はっちゃんZのブログ小説

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130.学園を守れ6

卒業式前月の2月末に突然、校長・教頭・事務長が退職との噂で学園内は騒然となった。
3月1か月は在校生に対しては各学年主任が代行、決め事は教師全員が合議制でする事とした。もちろんその席には理事長が常に同席している。また教員も4月から大きく人事異動となり、一族経営の他の学校の教師と大量の人材交流が開始される。
生徒達も校長や教頭や事務長の退職の件は、噂から何とはなしに理解しており、新入生の入る4月からの新しい学園生活へ期待するようになってきている。
それに続き、前用務員の高橋氏が、一族の弁護士を通じて、文武連合の不良達を傷害罪で訴えた。それも示談金での解決ではなく、裁判による解決を親にも申し入れられ、世間にも表沙汰となって、学校としても不良達は即退学とした。

冴木は夜中に一人で能面を被り旧武道館でただひたすら日本刀を振っている。
次の大学進学も決まっており、文武連合の不良達に
文武連合のボスが生徒会長である事はばれていないので、
彼らが何を言っても冴木に繋がるものは一切何も無い。
ただ自分のいる間にこの学園を廃校に追い込めなかったのが残念との思いがあった。

その場に翔はバトルスーツを着て姿を現した。
冴木は翔と気付いて
「あれ、用務員さんがこんな夜中にどうされました?」
「今日は文武連合の手下はもういないのか?」
「・・・知っていたのですか?」
「ああ、君が文武連合のボスで彼らに命令した事も確認している」
「我々の秘密を知ってしまったので、
 あいつらを使って前の用務員は辞めさせた。
 急に再び用務員が着任したから不思議だなと思っていましたが、
 あなたはもしかして・・・」
「ああ、君が憎んでる、
 いや、逆恨みしてる館林一族の代理人と考えて貰って結構だ」
「校長や教頭、事務長の件もあなたが裏で動いていたのか・・・」
「そうだ、君が使っていた不良どもは残念ながら退学になったよ。
 当然だよな、喜んで他人を傷付ける輩にはそれなりの制裁は必要だから。
 それに女性を全員で犯した罪は許されない。
 彼女は生徒の事を親身になって心配してる優しい女性だった」
「校長と女子高生の仲や、堕胎の噂はネットへ俺が流した。
 だって、本当のことだからね。
 それに学校付近や近くの高校にもやたら喧嘩を仕掛けさせてるから
 この学園の噂はロクでも無いものとなっている。
 このままでは来年度の入学者数は定員を割るだろうね。
 それにこのたびの覚せい剤情報もネットには上げさせてもらった」
「もう卒業するお前がそんな心配をしなくていいぞ。
 もう既に来年度も定員以上の入学者数を確保している」
「何?そんな馬鹿な。確か割れてた筈・・・」
「子供のお前が思いもつかない事が大人にはあるのさ」
「どっちにしろこのスマホから情報を拡散したからこの学校は終わりさ」
「残念だったな。お前のスマホには入らせてもらっている。
 お前は俺の作った電脳空間で必死に学園の情報を発信していただけさ。
 よくできてる電脳空間だっただろ?
 おかしいとは思わなかったのか?
 普通ならそんな情報は警察がマークしてるぞ」

「君の事は色々と調べさせて貰った。
 君が館林を恨む理由は知っているが、普通の考え方なら
 お母さんがおっしゃる通りで君が間違ってると思うぞ」
「うるさい、あの仕事好きな父をそれ以外の道へ進ませたのは館林だ」
「違う。その間違った世界へ入ったのは残念ながら君のお父さんの考えだ。
 実際に、移転後の無利子融資も館林は提案して移転して貰ってる。
 先祖からの広い土地が、働かなくても十分なお金になったものだから、
 お父さんは『飲み打つ買うの世界』へ迷い込んだ。
 それに工場は近い将来に潰れる可能性も高かった」
「嘘を言うな。父の技術はそんなものではない」
「そう思いたい気持ちはわかるが、残念ながら
 君のお父さんの技術は一つ前の時代の機械に必要で次代には使われない部品だった。
 お父さんもお母さんもそれは知っていたようだよ。だから心がすさんだ」
「父の技術は永遠に使えるはずだった」
「君もその言葉を出しながら、この世に永遠の物はないと感じているよね?」
「うっ、だけど父は、本当にすごい人だったんだ」
「それは知っている。
 だから君のお父さんを知っている人は皆心からお父さんの死を惜しんだ」
「そんな父を死ぬようにしたのは・・・」
「実は、お父さんは死ぬ前に大きな借金があったのを知ってるか?」
「えっ?あんなにたくさんのお金があったのに?」
「そう、残念ながら数千万、ヤクザが相手だから1億は超えただろうね」
「そんなに・・・」
「そして、家族に迷惑を掛けることは出来ないから、死亡保険に入って死んだ」
「そんな・・・」
「君は、荒れていくお父さんにどのように接した?」
「うっ・・・」
「そんなに好きな父親なら
 君が全力でぶつかって止めるべきだったと思わないのか」
「それは・・・」
「君はお母さんにつらく当たるだけで、真実から逃げていただけだった」
 本当にお父さんを好きなら、どうして君がぶつかって行かなかった?」
「うるさい、うるさい」
「結局、君は自らを偽っている。本当に憎いのは弱い自分だったのだろう?」
「・・・」
「自分の境遇が思い通りにならないのは君自身が選んだ事なのさ。
 君は頭でお父さんという理想像を作り、
 お母さんや自分自身にも偽って本当の心を隠してきた」
「違う」
「いや、君は気づいている筈だ。全ては弱い自分が問題だったと。
 それに気づきたくないため代わりに館林を憎んだだけ」

