はっちゃんZのブログ小説

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9.がいな祭りと境港

 夏の山陰地方は涼しいと、関西や四国地方を勤務してきた慎一は感じている。

肌にあたる日差しの強さとか最高気温を比較してわかったことだった。

米子城跡にある湊山公園を散歩している時など木陰に入ると吹き渡る風は涼しかった。

8月始めの土日二日間、ここ米子市では『がいな祭り』があるそうだ。

静香美波親子も見に行くようで

『会えたらいいね』とこっそりとウインクした美波ちゃんの笑顔が脳裏に残っている。

 

『ドーンドーンドーン』

遠くから、がいな祭り開始の『ふれ太鼓』が響いてくる。

米子がいな祭りは、駅前ステージ、駅前だんだん広場、文化ホール多目的広場、

駅前通り、本通り商店街や湊山公園でステージが作られ、

そこで様々な企画が開催されて、進行されてゆき、

最終日、中海海上での『がいな大花火大会』で締めくくる。

ちなみに、『がいな』とは、山陰地方の方言で「大きい」を意味するものである。

 

 夕方からが本番だと聞いていたので仕事の資料を整理してゆったりと過ごした。

少し暗くなってから部屋を出た。

『がいな太鼓』があらゆる会場で鳴り響き、街全体へ熱き鼓動を伝えている。

『がいな万頭』が道路で踊っている。

枝のついた長い竹に多くの万頭を吊り下げ、

踊り手がその竹を額や胸などに立てて踊る。

その技を競うようで、子供も大人も器用に踊っている。

この祭り、『秋田の竿灯祭り』を取り入れて、米子地方で盛んになったものらしい。

慎一は色々な会場を見回って楽しんだ。

市民は皆、大人も子供も一年で一番大きなこの祭りを満喫している。

 

 偶然、湊山公園で静香親子に会った。

二人とも鮮やかな色の浴衣でおめかししている。

「おじさん、こんばんは、やっぱり会えた。良かったね。お母さん」

「うん、そうね。日下さん、いかがです?」

「大きな祭りやねえ。さすが『がいな』と言うだけあるねえ」

「そうでしょう? 

 私は、明日夜の花火を一番楽しみにしているんです。

 でも今年は、美波は友達と一緒だと言われて、

 私とは付き合ってくれないんですよ」

「そうだ、おじさん。明日、お母さんと一緒に花火を見ない?」

「美波、またそんな無理なことを。日下さん、いいんですよ。

 気にしないで下さい。花火は家の二階からでも見えますから、今年は家で見ます」

「いや、僕も暇やし、もし女将さんさえ良かったら花火を一緒に見ないですか?」

「えっ? いいんですか? 私みたいなもので・・・」

「その言葉は、こっちの話やで。僕としたら願ったりかなったりや」

「お母さん、一緒に見る人ができて良かったね」

「もう、美波ったら。お母さんは良かったけど、日下さん、無理させてませんか?」

「ううん、全然やで」

「じゃあ、そうしましょう。よろしくお願いします」

三人は並んで祭りを楽しんだ。

 

 帰り際に、美波ちゃんが

「お母さん、明日のお祭り前に、うちの家で皆でご飯食べようよ。いいでしょう?」

「まあ、日下さんにも都合があるでしょうに」

「いいや、残念ながら。実は、ありそうで無いのが独りもんの悲しさですわ」

「良かった。断られたら寂しいなと思っていたの。おじさん、ありがとう」

「いいや、こっちこそや。明日境港の市場を見に行こうかと思っていたから、

 ちょうど良かった。女将さん、何か買って来ようか?」

「うーん、そう言われてもすぐには浮かばないわ」

「じゃあ、明日、皆で市場に行こうよ」

「それがいいな。それだったら買うものわかるやろ?女将さん」

「そうですが、本当にごめんなさいね。美波ったら無理ばかり言って」

「いいですよ。どうせ暇やし、境港市場の案内をお願いします」

美波ちゃんの発案でとんとんと明日の予定が決まった。

 

