はっちゃんZのブログ小説

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72.旭川にて3-彼からのお祝い-

注意:

ここに出て来るレストランは、恋人の美波のために奮発して予約した店ですが、残念ながら作者はまだ行ったことはありません。いずれは行きたいと思っているお店です。
従って料理に関しては、お店のホームページなどネット情報を基に作成しておりますため、食材の旬がこの小説の季節(初夏)には合っていません。しかし料理を勝手に創作するわけにはいかないので、食べた方の写真などネット情報を基に組み入れました。料理構成を何とかフルコースに組み合わせたため、フレンチ専門家から見た場合、料理の全体の味のバランスなどが崩れてしまったかもしれず、店の不名誉にならない様に祈っています。味に関しては写真やお客さんのコメントを見た上で作者の想像力で補っています。これらの点は読者の皆様にはこの小説がフィクションだと考えてご容赦願います。

 

「さあ、そろそろお祝いのレストランの予約時間が来たよ。行こうよ」
「はあーい、楽しみだなあ。旭川での食事はラーメン以外知らないわ」
「確かにそうだったね。今晩はちょっと地元で有名なところなんだ。
 僕も行くのは初めてで、人に聞いて予約したんだ。じゃあ行くよ。
 あっ、そうだ、ちょっと準備することがあるので、ここで少し待っててくれる」
「うん、わかったわ」
しばらくして前田さんが奥の部屋でスーツに着替えて、セカンドバッグを持って出てきた。
「お待たせ、では行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
マンションの前ではタクシーが待っていて、二人は乗り込んだ。
しばらく走ると昔の洋館が現代風に改築された建物が見えてきた。
屋根がグリーンで壁がグリーンと白のツートンカラーでおしゃれな色彩だった。
看板には『RESTAURANT HONNETE』の名前が見える。

美波はタクシーを降りて、
歴史を感じさせる建物を見上げながらドキドキしていた。
「立派なレストランだな。ドキドキしてきた」
「私もです。緊張してきちゃった。でも可愛い感じですね」
「前に君がJRタワーホテル日航札幌の『ミクニ サッポロ』に行ったって、
 聞いてたから慣れてると思ったのに」
「いえいえ、義父(ちち)が予約しただけで私は食べただけよ」
「いらっしゃいませ。前田様ですね。
 本日はご予約ありがとうございます。お待ちしておりました」
「は、はい、よろしくお願いします」
「こちらへどうぞ」
レストランの席は、広々としたおしゃれな部屋に、
4人テーブル席3卓、2人テーブル席3卓が配置されておりゆったりとしていた。
席からは真摯に食材へ向き合う料理長の姿が見える。
背筋を立てて清潔な真っ白な制服で身を包み、優しい笑顔で挨拶してくれている。
お客様は、少し時間が早いために美波と前田さんの二人だけだった。
二人は、『予約席』のプレートのある窓際の2人テーブルへ案内された。

「お飲み物はどうされますか?」
「美波さん、何かアルコールでも飲む?」
「ううん、私はアルコールがあまり得意でないからお水がいいです。
 それにお料理が一番の楽しみだからお水にします」
「では私はこのあと車の運転があるので二人ともお水でお願いします」
「はい、承りました。
 本日は、”シェフお任せコース”を承っております。
 すぐに始めさせて頂いてもよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」

このレストラン『RESTAURANT HONNETE』は、
住所:北海道旭川市5条通11丁目761番地
電話FAX:0166-85-7558 
メール:info@r-honnete.com
営業時間:Lunch.11:30~15:00(LO.14:00)
     Dinner.17:30~22:00(LO.20:00)
定休日. 月曜日・第一火曜日
ネットで調べると、このレストランのコンセプトは、
この「Honnete(オネット)」は、直訳すると「誠実」という意味で、フランスの星付きレストランで腕を磨き東京青山で総料理長を務めた料理長の嶋田智明氏は、多くの物が溢れすごいスピードで走り続けているこの時代に、そのスピードに流されず一度立ち止まり、お客様や生産者の方々や数多くの食材の声に耳を傾け、フランス料理という文化に『誠実』に向き合っていきたいと思い、この言葉を店名としたらしい。
料理も奇をてらった料理ではなく、食材の声に耳を傾け、その食材の個性を最大限に引き出す料理を提案しており、建物は昭和6年に建てられた歴史ある建造物の中で日々の喧騒を忘れゆっくりと語り合う。
私たちはそんな"贅沢な時間"をお客様に味わって頂きたいと綴られていた。

