はっちゃんZのブログ小説

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8.記憶の世界へ2(第1章:記憶喪失の男)

強盗事件当日の夜に元妻からの電報があった。
佐々木が嫌な予感に襲われながら慌ただしく開いて読む。
やはり娘の佐智が今日夕方4時に亡くなった内容だった。
夕方4時と言えば強盗事件開始の時間だった。
昨日朝に面会した時、少し顔色は悪かったが、
一緒に行きたい場所とか将来の夢とかを嬉しそうに話す。
そんな楽しい夢のような時間も瞬く間に過ぎる。
佐々木の帰る間際に
「パパありがとう。佐智はパパが大好き。
 佐智のことは心配しないでね」
とにこやかに笑って
「バイバイ、またね」
と見送ってくれた娘の可愛い笑顔が今も目に焼き付いている。
その時、佐々木は
『佐智、もう少しの辛抱だぞ。
 もうじきお金が入るからな。
 お前を俺の妹のようにはさせないからな』
と心の中で呟いていた。

佐々木の手に握られていた電報がハラリと床へ落ちた。
『昨日からほんの一日経っただけで、こんなに世界が変わってしまった・・・』
『佐智、なぜそんなに早く逝ったのか・・・』
『もう二度とあの子の輝く様な可愛い笑顔は見えなくなってしまった・・・』
脳裏に5歳の時に亡くなった妹智美の面影が蘇ってくる。
そして、
佐々木はもうお金は全く必要無くなったことに気がついた。

夢遊病者のようにマンションから出ると
タクシーを拾って元妻の幸代の実家へ向かった。
幸代の実家では、
育て親である祖父母がキツイ目で佐々木を睨んでいる。
佐々木がじっと玄関にいると
幸代が奥から赤く目を腫らして迎えに来た。
佐智の眠る部屋は、
病院からいつ帰ってきてもいいように綺麗にされていた。
その部屋にあるベッドに眠る様に佐智が横たわっている。
「佐智、もう一度、昨日の様に笑ってくれよ。佐智」と何度も話しかけた。
「あなた、佐智からの手紙があるの。ちょっと読んでみて。
 その後に話したいことがあるの」
手渡された封筒を開くと便箋があった。

 だいすきなパパへ
 さちはいまママからじをならってるんだよ
 さちのはじめてのパパへのてがみです
 いつもびよういんにきてくれてありがとう
 さちはパパとママのわらってるかおがすきです
 こんどおうちにかえれたらまえのように
 みんなでおいしいごはんをたべて
 パパとおふろにはいりたいです
 そしていろいろなたのしいおはなしをしたいです
 さち

最後の文字は涙で読めなかった。
佐智に必要だったのはお金ではなく、夫婦の笑顔だったことに初めて気がついた。
そういえば佐々木が病室に居る時でも、話の内容で
「ママはどう?」とか
「パパはどこに一緒に行きたい?」とか
夫婦でいた時間を思い出させようとしてくれていたように思えた。
『そんな娘の心も知らずに、この俺は何て馬鹿なことを』と後悔した。

「ねえ、あなた、この子はうちのお墓に入れるね」
「うん、よろしく頼むよ。たまには墓参りしていいか?」
「もちろんよ。あなたの娘なんだから」
「ありがとう。こんな父親なのにこの子は優しい子だったね」
「そうね。長い間、あなたにあたってばかりでごめんなさい。
 私だけ苦しんでると勘違いしてて。
 あなたの妹さんのことを知ってるのにあなたの気持ちも考えずに」
「いや、俺が悪かった。現実から逃げてたのは俺だった。
 お前には寂しい辛い思いをさせてすまなかった」
「ううん、もういいわ。
 それはそうと『これはパパには言わないで』ってあの子が言ってたし
 私も信じていなかったから言わなかったけど。
 確か・・・3才前頃だったかなあ。
 『佐智は前はパパの妹だったんだよ』って言ってたわ。
 『へえ、それでパパとどんなことしたの?』って聞くと
 『パパは色々な場所にオンブして連れて行ってくれたの。
  それと大好きだったアイスリンやシュークリームも買ってくれたの』
 って、言ってたことがあったの。
 ねえ、あなた、あの子にあなたの亡くなった妹さんのことを話したことあった?」
佐々木は、すぐに返事も出来ないくらいに驚いた。
佐智にはもちろん妹の智美のことは話したことはない。
佐智と重ね合わせる悲しさに耐えられなかったからだった。
「それと佐智が病院で亡くなる前に
 『パパ、佐智のために悪いことはしないで』って言ってたわ。
 あなた、何かあった?」
「いや、何も、何だろう・・・」と一瞬狼狽え胡麻化したが、
佐智の最後の言葉にも大きく驚き、そして深く後悔した。
翌日にお葬式を身内だけでささやかに行い夜にマンションへ帰った。
いくら飲んでも酔えなかったが浴びる様に飲んだ。

そんな折、後藤姉弟から電話があった。
お金の一部が急に必要になったとのことで少し早めに欲しいらしい。
声に焦りがあるように思えたが酔っているのかわからなかった。
しばらくして合鍵で入って来た後藤姉弟
「お金をすぐに分けたい。こっちの命が危ないんだ」
「いや、今すぐに使うと警察にバレるから駄目だ」
「うるさい、どこにお金を隠してるんだ?」
「なあ、俺達よく考えたらすごく悪いことしたんだよな?
 なあ、俺は自首してお金を返したいんだけど」
「えっ?今さら何を言ってるの?」
「てめえ、やはりお金を独り占めするつもりだな?」
「いや、悪いことはいけないと思う。
 今自首したら情状酌量の余地があるかもと思ってな」
「いや、お前は信用できねえ。さあ金を出せ。どこに隠した」
「いや、お前には教えない。今から警察へ電話する」
「なにー、この野郎、覚悟しやがれ」
後藤|萌斗男《モトオ》は、
ポケットから出したスタンガンを首元へ当てた。
その衝撃で佐々木の意識は一瞬で失われた。
腹を蹴られて目が覚めると両足と両手が後ろ手に縛られている。
そこから殴る蹴るをされて脅されても佐々木はお金の場所を吐かなかった。
佐々木の心は
『これは俺の罰だ、罪なのだ、俺の贖罪なのだ』と叫んでいた。
佐智の願いを果たすためにも、自首してお金は返還されるべきものだった。
この部屋の床に埋め込んだ大金は絶対に返さなければならないと誓った。
何度も意識を戻しては
首筋や身体のいたる処にスタンガンを浴びている内に
何も考える事が出来なくなり、
そして自分が何者かもわからなくなった。
ただひとつ、『お金は返さなければならない』としか考えていなかった。
そして暖かい羊水に浮かんでいる様な感覚に包まれて眠った。

その日から佐々木はこの部屋にずっといるが
一人の男が浴槽に顔まで浸かって沈んでおり、何か笑っているように見える。
一人の女性がその男を見て泣いていたが、それが誰かもわからなかった。
なぜ自分がこの部屋にいるのかがわからなかったし自分の名前さえも知らなかった。
この部屋から出て行きたいと思ったが、なぜか出ていく事は出来なかった。
この部屋には非常に悪意のある霊が二人来るのだが誰かわからなかった。
最初は気にしていたが、見たくないと思ったらいつの間にか見えなくなった。
部屋の隅に小さい光はあるのだが、なぜかそこには怖くて近寄れなかった。