頬に血の跡のある白い能面から覗く、
冴木の目つきが真っ赤に染まりギラギラとしてくる。
「くそっ、死ね。おうりゃー」
翔の脳天へ日本刀が振り下ろされる。
『ビュン』
と空気を切る音が辺りに響く。
冴木は翔が脳天を真っすぐに断ち切られて倒れる姿を予想した。
その瞬間、翔の身体がスッと沈み、
「ハッ」
『パシッ』
翔の脳天の上で両手に挟まれた日本刀があった。
俗に言う『真剣白羽取り』である。
「えっ?」
「くそっ、うっ、動かない」
「この日本刀には妖気がある。危険だな」
『フン』と息が強く短く出された。
両手がブルブル震える。
『パキン』
と高い音がして日本刀が途中で折られた。
『ギャア』と脳裏に何者かの悲鳴が響いた。
「その能面もな」
両手で挟み折られた刃先が振られ、頬に血の跡のある白い能面を斜めに絶ち割った。
ふたたび『ギャア』と脳裏に何者かの悲鳴が響いた。
この技は、鬼派の技で『鬼折り』と言い、
相手の日本刀を折って、その刀で相手をしとめるまでが一連の流れである。

翔は『この刀と能面があの時のものならば、これで終わる筈はない』と感じていた。
果たして冴木は、折れた日本刀を翔へ投げつけ、奥の部屋へ走って行った。
「ふふふ、お前はこれで終わりだ。死ね」
冴木の手には拳銃が握られていた。
照準は翔にピタリと合っている。
「冴木、もう止めろ。お前は俺には勝てない」
「何を、これでも喰らえ」
冴木の指が引き金を引こうとしたその瞬間、
冴木の目には翔の姿が何重にもぶれた様に映った。
なぜか右隣から翔の手が出て来て拳銃のシリンダー部分が握られた。
これではシリンダーが回らないので引き鉄は引けない。
驚いて右を向いた冴木の頬を翔は掌で大きく叩いた。
『バチーン』
と言う大きな音が旧武道館に響き、壁に叩きつけられた冴木は気絶した。

翔は、手にある拳銃を見つめた。
グリップ部分に『鬼の刻印』がされている。
折れた日本刀の鍔にも『鬼の刻印』が掘られ、
目釘を外して銘を確認すると「斬鬼丸」と銘打たれている。
割れた能面の裏側を見るとこれも『鬼』と記されている。
やはり、父龍一を殺した日本刀と拳銃であり、
当時須佐の父親が被っていた能面だった。
この能面に残っている頬の血痕は父龍一のものだった。
この日本刀と拳銃と能面をなぜ冴木が持っているのかを知る必要があった。
翔は、床に倒れている冴木を起こすと背中に活を入れて意識を取り戻させた。