「美波さん、おめでとう。内定が無事決まって良かったね」
「はい、ありがとうございます。今日の日は忘れません」
「いや、大げさに考えないでね。ちょっとしたお祝いだから。
 それに忙しくて先月の君の誕生日祝いができなかったからお詫びも兼ねてね。
 すっと気になってたんだ」
「ううん、別にいいの。前田さんにはお仕事を頑張ってほしいから。
 義父(ちち)も先月は、前田さんと同じように家に帰るのも遅かったみたい」
「そうだろうな。連休くらいはと思ったけど結局休みにならなかった」
「お仕事だもの、私も来年はそのつもりで職場に入ろうと思ってるわ」
「そうだね。そう思っていていいんじゃないかな?
 ほら、料理が来たみたいだよ」
「本当、すごく綺麗ね。楽しみ」

いよいよウェイター(英語、フランス語ではギャルソン)の方が
トレーへ綺麗な皿を載せて持ってくる姿が見える。
「本日のAmuseの厚岸牡蠣(あつけしかき)のチエドキャビア 卵黄のソースでございます」
「あのすみません。教えてください。
 『アミューズ』ってどういう意味ですか?
 こんな立派なフランス料理を食べるの、初めてなので教えてください」
「はい、『アミューズ』とは、日本風な訳し方では『先付け、お通し、突き出し』です。
 本来の意味は『お楽しみ』と言う意味なのですが、
 『先ずはお楽しみな一口で胃袋のボタンを押してください』と訳せばよろしいかと思います」
「はい、お言葉通り、とても楽しみです」
「美波さんってすごいね。度胸あるね」
「ええ、これは義父も同じなの。すぐにお店の人に聞いてるわ。
 きっと料理を色々と聞いて知った上で、それも味として楽しみたいのだと思うわ。
 私も義父と同じで食いしん坊なのね」
「でも知らないまま食べるより知って食べる方が味わい方もわかるし良いよね」
「うるさい女の子と思われなくて良かった」
さて、ここでの料理は全てが初めて味わったものばかりで驚きと感激の連続だった。

「|厚岸牡蠣《あつけしかき》のチエドキャビア 卵黄のソース」
 今海から上げられた様な大きな牡蠣の貝殻の中に
 丁寧に調理された肉厚の厚岸牡蠣(あつけしかき)の身が盛られ、
 ツヤツヤと輝く真っ黒な大粒のキャビアが散らされており、
 ハーブが添えられ、それらが卵黄のソースでまとめられている。
 海のミルクと言われる牡蠣の濃厚な旨味が口一杯に広がり、
 生臭さの一切無い大粒にキャビアの軽い塩味と風味が混ざり合いお互いを引き立てている。
 そして卵黄の優しい甘さが混然一体となって、それらが口の中で踊り喉から滑り落ちた。

「次は、Appetizer前菜、フランス語ではオードブル又はアントレと呼ばれます。
 オマール海老とメロンのサラダ仕立て バニラの香る海老クリームソースでございます」
 真っ赤にフランベされた大きなオマール海老と緑色のメロンの綺麗な盛り付けられ、
 海老の肝を隠し味にしたバニラ風味のクリームソースが絶妙で、
 オマール海老とメロンのハーモニーを産み出している。

「スープでございます。
 フォアグラのフランとポワレをダブルコンソメとともにお召し上がりください」
 表面をカリカリに、中をジューシーにポアレされ、フランし香り付けされたフォアグラを
 ダブルコンソメと言う、一度肉や野菜でとったブイヨンを使ってもう一度だしをとるという
 手間の掛かったスープの中へ浸した逸品で、初めて味わった深い味わいのスープだった。
 濃厚なフォアグラの風味がいきた逸品と思われた。

「ポワソン魚料理 真鯛のグリル ヤリイカのソースでございます」
 グリルされ焼き目が付いたカリカリの皮、
 しっとりとしふっくらと仕上がった真鯛白身
 肝を溶かし込んだヤリイカのソースと一緒に食べる。
 真鯛の皮の焼き目と白身そのものの甘さをヤリイカのソースが引き立てながらも、
 ヤリイカの風味も主張している秀逸な一品だった。
 そして、付け合わせの緑とホワイトアスパラなどから伝わる
 野菜そのものの味と野菜が持つ甘みの濃さが、驚くほどすばらしかった。

