はっちゃんZのブログ小説

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。ブログトップから掲載されています作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

6.霊査1 石碑の声(第3章:みいつけた)

遼真へ宮尾警部から江島家の内情と元妻の悲惨な状況を伝えられ、
『江島茉緒《まお》は、シロだ』と言われたが、
遼真としては、クリニックで起こった事件と
公園の石碑付近の霊場の大きな変化に関係のある可能性を否定できなかった。
ただそれは遼真の杞憂かもしれなかったため、
二人には言わずに遼真が単独で調査することとした。
江島茉緒の住む部屋は、1001号室であることはわかっているので調べやすかった。
先ずはその日の夜から盗聴器のクモ助を
コンシェルジュの窓口部屋のロッカーの裏に張り付かせて
マンション内情報の収集を開始した。
クモ助からのデータは常にRyokoへ送られて遼真の方へデータとして送られてくる。
同時に天丸1号も部屋の窓際から室内を監視している。
そして、大学の講義の終わった夕方からバトルカーで
マンション近くの有料駐車場に停めて彼女の調査に入った。
江島茉緒は、一日中殆ど外出しないと聞いていた通り、
本当に一切外出しないで食材も含めてネットで全て注文して生活をしている。
科捜研で歩き方で彼女を捕捉出来たのは偶然としか思えない僥倖だった。

クモ助と天丸1号からの情報では、
柄島茉緒《まお》の生活は、殆ど毎日1002号室で子供を育てている。
元の部屋は1001号室だが、
1002号室には妹とされる中島美緒《みお》の名前で入っている。
現実の茉緒に妹は居らず、旧姓は『中島』だった。
1002号室は、売りが出た翌日に茉緒の貯金と投資資金で購入されている。
服装は、1001号室では洋服だが、1002号室に入るとなぜか和服へ変わる。
そして和服を着ている間はなぜか顔も声も若返っており母乳も出るようだ。
1001号室と1002号室の中での彼女の態度が違い過ぎる。
1001号室では、子供の出来ない悲しみに泣いている女性
1002号室では、精一杯子供を育てる母親としての女性
 
遼真は翌日夕方に真美を連れて公園へ行き石碑の場所へ訪れた。
この石碑に眠る彼女達から美緒《みお》の事を聞くためだった。
石碑に魂を残す彼女達は美緒がもうここには居ない事を寂しがった。

石碑から聞こえてくる中島美緒の物語
彼女の生きていた時代は、江戸時代。
生まれた家は、父はある西国の小大名に仕える江戸勤番の家。
ある時、父の仕える大名家が改易となり屋敷も取り上げられ
一家は日雇い仕事と内職を生業として暮らす日々となった。
更に父親がその頃流行った病に罹り、
高価な薬を贖うもその甲斐もなく亡くなり
母親はそのあまりの悲しみに寝込み、そして心痛が原因でほどなく亡くなった。
後に残されたのは多額の借金と14歳の美緒《みお》と10歳の紗世《さよ》姉妹だけ。
当然、高利貸しから借りた借金を返せなくなり、
14歳の美緒は借金の形として吉原へ身売りすることとなった。
そして妹の紗世《さよ》は、商家へ奉公となって二度と会う事は無かった。
遊女としての名前は、父の故郷から”志摩《しま》”と名乗った。
美緒《みお》は幼少の頃より、武家奉公の教育を全て受けており、
当時の武士階級では常識となっている、読み書き算盤は当然のこと
舞踊、華道、茶道を始め俳句、琴の嗜みもあった。
その上、非常に美形であったため、
平民が憧れる武家出身のお姫様と喧伝されその物珍しさも手伝って、
とうとう錦絵にも描かれ大量に売られ、一躍吉原の遊女として有名になった。
そして美緒は瞬く間に吉原一の花魁《おいらん》”絵志摩《えしま》”まで駆け上った。
絵志摩の名前は、”絵になるほど美しい志摩”という意味で付けたが、
本当は、許嫁だった柄島和馬の事を忘れまいとするつもりで付けた名前でもあった。
そんな中で待ち焦がれた「柄島和馬」という若い武士が客になった。
彼は彼で美緒と幼い頃から許嫁の間柄だった事を
ずっと覚えており可愛かった美緒のことを忘れる事が出来なかった。
和馬は既に他家から嫁を貰っていたが、美緒を深く愛し、廓へ何度も足を運んだ。
美緒としてはすでに決められた年季奉公も終わっており、
お金持ちの客からは妾として美緒を引き受けてくれる人が何人もいたが断っていた。
そんな時、店主が美緒の気持ちを知り、和馬へ打ち明けてくれた。
この時、和馬は出世しており美緒の身を引き取りたいと言ってくれた。
美緒はたとえ側室の身ではあっても和馬の傍に居る事は嬉しかった。
しかし、和馬の正妻の真優《まゆ》には、まだ子供がいなかった。
美緒は和馬の知り合いの家に養子として入り、その家の娘として嫁いだ。
和馬は美緒を側室として迎えて、美緒が念願の和馬の子を身籠った。
ある日、ついに正妻の真優に妊娠を気付かれ、
『身売り女だった分際で小癪な、本当は誰の子じゃ?』
と足を引っかけられ、倒れた所で腹を蹴られ流産させられた。
美緒はそれが元で身体を壊し、寝たきりとなり気がふれてしまい、
ミイラとなったまだ手の平くらいの大きさの和馬との子供を胸に抱きながら
柄島家へ恨みを残して一人で納屋の隅で息を引き取った。
母子二人の遺体は、その後も正妻真優の恨みが深く
柄島家の墓に入る事が出来ず、無縁墓へ入る事が明らかになった。
それを知った商家で働く美緒の妹の紗世《さよ》が
姉とその死産した子供をあまりに不憫に思い、
和尚様から姉の遺髪と子供の衣服を分けて貰い、
丸い石をお墓の代わりとして近所にある小さな鎮守の森の中に埋めた。
その後、吉原で美緒に世話になった者や年季を終えた者が紗世を訪ね、
美緒の墓の場所を聞かれるようになり、教えるとお参りする者も増えた。
様々な知識技能のある花魁《おいらん》ともなれば、見栄で大金を払って商人が引き取って妾として毎日を過ごす余生も可能だが、単なる遊女では吉原で働いた過去は消えること無く年季が開けて町人として住み始めてもその偏見からなかなか市井《いちい》に溶け込むことは難しかった。そして結局は生活も行き詰まって新宿やその他の宿場で再び遊女屋へ入って遊女として一生を暮らす女も多かった。
そんな彼女達が、一遊女が花魁”絵志摩”まで駆け上り、武家の側室までなった美緒の一生に自らの儚い一生を重ねた。
やがて『吉原勤めが終わった自分も魂はここに入りたい』と願う者も増え、
彼女達からお賽銭にと少しずつお金が集まり始め、紗世もお金を貯めてやっと石碑を建立した。
その石碑には「四界鎮魂」と刻まれた。
由来は、昔から”女三界に家なし”と言われているが、”苦界”である吉原にも無かった事を悲しみ、その魂を鎮めて欲しいとの祈りが籠められている。
この”女三界に家なし”とは、三界は仏語で、欲界・色界・無色界は全世界のことで、女は幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、老いては子供に従うもの、この広い世界のどこにも身を落ち着ける場所がないという意味である。
その鎮守の森は、現在は茉緒がベンチに座っていた公園になっている。
柄島家は、茉緒の恨みのためか男子の跡取りが出来ず、女子だけでずっと続いて来ている。

