はっちゃんZのブログ小説

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21.彼との距離

慎一が帰ったあと静香はゆっくりと湯船へつかり彼の笑顔を思い浮かべた。

彼の家庭がうまくいきそうで嬉しかった。

もちろん幼い頃からの辛い記憶を変えることは大変なこととわかっている。

しかし彼本来の性格は、そんな辛い記憶で変わるものではないはずとも感じ

少しでもいい方向に向かえば、彼自身の幸せにつながるのでは?と思えた。

 

『彼自身の幸せ』・・・

そう考えた時、静香は気づいた。

『彼の幸せと私達親子の幸せは交わることがないのでは・・・』

静香親子と彼との距離があまりに近すぎることに危惧を感じた。

美波は彼を父親のように慕い、

静香自身も亡き夫にしか見せなかったものを無意識に見せている。

 

最初はお店のお客さんだった人・・・

亡くなった夫に良く似た仕草だった人・・・

その彼が、いつの間にかこんなに近くの人に・・・

 

彼は転勤族でいつかこの土地とは離れる関係のはず・・・

もし彼が転勤していなくなったら・・・

 

彼は結婚の経験もなく子供を持った経験もない人・・・

私の夫や娘への思いは変わっていない・・・

静香は彼との関係のアンバランスさに今更ながら気づいた。

 

『彼との近さ』と『静香親子の世界』の距離・・・

彼は私達親子とは異なる世界の人なのかも・・・

だからこそ、お互いが物珍しさで魅かれたのかも・・・

でももう今となっては私には彼と距離をとる勇気はない・・・

最後まで彼の心に触れていたい気持ちが強い・・・

その思いと夫への変わらぬ思いの葛藤から

普段は目を逸らせている自分に気づいた。

 

彼の心を利用しているのではないかと感じる自分のずるさに恥ずかしくなったが、

夫とは全く異なる彼の魅力にも魅かれている自分の心も否定できなかった。

彼と二人だけの時間に時々訪れる

ずっと二人だけで過ごしてきたような錯覚にとらわれる心の不思議・・・

ただあの時、愛することに必死だった夫の時にはなかった心の情景だった。

この気持ちは夫が亡くならず、ずっと暮らしていたら普通の情景かもしれない。

しかし、短い期間ながら多くの楽しい思い出を残して14年前に夫は亡くなった。

それから、ただ娘を大きくするだけに力を注いできた。

 

ふと『縁(えにし)』と言う言葉が浮かんできた。

『縁』がうまく循環すればみんな幸せになるのかも・・・

仮に彼の幸せと私達親子の幸せのラインが交わることはなくても・・・

今まで自分は良い縁の循環により夫の父母とも仲直りし父ともわかり合えた。

今は自分の心より美波を独立できるまで育てることが一番と考え

将来のことは『縁』におまかせすることとした。

静香の心がすっと軽くなり、今の『縁』に身を任せようと思った。

(つづく)