「アントレ 肉料理、本日のメインディッシュでございます。
 |十勝彩美《とかちさいび》牛ランプ肉と契約農家産直野菜のグリル 
 バターたっぷりのマッシュポテトと野菜のメドレーです」
 彩美(さいび)牛とは、黒毛和種と乳用種を掛け合わせたブランド牛で、
 他には九州彩美牛、奥州彩美牛がある。十勝の広大な自然の中でのびのびと育てられ、
 美味しさとコストパフォーマンスを兼ね備えた牛肉と言われている。
 赤身でありながら適度な霜降りがあり、
 深部まで充分に熱が通ったレアのランプステーキ。
 噛むと程よい噛み応えがあり、
 濃厚な赤身の旨みと脂肪(あぶら)の甘みが、
 丁寧に作られた赤ワインソースと絡まり、
 バターたっぷりのマッシュポテトの付け合わせと共に、
 北海道の雄大な自然の豊潤さが感じられた。
 またステーキの傍に添えられた契約農家産直野菜のグリルは、
 メインの肉の強さにも負けないくらいの味の濃さと甘さが絶品だった。

「デセール 本日のデザート ティラミスといちごとアイスのラズベリーソースでございます」
 真っ白い皿にチョコレートで「内定おめでとうございます」のメッセージが添えられている。
 今までの料理を締めくくる品でさっぱりとしたラズベリーソースが素敵だった。
「最後にカフェ・ブティフール 焼きたてマドレーヌとコーヒーでございます」
 豊潤な香りのコーヒーと、外はカリカリ、中はふわふわの“焼きたてマドレーヌ”が、
 細長い小皿の上へ数個のマドレーヌが並んでいる。

美波は、デザートに描かれたメッセージに感激していた。
その時、前田さんがセカンドバッグから包装された四角い箱を取り出して、
美波の前にそっと置いた。
「美波さん、これは、誕生日と内定のお祝いとして買ったんだ。
 美波さんが気に入ってくれたらいいんだけど」
「えっ?こんなにまでして貰って、こんな物まで?・・・いいのかなあ」
「君用に買ったものだから遠慮せずに受け取ってよ」
「はい、ありがとうございます。
 義父以外の男性からプレゼントを頂くのは初めてで嬉しいです。
 開けていいですか?」
「ええ、開けてみて」
美波が、包装を丁寧に開けて、そっと蓋を取ると中から
『ホワイトゴールドエメラルドしずく型ネックレス』が出て来た。
「わあ、綺麗な色、とても可愛いネックレス」
「君の誕生月が5月だから誕生石のエメラルドを使ったものを選んだんだ。
 女の子にプレゼント買うのは初めてだから自信がないけど、どうかな?」
「すごく可愛くてすっごく気に入りました。本当にありがとうございます」
「仕事にも使える様に小さくて隠れる物をと思って選んだんだ」
「前田さん、ありがとう。大切にするね」
「君が喜んでくれて僕としてもホッとしたよ」
美波は、ネックレスの箱を持って少し席を外した。
しばらくするとネックレスを付けて席へ戻って来た。
レストラン内の柔らかい光にネックレスが輝いて綺麗だった。
美波は鏡で見た時、少し自分が大人になった様に感じたのだった。

このレストランの料理は多くの食べログにも書かれているが、
先ず料理を盛り付ける"器”には全て有田焼を使い、より華やかに魅せる様工夫を凝らし、
人間の持つ五感全てを通して感動をもたらすフレンチを届けているらしい。
料理に様々な旬の食材を使い、色彩で目を楽しませ、立ち昇る香りで食欲を刺激し、食材をナイフで切り分けフォークで突き刺す触感を手の筋肉へ伝え、完成されたその味で舌を喜ばせ、耳で咀嚼する音や同伴者の喜びの声を聞き堪能する。それらすべてが合わさって心を自らの喜びで満たす料理となるらしい。
そしてこの店は、『ミシュランガイド北海道2017』にも掲載されて盛況を博しているらしい。

