はっちゃんZのブログ小説

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。ブログトップから掲載されています作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

14.霧派始動(第7章:私の中の誰か)

ある夜、紅凛《あかり》と黒狼《くろう》と遼真と真美は、上田邸の近くに居た。
広い庭に数頭いた番犬もいつの間にか眠らされている。
寝室へ流された睡眠ガスで上田の両親が深い眠りについた頃二人は動き始めた。
寝室内の天丸からの画像を確認して、普通に玄関から鍵を開けて邸内へ入って行く。
バトルカー内のアイが邸内に張り巡らされたセキュリティーの回線を支配している。
その時武知也は、FXの取引画面を背景にビデオ撮影をしていた。
後で画面の数字を変換して少しの損失を大きな損失に見える様にするためだった。
武知也の番組の視聴者は武知也が損をすればするほど、
儲けていた筈なのに損失に変わったり、それを大げさに悲しむほど視聴してくれる。
やはり世間は『他人の不幸は蜜の味』なのである。

武知也の部屋のドアがノックされる。
撮影を邪魔されて気分が悪くなり舌打ちしながらドアを開ける。
「何だよ、こんな時間に、邪魔するなよ・・な・・・・」
目の前に今まで見たこともない細面の綺麗な女性が立っていることに驚いて一瞬口ごもる。
桐生紅凛《あかり》であった。
その女性の真っ赤な瞳に目を惹きつけられる。
その真っ赤な瞳が一瞬怪しく光るのを見た瞬間に武知也の意識が遠くなった。
倒れ込む武知也の身体を紅凛《あかり》の後ろに立っていた黒狼《くろう》が抱き抱えた。

「いつもながらやはり姉貴の催眠眼がすげえな」
「驚きの意識があれば、より早く掛かるわ。
 じゃあ黒狼《くろう》、手筈通りに頼むわ」
「わかった」
黒狼《くろう》は、武知也の身体を椅子へ座らせた。
「じゃあ、始めるわよ」
「おう、この男も視聴者が増えて嬉しいだろうな」

遼真と真美は二人に続いて部屋へ入り、
すぐさま天井際で上田への憎しみのために霊魂の本体から分かれ、
血の涙を流し自縛されている瑠海の荒御魂を白い人形《ひとがた》へ乗り移らせた。
そして優しくそっとその魂を真美は胸へと入れ部屋から退去していく。

紅凛《あかり》は、髪の毛よりも細く硬い針を数本武知也の頭へ刺してゆく。
その針は脳内まで届いているくらい入っている。
その場所としては頭頂葉と側頭葉の境目あたりである。
この辺りを電気刺激すると幽体離脱が起こることもあり、
人間の魂と激しい感情を繋げ、深い刷り込みに影響させる重要な領域である。
この部分を刺激しながら催眠術を掛けていくと魂や感情へ深く刷り込むことが出来る。

その夜の武知也のユーチューブは空前の視聴者数を稼いだ。
「皆さん、僕のことを知って欲しいと思います。」
頭にパンティを被り、ブラジャー首に巻き、
女子中学生の制服を着た武知也が画面に登場している。
瞬く間の画面のヒット数が上がっていく。
「僕は都内のある女子中学生を好きになりました。
 これはその子の制服や下着です。
 そしてこれが彼女の髪の毛です。
 僕はその子が好きで毎日の様に物陰から見つめました。
 皆さんもそんな気持ちになる事がある筈ですよね?
 彼女との出会いは、もう去年のことになるけど、
 強い秋風に彼女のスカートが上まで捲れ上がった日でした。
 その日から僕は彼女のことが頭から離れなくなりました。
 死んでしまった僕の好きだった妹と同じようでした。
 だけど何と彼女は交番のお巡りさんへ僕を通報したのです。
 僕はただ見ていただけだったのに・・・。
 お巡りさんから彼女に近寄ってはいけないと言われました。
 僕はただ見ているだけで幸せだったのにそれさえ駄目になったのです。
 皆さん、これは酷いと思いませんか?
 ただ見ているだけで良かったのにそれさえ駄目というのです。
 僕はだんだん彼女が憎くなって、彼女をずっと僕の物にしょうと考えました。
 それでハングレ組織の『レッドシャーク団』に彼女の殺害を依頼しました。
 お陰で彼女は死に、これは彼女の髪の毛ですが永遠に僕の物になりました。
 彼女はあの綺麗な顔と身体のまま、
 大人になって汚れたり醜くなることなくこの世から旅立ちました。
 僕のこの脳裏には綺麗なままの彼女が生きています。
 噂によると健康な彼女の臓器は
 多くの困っている人に移植されて役立ったと聞いています。
 僕はすごく良い事をしたと思っています。
 本当は僕の身体にも彼女の臓器を入れたかったけど、
 残念ながら僕は健康で大した病気もしていないのでその願いは叶いませんでした。
 だから、これから彼女を追ってあの世へいきたいと思います」
武知也は椅子から立ち上がると椅子を持って行く。
そして天井の梁に通していた縄の所へ行くと椅子に立ち上がってその縄へ首を入れた。
画面には椅子の乗ったままの武知也の姿が映っている。
「皆さん、僕が彼女に会えることを願ってね」と呟くと椅子を前へ蹴った。
武知也の身体が下に落ちて首が伸びていく。
「ぐっ、うっ・・・」
身体の組織が空気を要求し四肢が動いている。
目が苦し気に開かれ、口が歪み、白い涎が流れ、やがて静かになった。

