佐々木は自分がなぜここにいるかを知った。
夢美の術により自らの一生を夢で見たのだ。
目覚めた途端、深い悲しみと後悔が生まれた。
「俺は何て人間だったんだ。
こんな人間は死んで地獄に行くのが当然だ。
あの大切な可愛い佐智を悲しませてしまった。
あの智美の生まれ変わりの佐智をまたもや悲しませてしまった。
あー、もう俺はどうなってもいい・・・・」
その時、リビングルームに張った結界が大きく揺れた。
何と304号室の姉弟の生霊が入ろうとしている。
佐々木の霊体に気づき、お金の在処を聞きに来たのだ。
いつの間にか結界内に黒く小さな領域が生じている。
佐々木の霊体がみるみる黒く染まっていく。
佐々木の自らへの悲しみに押しつぶされた心へ黒い想念が入り込み邪霊を引き寄せ始めている。
その領域から佐々木の霊体へ黒い想念が流れ込んでいく。
霊量子的に考えると結界外の生霊の発生(プラスの質量)により、
同時にマイナスの質量を持つ死霊の世界との回路が開かれた可能性がある。
その黒く小さな領域から声が漏れてくる。
『この者が長い間経験した、無力な自分への悲しみ、
自分では何もできない不条理なものへの怒り、諦め、他者への嫉みで染まっている』
佐々木の霊体は、黒い想念で染まり夢美の霊体に気づき襲ってきた。
夢美の霊体が心配だったので真美は
「夢ちゃん、もう出よう。このままでは私達が危険」
「真美姉様、まだ駄目なの。
佐々木さんへ佐智ちゃんを見せないと元に戻れなくなる。
姉様、お願い、もう少し私を守って」
「うん、わかったわ。クイン頼んだわよ」
クインがあらゆる方向から夢美の霊体へ触れようとする悪意へ全身に電撃を纏わせて撃退していく。
「佐々木さん、諦めては駄目。
あなたは悪いことをしましたが、
ギリギリで思い留まったではないですか?
佐智ちゃん、智美ちゃんはあなたを心配しています。
元の優しいあなたに戻ってください。
佐智ちゃん、智美ちゃん二人の大好きなパパに」
「佐智?智美?心配?嘘だ、俺を憎んでる筈だ」
「違うわ。もっとこの子をよく見て。今なら見える筈よ」
「この子?あっ、佐智、智美、なぜここにいるんだ?
お前達は天国に行ったのではないのか?」
「智美ちゃんは大好きなお兄さんの娘で生まれたくて
ふたたび佐智ちゃんに生まれ変わったのよ」
「だけど同じ病気で死んでしまった」
「もっとこの子の声を聞いてあげて」
「俺を憎んでいるのではないか?」
言葉が二重で聞こえてくる。
「|パパ《お兄ちゃん》、|佐智《智美》は、|パパ《お兄ちゃん》が大好き。
私は|パパ《お兄ちゃん》が苦しんでいたから|佐智《智美》が来たの。
この病気は|佐智《智美》の長い前世からのカルマの結果なの。
|パパ《お兄ちゃん》が悪いわけではないの。
でも|パパ《お兄ちゃん》のお陰で、今世でこのカルマが消えるの。
|パパ《お兄ちゃん》ありがとう。
|パパ《お兄ちゃん》は覚えていないかもしれないけど
遠い昔、私は『七世の呪い』をかけられたの。
それは”7代の間、5歳で死ぬという呪い”だったの。
その時から私を愛し心配した|パパ《お兄ちゃん》は
魂に『七世の誓い』を刻み、
それから生まれ変わるたび、ずっと私のそばで守っていてくれたの。
そのため|パパ《お兄ちゃん》の魂はひどく傷ついていったわ。
ありがとう|パパ《お兄ちゃん》、もう私と行こう?」
「佐智、智美、そうなのか?
もう心配ないのか?
お前を苦しめるものはもういないのか?」
「そう、もう居ないわ。
|パパ《お兄ちゃん》の魂の本当の姿に目を向けて。
あなたの魂は『地蔵菩薩様』に帰依していたはず。
地獄に落ちた人々を救済するという優しき無限の慈悲の心を持つ菩薩様。
その慈悲を『七世の誓い』を受けた時に魂へ刻み込んだはず。
こころ静かにして|パパ《お兄ちゃん》の本当の姿に気づいて」
「『地蔵菩薩様』・・・そう言えば、そのような仏様がいた・・・」
佐々木が自らの心を見つめた時、
魂の内部から小さな光が生じ、黒い魂を徐々に光へと変えて行く。
「ああ、なんて気持ちいいんだ。佐智、智美もそうなのか?」
「そう同じよ。一緒に行きましょう。ママも心配してるから」
「うん、わかった」
二つの白い光が一つになり、
フワッと空中へ浮き上がると大きな光の回廊へ消えて行った。
同時に布団に横臥している真美と夢美とクインの瞼が開けられた。