はっちゃんZのブログ小説

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55.彼とドライブ1-小樽から帯広へ-

少し大きめの鞄を持って待ち合わせ場所までの下り坂を歩く。

吐く息も白くなり小樽の朝はもう秋の気配だった。

9月入ると北海道は暑かった夏の気配が瞬く間に去り

次の季節への移り変わりの気配が濃厚になる。

その冷たい空気が美波の少し寝不足の目には気持ち良かった。

ふと見上げて映る天狗山の山肌にも紅葉が混じり始めている。

 

今日は遠距離ドライブのため、

ゆっくりと車を停める時間もないかもしれないと思い

母がドライブの時にはよく朝ご飯を作っていた事を思い出して

せっかくなので美波の得意な物を食べて貰おうと感じた。

それで今朝は早めに起きて

朝ご飯用にサンドウィッチを作ったのだった。

一つ一つラップで棒状に可愛く巻いている。

手も汚さず運転しながらでも食べる事ができるからだった。

 

「おはよう。今日はありがとう。晴れて良かった」

「おはようございます。そうですね」

美波は後部座席のドアを開けて鞄を置いた。

助手席へ乗り込むとシートベルトをした。

どことなく彼の顔をまっすぐに見えない自分がいた。

美波にとっては異性との初めてのデートで戸惑いもあった。

『彼にとってはデートのつもりではないのかも?』と思う不安もあった。

 

小樽市産業会館の前から道央道へ向かい、一路帯広へ向かった。

前田さんは金曜日午後フレックスを取って余市市の実家へ戻っていたようで

後部座席には多くの果物の箱が積まれている。

お姉さんから『ご家族へお渡し下さい』とのことで、

両親や弟妹が喜びそうなブドウやリンゴなどが一杯だった。

 

千歳辺りで休憩がてらパーキングに停めて、朝ご飯を後部座席から出した。

前田さんは驚いている。

「日下さん、ありがとう。美味しそう」

「今朝、眠い目で作ってるから、もし調味料を間違ってたらごめんなさい」

「ううん、なんもなんも、楽しみ」

「コーヒーも入れてきたのでゆっくりと召し上がれ」

「うん、ありがとう。美味しいなあ。日下さん、料理上手だね」

「母が以前、小料理屋をやっていたので見様見真似です」

「お店?すごいなあ。おいしいはずだ」と驚いている。

 

食事の後、運転しながら色々と話をした。

「前田さん、最近お仕事大変なんですか?」

「ええ、新人なので毎日が勉強で、上司に叱られてばかりです」

「どんなお仕事なんですか?」

「最初は全体を知るという事で全ての部門を経験しています」

「それは大変ですね。

 最終的にはどのような部門を考えていますか?」

「今のところ、融資が面白そうですが

 見ていて大変そうなので経理にしようかなあと思っています。

 そういえば、日下さんのお父さんも銀行でしたね?」

「ええ、ずっと融資部門のようです。新しい職場なので大変みたいです」

「そうでしょうねえ。先輩に聞きましたが、人間関係を作るまでが大変だそうです」

「そうでしょうねえ。父も山陰では苦労したとよく言っています」

「確か日下さん、生まれは山陰地方だったよね?」

「ええ、そうです。米子という鳥取県にある島根県寄りの小さな街です」

「行った事無いからわからないけど、あなたが生まれた街なら良い街でしょうね」

「まあ、確かに良い所も多いですが・・・

 それに米子や山陰以外で住んだ事が無ければ違うかもしれませんが、

 どこの田舎でもよく言われる田舎特有のあれこれと噂がいっぱいの

 外からの新しい人間をよく思わない雰囲気が強くて私はあまり好きではないです」

「そうなの?じゃあ戻らないの?」

「ええ、せっかく北海道に来たのだからこちらで就職したいと思っています。

 家族も北海道を気に入ってるみたいで、

 父は退職してもこちらでずっと住みたいと思っているようです。

 それに米子の家も田んぼも他人に貸してるし、身内も誰もいないし

 仕事も都市部ではこちらの方が多いので、私はこの北海道が好きです」

「そうなの?

 てっきり卒業後は帰るのかと思ってた。

 良か・・・いや・・・ふーん、そうなんだ」

 

千歳恵庭ジャンクションから左折し道東道へと入り東上していく。

途中から石勝線と平行して夕張、占冠トマムの看板が出てくる。

トマムでは『星野トマムリゾート』の全景が見えて始める。

樹々に少し色の着き始めた森や芝生に点在する白いホテルや

パッチワークのような柄の高い塔(トマム・ザ・タワー)2本が目に入ってくる。

広大なトマムエリアの大自然を舞台にした多くの遊び場があり、

カヌー、ラフティング、カート、バギー、テニス、乗馬、熱気球、木製品、燻製など

数多くのアクティビティーが用意されていると看板には書かれている。

 

「日下さん、

 ここには『雲海テラス』で有名で

 朝早く真っ白の雲海に浮かんでお茶が飲めるらしいよ」

「へえ、すてき。前田さんは見た事があるんですか?」

「ううん、残念ながらまだないよ。同僚に聞いただけかな」

「一度見てみたいですね」

「朝早くじゃないと無理みたいだから、なかなか見えないじゃないかな」

「それなら、仕方ないですね」

 

この雲海に関しては、ネットで調べ見ると3種類の雲海があるようで

一つ目、太平洋産雲海は

夏の十勝や釧路沖の海水温は低いままで維持されています。そこへ太平洋高気圧による南からの暖かい空気が流れ込む事で沖では大規模な下層雲(海霧)が発生します。

発生した下層雲は、南東の風によって十勝平野を覆い、日高山脈を越えてトマムに達します。トマム山は太平洋産雲海が届くかどうかぎりぎりの場所にあります。その時の雲の勢いが強すぎると雲海テラスも雲の中に入ってしまい、雲の勢いが弱いと日高山脈を越えられません。滝のような雲海は、絶妙な条件が揃ったときにだけ見られる希少な雲海なのです。いつでも見られるわけではないからこそ、見る価値がある現象です。

二つ目、トマム産雲海は

風が弱く晴れた夜、熱が上空に逃げて冷やされた空気が盆地状の地形の底に溜まることで発生する放射冷却による雲海です。このトマム産雲海が発生する朝は、山麓よりも山頂の方の気温が高くなります。日が昇り、盆地が暖められると、雲海は徐々に消えていきます。リゾナートマムやザ・タワーが、ポツンと雲海の中から突き出る風景は印象的です。

三つ目、悪天候型雲海は

天気が悪いときや、これから悪くなるときに出る雲海です。雲海テラスから見える山にまとわりつくように発生した層雲が広がって雲海となり、その雲海の上にも雲があります。立派な雲海ができることもありますが、雲の動きが激しく、やがて雲海テラスは雲の中に入り、天気が悪くなることが多くなります。

と説明されている。

 

遠くの山をじっと見ていると

確かに雲海の名残りらしき小さな白い雲が山の谷間には見える。

このトマムリゾートに宿泊しないと雲海が見えないのなら、

今度、雲海テラスが期待できる時期に家族で来てもいいなと美波は考えた。

ここまで来ると道東道は南下して十勝平野へと向かう。

(つづく)