はっちゃんZのブログ小説

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6.怨霊、猿野花(さのか)の物語(第5章:真美を救え)

白猿がさらってきた女性マリコは、高い木の枝に不安そうに座っている
女の怨霊が憑依している女性マリコ
頭領の令一は、“遠当て”を使った。
『ハッ』
マリコの身体が強くはねて、
胸に子猿の像を抱いたまま突然意識を無くして落下してきた。
一族の者が数名下でその身体を受けて地面に寝かせた。
「自縛陣」
その女性の周りに白く丸い陣が浮かび上がる。
真美の母親が、悪霊が憑依した女性の周りに結界を張ったのだ。
これでこの悪霊はこの陣から外へ出る事は出来ない。
マリコの口を借りて、女の悪霊は、
『シロ、どこなの?
 お願い出て来て・・・
 お前の声を聞かせて・・・
 いつも私のそばにお前がいたから私は安心できたのよ』と呟いている。
頭領の命令で夢乃さんが、
長い間、石像の中に眠っていた女の怨霊の魂を観ることとなった。
自分がどうなるか不安で恐れ慄く女の悪霊を夢乃さんはそっと眠らせた。
怨霊の魂は再び石像へ封印された。

猿野花《さのか》の物語
江戸時代中期、この祠のある場所の近くに小さいが豊かな村があった。
その村には長者がおり、その家に美しい娘が生まれた。
その娘は、サル年に生まれたので、
猿の様に賢く、
野に咲く花の様に美しくなるようにと
猿野花《さのか》と名付けられた。
ある時、その娘が野山に入った折、
偶然木の下に蹲る子猿を見つけた。
「あれ?
 お猿さん、どうしたの?
 どこか痛い所があるの?」
と心配そうに問いかけると、その子猿はじっと娘を見つめている。
よく見ると身体にたくさんの擦り傷があり、所どころ血も出ている。
娘が心配そうに近寄っても子猿は逃げなかった。
娘は、子猿をそっと抱き上げて家に連れて帰り治療した。
その子猿は背中に白い毛並みがあったため『シロ』と名付けられた。
『シロ』は娘にだけに懐いて、いつも娘の近くにいた。
娘は『シロ』を大層可愛がった。
やがて子猿の怪我も治り、たくさん食べるようになった。
身体も少しずつ大きくなり、娘が抱っこできないくらいになった。
ある時、『シロ』は、たくさんのアケビを縁側に置いて居なくなった。
『きっとシロは山へ帰って行ったのね。
 今までのお礼にアケビを置いて行ったんだわ。
 本当は私、寂しいけどあなたのためだから我慢するね。
 シロ、山に帰ったら幸せになるのよ』
と娘はシロを心から送り出した。


それから時が流れた。

娘は大層美しくなり、近在の村でも評判となり、
隣村の長者の息子与吉と結婚することとなった。
猿野花は、優しい与吉を愛し幸せで一杯だった。
猿野花は破瓜の痛みに耐えて与吉と結ばれた。
初めて夫婦となった二人は何度も抱き合った。
しかし不幸は突然に襲って来た。
その祝言の夜、
酒を飲んで皆が寝静まった家を数人の野盗が襲ってきた。
猿野花は何とか裏山に逃げたが、
妻を逃がし庇った夫の与吉と反撃した父は殺されてしまう。
猿野花は、その日から気が触れてしまい、
死体となった夫の与吉の身体を抱きしめたまま離さなかった。
家の者が何度『与吉はもう死んでいる』と伝えても
「いや、この人はまだ生きているわ。
 だって今でも毎晩私を抱いてくれています。
 それにもう私のお腹にはこの人の赤子が宿っているのです」
と誰が何を言っても聞かなかった。
家族や村人が、泣き叫ぶ猿野花を無理矢理に
死んだ与吉から引き剝がし何とか与吉と父親の葬式をした。
不思議な事に、
しばらくすると本当に『猿野花』のお腹が大きくなってきた。
ある日、
猿野花が大きなお腹をさすりながら近くの森へ茸を取りに行く。
ある丁字路の近くを通りかかった時、運悪くふたたび別の野盗が現れた。
猿野花《さのか》は、
『お腹に赤子がいるので許して下さい』と懇願したが、
「孕み女もどんなものか試してみるのもいいな」
と野盗の頭領が下卑た笑いで近寄ってくる。
結局、猿野花《さのか》は泣き叫びながら多くの男達に犯された。
たとえ気を失っても、
意識を戻され犯され続けて
とうとう気が狂い、
なすがままで抵抗もしなくなったが、
最後には槍で突き刺され、刀でその大きな腹を割られ殺されてしまう。
猿野花の楽しかった日の幻影と悲鳴は虚空へ放たれ消え、
猿野花》の涙と恨みは己の流れる血と共に地の底へ沈んだ。
あまりに帰りが遅いので探しにきた村人は、
慮辱され殺された猿野花の死体を見つける。

