はっちゃんZのブログ小説

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4.捜査1(第3章:みいつけた)

翌朝に宮尾警部と小橋刑事から電話があった。
今回の事件について色々と聞きたいらしい。
遼真の通う大学の講義もあるので夕方にクリニック前で会う事に決めた。
その後、遼真の家で打ち合わせる事となった。
それを聞いて真美が、
夕食用に得意の「ワラジシリーズ」をはりきって準備し始めている。
今日は何がメインになるのか楽しみだった。
きっと警部や小橋刑事も驚く逸品になる事は確かと思えた。
今回は記憶を探る物は、
クリニックの乳児用ベッドはあるが、
実際に毎日乳児に使用されている物だし
乳児の入れ替えも頻繁なのでどこまで視ることができるかはわからないが、
とりあえずクリニックへ警部達と一緒に行って視る事にした。

三人はクリニックの新生児室へ向かう。
生まれたての赤ちゃんの泣き声と手足を元気に動かす姿が目に入る。
何人かの新生児は光の発するボックスに入っている。
三人は赤ちゃんがオムツ姿で服も着せられず、
白い光線の元で横になっている姿には一瞬驚いたが、
この方法は光線療法と言って、黄疸症状を軽減するためのものらしい。
この光線が肝機能の弱い赤ちゃんの体内から
黄疸の元となるビリルビンの排泄を促進すると看護師から聞いて安心した。
定期的に母親が母乳を幸せそうに赤ちゃんへ与えている姿は綺麗だった。
やがて誘拐された新生児の眠っていたベッドが空いたようで
遼真は腕と手の平を消毒しマスクをして、そっと新生児室へ入った。
瞬間に意識を集中して神経を研ぎ澄まして目を瞑ってベッドを触った。
とたんに多くの母親の顔と新生児の顔が無数に入って来た。
それらはフラッシュバックの様に脳裏へ大量に流れ込んできた。
画像を調整しながら何とか時間軸を2日程度に抑えて記憶に刻み込んだ。
これから目黒の家でゆっくりと
監視カメラ映像などを元に容疑者を絞り込んでいくだけだった。

実はこのクリニックを初めて訪れた時から気になっていた場所があった。
それは近くの公園だった。
その公園は、悪霊がいる訳ではないが、
どことなく淀んだ空気が溜まっている様に感じていた。
キインが
ふと何かに気づいた様にポケットの中から顔を出した。
そして遼真の瞼へ軽く頬擦りすると公園内へ走って行った。
霊獣キインの目から視ると公園内の淀んだ空気の原因が視えてきた。
公園の片隅にあるベンチの後ろ側にある石碑から暗い淀んだ空気が出て来ている。
近くへ行き、古い石碑の表面を見ても刻まれていた文字はもう見えないが、
その石碑を霊視すると、
江戸時代の多くの遊女だった多くの女性の姿が見え始めた。
遼真の目に彼女達の艶やかな姿、苦しむ姿、悲しむ姿や声が流れていく。
遼真は手を合わせて彼女達の冥福を祈った。
今日はこれくらいしか出来ないが、
後日彼女達のためにもキチンと送霊しないといけないと感じた。
ただ遼真はこの石碑を中心とした霊場の力の大きさにアンバランスさを感じている。
江戸時代から長い時間を掛けて溜まって来た霊場の強さは、
普通は順序良く山の形の様にキチンと形成されている筈なのに、
何か一番大きく深かったものが突然抜けてしまい、
その抜けた穴を周りが少しずつ崩れて埋めている様な、
そしてまだそこは完全には埋まって居らず、
大きな穴が空いたままになっている様な感じなのだった。

