はっちゃんZのブログ小説

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3.男との対話(第1章:記憶喪失の男)

管理人さんが居たのでなかなか話は出来なかったが、
部屋の中に居た時に、遼真と真美はこの部屋で亡くなった男の姿が見えていた。
部屋の床と壁を何度も何度も見ながら歩いている。
遼真と真美の視線に気づくと不思議そうにじっと見てくる。
特には悪意は全く感じない男だった。
それ以外に二つの不思議な霊現象が感じられた。
一つは、近くでその男を心配そうにじっと見ている少女の存在だった。
その子は入院している様な服装の5歳くらいの女の子。
男はその少女の眼差しに全く気付いていないのか床と壁ばかり気にしている。
もう一つは、天井からこの部屋を覗く男と女の生霊だった。
その視線は、部屋に住む人間を睨みつけている。
ここに住む人間の体調とかが変になるのはこの生霊が原因と思われた。

遼真と真美は、今度は二人でじっくりと調査してみようと思い、
翌日、再びマンションへ向かい、
管理人さんから鍵だけ貰って二人だけで部屋へ入り、
先ずはその男と話をしようとその準備に入ろうとした。
その時、部屋のドアがノックされた。
遼真が出ると、目の前に目つきの怖い人が二人立っている。
「警察の者だが、君たちは何をしているのかな?」
「お前、こんな可愛い子に何をしようと考えてるんだ?」
「違うだろ、お前は黙りなさい」
「うーん、だけど、怪しいじゃないですか」
「私たちは、桐生建物からこの部屋の除霊の依頼をされている者です」
「除霊?」
「馬鹿なそんないい加減な事を、それでこの子を騙すつもりじゃ・・」
「お前は黙れと言ってるだろ。余計にややこしくなる」
「はい」
と若い方の刑事は不貞腐れてそっぽ向いた。
「ごめんなさいね。

 最近、ここら辺りで若い女性が襲われる事件も多くて、
 うちの若い刑事も気が立ってるから気を悪くしないでね」
「いつもいつも大変なお仕事ご苦労様です。
 私の知ってる人も警察のお手伝いをしているのでわかります」
「それは誰なんですか?」
「新宿にある探偵事務所の所長です。桐生 翔と言います。
 確か警視庁の都倉警部がご存じと思います」
「都倉?ああ?俺の同期だ。そうか都倉となあ」
「都倉さん?
 あちらはバリバリに活躍してるけど、
 こちらはオミヤですけどねえ、跳ばされ部署の、ふん」
「馬鹿、お前は要らないことを言わなくていい」
「僕は桐生遼真、こちらは桐生真美で、目黒の神社に住んでいます」
「遼真君、真美さんでいいかな?」
「はい、それはそうと、オミヤ・・・なんですか?」
「ああ、警視庁迷宮事件課、通称オミヤと言われている」
「へえ、大変なお仕事ですね。迷宮事件か・・・」
「そうなんだ。実はこの部屋も解決に関係してるかもと思って、
 見張ってたら君らの姿が見えたもので興味を持ったのさ」
「そうそう、
 で?
 ここには・・・いるの?」
と若い刑事が、両手を前で幽霊の恰好をした。
「ええ、居ますよ。ここに限らず街のそこらじゅうに居ますよ」
「えっ?どこに?」
「今は何か感じているみたいで、そこの部屋を歩き回っていますよ」
「全く見えないけど・・・」
「彼らは普通の人とは異なる世界に生きていますから
 霊感の少しある人なら感じる事はできても普通は見えません」
「それでその幽霊は悪いことをしているのか?」
「いえ、何も悪い事はしていません。
 なのに不思議な現象が起こるから我々が依頼されたのです」
「という事は、この可愛い女の子も、そのー、見えるの?」
「可愛いなんて、ふふ、ありがとうございます。もちろん私も見えますよ」
「そうなんだ。怖くない?」
「怖いとかではなく、
 彼らや彼女らも本当は助けて欲しいと思ってますから、
 それに、こういう事は小さい時からなので慣れましたね」
「それが良いのか悪いのかわからないけど、俺なら怖いかな」
「お前、刑事の癖にそんなでは駄目だろ」
「あのね、刑事でも苦手なものはあるんです。
 だいたいさあ、幽霊って身体無いでしょ?
 触れないから戦えないしねえ」
「確かになあ。筋肉バカのお前じゃあ無理だな」
「馬鹿って、酷いなあ。
 筋肉って素直なんですよ。本当に可愛い奴なんです」
「わかったわかった。それで何かわかりましたか?」
「今、来たところなのでまだわかりません」
「そうなの?
 それはすまない。
 じゃあ、さっそく始めなさい。
 そうそう我々のことは気にしなくていいからね」
「はい、じゃあ真美、始めよう」
「はい、遼真様、わかりました」

