はっちゃんZのブログ小説

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3.京(狂)一郎、見参!

 百合が秘書兼事務員となって、『新宿探偵事務所桐生』は大きく変わった。

というより百合カラーに変えられた。

事務所の名前も『Kiryu detective agency』と変わり、入口もカラフルなドアとなり、

可愛いアニメ調のホームページも開設され、女性も気安く相談できるような事務所へと様変わりした。

これら全てが百合の貯金から出されたもので翔は1円も使っていない。

時々、顔を出す都倉警部も目を白黒させて居心地悪そうにコーヒーを飲んでいる。

「翔、すごい彼女を持ったな。これで警察に入りたがらない理由がよくわかったよ」

「違いますよ。でもすごいでしょ?これだけしっかり者で可愛いのだから・・・」

「はいはい、ご馳走様。才色兼備ね。

 もう十分甘いコーヒーは飲んだので本庁に戻るよ」

「甘い?ブラックのはずなんだけど」

「ああ、ブラックだよ。追加の百合ちゃんの砂糖が甘過ぎた」

「もう、早く仕事に、さあ戻って、戻って」

「はいはい。ではまたな」

「はい、お~疲れ様でした~」

ニヤニヤ笑いながら都倉警部が本庁へ戻って行った。

 

 警部と入れ替わりに電話が鳴った。

「はい、こちら『Kiryu detective agency』でございます。

 はい、大丈夫でございます。11時でございますね?お待ちしております」

「所長、11時にクライアントが来られます。依頼内容は『ペット探し』でございます。いくらでもいいとおっしゃっていますので、至急料金で引き受けましょう」

「ペット?何かなあ、力が入らないなあ」

「所長、今月はまだ依頼がありません。このままでは事務所代も払えませんよ」

「百合、わかったから。もう、いつもの口調でお願い。何か緊張しちゃうよお」

「もう、翔ったら仕方ないわねえ。

 あなたがすぐに仕事を忘れるから秘書モードにしているのに」

「だって、何か怖いんだもん」

「わかったわ、二人きりの時はいつものようにするね」

「お願い。ふー、良かった。これでゆっくりとコーヒーが飲める」

 

 約束時間が来て、ペット探しのクライアントが事務所に入ってきた。

事務所内装を見回しながら、『綺麗なお部屋だから安心してお願いできるわ』と独り言を言っている。

 

【依頼内容】

依頼人氏名:倉持 香苗様。60歳。

依頼人状況:主婦

種類:ペット捜索

   猫、種類は純血種アビシニアン、色は白、名前はクレオパトラ

経過:直近の状況は、新宿御苑北側で車から出奔。昼になっても帰ってこない。

 

「おいくらなら見つけていただけますか?」

「通常、ペット捜索は5万円からですが・・」

「ペットって、失礼な、クレオパトラは我が娘も同然なのに」

「失礼しました。大切な娘も同然でございましたね」と百合がフォローを入れた。

「そうそう、娘も同然、わかればいいのよ」と機嫌が戻る。

「では今日中に連れて来て頂けたら20万円、明日以降なら10万円でいかがかしら?」

「はい、なるべく早くクレオパトラちゃんを探します」

「では、お願いしますね。なるべく早くね。

 今はお腹を空かしていると思うの、心配で・・・」

「はい、確かに承りました。安心してください。所長は非常に優秀ですから」

クライアントは、頭を下げながら帰っていった。

ペット探しに20万円も軽く使う人種がいることに驚いたが、

今月1件の依頼もない寒い台所事情の今は非常にありがたかった。

 

最初にいなくなった場所新宿御苑へ自転車で向かった。

お嬢様猫が野良猫みたいにうろつくはずはないので、

たぶん新宿御苑内にいると考えていた。

ただ御苑付近の道路で事故にでもあっていたらと心配だった。

交通事故を心配して道路沿いから調べていったが、

幸いなことに該当する白い猫はいなかった。

 

今日は雲一つない秋晴れで、新宿御苑の紅葉は今が最盛期だった。

多くの人が散策しており、うっとりとした目で彩られた木々を見つめている。

仕事が無ければ、百合と一緒に散策したいところだった。

広すぎる新宿御苑の北側を必死で探し回ったが見つからなかった。

 

振り乱したような白髪の爺さんも長いステッキを持ってベンチに座っている。

翔も少し休もうとベンチに座った。

『あーあ』と背伸びして偶然見上げたら、白い動物が枝に座っている。

持っている写真で確認したがそっくりだった。

どうやら枝に昇ったはいいが、高すぎて怖くなり下りることができなくなったようだ。

クレオパトラちゃん。下りておいで」と真下から声をかけるも無視している。

「その猫は君の猫か?」

「いえ、頼まれて探していたんです」

「わかった。真下、そう、そこらで腕を広げて待っていなさい」

「???」

おもむろにサングラスを掛けるとクレオパトラらしき猫を見つめた。

すると白い身体は翔の腕に落ちてきた。

「???」

「眠っているだけ。しばらくすると目を覚ますので安心しなさい」

 

その時、ガラの悪そうな顔つきのヤクザ達が走って集まってくる。

彼らは『やっと見つけた』『今度こそ袋だ』『てめえ、この野郎』と叫んでいる。

この前のリベンジをされるのかと覚悟し、クレオパトラをジャンバーの胸へ入れた。

これ程度の奴らだったら、この胸の猫にかする事もなく倒せる自信があった。

しかし彼らの視線の方向は翔ではなかった。

隣の白髪の爺さんだった。

「あれ、見つかってしもうたかい。どうするつもりじゃあ」

「てめえこそ、うちに何の恨みがある?

