美波ちゃんが二階へ上がってしばらくして、静香さんが風呂から上がってきた。
いつのまにか美波ちゃんの部屋からの音も消えている。
「あれっ?美波がいたのだと思いましたが」
「うん、少し話しておやすみなさいって上がっていったよ」
「そう、最近相当にクラブが厳しいみたいで疲れているのよね。
今の時間にはもう眠ってしまっているの。大丈夫かしら」
「大丈夫、今度こそ優勝とか言ってるから待ってようよ」
「そうですね。しかしあの子はあなたといるようになって本当に明るくなりました」
「それは良かった。安心なオッサンだけでなかったんやなあ」
「それは違います。あなたは私達親子にとってとても大切な人ですよ」
「静香さん、こんな僕やのにそう言って貰ってありがとう、
こんな風にして貰って何もお返しでけへんのが悲しいな」
「ううん、私達はたくさんの物を頂いてますからこれ以上は何もいりません」
ふと、二人の視線が絡み合った。
テレビがニュースを流しているが全く聞こえてこない。
どちらからともなく魅かれあうようにそっと寄り添った。
静香は慎一の肩に頬を寄せている。
静香の頬から細かい震えが伝わってくる。
慎一はその細い肩を抱き寄せた。
その肩の薄さが慎一に愛おしさを感じさせた。
しばらくそのままじっとしている。
「静香さんには悪いけど、旦那さんとは勝手に話をしたよ。
あなたに代わって僕が静香さんを必ず幸せにするって」
静香の息を飲む音が聞こえてきた。
「だけど、今は美波ちゃんが心配やから、もう少し時間はかかると話したよ」
静香の身体からこわばりが取れてきている。
「わたしのような女でいいの?後悔しないの?」
「静香さんやからこそ、
あんなに可愛い美波ちゃんを育てた静香さんやから好きになったんやと思うよ」
「こんな気持ちになったのは初めてでどうしていいかわからないの」
「僕もこんな気持ちになったのは初めてで断られたらどうしようかと迷ってたんや。
今回の転勤が無ければ、こんなことを言えなかったかもしれへんと思った」
「それは私も同じ、あなたと知り合って私は、
今まで『美波と二人で一緒に』とすごく無理をしていた自分に気がついたの。
でもあなたは転勤族だからいつかはいなくなる人と自分にずっと言い聞かせてたの」
「あのままなら美波ちゃんを傷つけたくないからきっとまだ言わなかったと思う。
何と言っても、まだ多感な高校生だし時間が必要やから」
「私はあなたを本当に待ってていいの?信じていいの?」
「こちらこそ待ってて欲しい。必ず帰ってくるから、そして君と」
慎一は静香の頤(おとがい)を軽く上げた。
そっと閉じられた瞳に涙の跡がある。
「私に勇気を下さい。明日、朝、あなたを笑って送れるように」
慎一は静香の震える唇に唇を重ねた。
静香の両手は迷うように揺れていたが、やがて慎一の背中に回された。
慎一も静香も何もかも忘れたように重ねつづけた。
二人の愛情が激情からおだやかなものに変わった時、重ねた唇は離れた。
静香は慎一の胸に頬を預け、ずっと手を握り合ったまま時間が過ぎて行った。
(つづく)