はっちゃんZのブログ小説

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68.美波内定のお祝い

先週の滝ノ上芝ざくら公園で楽しんだ後に

美波から内定の嬉しい話があったので今週土曜日はお祝いの予定だった。

最近、静香の初めての投資がうまくいっており、

持っていた通信関係の会社が高くなって株式分割をした上に、

すぐに株価が2倍へ育ったため、半分を利確し全てを恩株にした。

静香はその儲けで美波への就職内定祝いの物でも買おうと思い立った。

子供を抱っこして夫婦はデパートへ行き、Gショックの次の時計を探した。

夫婦も持っている好きなメーカーで

若い女性には可愛くて見た目が落ち着いているエルメスの時計を選んだ。

 

いよいよ土曜日の夕方となった。

美波も昼前に帰ってきて嬉しそうに子供達と遊んでいる。

お祝いの店や内容を色々と考えたが、

高級レストランなどは小さな子供がいる家族連れには不向きだったので、

個室でゆっくりとできて子供達が動いても気にならない店を選んだ。

店はススキの繁華街にある「すき焼 三光舎」にした。

家でもすき焼きはするのだが、

一度商売物のすき焼きを食べてみたいと思ったし、

以前、米子に居た時に3人ですき焼きを食べたことを思い出したのだった。

あの時は、美波も米子東高校生で多感で不安定な年齢の割には、しっかりした女の子だったことを慎一は昨日のように思い出していた。

 

「すき焼 三光舎」は、

北海道旭川市が発祥で、大正六年に創業している歴史あるお店である。

お店の特徴としては、

旨さにこだわった割り下に、

創業時から受け継がれる『秘伝のみそ』を使った伝統の味付けと

店主自らの目で厳選して仕入れた上質な

口に入れた瞬間にとろけてしまうような柔らかさの

品質と味にこだわり厳選した黒毛和牛ロース肉のみを使用した「すき焼」、

自慢のたれが魅力の「しゃぶしゃぶ」、

極上の「ステーキ」などを初めとして、

大型ワインセラーを設置し、当店のソムリエールが厳選した料理に合うワインを

豊富に取り揃えていることである。

それ以上に、個室などゆったりとくつろげる空間のある事が家族連れには人気だった。

お部屋に案内されると子供達も喜んで走っていたが、

やがて料理が運ばれてくるといつもとは違う雰囲気を感じ取って

慎一の膝へ雄樹が、美波の膝に夏姫が座っている。

 

コース料理とは別に一品料理として

子供達用に「自家製カニシュウマイ」と「ホタテバター焼き」を一皿ずつ頼んだ。

「自家製カニシュウマイ」

 取れたてのズワイガニの身をほぐして、みっしりと詰めたカニシュウマイ。

 シュウマイの身がホロホロと口の中でほどけてカニの旨味で一杯になります。

「ホタテバター焼き」

 濃厚な北海道牛乳から作り出されたバターの塩味により、

北海道の海の栄養を全て宿した貝柱の優しい甘さ、

コリコリした歯ごたえが特徴のヒモ部分の美味しさが強調されている一品。

鼻腔を刺激するバターとホタテの香りに手が止まりません。

 

さて『雪コース』の始まりである。

「ホタテと甘海老のカルパッチョ

 大きく育った旬の甘海老とホタテの貝柱のそれぞれ異なる甘さが、北海道の海の豊かさを実感できる贅沢な一品です。

「焼きシャブとアスパラガスのバター焼き」

軽く焼かれたロース肉の焼きシャブ。

薄いがしっかりとした歯ごたえが感じられる肉質。

肉本来が持つ赤身肉の美味しさと脂の甘味が感じられる一品。

アスパラガスのバター焼き

  旬の太いグリーンアスパラガスの鮮烈な緑とバターの塩味で強調される甘味。

  穂先から根元まで一本全てがあり、各部分の食べ比べによる美味さの経験。

「黒毛和牛ローストビーフ

 5ミリほどにカットされながらも柔らかさの失われていない肉質、

しっとりとして真っ赤なレアな赤身の濃い美味さ、

それを引き出す北海道産の赤ワインで作られたソースと

皿に添えられた北海道で自生する山わさびを付けると一層美味しさが引き立ちます。

 

やっと、本日のメイン料理に入るようだ。

部屋のお世話をしてくださる和服姿の中居さんがにこやかに卓に近づいてくる。

中居さんの両手で運んできた大きな皿一面に広げられた、

細かい|脂肪《あぶら》のサシの入った分厚い真っ赤なロース肉が目に入った。

その豪華な肉の皿を見た途端、

今までそれなりに結構食べてきた筈なのに空腹を覚えてしまった自分がいた。

「〝特〟特選黒毛和牛ロースすき焼」

「さあ、皆さん、これからメイン料理のすき焼きに入ります。

 まずは卵をお箸で溶いてくださいね」

卓上にはたっぷりの割り下に『秘伝のみそ』が入っている鉄鍋が置かれた。

『秘伝のみそ』の色は、黒に近い色合いでやはり普通に売っている物ではない。

 