遼真と宮尾警部、小橋刑事は家へ向かった。
玄関に入ると真美が出て来て
「遼真様、おかえりなさい。
 宮尾警部に小橋刑事、いらっしゃいませ。
 お腹空いてませんか?
 さあ遠慮せず奥の食堂へどうぞどうぞ」
「うん、ただいま」
「ああ、急なのにすまんね。いつもありがとうね」
「へへ、遠慮はしません。ありがとうございます。喜んで参りますよ」
「今日も張り切って作りました。皆さまどうぞご賞味下さい」
今日の献立は、『ワラジキャベツメンチカツ』だった。
大人の片手に入りきらないくらいの大きさのメンチカツで
山の様になったキャベツとポテトサラダが小さく見えるくらい
カツが大きな皿のほとんどを占めており、隣にお味噌汁が付いている。
小橋刑事が感激して
「おお、いただきます。こんなすごいメンチカツは初めてだ」と叫んだ。
「うん、真美、旨いよ。しかし今日はいつもより大きいね」
「ええ、小橋刑事が来ると聞いたので特に大きくしようと張り切りました」
「俺くらいの年になるとこのサイズは無理かもなあ」
「宮さん、それなら好きなだけ食べて残してください。俺が残りも全て食べますよ」
「そうか、お前、すごいな」
「ええ、こんな美味しいメンチカツは初めてです。
 ミンチも歯ごたえを残した大きさだし、
 切れば中から肉汁が溢れ出てくるし、
 揉み込んだキャベツにも歯ごたえも残ってるし、溶けたチーズも最高です」
「気に入って頂いて良かったです。
 でも今後は遼真様と宮尾警部の物は少し小さめにしますね」
「よろしく頼むよ。しかしいつもいつもすまないな。本当に感謝してる」
「はい、みんなで食べた方が美味しいですから、いつでも来て下さいね」
「はい、喜んでまた参ります。ありがとうございます、真美さん」
「お前は、ちょっと黙っとけ」
「おお、旨い。本当にこのメンチカツは最高だな。ウグウグゴクン」
そんなこんなでワイワイガヤガヤと楽しい夕食時間は進んで行く。

食後のコーヒーやお茶を飲みながら一室で打ち合わせに入った。
宮尾警部は事件当日のクリニックを出入りした全員の顔写真と名前の一覧表と
クリニック周辺の監視カメラの事件当日から翌日夕方までのデータを持って来ている。
翌日夕方までのデータを入れたのは、
宮尾警部の長年の刑事の勘で『犯人は現場へ一度は戻る』と信じているためだった。

クリニックの監視カメラの映像では、
新生児が誘拐されたであろう時間に被害者の母親が
最近の女性では普段は着ないと思われる着物姿という珍しい姿で映っている。
被害者の女性は、元々純日本人風な綺麗な顔立ちで着物も良く似合うと思えた。
看護師さんもいつもと異なる姿だったので驚いてそれを伝えたら、
『意外と着物って便利だし姿勢が良くなるみたい。
 それに慣れれば身体も楽で気持ちが落ち着くの、あなた方も一度着てみたら?』
と返事をしたそうでいつもと何も変わらず何も違和感が無かったらしい。
被害者本人の証言では『こんな着物は持っていないし着た事も無い』とのことだったが、
実際にこのように自らが映っていると言われると理解出来なくて半狂乱となった。
実際被害者には双子の姉妹もいないし、他人の空似もここまで似る筈もなかったが、
警察としては犯人は、
本人も知らない彼女によく似た女性としか考えるしかなくなっているのだった。
彼女の両親にも隠し子の存在などの聞き取りをしたが当然何も無く、
彼女の生活や友人関係などその様な兆候も何も無く、
それ以上に、誘拐後にいつまで経っても犯人から何の要求も無かった。

遼真は、監視カメラから抽出された写真一覧を見ながら、
サイコメトリーで読み取った記憶の顔と比較していっても同じだった。
多くの証拠から見てもこの事件は、
被害者本人にしか見えない女性が、
新生児室を訪れて自らの新生児を連れ出し居なくなったと騒いでいるとしか思えなかった。
「被害者女性の狂言ではないか?!」
と無責任な三流週刊誌やユーチューバーは騒ぎ始めた。
ただ遼真が気になったのは、
監視カメラ画像の映像でその女性の顔付近の空間が何か薄暗いモノが漂っており
そのぼんやりとしたモノに被害者女性の顔が映っている様に見える事だった。
霊獣キインの目で視てもカメラ画像では霊視は出来なかった。
遼真としては犯人が着物を着ていた点と
石碑付近に漂う残された瘴気の色彩と
クリニックの外で会った
不思議な二重構造の霊体を持つ女性の魂の色に含まれる色彩の相似性が気になった。