はっちゃんZのブログ小説

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42.広すぎる家

弓ヶ浜から家に戻り二人でゆっくりとお茶を飲んだ。

慎一は部屋をゆっくりと見まわして一人で住むには広すぎる家と感じた。

静香もそれを感じるようで、何かそわそわしながら見まわしている。

「美波一人がいなくなるだけでこんなに静かで広くなるのねえ」

「そうやねえ。いっそのこと、狭い所に引っ越したら?」

「そうねえ。それがいいかも、確かに不用心よね?夜遅いし」

「美波ちゃんが帰ってきてもお母さんが帰ってきても

 寝るところあるように3LDKくらいの物件ならいいよね。

 それもきちんとロックされてるマンションで」

「そうよねえ・・・

 ねえ慎一さん、しばらくお店休もうかと思ってるの」

「それはいいけど、どこか身体がおかしいの?」

「何か気が抜けちゃって、あまり店を開く気が起きないの」

「まあ、長い間、働き詰めだったしちょうどいい時期かも

 そうだ、今度の土曜日に日帰り温泉にでも行ってゆっくりとする?」

「それはいいわね。楽しみ。でもあの子きっと怒るわね。

 私がいなくなったとたんに二人してどこかへ行ってって」

「まあ、この一年間、

 受験生と記憶喪失のオッサンを相手にしてたんやから

 疲れて当たり前やで、そのご褒美ということで」

お互い顔を見合わせて笑った。

そして、どちらからともなく静かな時間が訪れた。

 

慎一は静香をじっと見つめて

「静香さんが弱ってる、

 こんな時に言うのは卑怯かもしれんけど言わしてもらう。

 静香さん、前にも言ったように僕は静香さんと結婚したいと思ってる。

 美波ちゃんも無事一人立ちしたし、そろそろ真剣に考えて欲しい。

 君の御主人を想う気持ちは痛いほどわかるけど、

 その気持ちごと、僕に飛び込んできて欲しい。結婚して欲しい」

 

静香は一瞬躊躇したが何も言わずに慎一の胸に頬を寄せた。

「はい、こんな私でいいの?」

「こんなって、今の静香さんやから好きなんや。僕でいいんやな?」

胸に静香のうなずきが響いてくる。

「やはり神様はいたのね」

「そうやな、美波っていう神様だったかな」

「まあ、あの子ったら私達の神様にまでなったのね」

「静香さん、好きや」

「はい、私も好きです」

そっと目を閉じる静香の唇に唇を長い間重ねた。

その日から静香は慎一の事を『あなた』と呼ぶようになった。

(つづく)