はっちゃんZのブログ小説

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。ブログトップから掲載されています作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

2.翔、帰還?!

 製薬会社の研究室に勤める百合は、今朝から胸騒ぎに襲われ、

不安が去らなかったため早々に実験を中止し早退した。

シャワーを浴びても気分がすっきりしなかった。

化粧水を塗りながらスキンケアをしている自分の顔が写る。

 

いつもはレイヤーカットのストレートセミロングにしているが、

昨日夜、行きつけの美容院で厚めの斜めバングを入れてイメージチェンジをした。

少し丸い顔、二重の目、大きな瞳、まっすぐな眉毛、鼻梁が通った形の良い鼻、

口角の上がったバランスのとれた厚さの唇、笑えば綺麗な白い歯が見えるが、

恋人の翔が惚れ込むその笑顔、今は全く見えなかった。

 

スキンケア後、ベッドに横になったまま翔の顔を浮かべた。

昨日夜からずっと翔からの連絡がない・・・

こんなことは初めての出来事で、彼が心配で仕方なかった。

 その瞬間

「百合、すごく愛してた」と大声が部屋へ響き渡った。

ベッドで横になっている百合の身体の上に何か濡れた重い物体が落ちてきた。

「キャー」

百合は反射的に身体の上の物体を上方へ巴投げでその物体を投げた。

「ドーン、ムギュ」

部屋の中にはびしょ濡れの翔が気絶していた。

「翔さん、あなた、どうしたの?何があったの?」

翔に声を掛けたが意識は戻らない。

百合は、なぜここへ翔が出現したのか理解できなかったが、

急いで脈拍と呼吸を調べ、異常のないことを確認した。

今は一刻も早く、濡れた身体を拭き、服を着替えさせ、

冷えた身体を暖めることが一番大切だった。

 百合は必死で冷たくなった翔の身体を強くさすり抱きしめた。

百合の心が『早く目覚めて。翔、早く目覚めて。お願い』と叫んでいる。

しばらくすると徐々に身体が温かくなって顔色も少し赤みが差してきた。

翔の眉間にポツンと盛り上がった穴が気になったが、もうふさがりかかっている。

じっと彼の顔を見ていると、いつの間にかニコニコ顔になっている。

百合は摩擦する手を緩めた。

 翔はふっと目が覚めると「百合」と叫び、急いで起き上がった。

じっと部屋を見廻している・・・その視線が百合の顔に止まった。

「あれっ?ここは?」

「私の部屋よ」

「あれっ?なぜここに?」

「無事帰ってきてくれて良かった」

百合はほっとして彼の厚い胸に顔をうずめた。

翔の頭の中は???の状態だったが、隣に百合がいると身体が熱くなってきた。

我慢出来ずに目の前にある弾力に富んだ形の良い唇にむしゃぶりついた。

「少し塩辛いわ。翔さん、シャワーを浴びてらっしゃいな」

「塩?あっそうだった、海の中だった。わかった、シャワー浴びてくるよ。

百合も一緒にどう?」

「やだわ、恥ずかしい」

「そう言わずにさ。ね?ゆーりちゃん?それに俺の服で汚れたでしょ?ね?」

こうなると翔が絶対にあきらめないことを知っている百合は苦笑しながら

「もう仕方ないわねえ。ほんとに翔ったら聞かん坊なんだから」

「じゃあ、お姫様抱っこっと」と百合を軽々と抱き上げるとシャワールームへ向かった。

百合の身長は165センチで日本人としては結構高いが、翔が180センチなのでちょうど良かった。キャアキャア言いながら二人でシャワーを浴び、バスタオルを巻いた百合をまたお姫様抱っこしてベッドへと戻ってきた。

 抱き上げた時、目尻の涙の跡に気付いていた翔は一層愛おしくて堪らなかった。

翔は爆発したかのような激しい愛情をその壊れそうな肢体へと注ぎ込んだ。

 

 余韻にひたる二人。

「百合、すごく大好き、愛している」

「私も」

「良かった。百合に会えて」

「ねえ何があったの?」

「実はね・・・あっ?都倉警部に連絡しないといけないや。百合、携帯を貸して」

「うん?どうぞ」

「都倉警部ですか?連絡が遅れましてごめんなさい。えっ?はい無事でした。

 よくわからないですが、今百合の部屋にいます。

 ええ、心配かけて申し訳ありません。はい。今夜はゆっくりと休みます。

 そうそう事件はどうなりました?えっ?ダイナマイトを使われた?