その夜、遼真達4人は狂次の家へと向かう。
狂次はまだ家へ戻っていない。
聞き耳タマゴの位置から見て公園に居る様だ。
遼真は、狂次の部屋の窓から中へ入り、
部屋の中で狂次への憎しみで自縛されている瑠海の荒御魂を人形に乗り移らせた。
紅凛《あかり》と黒狼《くろう》は公園へと向かう。
どうやらハングレ組織の仲間、
大河を含む数名と夜の公園で酒を飲んで騒いでいるようだ。
しばらくすると狂次が立ち上がった。
「酒の飲み過ぎかな?ちょっとトイレに行ってくる」
「ああ、それなら俺もしたくなってきたから連れションしようぜ」
「「俺もそうする」」
みんなが一斉にトイレへ行く様だ。
誰も居ないのを見計らって紅凛《あかり》は彼らのコップへそっと睡眠薬を入れた。
やがて全員が戻ってきてまたもや大騒ぎの酒盛りが始まった。
「「カンパーイ」」
「「ゴクッ」」
たちまち全員が眠り始める。
「じゃあ、黒狼《くろう》頼んだ」
「おうさ。うまく揺らさないとなあ。力の入れ具合が難しいぜ。
 潰さない様に打撲痕も残らない様にと・・・」
黒狼《くろう》は、ぐっすりと眠っている狂次の頭をそっと両手で挟み、
左右に回す様に大きく揺さぶる。
時に鋭く強く人方向へ揺さぶる。
眠っている狂次の表情は、最初は気持ち悪い感情を現わしていたが、
黒狼《くろう》が頭部へ与えるその衝撃で、
柔らかい豆腐の様な脳組織を頭蓋骨へ強くぶつけるにつれ、。
頭蓋骨へ当たった部分の組織の小さな血管から出血を起こし始める。
前頭葉頭頂葉、側頭葉、後頭葉という脳組織は、
人間としての行動を起こすために必要な脳組織である。
その人間としての行動を起こすために必要な脳組織の全ての表面が出血し始めた。
もちろん最低限生命を維持するために必要な機能のある延髄などには何も影響がない。
やがて狂次の表情が全く動かなくなり死人の様になるまで行われた。
紅凛《あかり》は、狂次の脈を観てその規則正しい脈拍に満足して離れた。
「黒狼《くろう》、お疲れ様」
「まあ今回は簡単すぎて面白くないが仕方ない」
「お前が好きな戦いはこの後からだから楽しみにしておきな」
「おう、姉貴、頼むぜ」
2人は、辺りに人の目が無い事を確認して仲間と共に姿を消した。

翌朝、上田家門前へマスコミが駆けつけて大変な騒ぎとなった。
ユーチューブの放送内容から考えても、
検視結果から見ても『懺悔の自殺』以外の所見は出なかった。
警察としても現役の警察庁上級幹部の息子の不祥事でもあり、
自らの罪を告白しての自殺の為、世間に対して隠すことは出来なかった。
その上、ストーカー行為の調書が隠されていたこともマスコミにリークされ、
警察組織内は上や下への大騒ぎで長官自らが表に出て謝罪会見を行った。
上田の父親は、『懲戒免職』となり、その日のうちに世間から姿を隠した。

その喧騒とは別に同じ時間に早朝のジョギングをしていた人により、
数人の若い人たちが芝生の上で眠っているところを発見され、
不審に思い警察へ通報したことにより彼らは取り調べを行われた。
彼らは最初は『お酒を飲んでいただけで何もしていない』とシラを切っていたが、
その中の一人が血痕の付いたナイフや
3Dプリンターで作成されたモデルガンを持っていたため、
とうとう自らハングレ組織『レッドシャーク団』の組織員だと自供した。
その後の刑事からの取り調べで大河は、
上田の自殺のユーチューブを見せられ、
上田の殺人依頼を受けて狂次が木村瑠海を殺害した犯人だと自供した。
そうなれば芋づる式でその他のメンバーも自白させ、
今まで犯した強姦や強盗殺人や覚醒剤などの事件も認めたため、警察は色めき立った。
警察は時を置かずハングレ組織『レッドシャーク団』の倉庫へ急行したが、
倉庫内はもぬけの殻で4人の幹部や残りの団員は姿を消していた。
その時、何も知らずに倉庫内で|屯《たむろ》していた若い組織員やその予備構成員は、
全員が逮捕され事情聴取を行い、過去の犯罪の全てを調べ上げられた。
そして協力関係にあった『外道会』にも踏み込み、
『レッドシャーク団』と直接関係のあった外道会のナンバー2が逮捕された。

殺人犯の狂次はというと警察病院へ入院し一切目を覚まさなかった。
検査の結果、重度の脳死状態にある事が判明し一般病院へ移送された。
息子の起こした殺人事件を知った母親は、
深部脳組織以外は殆ど動いていない植物状態となった息子を悲しみながらも
社会へのお詫びとして早々に母親の意向で狂次の臓器は移植へ使用された。