中居さんは、卓上コンロに火を付けて、

長い菜箸でそっとその『秘伝のみそ』を割り下へ溶かしている。

鍋の周りが少し泡立ちブクブクしてきた。

中居さんが熱くなった鉄鍋の割り下の中へ、

長い菜箸で肉を一枚ずつ浸していく。

浸したその一瞬、

温度が下がったのか割り下が静かになるがすぐに泡立ちブクブクし始める。

肉の周りの泡立つ割り下で、

真っ赤なロース肉の色が一気に変わっていく。

すぐに肉は軽く上下をひっくり返された。

肉には、まだ赤い色が残っている、

柔らかさといい、

肉本来の甘さといい、

本当に美味しいその一瞬に

その肉片はすっと持ち上げられ、

各自の卵椀へそっと入れてくれる。

「さあ、皆さん、熱いうちにお召し上がりください」

子供達もじっと見ている。

子供には熱いので冷めてからと思い、

慎一はすぐさま溶き卵を絡めた肉を口に運んだ。

 

最初の一瞬は、溶き卵の黄身の甘さが感じられた。

その甘さの上にすぐさま甘辛いすき焼きの味が広がる。

すぐに歯や舌に触れている、

熱くて分厚いその肉片を噛みしめる。

卵の甘さ、

割り下の甘辛さ、

ロース肉の赤身の美味さと脂肪の甘さ、

それら全てが口の中で一体になっている。

声が出なかった。

目を見張って、中空を見つめている。

ずっと残る口の中の味を楽しんだ。

今まで食べたすき焼きとは次元の異なる味だった。

その後、割り下へ野菜が入れられて肉の味の移った野菜を食べた。

すぐに卵とロース肉を追加し、今度は慎一が中居さんを真似て作った。

本当に美味しかった。

最後の締めで「お食事」として、

ご飯かきしめんか牛しぐれ茶漬けと香の物と言われたので

全員が「牛しぐれ茶漬け」を頼んだが、

せっかく鍋に美味しいタレが残っているのが勿体なくて

追加できしめんを2人前だけ頼んでみんなで分けて食べた。

肉と野菜の味が中までしみ込んだきしめんは最高だった。

「牛しぐれ茶漬け」はというと、

これはきしめんまで食べてすき焼き味に満足した舌を保ったまま

最後にさっぱりとした牛肉のしぐれ煮の茶漬けで、

今日一日だけで様々な牛肉の美味しさを経験できたと確信できるものであった。

それらを食べ終わると、デザートが出た。

子供たちの好きな旬のイチゴとメロンだった。

家族全員満足した夕食で、タクシーで帰ると子供たちを風呂に入れて寝かせた。

 

子供達を寝かせた後、慎一がコーヒーで

「美波スペシャル」と「静香スペシャル」を淹れて三人でゆったりとしていた。

今日の昼にお祝いを買った帰りに、

札幌市中央区西4丁目駅前の「フルーツファクトリー」でタルトを買っている。

子供達を寝かせた後に、ゆっくりと大人だけで食べることを計画していたのだった。

目の前には

『さくらももいちごのフルーツタルト』

 さくらももいちごは高価な徳島県産のイチゴで甘さと酸味のバランスが絶妙で、

一つのタルトの中に4-5個近くは入っている贅沢なフルーツタルト。

『タルトセブン』

 7種類近くのフルーツがたっぷりでカラフルなタルト、季節ごとの美味しさを味わえる。

『ティラミス』

 北海道産マスカルポーネをたっぷり使用したなめらかで口溶けが良くコーヒーにぴったり。

この3つのタルトを3人でシェアしながら、眠っている子供には悪いが

大人だけでお祝いの日の最後のデザートを楽しんだ。

 

静香がそっと慎一へ美波への「内定祝い」を手渡した。

慎一が、美波へ

「美波、内定おめでとう。良かったね。これは少し早いけどお祝いだよ」

「えっ?ありがとう。すごく嬉しい。開けて良い?」

「ええ、どうぞ」

「あっ?この時計、エルメスね?

私もお父さんお母さんと一緒でエルメスって好き」

「せっかくだからお父さんとお母さんが好きな時計にしたよ。

社会人になって今のようなGショックもないからね」

Gショックもお気に入りだからスポーツの時には使うわ」

「まあ、Gショックも気に入ってくれて良かった」

「それはそうと今日のすき焼きはすごかったね。

 すき焼きって元々御馳走だけど、あんな御馳走は初めてだったわ」

「そうよね?あんなすき焼きがあるなんて、お母さんも驚いたもの。

 お父さんが色々と調べていたけど、その甲斐があったわね」

「そうだな。他の店で『いしざき』という店もあったけど、

『三光舎』は、それほど高価ではなく一般的で気安いし、

個室も予約できるし子供達も気を使わなくていいから決めたんだ」

「あなた、正解だったわね。

雄樹も夏姫も大喜びで『すき焼き』ってお風呂で言ってたわよ。

もう『すき焼き』って言う言葉を覚えたみたい。

さすがあなたの子供だわ。食いしん坊さんだわ」

「そうね、お父さんが食いしん坊だと家族みんなが食いしん坊になるね。

 でも、あんな店なら大歓迎だわ。お父さん、またよろしく」

「わかったよ。美波もまた何かおめでたいことをよろしくな」

「わかったわ。雄樹や夏姫の良いことの時にも私を呼んでね。すぐに来るからね」

「ふふふ、昔からお前は食いしん坊だったからねえ」

「ええ、お母さんの娘ですからねえ」

三人は大笑いして今日という日を心から喜んだ。