皆さん大丈夫でした?それは良かった。一網打尽にできたのですね。

良かった。おめでとうございます。

また、明日にでも本庁に顔を出します。ではお休みなさい」

 その時、翔のお腹が急にグウグウ鳴り始めた。

「安心した途端に腹が減ってきた。百合、お願い、何か食べさせて」

「ふふふ、もう、仕方ないわね。でも私もお腹空いたし何か作るわ。何がいい?」

「百合が作るものなら何でもいいよ。だって美味しいもん」

「そうねえ、いいお豆腐を買ってあるの。湯豆腐でもどう?」

「おっ?それはしぶい選択。身体に優しそうだ」

 

 二人は晩御飯も終わり、ソファーに隣り合って食後のコーヒーを飲んでいる。

テレビでは「暴力団虎志会覚醒剤シンジケート一斉検挙」の話で持ちきりだった。

「この事件だったんだよね」

「そうなの、無事に一味を検挙出来て良かったわね」

何かを言いたげに翔をじっと見つめている。

「百合、今日はありがとう。驚いただろう?実は俺も意味がわからないんだ。

 わかっているのは今ここで俺が百合と一緒にいるってことだけ」

「どういう意味?」

翔は順を追って、このたびの事件の顛末を話した。

最後まで話した時に百合の瞳から大粒の涙が頬を伝って落ちた。

「どうして、あなたはそんな危ないことをするの?

 あなたのお婆さんへの気持ちはわかるけど、

 探偵の領域を逸脱していると思わないの?

 私はすごく怒っているの。もし翔が死んでいたら私は・・・」

百合は堪えきれずに翔の胸に顔を埋めて両の拳で叩いた。

翔は百合をじっと抱きしめていた。

 

『確かに百合の言うとおりだった。

今回の不思議なことがなかったら俺はここにはいなかった』と初めて気付いた。

 

ひとしきり泣いた後、百合がじっと見上げながら、

「ねえ、あなたを暖めている時、急にニコニコし始めたけど、何か覚えてる?」

「うーん、ええと、そうだった?」

「そうよ」

「そうだ思い出した!あの時、百合と抱き合っている幸せな夢を見てたんだ」

「私は、必死であなたを暖めている時に、幸せな夢をね?もう知らない!」

百合は翔の頬に軽くパンチをいれる仕草の後、

お互い顔を見合わせてプッと拭き出した。

「そうそう、今度兄に会ってみない?その不思議な出来事の理由がわかるかも」

「そうなの?兄さんに?わかった。明日以外ならいつでもいいよ」

「それはそうと、私は決めたわ。あなたの秘書になります」

「えっ?今の仕事は?」

「今の会社は兄の研究所とよく共同研究しているのでいつでも復帰は可能よ。

 そんなことより、もう翔が帰ってこないとか連絡もつかないとかで1人で待っている

 のはもう嫌」

「それは・・・ごめんね」

「私に心配を掛けたくないなら、秘書に雇いなさい。もちろんお給料はいらないわ」

「いやあ、給料を頂戴と言われても一人分もギリギリだから、良かった安心した」

「ふふふ、私の顔を毎日見ることができて幸せでしょう?翔?」

「ううん、とってもし、あ、わ、せ、かなあ」

「なにか無理しているように聞こえるわ。どうなの?」

「いや、嬉しいけど、百合を危険な目に合わせたくないんだ」

「大丈夫。私とても逃げ足速いから安心して。足でまといには絶対にならないわ」

と、いうことで翔には百合という最愛で最強の秘書ができた。

(つづく)