はっちゃんZのブログ小説

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12.帰途の二人

 せっかくここまで来たのだからと鳥取砂丘でお弁当を食べることとした。

砂丘にはラクダが歩いており、まるでアラビア映画のような光景が広がっていた。

ただ異なるのは、砂丘の向こうは砂の海ではなく蒼い日本海がだったことだった。

砂丘入口から海岸まで行って戻ってくるのは、

途中に大きな砂山があるため結構大変だった。

二人はゆっくりと海岸部まで下りて行った。

そして引き返したがあまりの急な坂のため、息も切れた二人は自然と手を握り、

汗を拭きながら砂山の頂上へ戻り、並んで座った。

「疲れた。実は砂丘は小学校の日帰り旅行以来です。

 こんなに急な坂だったんですね、昔の事で忘れてました」

「これは思ったよりきつかったですね。でもここから見える風紋は綺麗ですね」

「ええ、そうですねえ」

じっと日本海の波を見つめている静香さんの少し寂しげな横顔を見つめながら

この砂丘は何千年間、常に新しい風を吹き込み新しい風紋を作ってきた。

人の悲しさや苦しさもこの風紋で消すことが出来たら・・・と慎一は思った。

 

朝に通った『白兎海岸』は、古事記に出てくる有名な神話発祥の地で、

物語としては、昔淤岐ノ島に流されたうさぎがワニザメをだまして

気多の崎まで渡ろうとしたが、

だまされたことに気がついたワニザメに皮をむかれて苦しんでいる時に、

大国主命が通りかかり「真水で身体を洗い、ガマの穂にくるまっていなさい」

と言われ完治したという神話「因幡の白うさぎ」の舞台だった。

この砂浜から見える岩礁はワニザメの背中に似ておりそれを模倣したとのことだが、

この神話に関しては諸説がある。

日本に生息しないワニがモチーフになっており、

よく似た内容の神話が南国にあることから、

原日本人の一派が神話と共に日本へ渡って来た説、

昔、この地方では『鮫』のことを『ワニ』と言っていたためにできた説がある。

 

どちらにしろ、現在の日本人ができるまでに、

日本の南の国から海流に乗ってきた人間、

日本の北それもカムチャッカ半島やサハリン地方から来た人間、

朝鮮半島を伝って来た人間、

中国から直接来た人間、

これら4種の人間によって日本人はできたと言われており、

人間や米の遺伝子研究や神話からもそれらは解明されつつあるなど、

本で知った事などを静香さんへ伝えた。

そんなとりとめもない話を興味津々でずっと聞いてくれている静香さんへ、

このような時間を二人で長い間持ってきたかのような錯覚を覚えている慎一がいた。

 

 国道9号を左折し、鹿野温泉を通過し三朝温泉の方へ走る。

途中、国宝指定の『三佛寺投入堂』のある三徳山が左に見える。

しばらくすると、三朝温泉の看板が出てきた。

山間にある結構大きな温泉郷が見えてきた。

三朝温泉』今年で開湯830周年、源義朝由来の温泉。

三朝の名は、三晩泊まるとどんな難病も治るというところから来ており、

泉質はラドンを多量に含む湯で肌ざわりがよいと看板には説明されていた。

川沿いの露天掘り「河原の湯」には、よしずが立てられ、

橋や道路からは見えないようにはしているがあまり意味はない。

「河原の湯」には誰も入っていなかったので二人は並んで足湯を楽しんだ。

 

国道9号へ向かう途中に倉吉市がある。

倉吉市は人口5万人、鳥取県3番目の大きな市で歴史も古い町である。

特に玉川沿いに並ぶ白壁土蔵群は江戸、明治期に建てられた建物が多い。

玉川に架けられた石橋や、赤瓦に白い漆喰壁の落ちついた風情のある街並みは

歩いていて心がおだやかに感じられた。

また、『トイレの町』としても有名で「まちづくりは快適なトイレから」

をコンセプトに昭和60年から多くのトイレの整備をしてきたらしい。

有名な金色のトイレへ行き、二人とも感心しながら用を足した。

 

ここからは一路米子市へ向かう。

左側に山陰富士の大山を眺めながら、日本海へ沈む夕日が波を美しく染め目に優しい。

後藤家に変える前にマンションの駐車場に車を停め、

マンションからタクシーで移動し、お茶を飲んで美波ちゃんを待った。

慎一は暗くなってから帰ってきた美波ちゃんへの試合での勝利のお祝いに、

朝日町の南側、西倉吉町にある『ステーキハウス精山』をプレゼントした。

 

美波ちゃんは『サーロインステーキ150g』

静香さんは『ヒレステーキ100g』

慎一は『サーロインステーキ200g、ヒレステーキ50g』を注文した。

美波ちゃんはフレッシュジュース、慎一と静香はワインを頼んだ。

「美波ちゃん、乾杯!今日はよくがんばったね」

「でも、2回戦で負けちゃったので悔しい」

「ああ、あのダブルスは確かに強かったわ。負けても仕方ないわ」

「まあまあ、美波ちゃん。今日は負けといたろ!でいいやん」

美波ちゃんは吹き出した。

「ははは、おじさん。それいい、そう、今日は負けといたろ」

「そうそう、その意気、今度勝てばいいだけや」

「ふふふ、美波が、元気出てきて良かった」

 

『前菜のレバーとミンチのベーコンパテ』が出てきて、ワイワイと食事が始まった。

『野菜サラダ』

そして『ジュウジュウ』と舌に直撃する音と共に

メインディッシュのステーキが並べられた。

美波ちゃんが急いでステーキを切り一口。

「・・・美味しい・・・溶けちゃって舌に残らない・・・」

そうなのだ。

この店のステーキは秀逸で、よく接待でも使われると聞いていたので招待した。

先ずは、サーロインを一口、

『ジワリ』と舌へ肉汁が溶け出し、細かい脂の刺しの入った繊維がほどけていく。

口中の肉が溶けてしまったように無くなると、

次に、ヒレを少し切り一口、

重厚な赤身そのものの味、その細やかな肉質はひと噛みすれば消えていく。

口中を覆っていたサーロインの脂がヒレのこのひと噛みで流されていく。

常に新鮮な『サーロインとヒレの二重奏』であった。

美波ちゃんも静香さんも徐々に言葉が少なくなった。

あっという間に時間は過ぎ、ガーリックライスで締めくくった。

美波ちゃんが眠くなってきているのがわかった。

今日は全員疲れたという事で二人をタクシーに乗せて送った。

(つづき)