一晩考えに考えた静香は、

翌日早朝、静香は父が締め切っている襖に向かって

「お父さん、長い間育ててくれてありがとうございました。

 静香は勇二さんの下へ行きます。

 きっと幸せになります」

と挨拶し、勇二の待つ神戸市へ向かった。

大学の春休みに帰省していた兄の純一も

『もっと冷静に話そうよ』と、話しかけてくるが静香に耳を傾ける気持ちはなかった。

静香も高校を卒業するまでは親の言う事を聞くしかないと思って、

勇二が就職するまでの2年間ずっと我慢していたからだった。

その時の静香にとっては、愛する勇二との生活が全てだった。

 

勇二との神戸の新婚生活は夢のようだった。

勇二も静香もお互いがお互いを想いあい深く愛しあった。

休日には二人で六甲山に登って『神戸の夜景』を見て、三宮などを散策した。

幸運にも夫と同じ会社へ内勤社員で就職できた静香は、

『しっかり者の静ちゃん』と職場の皆から可愛がられた。

社長も最初はどんな不良娘かと色眼鏡で見ていたが、

実際の仕事の正確さと早さを知り、

娘と同い年の静香を本当の娘のように心配し可愛がった。

 そんな二人の間に『美波』が出来た。

静香はツワリもひどくないので生まれる直前まで仕事をして、19歳で若い母となった。

美波を溺愛している勇二は、帰宅後は美波が眠るまでずっと胸に抱いたまま過ごした。

そこからの2年間も夢の続きが待っていた。

親子3人だけの慎ましやかで穏やかな時間。

親子3人だけの楽しい未来を話し合った時間。

親子3人だけの濃密な愛の時間だった。

 就職した兄の純一が時々来ては、美波を抱き上げては可愛がっている。

実家の野菜や美波のお祝いと称して多目のお金を置いて行った。

どうやら父からの言伝であることは薄々気づいていたが言葉にしなかった。

 

美波が生まれた1年後、急に父に血液のガンが急に発症し危篤状態となった。

急いで静香が美波を連れて帰省し、入院する父へ初めて美波を見せた。

その時、奇跡的に意識を取り戻した父は、

涙ながらに美波の頬をそっとさわり、

「可愛い孫をありがとう。幸せになるのだよ」と伝え、

そっと目を閉じ、そして逝った。

 

 その夜、兄から静香が出て行ってからのことを聞いた。

出て行った当初は言う事を聞かない娘に怒っていた父だったが、

やがて『静香を追い詰めたのは自分だった』と

原因は自分への悔しさだったと話し始めたらしい。

『娘にこんなことをした父親にもう会う資格はない』とずっと自分を責めていた。

そして『もう二度と静香には顔を合せられない』と悲しがっていた。

父が死ぬ前に自分達の幸せの結晶を見せることができて良かったと静香は涙した。

(つづく)