読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

はっちゃんZのブログ

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

7.追憶2

小説1:さざなみにゆられて-山陰編-

柔らかい桜色の風が神戸の街を包んだある日、

突然、

夢は覚め、

時は止まり、

世界がモノクロームに変わった。

 

「静ちゃん。落ち着いて聞いてね」

「はい、何があったのですか?」

「勇二君が・・・」と言って事務所の皆が泣き始めた。

社長が涙を流しながら、苦しい声で静香へ伝えた。

「勇二君が今朝早く発生した高波で海に転落し、まだ見つかっていない」

「えっ?・・・」

 

それからの日々は、静香にとってはモノクロームの世界が流れて行くだけだった。

勇二の実家で葬儀は営まれた。多くの人間が焼香をしていった。

静香は、美波をそっと抱きしめたまま、焼香に訪れた客へ頭を下げるだけだった。

時折、美波が『とーたんは?』と聞いては、ふと現実に戻り涙が止まらなかった。

勇二の兄優一に嫁いできた玲子さんとは、年の近いせいもあり、毎日仲良く話し合った。

『私も心強いし一緒に住みましょう』と言ってくれている。

静香は勇二が両親を深く愛していたことを知っている。

静香は、勇二が愛した両親を愛し続けるために実家への引越を決意した。

いつか私や美波を勇二さんのように愛してくれるはずという気持ちだった。

しかし、勇二の両親は静香だけでなく孫の美波をも邪見にしていく日々が続いた。

 

 勇二と静香の勤務していた会社からは、静香を心配していた社長の温情で,

多目の退職金が支払われ、多額の生命保険も支払われた。

「お金は手に入ったのだから、もうここに用はないでしょ?出て行って欲しい」

可愛い勇二を盗り、殺したと思っている静香と住むことは両親には耐えられなかった。

いつしか美波は、勇二の両親の姿を見れば泣くようになり、

『うるさい』と叱られてはまた泣くの連続で、

「バアバがいい」と静香の母親を慕い続ける。

勇二の両親がいつかは変わると信じ願っていたが、

勇二の娘美波さえも近づけさせない。

このままでは、美波がかわいそうと思い、実家を出る決心を固めた。

1周忌法要が終わった翌日、勇二の両親の希望通り、後藤家へ戻ることを伝えた。

勇二の新たに位牌を作り、住職さんに入魂して頂いた。

 

 ここから静香、美波、静香の母親3人だけの生活が始まった。

美波が小学校に入る前までの4年間、穏やかな日々を過ごした。

静香も美波も農業を手伝って、土の香りを思いっきり楽しんだ。

その間、勇二の月命日には必ず参った。

本命日は自宅でお祈りし、翌日にお参りした。

足立家と会うと先方が不快だろうとの静香の考えからだ。

やがて足立家長男優一の嫁の玲子さんにも無事、長男、長女と年子で子供を授かった。

足立の両親は大いに喜び、二人の孫を下にも置かない可愛がりぶりで、

美波への態度を見て不安に思っていた玲子さんはあまりの変貌に呆れたと連絡があった。

 

 ある時、玲子さんから、足立の家に来てもらえないかとの連絡があった。

恐る恐る足立家を訪問すると、足立の両親と兄の優一が部屋で座っている。

静香がそっと座布団に座ると、優一より

「静香さん、父と母が今までの事を謝りたいと言い出しましたので、

 今日は来てもらいました。 わざわざありがとうございます。さあ父さん、母さん」

 

 足立の両親は下を向いて神妙な面持ちで

「静香さん、あなただけでなくあなたの家にも美波ちゃんにも

 今まですごくひどいことをしてきました。許してください。

 私達はあなたの優しさに甘え過ぎたのかもしれません。

 この前の命日のおり、住職さんところに伺い、

 あなたの話をお聞きして、きつく諌められました。

 静香さんが毎月の月命日にも欠かさず墓参りをしていること。

 そして、本命日の翌日に墓参りをしていることを聞きました。

『あんなに若い娘がここまであなた達に心を配っているにも関わらず

いい歳してあなた達は何をしているのか?

こんなことをしていて死んだ勇二君が喜ぶと思っているのか!

仮にも人の親ならば、子や孫を可愛いと思う気持ちがあるならば

その気持ちを静香さん親子にも感じるのが当然でしょ』と」

 

 静香はやっと足立の両親への思いが通じたことを知りそのうれしさに涙した。

墓参りした時必ず住職に挨拶しお礼をした。その姿をずっと住職は見てきた。

住職の耳には色々な噂も入ってきている。

住職は静香親子の行く末を心配しながら見つめていた。

足立の両親からは、『困ったことがあれば何でも言ってほしい。ぜひ美波ちゃんも遊びに来てほしい』と言われたが、幼い美波は怖がってしまって無理だった。

 

 やがて美波が小学校へ通う年齢になった。

兄が仙台へ転勤したのを機会に一緒に暮らさないかと母親に言って来ている。

美波も大きくなったので安心して母親を仙台へ見送ることとした。

後藤家の農地は農業会社から多くの引手があり、年間契約で貸すことにした。

賃貸料は母の口座に入るように勧めたが、静香親子を心配な母は頑として受け取らない。

そろそろ働こうと考えていた静香は、仕方なく将来の美波へ渡すことで納得させた。

その後、静香は美波と二人だけで第二の人生を歩く事を決め、

足立家の協力で、『荒波!日本海』という大型海鮮料理店で

半年近く修行させてもらい、

経営方法の指南や中卸を紹介して貰って、

やっと角盤町の一角に『さざなみ』を新規開店させた。

 その名前は、『世の中は荒波ばかり、その荒波に揉まれ疲れている人の心へ、

さざなみのようなひとときを与えることができれば』との静香の願いから命名された。

(つづく)