はっちゃんZのブログ小説

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26.いつもの音

静香さんが朝早くから来て、まだ残る荷物のまとめと部屋の掃除をしている。

30日昼前に引越業者が来て昼過ぎには搬出し終わった。

部屋は引っ越してくる前に戻って行く。

自分の思いは元には戻っていない。

ほんの1年半と短かった期間だが、

今までの転勤と違い思い切りの悪い自分に気が付いた。

慎一は思い切るようにベランダから見える大山の姿を目に焼き付けて

静香さんと一緒にエレベーターに乗った。

今晩に静香さんと美波ちゃんにご馳走しようと

手元の鞄にはコーヒーのセットを入れている。

 

後藤家までタクシーで移動し、明日朝9時30分頃に来てもらうよう予約した。

美波ちゃんは、今日が夏休み最後のクラブのためまだ帰っていない。

慎一は静香さんへ断り、長い間仏壇に手を合わせている。

静香も少し後ろに座り手を合わせた。

彼がこの家に来るようになって今では慣れた風景となっている。

静香は彼が何かを呟きながら手を合わせていることに気がついた。

 

静香は彼へお茶を入れて、居間でゆっくりと京都の話をした。

自分は修学旅行以来で全く知らないことや

神社、仏閣が好きな慎一にはすごく楽しみなのでは?とか

美波と一緒に遊びに行った時は案内してくださいねとか

非常に多弁ないつもと違う自分に気がついた。

 

慎一は慎一で静香へ山陰で色々と行った時の思い出とか

神社や神話や食べ物の話とかをずっとした。

彼自身もいつもと違う自分に気がついた。

 

二人は目を合わせて笑った。

そこはいつもと一緒だった。

二人はいつもと同じにいつものように今日は過ごそうと決めた。

 

静香が夕食作りに台所へ立った。

いつものように

リズミカルな包丁の音

コンロを付ける音

菜箸で混ぜる音

食材が焼けた音

食材が煮える音

様々な音のあることを今日初めて意識した慎一だった。

いつもこの家にはこれほどの種類の音があった。

母親の出すそれらの音とは異なっているにも関わらず、

そのいつもの音が、

慎一へ家庭の暖かさと

ずっと長い間彼女と一緒にいたような錯覚を覚えさせるのかもしれない。

静香さんが慎一へお風呂を勧めてきた。

ゆっくりと湯船に浸かる。

自然と『あーあ』と伸びをしてしまう。

こんなまだ陽があるうちに風呂に入るのは久しぶりでその良さを再確認した。

そのうちに美波ちゃんの帰ってきた声が聞こえた。

慎一は用意された男物のパジャマを着て居間へと向かった。

 

今晩の献立は

『白イカ、タイ、アワビ、岩ガキの刺身盛り合わせ』

『ハマチとヒラメのカルパッチョ バルサミコソース添え』

『タイの塩焼き』

『タイの兜煮とアラ煮ソーメン』

『アワビ、岩ガキの酒蒸し』

『小豆雑煮』

全て慎一の大好物だった。

ビールを飲んで、その後冷酒を飲む。

慎一はゆっくりと噛み締めて、各食材の味を確かめるように味わいそして飲み込んだ。

『こんな美味しいご飯を毎日のように食べていたんだなあ』

と今更ながら驚きを感じた。

 

美波ちゃんが食べ終わったので、

慎一は酔っ払う前に二人へプレゼントを渡した。

「ああ、これ欲しかったの、ありがとう。すごくかっこいい」

「まあ、こんな素敵なものを・・・私の誕生石・・・とても嬉しいです。

ありがとうございます」

「うん、喜んで貰えて良かった。

 二人からいつも力を貰えたからがんばれた。そのお礼やで」

「ううん、私こそおじさんに色々と・・・ありがとう、後でまた下りてくるね」

「わかった。まだ飲んでるから」

美波ちゃんが2階へ上がって行った。

静香さんは片付けものをしながら食器を洗っている。

(つづく)