幸恵は以前から不思議に感じていることがあった。
兄の慎一が父親へある時から理解を示すようになったことに対してだった。
『夫婦の事は夫婦でしかわからない。子供にはわからない』
『お酒を飲んでいない父さんを知っているのはお母さんだけやから』
兄とは長い間一緒にいるがそんな言葉は聞いたことがないものばかりだった。
兄は米子に赴任してから大きく変わったと感じている。
今までは仕事だけの人だったが最近は仕事以外のことにも興味を持っている。
もちろん昔も今も相変わらずの仕事漬け人間であることは確かだが、
少しは人間らしく変わったと感じている。
その時に幸恵はあの写真立てのことを思い出した。
兄に内緒で段ボールの中から取り出した。
花見とテニス大会の時のようだ。
良く似た印象の笑顔の母娘が一緒に写っている。
兄の顔も今まで見た事も無いような明るい笑顔だった。
そして、携帯電話の声と写真の母親らしき女性が重なった。
幸恵は急いで携帯電話を出して着信履歴を見るとあの時の番号が残っている。
急いで彼女へかけ直した。
「はい、後藤です」
電話番号は彼の物だがもし奥さんだったらいけないと思ったのだ。
「もしもし、私は日下幸恵と云う者で日下慎一の妹です。
先日お電話があったようですが、兄に連絡があったのではないのですか?」
「は、はい、ああ日下さんの妹さんですか?
はい、日下さんがどうされているかと思ってお掛けしたのですが、
お元気ですか?」
「実は・・・」
幸恵は今までの経緯と兄の怪我の状態や記憶喪失になっていること、
携帯電話は壊れていたので昨日新しいものに変えたことなども伝えた。
控え目ながらしっかりとした電話の受け応えから、
どうやら兄が好みそうな女性であることがわかった。
そして兄が米子で付き合っている女性ではないかと思い、
年も近いであろう後藤さんに幸恵は好意を覚えた。
そして「もし良かったら一度、兄に会って貰えないですか?」と伝えた。
静香は電話を切って、あまりの出来事にその場で座り込んでしまった。
一瞬、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなかった。
ほんの今まで彼を忘れようと考えていたところだったからだった。
美波にどう伝えようか考えて、
やはり悲しいけれど正直に言うしかないと思っていたからだった。
彼がそんな大変なことになっていたのに
私は自分のことばかり考えて恥ずかしかった。
今はとにかく彼の身体の怪我と記憶喪失の事が気になった。
怪我のせいでここ数年の記憶がないらしい。
(つづく)