 翌日は、少しはおしゃれでもと思い、白いサマーセーターを出した。

朝10時くらいに美波ちゃんから電話連絡があり、後藤家への道を教えてくれた。

家の前にはもう二人は待っていた。

いつもお店では髪を丸めてアップにしている、小顔で切れ長の目の女将さんが、

今日は長い綺麗な髪を落として、一つにまとめている。

白いパンツに薄いオレンジ色のブラウスを着て、白いカーディガンを羽織っている。

慎一は一瞬早くなった心臓の鼓動を、CDのスイッチ入れることで抑えた。

後藤家は旗ヶ崎の一軒家で二人が住むには大き過ぎるように感じた。

「おはようございます。今日はありがとうございます」

「おじさん、おはよう」

「おはよう、さあ出発しよう」

境港市へ向かう途中、

神話や神社が趣味であることを伝えると二人は興味津々で聞いている。

軽く打診して見ると、二人から『初めてだから行ってみたい』と返事が返ってきた。

先ずは境水道大橋を通って、『えびす様の総本宮』と言われる美保神社へ参拝した。

 

美保神社のご蔡神は『三保津姫命』『事代主神(えびす様)』の二柱。

『三保津姫命』

高天原の高皇産霊命の御姫神で、大国主神の御后神。

高天原から稲穂を持って降臨され、人々に食糧として配り広められた神様。

「五穀豊穣、夫婦和合、安産、子孫繁栄、歌舞音曲(音楽)」の守護神。

美保という字はこの神の御名に縁があると伝えられている。

事代主神(えびす様)』

大国主神の第一の御子神

鯛を手にする福徳円満の神えびす様として世に知られる。

「海上安全、大漁満足、商売繁昌、歌舞音曲(音楽)、学業」の守護神。

出雲神話・国譲りの段において御父神・大国主神より重要な判断を委ねられた神様。

その他、神社内には客神として、

大妃社、姫子社、神使社、宮御前社、宮荒神社、船霊社、稲荷社など

多くのお社が祀られていた。

 本殿は、大社造であり国の重要文化財である。

向かって右側の「左殿(大御前)」に三穂津姫命、

向かって左側の「右殿(二御前)」に事代主神をお祀りしいる。

この二殿を「装束の間」でつないだ特殊な形式で、

美保造または比翼大社造と呼ばれている。

事代主神』は、現在の皇室にて祀られている「宮中八神」のうちの一柱でもあり、

大変興味深かった。

 静香親子は、慎一から神様に関連する神話の説明を感心して聞きながら、

神妙な面持ちで慎一の真似をしてお参りした。

少しマニアック過ぎて引かれたかと思ったが、二人はニコニコとお礼を言ってくれる。

 

 境港市は、古代からの港町で鬼太郎の作家である水木シゲルの故郷として有名で、

水木シゲルロードのあちこちに妖怪の像が飾られている。

三人とも少しお腹が空いたので、昼食を食べようと、境港さかなセンターへ向かった。

センター内はショッピングコーナーと市場食堂があった。

早速、食券を買って、刺身定食、あらだき定食、寿司定食を頼み舌鼓をうった。

ご飯の後、喜太郎神社にお参りし、夢みなとタワーに登り、そこからの光景、

日本海と大山へ続く曲線を描く弓ヶ浜の美しさ』に目を奪われた。

 

 女将さんが「安いわ」と目の色を変えてショッピングセンターで干し物を購入し、

最後に、当初の目的である「境港水産物直売センター」へ行った。

多くの美味しそうな魚が水揚げされ、足の踏み場もないほど並んでいる。

海産物の買い物は女将さんに任せて、美波ちゃんと一緒にセンター内を散策した。

「ねえねえ、きっと私達、親子に見えるね」

「そうやろうなあ」

「私、こんな光景を夢見ていたの」

「へえ、そうなんや、僕が仮にお父さんだったら美波ちゃんみたいな娘はうれしいな」

「ありがとう、おじさん。この話はお母さんには内緒ね。約束よ」

「うん、わかった。約束する」

美波ちゃんが女将さんを見つけて走って行く。

親子二人の笑顔が輝いていた。

(つづく)