「彼女達のお話は聞きましたが、
 恨みの深い美緒さんの本当の気持ちは、
 彼女に聞かないとわからないと言っています。
 もし悪霊と化していたら茉緒さんが危険ですね」
「そうだけど、美緒さんは悪霊にはなっていないよ。
 赤ちゃんを産んだお母さんになっているだけだったよ。
 いい笑顔で赤ちゃんを育てているよ」
「だからこそ、二人を引き離すのは難しいのではないでしょうか。
 美緒さんが抱いていた赤ちゃんの魂は、
 生まれたくても生まれることのできなかった昔の自分を知っています。
 今度こそ母親の美緒さんに育ててもらいたくて
 今の赤ちゃんの中に一緒にいるのかもしれません」
「そうかもな」
「ええ、その可能性は高いです。
 彼女達は『美緒さんと一緒に赤ちゃんの姿が消えた』と言っています」
「そうなると、
 今の茉緒さんと赤ちゃんには魂が二人分入っていることになるね」
「そうなんです。
 茉緒さんは悲しい事ですが、今は心が完全に壊れていて、
 心を美緒さんに明け渡していますから一緒に居れるのです。
 赤ちゃんも今のところ自我の発露は無いので大丈夫ですが、
 いつまでもこのままではみんなが不幸になります」

遼真は柄島茉緒《まお》だけでなく柄島家の調査も
クモ助2号を使って行い新しく判明したことがあった。
それはこの度の誘拐事件の被害者である|川崎瑞希《かわさきみずき》は、
実は柄島家とは親戚関係にあった事だった。
川崎瑞希の母親は柄島家の母親真弥の妹で川崎家へ嫁いでいる。
川崎家は、長男も長女もいて誘拐された子は、二人目の女の子だったため、もし柄島家の一馬茉緒夫婦に子供が出来ない場合には、将来その女の子を柄島家の子供として養子に出す話となっていた。
遼真は、まだ茉緒や一馬の魂の記憶を確認していないためわからないが、
現在生きている柄島茉緒、旧姓中島茉緒は、昔生きた中島美緒の妹だった紗世の遺伝子や魂の系列が現在まで続いてきて今生に現れた美緒であり、現在の柄島一馬の遺伝子や魂の系列を遡ると昔の美緒の許嫁だった和馬になると考えられ、二人の魂が惹かれ合って今世で一緒になった可能性が高いと思われた。