はっちゃんZのブログ小説

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。ブログトップから掲載されています作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

4.静香のまなざし、美波のまなざし(改)

静香は最近ふとお客さんの一人が気になっていることに気が付いた。

それは連休直前に来店した『日下さん』だった。

関西弁で静香の料理を美味しい美味しいとたくさん食べてくれる人。

連休明けは特に仕事が忙しいみたいで週に2、3度は来るが、

まだ仕事が残っているからとお酒も飲まずご飯を食べて帰っていく。

日下さん用に味付けも関西風にして、

肉・魚・野菜・味噌汁とバランスを考えた定食を提供している。

いつしか常連客もそれを注文するようになり、看板料理になりつつある。

そして、何よりも育ちざかりの美波が気に入ってくれたことがうれしかった。

静香がずっと気になっていることは、

来店するたび日下さんの背中に疲れが蓄積してきているのがわかることだった。

 

慣れない山陰に初めて来て、新規融資案件を取る事は大変難しいことはわかっていた。

米子も含めて田舎は一般にそうだが、山陰地方は特に排他的で山陰以外から来た人間への視線は厳しく、人間関係の構築がなかなかできない地域だった。

地元の銀行でさえなかなか新規事業は殆ど望めない地域のため、確実に集金できる公共料金の口座作りに邁進している。そして誰かが何かを新しく始めることへの批判も強かった。

静香がこの店を始めるときにも色々と噂され大変だったことを昨日のことのように思い出すのだった。

彼の仕事への情熱の高さと責任感の強さには感心させられるが身体が心配だった。

 

一日の仕事を終えて、

ゆったりとした気持ちでお風呂に入っている時や

お茶を飲んでいる時にふと彼を思い出すことがあった。

お店に彼が来ている時は、ついつい彼の仕草を追いかけている。

 

その理由はわかっていた。

彼が亡き夫ととても良く似ているからだった。

ビールの飲んでいる表情や食べている仕草が、

どこか夫と重なるところがあった。

年齢も顔つきも体型もすべて夫とは違っているが、

食事をする時の雰囲気はそっくりだった。

『亡き夫と同じところで飲み、笑い、舌鼓を打つ』

 

静香はそのことに気付いた時、

夫が亡くなってから今まで娘と二人で暮らした時間の長さに気付き、

感慨深さと共に今更のように驚きと悲しみそして寂しさを感じた。

夫が亡くなりもう13年、ずっと美波と二人で生きてきた。

ずっと美波を育てることに精一杯でそんなことを振り返る時間もなかった。

そうにも関わらず、彼を知ったがために生じた最近の感情だったからだ。

仏壇にお祈りする時や月命日の墓参りの時にはいつも亡き夫と会話をしているが、

普段の生活ではそういう意識は全くなかった筈だった。

でもそれは静香の心が、その感情を無意識に抑えていることに気付いた。

 

二階から娘の美波が降りてきて

「ねえ、お母さん、この頃料理方法を変えたの?最近出してるあの定食、とても好き」

「そう?ありがとう。そう言ってくれると母さんうれしい」

「でも、どちらかと言うと美波のために作ったという感じがしないんだよね」

静香は一瞬ドキッとしたが、表情を変えずに

「それは気のせいよ。素材の味を生かした薄味で美味しいでしょ?

 育ちざかりのあなたのためにバランス良く作っているのよ」

「まあ、美味しいからいいんだけどね。少し気になってね」

「なにが?」

「お母さん、時々だけど、思い出し笑いのような感じと言っていいのか、

 楽しいことを思い出していると言っていいのか、

 そんな時があって、何か今までと違うんだよね。

 楽しいことあるなら美波にも教えてよ」

静香は娘の勘の鋭さに驚き、美波も難しい年頃になってきたことを感じた。

「そんなのあなたの気のせいよ。そんなことがあるならあなたに一番に話してるわ」

「だったらいいけど、約束だよ」

「はいはい、わかりました」

静香は『これでは、おちおち家でゆっくりとお茶も飲めないわ』と心でつぶやいた。

(つづく)