「あっ、用務員さん、私はなぜここに?」
憑いた物が落ちたような、幼い表情の冴木が目を覚ました。
「君に聞きたい事がある。
 この日本刀と拳銃と能面はどのようにして手に入れたの?」
「えっと、僕が入学した時、この旧武道館を生徒会で片づける事になり
 掃除していたところ、この部屋の床に古い扉が見つかり、
 そこへ入ると古い長持が置かれていました。
 鍵は掛っていなかったので蓋を開けたところ、
 その中にこの能面と刀と拳銃が入っていました」
「君はいつから館林を憎み始めた?」
「その時に日本刀を抜いてその刃文を見てからは、
 なぜかただひたすら館林が憎くて憎くて仕方ありませんでした。
 でもあなたとのお話で色々と納得できるところもありました。
 全て私が悪かったみたいです。
 母の言う通りでした。申し訳ありませんでした。
 江戸時代ならきっと切腹をしてお詫びするところだろうなと考えています。
 私の推薦や進学の話は、もう無くなっても仕方ないと諦めています。
 どうぞお好きになさって下さい。
 でもいつか僕は父の様に技術を磨き、将来絶対に工場を再建します」
「君の様な優秀な生徒の将来を潰す様な事を館林はしないよ。
 この学園の設立理念から外れる様な事は絶対しない。
 今後君はもっともっと心を鍛え、感情に流されないようになりなさい」
「私の様な人間を許してくれるのですか?あんなに酷い事をしたのに?」
「君が反省をし今後世の中に役立ってくれる人間になってくれればそれでいい。
 もし君がこの学園をすばらしいと思うなら、
 たまには顔を出して顧問と一緒に後輩を鍛えて欲しい。
 君の剣の力を埋もれさせるのは惜しいからね」
「はい、ありがとうございます。
 大学でも剣道は続けて学園の後輩にも教えます。
 しかし、あなたの様に素手でも日本刀に勝つ人間がいる事に驚きました。
 私もあなたのように刀を持たなくても戦える人間になりたいです」
「がんばりなさい。またいつかお手合わせをしよう」
「はい、その時までもっともっと鍛えておきます」
「それでいい。
 明日から新しい君に生まれ変わった気持ちで生きて欲しい」
「はい、ありがとうございます。
 もし将来館林の方で私が必要になったらいつでも声を掛けて下さい。
 微力ですが、何某かのお手伝いは出来ると思います」
「わかった。その時には君に声を掛けさせてもらう。
 それまで鍛えておいて欲しい。では、おやすみ」
翔は妖気溢あふれる日本刀と拳銃と能面を持って旧武道館から帰って行った。
後に残った冴木は、いつもと違い明るい雰囲気となり竹刀を振って稽古を再開した。
翔は冴木の持っていた恨みの籠った日本刀と拳銃と能面をバッグにしまい、
これらを二度と世に出ない様に永久に封印するために桐生本家に持って行くことにした。

 

校長や教頭が退職した翌日、副会長の黒木が保健室に顔を出した。
いつもと違って顔つきが明るくなっている。
「立花先生、いつもありがとうございます」
「いえいえ、あなたの体調が良くなればそれでいいわ。
 それはそうと黒木さん、何か良い事があったの?」
「わかります?
 ええ、いつも耐えていた嫌な事が無くなりました。
 先生はもしかして私の身体の事を知っているのではないですか?」
「ええ、いつも心配していたわ」
「やはりそうなんですね。私の事はお見通しだったみたい」
「あなたのように精一杯生きてる子が苦しむ姿は見たくなかったの」
「先生って、本当に養護教員なんですか?」
「そうだけど、なぜなの?」
「30歳と言ってるけど、私のお姉さんみたいな感じだなと思って」
「若く見えて嬉しいわ」
「それより先生は、何者なんですか?」
「校長とかあんな事になったのは先生が来てからですよね?」
「偶然じゃないかしら」
「普通は驚くのにそうじゃないから不思議に思ってたんだ」
「もちろん驚いたわ。
 そんな事より何か話があったんじゃないの?」
「そうだった。先生は知ってると思うから話すけど、
 私、赤ちゃんを殺しちゃったの。悪い子ですよね?」
「あなたがその赤ちゃんを望んでいたのならそうだけど、
 そうじゃないんでしょ?
 その赤ちゃんだって
 きっと高校生の母親に苦労して欲しくなかったんじゃない?
 親子で苦労するのは目に見えてるよね?
 だからとりあえずお空にもう一度帰ろうと思って、
 お母さんへその気持ちを知らせたんだと思うわ」
「そうかなあ、

 あの後の身体の不調が赤ちゃんの恨みかなと思ってて、
 きっと罰が当たったんだと毎日思ってたんです。
 でも勝手なんだけど、
 将来にはきちんと好きな人との赤ちゃんが欲しいなあと思ってるんだ。
 今度こそ、何の不安もなく赤ちゃんを産んであげれると思ってるの。
 その時にこのお腹で大丈夫かどうか不安なの。
 闇のお医者さんだったので」
「そうよねえ。わかったわ。
 私の知ってるお医者様に頼んで徹底的に調べて貰おうか?」
「元の身体に戻れば、あなたは夢のためにがんばれるね」
「そう、海外で日本人学校の先生をして日本の良い所を教えてあげるの」
「楽しみね。その時には海外にも、
 例えばアメリカとかヨーロッパに、私の知り合いがいるから相談にのるわ。
 きっとあなたの弓を引く凛々しい姿は外国人も魅了すると思うわ」
「やはり、先生は只者じゃなかった。私の勘通り。
 でももう先生が誰でもいい。
 先生、短い間でしたけど、ありがとうございました」 
と黒木は明るい笑顔で挨拶をして保健室を出て行った。
百合はもうこの学校にいる必要性が無くなった事を感じた。
元用務員の高橋さんも4月から復帰するので養護教員も人事異動で変わる手筈だった。
その後、翔と百合は葉山の隆一郎翁に会い、事の次第を報告した。
翁は依頼が成功に終わった事を大変喜んで、いつものように道場で鍛えこまれた。