はっちゃんZのブログ小説

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5.霊査3 8月23日運転手天山氏の場合1(第4章:迷い里からの誘い)

天山 聡(61歳、運送業)の調査に入った。
天山の霊も事件現場には居なかった。
現場辺りにいる霊に聞いても、フラリと居なくなったと言っている。
とりあえず自宅へ訪問すると、玄関に疲れた顔の妻のめぐみが出てきた。
仏間に案内されて仏壇を見ると、天山は仏壇の隣に立っている。
ポカンとしたその表情から見て、
本人はなぜ死んでしまったのかわからないままここに居るようだ。
事件に関係する唯一の霊魂だった。
焼香のあと、手を合わせながら話しかけた。
「こんにちは、天山さん」
「俺が見えるのか?」
「ええ、僕たちには見えますよ」
「俺は死んだのか?」
「ええ脳卒中で亡くなっています」
「何があったのか全く覚えてなくて困ってるんだ」
近くに奥さんが居る部屋で、
彼に色々と聞くわけにもいかないので、
後でこの部屋には戻ってくることを約束して
とりあえず彼には人形《ひとがた》に入ってもらい遼真の家で話を聞くことにした。
運転中の脳卒中で意識を失い本人に記憶が無いため、
赤い月にも吸収されなかったのかもしれない。
ただ大きな脳出血のため脳細胞の多くが壊れていると思われ、
どこまで彼の記憶が確かなのかがわからなかったが
唯一の事件の生存者(?)の彼に聞くしかなかった。

遼真の実家の神社に戻ると智朗さんが玄関へ出て来て
「皆さん、おかえりなさい。お疲れ様です。
 何とか夢見術のできる人が現れて良かったですね。
 そうそう、いつもの様にもう準備はできていますよ。
 皆さん、夕食でも食べてからにしたら如何ですか?」
「そうですね。ありがとうございます。そうします」
権禰宜《ごんねぎ》の智朗《ともろう》さんが、
いつもの様に『明日見術《あすみじゅつ》(予知能力)』を使ったようだ。

遼真と真美と夢花と夢乃は、
晩御飯を食べて水垢離《みずごり》をして身を清めた。
今は真冬のため、その水の冷たさに肌が切られるほどの痛みが走る。
しかし、しばらくすると身体の奥からホカホカと暖かさが湧き上がってくる。
もう護摩壇《ごまだん》は作られており、遼真が護摩を焚いている。
護摩壇の前に白い人型が置かれており、その前に夢乃さんが横たわった。
やがて遼真が呪文を唱え始める。
”天山氏の魂の入った人型”が
フラリと立ち上がると夢乃さんの胸の上に移動した。
夢花は夢乃さんの傍に控えて見守ることとして、
祖母の夢乃さんが天山氏の霊魂へ潜っていった。

『天山 聡氏の記憶』
実家は農家で小さい時から貧しくて、
子供の時から玩具も買ってもらえなかった。
農業一徹の頑固な親父に高校卒業後は継ぐ様に言われていたが天山は嫌だった。
村の中でも特に天山家は貧しくて同級生からも馬鹿にされていた。
天山はそんな明日も明後日も貧しい生活が予想できる家に居たくなかった。
そんな生活に反発して、高校を卒業すると親父の反対を押し切って
すぐに家出して東京へ向かうことを決めた。
家出の前に親父は『もし言うことを聞かなければ親子の縁を切る』と脅してきたが、
天山は一切言うことを聞かなかった。
東京では肉体労働の仕事や住み込みのアルバイトなどをしながら、
お金を貯めて大型トラックの運転免許を取って個人の長距離運輸業を始めた。
昔は現在と違い、労働環境への配慮とかは無い時代だったので
若い時の体力に任せて夜を徹して走り、
お金を稼いではその日のうちに全て使う毎日だった。
東京での生活は、毎日刺激があって楽しかった。
まだ若くて無限に沸き起こる性欲を抑えるため、
性風俗にも毎日の様に通い、
初めて知った女のすばらしい肉体に溺れた。
田舎にいた時は、雑誌やテレビ情報を見て
自分の手でしか性欲を発散させることしかできなかったが、
ここではお金さえあれば全て解決できた。
今にもはちきれそうなくらい硬くそそり立つ己の物を
トロトロに濡れた柔らかい女の秘所へ
グイっと思い切り突き入れて動かすと感じて嬌声を上げる女の顔や
己の物を目一杯口に含んで奉仕する女の顔を見ていると
何も無い筈の自分が偉くなった気がしたものだった。
やがてそれらも女の演技だったこともわかり面白くなくなった。
酒はあまり強くなかったが、キャバレーやスナックにも通った。
妻のめぐみの働いていたスナックもその内の1軒だった。
めぐみは自分から話をしない大人しい女で天山はそれが気に入っていた。
天山もあまり話す方ではないので
ただカウンターの隅やボックスで静かに飲んでいるだけだった。
客の多くは仕事の憂さ晴らしで馬鹿話をして、
悦に入って下手なカラオケを歌い、
スケベな話で盛り上がるのが好きだったから、
あまり反応のないめぐみは彼らからあまり歓迎されなかった。
天山が店に来ればカウンターの隅かボックスに座る。
常に客の空いているめぐみが席に付いて、
突き出しを出して、ビールを注ぎ、水割りを作って、
あまり話すこともなくじっと静かに飲んでいる。
二人はボソボソとトラック道中の話題や二人の故郷の話などを話した。
めぐみもそんな時間が苦痛でなかったので、いつしか天山の専用となっていた。
天山はめぐみが年の割にはあまり男慣れしていないことに気付いた。
そしてその静かな大人しい雰囲気のめぐみを好きになっていった。
めぐみも天山の自分を見つめる優しい笑顔が気に入り好きになっていった。