 事務所の壁だけでなく窓ガラスまで粉々に割りやがって。

 それに組長の大事な置物まで粉々にしやがって、

 この前に見つけてからずっと探してたんだぜ。

 今日こそ絶対逃がさねえ」

「ほっほっほっ。恨み?ヤクザが恨まれない方がおかしいじゃろ?

 捕まえる?それが出来るかのう?試してみるか?

 お前達、人間として生まれてきたからにはもっと真っ当な仕事をせんか?」

翔は我慢できなくなって

「おい、こんなお年寄り相手にこんなに大勢で、卑怯も甚だしい。僕が相手だ」

「てめえ、何者だ。関係ねえ奴はひっこんでろ」

「いや、関係ないことはない。この人には今助けてもらった」

「訳のわからねえことを、てめえら、二人とも袋にしな」

「できるかのう、ほっほっほっ」

爺さんが、サングラスの取っ手を回した。

ヤクザたちが、みるみるフラフラし始め、全員がその場で倒れてしまった。

「おい、翔君だったな、逃げるぞ。心配ない。眠っているだけだから」

「???なぜ名前を?」

「先にタクシーで君の事務所に行ってるからね」

翔は、急いで事務所にクレオパトラと一緒に戻った。

ドアの前ではさきほどの爺さんが待っている。

「思ったより早く着いたね。さあコーヒーでも飲もう」

と事務所へ入っていく。 

「いらっしゃいませ。ただいま所長は不在でございまして・・・」

「百合、何を言ってるんだ?俺だよ、俺?」

「俺?と申されても、私はあなた様を存じませんが・・・」

「うん?ああ、このせいだったな。悪い悪い」

 

爺さんは、突然、両耳を掴むと左右に引っ張った。

すると両耳がグンと伸びた。それを前に回す。

とたんに顔部分に割れ目が出現してきて、左右にパカッと分かれた。

中から30代中頃と思われる顔が出現した。

「兄さん?・・・どうして・・・」と百合が目をまんまるにして絶句している。

「いやあ、面白かった。なかなか百合が翔君を連れてこないから来ちゃった」

「なかなかって、電話をしたの昨日じゃないの」

「そうだった?うーん、忘れちゃった」

翔はもちろん何が何かわからなくてポケッとしている。

どうやら、このジジイ、いや男性は百合の兄だったらしい。

 

百合がみるみる耳まで真っ赤になって翔から顔を背けている。

「だからなかなか会わせたくなかったの!兄さん、どうして普通にしてくれないの?

 私が恥ずかしいじゃない!だからみんなから狂いの字の京一郎て言われるのよ!」

「そうなの?このマスクはよく出来てるだろう?この質感、人間とそっくりだよ」

「そんなこと、言ってるんじゃないわ、私は・・・」

「まあまあ、もうじきハリウッドでも使用する契約を結んでいるんだ。喜んでくれよ」

「そうじゃなくて・・・」

「ああ、もしかして翔君では俺が気に入らないかもって?

 いや、想像してたよりずっといい男だ。百合、よくこれほどの男を捕まえたな。

 もしうちの親や爺さんや婆さんが反対しても俺だけは味方するぞ」

「そ、そ、それはありがとう・・・」

と二人の会話は全く噛みあっていない。

翔はあまりの噛みあわ無さに漫才を見ているみたいで腹を抱えて大笑いをしていた。

「翔さん、何を笑っているの?私がこんなに困っているのに」

「いや、えっ?困ってたの?ごめん、ごめん」

「もう翔さんたら、覚えてなさい。帰ったら怖いんだからね」

「え~、俺は無実だと思うんだけど・・・」

「駄目」

「百合、ごめんよ。ごめんよ」

「百合、彼もこんなに必死で謝っているのだから許してあげなさい」

「えっ?一体誰のためにこんなことになったのよ。もうーいいわ、許してあげる」

「翔君、良かったな。百合が許してくれたぜ」

翔は謝りながらも我慢できず大爆笑した。もう腹筋が痛かった。

 

 その後、百合と二人で無事クレオパトラちゃんをクライアントの邸宅まで届けた。

クライアントは猫の顔を見ると涙ぐんで頬ずりしている。

クレオパトラちゃんは紅葉狩りをしていましたよ」

「そう、それなら明日も新宿御苑に一緒に行きましょうねえ」

と語りかけている。謝礼金を貰い今日の依頼は終了した。

帰り道に京一郎から連絡が入り、明日にでも研究所に来るように言われた。

「運転手はアイに任せているので迎えの車に乗って来なさい」とのことだった。

 その夜の百合は怖かった。晩御飯を作らされ、いいと言うまでキスも出来なかった。

でもご飯を食べるとすぐに許してくれていつもの百合に戻った。