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はっちゃんZのブログ

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17.移り変わる記憶

小説1:さざなみにゆられて-山陰編-

もう季節は春へ一歩一歩近づいている。

米子の冬は雪が多い。駐車場の雪かきが必要なこともあった。

『さざなみ』からの帰路には、

街頭に照らされたオレンジ色の雪が舞う様をいつも見上げていた。

その様が見えなくなって久しいと感じ始めた今日この頃。

 米子市外の尾高城跡梅園の噂を聞きドライブがてら観梅へ訪れた。

美波ちゃんが後期試験の準備に入ったので静香さんをドライブには誘えなかった。

今晩は後藤家で家庭教師がてら食事が用意されている。

 

梅園の規模自体は思ったより広く、250本が植栽されていると説明されている。

そこかしこから梅の香りが強く漂ってくる。

白加賀や寒紅梅など10品種の梅の木で彩られ多くの人たちを魅了している。

寒空の中で咲き誇る白梅の花の息吹を感じ、ふと静香さんの顔が浮かんだ。

まだ冷たい空気の中でも凛と微笑んでいる花。

清廉な白色の花びらに静香さんのまなざしが重なった。

 

昼二時に後藤家へ訪れて家庭教師が始まった。

美波ちゃんは頭も良く非常に吸収が早かったし優秀だった。

なぜこの子が家庭教師を依頼してきたのかがわからなかった。

慎一も本屋へ行き参考書、問題集などを買い込んできているため、

それを解いているのを近くでじっと見ているだけだった。

ただ時々不明部分の質問がありその時に答える程度だった。

ちょうど慎一の部屋でいる時と変わらなかった。

慎一は穏やかな親子の生活に溶け込んでいくような錯覚を覚えていた。

 

夕食は勉強が一段落ついてから始まった。

今日はすき焼きだった。

「やったー、すき焼き、すっごく、久しぶり」

「日下さん、今日はすき焼きにしましたがいかがですか?」

「そりゃあ楽しみ。独り者はまずせえへんからねえ。

 もし良かったら鍋奉行をしましょうか?」

「えっ?そんなこと、いいんですか?」

「適当にするけど許してね。おうすごい牛肉や」

それからは、日下家のすき焼きを振る舞った。

 

まず牛脂を鍋に入れて脂を引いて、煙が出てきたらその上に肉を並べる。

そして肉の上に砂糖をたっぷり置いて溶けなじませてから醤油を振りかける。

肉の周りの醤油が砂糖と混じり熱せられブクブクと泡を出し始める。

肉の周りに水の出る野菜を並べ、

豆腐、白菜茎部分、長ネギ根元部分に焼きを入れていく。

とたんに牛肉特有の焼けた香りと醤油、砂糖が焦げた香りが混然一体となって

あたりに漂い始めるとすぐさま日本酒を少々振りかける。

片面に火が通ったらすぐさまひっくり返して肉を醤油の泡にくぐらせる。

日下家では最初はダシ肉と称して、牛肉の細切れを使う。

いいお肉は後でじっくりと味わうために先に出汁肉をいただくのである。

ただ貧しかったのでいいお肉を頂いた時のすき焼きのみであるが・・・

中火にして鍋肌側に

豆腐や白菜葉部分、長ネギ葉部分、玉ねぎ、生椎茸などを並べる。

焼けた肉を順次野菜の上や間に移動させながら、

焼けた肉を乾燥させ過ぎず、火が入り過ぎないように鍋の水分量を調整する。

真ん中の空いたスペースに新たな肉を並べて、同様に砂糖と醤油をかけて火を通す。

野菜類から水がでてくることを見越しているので日本酒は少な目にしている。

白菜の葉脈に歯ごたえが残り、長ネギの芯部分がトロトロになれば食べ頃となる。

 

「もう我慢できない。いただきます・・・うん、おいしい、幸せ・・・」

「そりゃあ良かった。まあ静香さんどうぞ。いつもの味とそう変わらんと思いますが」

「いいえ、うちは最初から全て煮込んでしまうのでこの方法は初めて、楽しみ」

「特に鍋物は、みんなで食べるとおいしいから。僕も久しぶりや・・・

 うん、家の味もこんなもんやろ」

「そうですか、・・・このお肉、味が濃くておいしい・・・

 お野菜も歯ごたえあっておいしい・・・

 いつもだと野菜の歯ごたえがなくなってしまうんですよ・・・本当においしいわ」

「ありがとう。奉行になった甲斐があります。でもみんなで食べるんが一番ですね」

「お母さん、そうだね。一人増えるだけでこんなにおいしくなるんだねえ」

「そうねえ。今後、日下さんが来た時は、鍋を増やしていいですか?」

「それは、いいなあ。僕は鍋が好きですから。お願いしますね」

 

一人鍋などとメニューがあるが、全く食べる気がしなかった。

鍋とはたくさんの具材の味が出て、それぞれの具材は自らの味を主張しつつ、

全体として一体感のあるものなのだから。

それ以上に鍋は複数で囲んで楽しく食べるもの。

これに勝る調味料はなかった。

 食後、美波ちゃんが部屋へ戻り勉強を開始している。

慎一は静香さんと白折を飲みながら、今日の尾高城跡梅園の風景を話した。

コタツに入って二人でゆったりと話していると心が落ち着いてくる。

 

ふと慎一に小さい時の光景が思い出された。

妹が生まれた時、妹を抱き上げて喜んでいた父親の姿。

七五三の慎一を抱き上げている父親の笑顔。

それらを見ている楽しそうな母親のまなざし。

すき焼きの鍋奉行父親だった光景も記憶の底から蘇ってきた。

『あの時は良かった』と感じた。

脳裏には、まだあの子供の頃の嫌だった父親も残っているが、

なぜか楽しかった新しい記憶が追加されていた。

静香は急に表情が明るくなった慎一を見つめていた。

(つづく)