遼真と真美は、リビングルームを行ったり来たりしている男へ近づいた。
男は不思議そうな顔つきで笑っている。
「あなたのお名前は?」
「???」
「あなたのお名前は?」
「俺を見えるのか?」
「はい、見えますよ。だから声を掛けています」
「そうなのか、実は俺、自分の名前もわからないんだ」
「なぜこの部屋でずっと居るのですか?」
「なぜかこの部屋から出られないのさ。何かに引っ張られてるのかな?」
「お名前もわからない。なぜいるかもわからない。
 そしてなぜかこの部屋を出られない。それは困りましたね」
「そう、俺も困ってるんだ。ただなぜかこの部屋だけは気になるのさ」
「そうですか。では、この子のことは?」
「この子?・・・どの子?・・・どこ?」
「ここですよ。僕の前にいるでしょ?」
「あなたの前には小さな光があるだけです。暖かい光です」
「えっ?
 あなたにはこの子が見えない?
 この子はあなただけをじっと見つめていて、
 我々の存在さえもわからないくらい必死で見つめているのに」
「そうなんだ。でも俺には光にしか見えない」
「うーん、あなたはなぜか記憶が無いし、この子もあなたしか見えていない」
遼真は真美に二人の似顔絵を描くように頼んだ。
真美は、呼吸を整え軽く目を瞑りしばらくすると
すぐに自動書記状態となり二人の似顔絵を描き始めた。
やがて二枚の似顔絵が出来上がった。
両腕に画家の霊を下ろしているためか非常に|玄人跣《くろうとはだし》だった。
しかし、少女の似顔絵を見た男からは、やはり『光にしか見えない』と答える。
遼真は彼の脳や心が娘を見る事を拒否してるのだと感じた。

似顔絵の書かれた2枚を二人の刑事が覗き込んで驚いた様に
「この男は、この部屋で死んでいた『佐々木延彦』だ。
 この子はどこかで見た事がある。うーん・・・」
「この男の名前は佐々木延彦さんなんですね?
 ありがとうございます」
遼真は男に向かって
「あなたのお名前は『佐々木延彦』さんですよ」
「ささき・・・のぶひこ・・・?」
「そう、あなたはこの部屋に住んでいて亡くなったのですよ。
 何か思い出しませんか?」
「うーん、少し思い出す努力をしてみます。
 僕はささきのぶひこ・・・、ささきのぶひこ・・・」
その時、
宮尾警部が右手の平を左手の平へバチンと合わせた。
「お、思い出した」と大声を上げた。
もう一人の小橋刑事は、その声で飛び上がった。
「ヒエー
 宮さん、な、なんすか?
 急に大声出すから飛び上がっちゃいましたよー
 ここには、これが居るんですから・・・
 心臓に悪いことはやめて下さいよ」
「その子は、佐々木の先妻との間に出来た『沙智(さち)ちゃん』だ。
 確か、佐々木が死ぬ少し前に病院で亡くなったと思う。
 重度の心臓病に患っていて海外での移植手術しか手段は無いと言われていたが
 ネットで募金を募集するも全然集まらないうちにとても病状が悪くなって、
 急いで海外で手術するにもお金が殆ど無くて
 残念ながら間に合わなかったって聞いたな」
刑事と遼真が話をしている間、真美は部屋の隅に行き、
今度は天井の生霊を見上げながら自動書記で似顔絵を仕上げて行く。
完成した絵は、刑事に知られない様に手早く巻き込んで手元の鞄へ仕舞った。
その後、真美は如何にも部屋の内部撮影をするように
スマホを佐々木延彦と少女、生霊へ向けて念写した。

遼真は二人の刑事に
「宮尾警部、小橋刑事、お願いがあります。
 我々もご協力できるところはしますので、我々にも情報をいただけませんか?」
「ほう、これは助かります。我々も新しい情報が欲しいところですから
 お互い協力し合いましょう。一応、都倉にも断るけどいいね?」
「どうぞ、都倉刑事と従兄の翔兄さんは良く会ってるし、
 私もたまに事務所で都倉警部に会っていますから」
 私の連絡先はこれですので覚えておいてください。では」
と名刺を宮尾刑事に渡した。
名刺には「神霊鑑定家 桐生遼真」と印刷されていた。