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はっちゃんZのブログ

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

10.がいな大花火大会

小説1:さざなみにゆられて-山陰編-

境港市から後藤家に戻るコースを、弓ヶ浜経由に変えて、弓ヶ浜公園に降りた。

弓ヶ浜公園は今後、夢みなと博覧会から大型遊具を譲り受け、

『弓ヶ浜わくわくランド』を開園予定だと聞いたので米子市民は楽しみにしている。

 後藤家へ到着し慎一は食材の発泡スチロールを抱えて向かった。

「失礼します」

「どうぞ、汚いところですが、上がってください」

玄関に入ると綺麗に生け花が飾られており、靴は女性物だけが並べられていた。

「娘と二人だけですので、遠慮せずお上がりください」

「はい」

「こちらでゆっくりとテレビでも見ていてください」

玄関からダイニングキッチンを抜け、親子二人が団欒している8畳和室へ案内された。

 

慎一が座るとお茶が入れられた。

香りが高く抹茶を緑茶で割った感じのお茶。

「これは、白折(しらおれ)と言って、こちら山陰のお茶です」

口に含むと、すぐに濃い甘さと同時にお茶独特の渋さが感じられ、

舌触りとしてはトロリとした感触で非常に美味しかった。

「美味しいでしょ?私、いつでもこのお茶を飲んでいます」

「うん、すごく美味しい。甘いものでも欲しいところやねえ」

「でしょ?これは松江の殿様が甘い物を作った時に作ったお茶らしいですよ。

でもそこは我慢して下さい。ご飯はもうすぐ出来ますから」

和室にはお茶の甘い香りに混じり、淡い線香の香りも漂っていた。

女将さんは、ピンク地に白い水玉のエプロンを着けて、台所でテキパキと動いている。

美味しそうな匂いが鼻を突いてきて、突如腹の虫が騒ぎ出した。

女将さんがお盆にビールとコップ、『イカゲソと胡瓜の酢味噌和え』を持ってきた。

「さあ、お腹空いたでしょ?お先にビールでも飲んでいてください」

女将さんがコップへビールを注いでくれる。

「では、お先に頂きます」

ビールを飲み、酢の物をつまみ、テレビを見て、たまに料理をする女将さんを見る。

『きっと結婚してたらこんな風景が普通のこととなるんだろうなあ』。

ふと以前結婚を前提に付き合った夏美の顔を思い出して、少しビールが苦く感じた。

 

やがて晩ご飯が始まった。

『キスの天麩羅、抹茶塩』

 揚げたての熱々をハフハフとかじると白身魚特有の甘みと皮特有の香りが広がった。

『大粒岩牡蠣の酒蒸し』

 夏場が旬の岩牡蠣。肉厚で海のミルクと言われるほど濃厚な味わいが舌をうつ。

『アワビ、サザエの刺身、肝添え』

 コリコリとした歯ごたえに肝の苦さが口中を磯の香りに染める。

『アジの塩焼き』

 夏の代表魚。旨さから名前がついただけあり、塩焼きでシンプルに頂いた。

『味噌汁』

 山陰名産のアゴ(トビウオ)を出汁の使った味噌汁で深いコクがあった。

 

美波ちゃんの育ち盛りの食べっぷりに感心しながら、

料理のあまりに美味しさについつい箸を持つ手が止まらない。

稲田姫』もたっぷり飲み、料理も一杯食べて満足な一時となった。

途中、女将さんへお酒を勧めたが、前のことで懲りたのか

この頃はこれにしていますと『梅酒炭酸たっぷり割り』を飲んでいる。

 

「お母さん、ちょっと来て、ちゃんと着れないよう」

「はいはい、ちょっと待ってね」

「これで昨日みたいに綺麗になってる?」

「なってるわよ」

「お母さんありがとう。じゃあ、いってきまーす。おじさん、また後でねえ」

 

美味しいご飯の後に、

騒がしい浴衣への着替え時間が始まり、

やがて静かになった。

 

「ふう、あの子ったら、今日は、はしゃいじゃって。

 あの子って、あんなにはしゃげる子だったのね。

 きっと日下さんがお相手してくれたからですね。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ美味しい楽しい時間を感謝してます」

二人は静かに白折を飲みながら、テレビを見てゆっくりと過ごした。

 

そろそろ花火大会の始まる時間だった。

女将さんは、『少し待ってて下さいね』と二階へ上がって行った。

しばらくして、長い髪をアップした浴衣姿の女将さんが降りてきた。

二人は連れ立って家を出て、湊山公園まで歩いていった。

多くの家族連れやカップルが笑いながら花火の見える場所へと足早に集まっていく。

あまりの人出に美波ちゃんは見つからなかった。

 花火が打ち上げられる中海(なかうみ)は、

弓ヶ浜半島島根半島に閉ざされた内海で、

穏やかな水面を茜色に染めて沈む夕陽が素晴らしく、

特に湊山公園から眺める夕景は絵になる珠玉の風景と米子市民からは言われている。

その中海に面した岸辺で大花火の舞台を前に二人で並んで座った。

 

「女将さん、ここだったら花火が目の前だし楽しみやね」

「日下さん、すみません、ここで『女将さん』は止めてください。お店ではないので」

「そう?だったら、うーん・・・」

「静香でいいです」

「?!・・・・・」

慎一の心臓の鼓動が高鳴り、女将さんの顔をそっと見た。

もう花火が打ちあがる時間のため、夜のとばりが落ちてきている。

女将さん、いや静香さんの顔は見えなかった。

 

 やがて、米子がいな祭りの最終日を飾る大花火大会が始まった。

様々な花火が打ち上げられ、夜空を染め、星空を飾っていく。

海面を仕掛け花火が彩っていく。

瞬く間に花火大会の時間が終わった。

ふと、気が付くと慎一の肩に触れるか触れないかで静香さんがそっと寄り添っていた。

目をつぶっても、大輪の夏空の花が網膜に焼き付けられていた。

これで山陰米子、夏の風物詩は終わった。