そんな時、天山へ父親が倒れたとの連絡があった。
急いで家へ帰ったが、最後を看取ることもできなかった。
母親からは実家を継ぐようにお願いされたが家の周りの人間を見て断った。
それ以来、実家に連絡は取らなかった。
ある日、親戚から電報で母親が病気で亡くなった知らせがあった。
帰ってもすでに葬式は終わっており、代々の墓に埋葬されていた。
『色々と大変だった』と文句を言ってくる親戚にお礼を言って謝礼金を渡した。
そして、実家の家屋と土地は全て不動産屋に任せて売った。
二度と故郷には帰るつもりはなかったからだった。
だが、『両親へ親不孝をした』という罪悪の念に苛まれて
いつもより多く飲んで酔っ払ってしまい閉店まで寝込んだ。
閉店時間になり揺り起こされて、
フラフラして今にも倒れそうな身体を
家に帰るついでのめぐみが支えて、
タクシーで送ってくれて、天山の部屋の中までついて来てくれた。
天山はその時、
両親への己の身勝手さに耐え切れずめぐみの膝で泣き出していた。
そっと頭を撫でてくれるめぐみに甘えていつしか眠っていた。
めぐみも強く服を握りしめている天山を振り払うこともできず、
じっと天山が落ち着くまで部屋にいた。
そして、彼が完全に眠ってから部屋を出た。

ある日、天山が店に来た時、
この前のお礼がてらと言われ、店が終わった後にご飯を誘われた。
めぐみは男性とそんなことをするのは初めてだったため、
ドキドキしながらオズオズと彼に付いていった。
しかしスナックの閉店時間が遅いので空いている店は少なかった。
閉める前の小さな寿司屋が空いていたので無理を言って入れて貰った。
めぐみは回っていないお寿司を初めて食べたので嬉しかった。
そのことを天山に話すと、『俺も同じだ』と二人で笑いあった。
部屋に入ってお茶を飲みながら色々と話をしていたら
いつしか二人は見つめ合い抱き合ってそっと口づけをしていた。
天山はプロの女性相手しか経験が無いため、口づけは初めてでぎこちなかった。
その日、めぐみは天山の部屋で初めて過ごした。
実はめぐみはその時まで男性経験は無かった。
そのことをめぐみに告げられると、天山は驚きながらもそっと抱きしめた。
天山を初めて受け入れためぐみはその幸せな痛みに涙を流した。
天山は泣いているめぐみを抱きしめながら、『めぐみを幸せにしたい』と決めた。
その時から二人は同じ部屋で住み始めた。
しかし、めぐみはそれからもスナックの仕事は辞めなかった。
めぐみの両親に多額の治療費が必要だったからだ。
めぐみの両親は、父親が大腸がん、母親が乳がんとなり、
現在二人とも入院中で共に進行が早くどちらも末期がんであった。
主治医より『二人とももう長くない』と言われていた。
そして、ある日、二人は示し合わせたかの様に同時刻に亡くなった。
めぐみは両親が生前から希望していた樹木葬で見送った。
それから二人は穏やかで温かい毎日が続いた。
めぐみは子供を欲しがったがとうとう出来なかった。
しかしたとえ子供は居なくても
二人だけで過ごす時間は二人にとって幸せな時間だった。

天山は若い時から長距離トラックの運転手としてたくさん稼いできたが、
60歳を超えてからは少しずつ無理が利かなくなっている自分に気が付いた。
そろそろ無理のできない年齢であることを自覚してきていた時、
めぐみの身体に大きな変化があった。
急いで病院へ行ったが検査の結果、どうやら乳がんが見つかったのだった。
母親もそうだったので気をつけてはいたが、とうとう癌が出来てしまった。
天山はめぐみも母親同様にいつか乳がんになるのではないかと恐れていたが
とうとう一番恐れていたことが起こってしまった。
最初は、乳がんの部分切除で始まった治療が、
数年以内に新しいがん細胞が現れて、
次々と全身へ転移が判明し、抗がん剤治療へ切り替わった。
薬の副作用も強かったが、めぐみはそれに耐えてがんばっていた。
しかし、抗がん剤から生き残ったがん細胞はどんどん増えていった。
天山は妻の治療のために少しでも多くのお金を残そうと必死で稼いだ。
必死で乳がんと戦う妻の完治した喜びの顔を一日でも早く見たいからだった。
主治医からは『余命1年』と聞かされているが信じなかった。
いや信じたくなかった。