またこのレストランの料理長のこだわりとして、「食器」と「野菜」がある。
料理長自身がリスペクトしている「食器」に関しては、フランス料理、イタリア料理の洋食の世界に伝統産業である有田焼を広く浸透させた佐賀県で有名な会社で『蒲池(かまち)陶舗』の物を使っている。この蒲池陶舗は、佐賀県武雄市山内町三間坂にあり「伝統を意識したモダン」「気概と挑戦」という言葉を常に大事に、「レストランのお役に立てる、料理を美しく見せる道具としての食器の開発」と「レストランに訪問されるゲストの皆さんの感性に響くようなアートとしての食器の開発」の両立に真摯に情熱を傾けている会社である。この会社の情熱と製品が店のコンセプトに合う物だった。
またもう一つリスペクトしている「野菜」に関しては、『佐藤自然農園』から直送の物を使っている。この農園は九州大分市にあり健康と安全を願い、草木を主体とした自然循環農法に取組み、露地栽培野菜(有機野菜生産、自然野菜生産)100種類以上、自然農法によるお米や梨、露天栽培の原木椎茸などの農産物宅配主体の有機野菜生産農園(自然野菜生産農園)である。
ここの「むかし野菜」は、10年以上の年月をかけ土造りから行い、野菜の育つ環境を支える金色に輝く土を作り、徹底的に拘って栽培された野菜は糖質に富み、栄養価も高く育っている。それらは茎も太く、葉肉も厚く、丈夫に育っているため、歯切れの良い食感となり、この店の極上フレンチを支える拘りの野菜となった。

二人は一度部屋に戻り帰り支度をしてから車に乗った。
美波の手元には手提げに入った経済や金融の本とCDがある。
しばらく音楽を流しながら仕事や卒論の話をしていた。
道路は札幌に近づいてきて札樽道へと曲がった。
小樽市はもう目の前だった。
「前田さん、今日は本当にありがとうございました。とっても嬉しかったです」
「なんもなんもお安い御用だよ」
「前田さんにたくさん使わせちゃったわね。ごめんなさいね」
「いいって、僕が君を招待したんだから気にしないで。
 何たって僕は社会人だから心配しないで、それに普段殆ど使ってないから。
 実はここしばらく仕事が本当に忙しくて、
 君とこんな時間を取れなかったし、
 今日一日、君のそばにずっと居て君の顔を見れたから、
 僕にとっても今日はご褒美の一日なんだ」
「それならいいけど、私はすごく嬉しかった。
 今までの私の人生の中でとっても幸せな一日だったわ」
「そこまで喜んでくれたなら、少し勇気を出した甲斐があったよ」
「勇気って?」
「いや、あの、嫌われて、断られたらどうしようとか思ってさ。
 その氷瀑祭りの時のこともあって・・・」
「あっ?・・・だって・・・急だったから・・・」
「ごめん、変なこと言っちゃって」
「もう、急にそんなこと言うから、
 思い出して恥ずかしくなったじゃないの・・・
 それに嫌いだったらあなたとこんなにずっと一緒にいません・・・」
美波は、急に顔が熱くなり、顔が真っ赤になったことがわかった。
そっと顔を彼から反対側に向けた。
「それなら良かった。安心した。
 これから気が向いたらいつでも僕の部屋に遊びに来てよ。
 必要な物は言って貰ったら揃えておくし、
 連絡してもらったらいつでも迎えに行くからさ」
美波は、熱くなった顔を冷やすようにゆっくりと息をして
「わかったわ。借りた本やCDも返さなければいけないし、
 お言葉に甘えましてまたお邪魔します。
 それと今度は今日のお礼で、私の手料理を御馳走します」
「へえ、楽しみだな」
「母から色々と習ってるから
 今日のお店みたいな料理は無理だけど家庭料理なら出来るわ」
「家庭料理は最近食べてないから大歓迎だよ。よろしくね」
「買い物や料理を作る時間があるから、今日みたいに昼前に行けば大丈夫です」
「わかった。またゆっくりとできる時に連絡するね。本当に楽しみだなあ」
やがて美波の入っている女性専用マンションが近づいて来る。
「ここらで大丈夫です。寮母さんに見られたらうるさいから」
「わかった。ここまでにするね。今日は本当にありがとう」
「こちらこそありがとう」
「おやすみなさい」
「こちらこそありがとうございました」
「おやすみなさい」
「あっ、君の付けたネックレスをもう一度見たい・・・」
「はい・・・」
美波は、前田さんをじっと見つめた。
彼の顔が近づいて来る。
美波がそっと目を閉じる。
美波の柔らかい唇にそっと彼の唇が重ねられた。