猿野花は、
目は『カッ』と大きく開かれ虚空へ向けられ、
その目元には土埃で黒ずんだ涙の跡が、
ギュッと閉じられた口は苦し気に歪んでいる。
胸から下腹まで大きく裂かれ、

紫色に変色した内臓が見え蝿が群れている。
しかしそこに子供の姿は無かった。

村人は、何度も不幸にあった猿野花を不憫に思い、
猿野花が亡くなった丁字路で石柱のお墓を建て菩提を弔った。
その頃から、なぜか村の近くの山に野生の猿が集まり始めた。
そして瞬く間に無数の野猿の大群となり山の神として君臨するようになる。
その野猿の群れの大将は、
身体の大きさが普通の猿の倍ほどもあり
特徴として白い鬣《たてがみ》があり、”白猿《びゃくえん》”と呼ばれた。
非常に頭も良く、群れの差配も絶妙で彼らを狩ることは出来なかった。
火を恐れない上に火縄銃の知識さえ持っており、
逆襲されることもあり猟師達からも恐れられた。
ある夜、近くの山の中で激しい猿と人との戦いが行われた。
それは最初に村を襲った野盗と野猿の戦いだった。
大将の”白猿《びゃくえん》”は、長い間、慎重に彼らを監視し、
大酒を飲んでグーグーと鼾《いびき》を掻いて寝静まっているのを見計らって
群れの数匹の重鎮と共にそっと家に忍び込み、
野盗に気付かれない様に腰にある武器をそっと取り上げて森の奥に隠した。
戦いの準備を終えた後、
”白猿《びゃくえん》”から、
闇夜を切り裂くような号令が響き渡り
猿の大群が一斉に寝ている野盗達へ襲い掛かった。
猿達の武器は、すばやい動きに強い力と鋭い爪と牙であり、
武器もない野盗達は、無数の野猿に襲われて悲鳴を上げながら死に絶えた。
しばらくして、
今度は丁字路のそばで猿野花を襲ったと思われる野盗達が、
前の野盗達の刀や鎌などの武器を使って倒され全員が無残に殺された。
野盗達全員が、全身のあらゆる皮膚は引き裂かれ、
内臓も出てダラリと垂れ下がって、食い千切られており、
両目は眼球ごと潰され、
手足の指や性器や耳や鼻も唇までも全て食い千切られ殺されていた。
『これは猿野花の怨霊のせいではないか』と村で囁かれ始め、
『猿野花は妊娠していたのに子供と二人の墓を建てなかったから
 怨霊になったのだ。いずれ村にも恨みを持って襲ってくるのではないか』
恐れた村人達は、猿野花の墓に”母猿と子猿の像”を刻んで祀った。
それからこの一帯からは”白猿”と呼ばれる大猿の姿が消えた。

そこから猿野花の眠る石像の子猿の像の中に白猿(シロ)が、
とうとう生まれなかった猿野花の子供代わりに入っていたのだった。
長い間、多くの村人に祀られ、
可愛いシロの魂を抱いて猿野花の魂も安定していたが、
とうとう村も無くなり大切だった子猿の像をマリコに持ち去られたことで
魂のバランスが崩れ、それまで魂の奥底で眠っていた、
“人間への深い憎しみで染まった魂”が表面化したのだった。

猿野花は、亡くなってそれほど時間が経っていない頃、
村を訪れた法師様が、村人の話を聞き猿野花へ読経しながら
『4人の人間の命と引き換えにお前の子供の命は蘇る』
と心へ何度も伝えられた言葉に引き寄せられて、
『殺しても良い人間の命ならば何も罪ではない』と思い至り、
猿野花は、その“憎しみの暴走”を抑える事は出来なかった。
鎮めるために子猿の像を持つマリコに働きかけて多くの命を奪ったのだった。
多くの命を奪えば、子猿の像に我が子の魂が入ると信じたのだった。
『本当は違う』と心の底ではわかっていたが、
魂の内部から湧きあがってくるその憎しみを抑える事は出来なかった。

生贄(いけにえ)になった男達は、
我が身を汚し殺した野盗と変わらないほど汚れた魂だったからちょうど良かった。
操っている女も魂に色摩と餓鬼を憑依させている人間だし別に殺しても良かった。
その娘を生贄にさせた時は、さすがに可哀想で悔いもしたが、
その子の魂が本当の自分の子供の魂となり自分の眠る墓の子猿の像に宿ると信じた。
しかし、残念ながら死んだすみれの魂は、
猿野花には近寄って来ずにいつの間にか居なくなった。
こうなれば、すみれの代わりに新しい子供の命が必要と考えた。
真美をこの場所へ連れて来たのは白猿だった。
白猿の背中に乗って子猿の石像が埋められた公園に行った。
子猿の石像の場所を探し出して持って帰って来た。
偶然、その公園で彷徨う霊の女の子と遊んでいる子供を見つけた。
その公園の霊の子供でも良かったが、生きている方の子供の目の色に惹かれた。
その子の霊魂は猿野花やシロと同じ世界に住む者に通じるものだったからだ。
猿野花やシロの棲む世界に近い霊体構造を持つこの子ならば
うまく猿野花の子供になると考えた。
しかし、その子の霊的構造が思いのほか強く融合が出来ず、
猿野花やシロの思い通りにならなかったため
とりあえず、最後にする筈だったすみれの母親の命を取り、
3人の命を石像に封じ、真美を殺して合計4人の魂を封じれば、
猿野花の子供は蘇る筈だった。

ここで村人達が噂した、
『妊娠していたのに二人の墓を建てなかったから怨霊になった』という話に関しては、
実際に日本に限らず中国でも、妊娠した女性が亡くなった時の伝承がある。
日本では、
”産女””姑獲鳥《うぶめ》”と呼ばれる全国に出没する妖怪で、
難産で死んだ女性の霊が妖怪化したものとされています。
また、日本各地でも時代によっても多様な伝承があり、
例えば、
日本で最初に説話として公開されたのは『今昔物語集』であり、源頼光の四天王である平季武《たいらのすえたけ》が、肝試しの中でウブメから赤子を受け取るというエピソードがある。この話の中ではウブメの正体は「狐が人を謀るためになったのか、出産で死んだ女の霊がなったのか」とある。
次に、室町時代に作られた『むらまつのものがたり』では、夜の墓場で聞こえる赤子の泣き声をウブメと呼ぶとある。
最後に江戸時代に作られた『奇異雑談集《きいぞうたんしゅう》』では、懐妊した女性が難産で死んだが、胎内の子は死なずに野で産まれると、死んだ母の魂魄が心配のあまり形になって夜に赤子を抱いて歩くとされていて、抱いている赤子の泣き声を「うぶめなく」というと紹介している。その他、『奇異雑談集』には、日本の【産女(ウブメ)】は中国の【姑獲鳥】に当たるとの説も書かれており、どうやらその辺りから後の時代に、産女=姑獲鳥というイメージが定着し、姑獲鳥と言う字をウブメと読み、手が翼になった女性の姿で描かれるようになったらしい。
中国では、
「夜行遊女」「天帝少女」「乳母鳥」「鬼鳥」などと言い、鬼神の一種で人間の生命を奪うとされている。夜間に飛行して幼児を害する怪鳥で、鳴き声は幼児の泣き声のようで、鳥や女性の姿になったりするという。他人の子供を奪って自分の子とする習性がある。
中国の書物『慶長見聞集』『本草啓蒙』『本草記聞』『本草綱目』などにも姑獲鳥は出産で死んだ妊婦が化けたものとの説が述べられている。

ここで魂についての一考察です。
神様の御魂は、古代から和魂《にぎみたま》と荒魂《あらみたま》の二つに大きく分かれ、更に和魂は、幸魂《さきみたま》と奇魂《くしみたま》の二つの働きにわかれると考えられてきた。和魂は穏和で調和的な神様のお力、荒魂は活発で能動的な神様のお力とされ、幸魂は人々を平和で幸福に導くはたらき、奇魂は霊妙なはたらきで物事を成就に導く働きとされている。
ところが強大な力を持つ悪霊になると、これら四つの魂のバランスが崩れ、荒魂(荒ぶる魂)の力だけが強くなり、和魂の穏和で調和的な力が失われて、その悪い力を揮うこととなると言われています。